第百二十四話 帰還
リヴァイアサンが海流の壁を突破して戻ってきた。
その報告がハイランド、ルーベル、コーブルクに伝わった。
あっという間にどの国民もそれを知ることとなり、初めて大陸間を単独で往復した偉業が確定したのだ。
定期的に報告される情報は、一部のものにしか知らされていなかったが、どの辺りに居るかということは知らされていた。
ホーマ帝国到着のときよりもこの歓声は大きい。
これからリヴァイアサンはルーベルの港を目指して戻ってくる。
数日後、帰港したリヴァイアサンが見えてきた時……集まった人々は言葉を失うことになる。
頑丈な船体は所々凹み、艦橋は応急処置で直されたのが分かる。所々抉れたその姿は航海の途中で激しい戦闘があったことを思わせるには十分すぎた。
それはあの別な場所へと繋がる洞窟のあった島を出て2日後に起きた。
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島を出て2日目のこと。
リヴァイアサンは突然の霧によって視界を閉ざされていた。
視界が無いと言っても、自動航行装置の付いているリヴァイアサンには特に問題はなく、順調に進んでいたわけだが……。
突如としてレーダーに反応が出たのだ。
同時に、テンペストが普段着で飛び込んでくる。
「深海から敵です。全速で振り切って下さい。危険です」
「聞こえたな!両舷全速!今すぐにここから逃げろ!」
後ろから押されるような感覚とともに船が加速する。
その僅か数秒後、さっきまで自分達が居た辺りで何本もの太い物が海面から突き出し、うねうねと獲物を探していた。
「あれは……」
「くそ!行きのときに見た魔物の片割れだ!よりによって視界の悪いときに……!」
「戦闘準備!砲を上げろ!」
「敵、移動しました。真下に居ます。回避を」
「ダメだ間に合わない!」
動きを読んでいたのか進行方向から2本の太い触手が海面から立ち上がる。
そのまま船の前甲板を包み込むように絡め取り、一気にへし折ろうとしていた。
ギリギリと嫌な音が響き、衝撃で船の中は揺れる。
一歩間違えば即座に海の藻屑となってしまう、そんな恐怖感がこの場を支配していた。
「砲手!撃て!甲板に当たっても構わん!!」
丁度準備を終えた主砲が甲板に巻き付く触手へと向き、轟音とともに弾を吐き出す。
運動エネルギーが十分に残っている至近距離からレールカノンの砲撃だ、流石に丸太よりも太いその触手ですら耐えきることは出来ず、貫通してブチブチとちぎれていった。
後に残ったのはひしゃげた船首と、地金が見えるほどに傷つけられた船体だ。
吸盤はその内側にびっしりと鋭い爪が付いており、それによって獲物に食い込ませて離さないようになっているようだ。
おかげで無駄に被害が大きくなった。
依然、敵はすぐ近くを泳いでいる。
「船速を維持!全ての砲を出せ!出し惜しみは無しだ!目標を捉え次第即座に発砲を許可する!魚雷、1番2番発射!」
「私達も出ます」
艦橋を出るとアナウンスが現在の状況を伝えていた。
案の定部屋の方ではパニックが起きており、騒然としている。
ここで右往左往した所で意味が無いどころか無駄に危険が増すだけだ。
それを横目にコリーの元へと向かう。
「コリー」
「お、行くんだな?」
「はい。相手は水中に居ます。正直な所ほとんど今の装備では意味がありませんが、だからといってただやられるわけにも行きません。……それにコリーの魔法が必要です。ニール、雷撃を使える人達を集めさせて下さい。後、私の身体を頼みます」
「分かった!とりあえずみんなを落ち着かせるようにも頼んでくるよ」
「サイラスとギアズにも協力をお願いします」
ギアズは分からないが、サイラスの魔法である程度対処はできるだろう。
格納庫へ向かいマギア・ワイバーンを出す。
大きく揺れる船内は危険なのでレビテーションによって浮かばせておき、コリーが乗り込んだのを確認してテンペストもニールの腕の中で意識を移した。
「チェックはすっ飛ばすぞ。すぐ出ないとやべぇ」
『簡易チェックは完了しました。問題ありません。弾薬は焼夷弾のままです』
「了解だ。シャッターを開けてくれ!」
ギアズがシャッターを開けていき、そこからワイバーンが飛び出していく。
波が甲板にかかりシャッターから海水が入ってくるためすぐに閉めたが、それでもそれでも相当な量が流れ込んでしまった。
それくらいなら特に問題はない。
サイラスとギアズは艦橋へと向かい魔法での援護をするための相談に行き、ニールはテンペストの身体をベッドへと横たえてから、協力者を募るためにサイモンの元へと急ぐ。
海の魔物との戦闘が始まった。
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「流石にはえぇな」
『目標尚もリヴァイアサン直下。では私が操縦を変わります、海面に撃ち込んで下さい。アイハヴコントロール』
「届け!神速の雷よ!」
操縦桿を通じて発現したコリーによる雷が幾筋もの光の柱となって海面に落ちる。
海水という導電体の中に居る魔物にもダイレクトにその攻撃は伝わり、船を絡め取ろうとしている触手が痙攣していた。
それを合図としたかのように、次々と海面に撃ち込まれていく雷魔法。
大小様々な電撃が海面に叩きつけられ……。
ついに魔物がその姿を表した。
触手と吸盤から、勝手にタコやらイカやらを想像していたが全く違う。
鰐のような口、身体はクジラのような巨体。その頭の後ろ側から幾つもの太い触手が生えている。
大きさは空から見ているとよく分かる。リヴァイアサンの3倍ほどもあるのだ。
「でけぇ……」
『まずは雷撃を。相手を動かしたらこちらは負ける可能性があります』
「よ、よし。さっさと片付けちまおう。おらぁもう一丁だ!」
コリーによる雷撃が立て続けに魔物に降り注ぎ、他の魔術師達も追従して雷撃を加えていく。
触手が痙攣して動けなくなっているのを確認し、攻撃に移る。
リヴァイアサンの方も回頭して砲門を全て魔物に向け、斉射が始まった。
『リヴァイアサンの攻撃が始まりました。こちらからも攻撃を始めます。出し惜しみせずにいきましょう』
「よーし……久しぶりの全力戦闘ができるんだ、思いっきりやってやるぜ。アイハヴコントロール」
『ユーハヴ。リヴァイアサンからの攻撃確認、海面が凍っていきます』
いつの間にか霧は薄くなり、魔物付近の海面から白い物が立ち上っている。
広い範囲が徐々に凍っていき、ついに魔物を覆い尽くした。
「おおお……すげぇ。あれ凍らせたのかよ!こっちも負けてらんねぇな。ショートランス撃ち込むぞ」
『射程内です。いつでもどうぞ』
ショートランスは短距離ミサイルの名称として付けたものだ。
4発装備しているのでそれを全て叩き込む。
着弾とともに爆発し、氷の殻が吹き飛びその下の本体にも浅からぬダメージを与えることに成功した。
続いてリヴァイアサンからのレールカノンによる砲撃が続く。
大きく距離を取りながらも、その巨体は狙いやすい。
横っ腹に大穴が空いた。
大量の緑色の血が流れ出し、辺りを染めていく。
「気持ちワリィ……。ん?」
『目標、活動再開したようです』
「麻痺が切れたか!」
大気を震わせる咆哮。
予想外の痛手を受けて怒ったようだ。
その間にもワイバーンとリヴァイアサンによる攻撃は続いているが、水を纏い始めて特にバルカン砲の効きが悪くなっている。
大きく身を捩らせると、あれだけ周りを固めていた氷は一気に剥がされ、粉々に砕けていった。
「嘘だろ……」
『レールガンポッドを付けてくればよかったですが、今はありません。レーザーも効かないでしょう少々もったいないですがランスも使用したほうがいいかと。私も魔法による攻撃を開始します』
「仕方ねぇか。やるぞ」
中距離ミサイルであるランスも放たれる。
氷による拘束を解いて触手がうねり続けている所へ着弾し、根本から触手が吹き飛んだ。
胴体も大きく抉れかなり弱っているのは確かだ。
その時、突然触手が膨れ上がり、ざわざわと動き始めた。
触手を上手く使って居るのだろう、突然加速してリヴァイアサンへと向かった魔物がそのまま触手を上から叩きつける。
辛うじて避けたものの艦橋の屋根を破壊され、後部甲板も大きく抉られる結果となった。
何度も叩きつけようとする触手をテンペストがレーザーで焼き切り、サイラスの物と思われる魔法が直撃していく。
すでに魔物もぼろぼろだ。
動きも大分鈍っているし、出血が酷い。まだ動けているのが理解できないくらいだった。
「後ひと押しってところか?」
『もう一度雷撃を。すでに水の膜も剥がれています、次で行けるはずです』
「リヴァイアサンの砲撃が止まってるが、弾切れか?」
『恐らく。あの海戦でも相当消費したので仕方ありません。魔法も散発的になってきています』
「んじゃとどめを刺すとするか」
ワイバーンからのバルカン砲による掃射が行われ、次々と炎であぶられていく。
苦しみもがいている間にコリーの雷撃がまた直撃し……最後にテンペストのストーンバレットを応用した質量弾によってついに魔物はその力を失った。
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後部甲板へと着陸すると、みんなが総出で出迎えてくれた。
それもそうだろう、ほぼ勝てないような相手をなんとか仕留めることが出来たのだから。
ただし、こちらももう殆ど継戦能力はない。
ワイバーンは弾の補充が効くが、リヴァイアサン用のレールカノンの弾が無い。
一気に消費しすぎた25mmの弾薬も数が足りないだろう。
船体もぼろぼろだ。
航行能力は失われて居らず、見た目に反してそこまでの被害は無いのだが艦橋が半壊しているのだ。
これによってけが人は多数出たものの死者は出ていない。
それが一番幸運なことだっただろう。無駄に頑丈に作っておいて本当に良かったと思えた瞬間だ。
魔法使い組はすでに全員ぐったりとしており、サイラスも例外ではなかった。
周りの者達と連携を取りながら攻撃に参加していたサイラスだったが、相手の大きさのために出力を上げざるを得ず、なかなかに苦労したようだ。
「海怖い」
「全くです。あんなものが出現するなんて、そりゃぁこの船でもなければ帰ってこれませんね。しかし……大きすぎて攻撃が通用しないとは。また対策を考えねばなりませんか」
「ランスの効きも今ひとつでした。恐らく身体が柔らかいために攻撃の衝撃などが届きにくいのでしょう」
「とりあえず、もう二度と会いたくねぇな。博士、マジであんたの船早く作ってくれ。あれに対応できるようなやつな」
「まあ、やってみましょう。でもあれかなり頑丈に作ったんですがね……」
少し落ち込んでいるサイラスは珍しかった。
自分が作るものよりもあえて攻撃力に関しては低くしてあるが、防御に関してはそれなりの自信があったのだ。それがここまでやられるとは思っていなかった。
しかし海の魔物に出会った途端にこれだ。
とりあえず流石にテンペストも疲れてしまっている。
これ以上同じような魔物に出会わないことを祈りつつ、休むのだった。
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「……以上、船の損傷に関する事の次第は以上です。幸い誰一人欠けること無く帰ってくることが出来ました」
「ご苦労だった。今日はもう疲れているだろうが、報告だけ終わらせておいて欲しい。他の者達はそれぞれ宿を空けてあるので休むがいい。明日になったらルーベル国王から諸君らの働きを讃えて歓待が行われる」
国王代理で来た者の話が終わり、一度解散となった。
戻ってきたのが夕方だったため、すでに日は落ちて居る。
全員が疲れて切った状態だったのもあり、報告をしなければならない人達以外はそれぞれに割り振られた宿へと案内されていった。
「……帰ってきたんだね」
「今はまだルーベルですが。明後日には私達もハイランドへと帰ることになります」
「また数日かかるなぁ……」
ルーベルからハイランドまで戻るには相当時間がかかる。
ハイランドについても今度はあの坂道だ。まだまだ遠い。
「でもまぁ……無事に戻ってこれたわけだし、良かったよ本当に」
「なんかもう疲れたわ……さっさと宿行って寝ようぜ……」
コリーも大分疲れているようだ。
帰りには最初の行きのときに寄った海流内の島にはよらず一直線に来たのだ。
少しは慣れたとはいえやはり船旅は疲れる。
ようやく陸地に入れたのでもう休みたい。
案内された宿はなかなかいい感じのところだった。
結構奮発してくれたのだろう。揺れない地面で美味しい食事を取り部屋に向かう。
「おおお!ベッドが大きい!」
「広い部屋ですね。……オイルが置いてあります。ニールも付けてみますか?」
「いい匂い……これ、どうやるの?」
「全身と髪の毛に刷り込むのです。とっても気持ちよくなりますよ」
「じゃぁやってみようかな?」
「ではタオルを敷いて服を脱いで寝て下さい」
言われたとおりに下着だけになってうつ伏せになる。
始めます、という声とともにパンツが刷り下ろされた。
「ちょぉっ!?」
「これは裸でするものですよ?私の時はいつもそうでしたから」
「い、いや、でもこれっ……」
今ニールはくっきりと日焼けした白い尻が丸出しだ。
まさか剥ぎ取られるとは思っていなかったので油断していた。
どうしようかと考えていると、背中に生暖かい液体が垂らされていく。
「落ち着いて下さい、オイルを垂らしただけです。では刷り込んでいきますね」
「ひぁっ!?」
「くすぐったいかもしれませんが、大丈夫ですよ」
テンペストの暖かく小さな手がニールの背中を撫でる。
しっかりと肌に塗り込むように上半身を擦っている。
背中から首、腕、ちょっとくすぐったかったけれども脇と脇腹にも。
だんだんに下へ下へと降りていき……。
「ふぁっ!そこも……?」
「全身ですよ」
尻にもオイルが垂れていく。
そしてもみほぐすように丁寧に刷り込み、割れ目のところまでしっかりと。
太ももからふくらはぎへと進み、足のうらへ。
「あ、なんかすごく身体が暖かくなってきた……ちょっと恥ずかしいけどいいねこれ」
「ええ、きちんとやれる人がやるとマッサージしながらやってくれるのでもっと気持ちいいですよ。はい、仰向けになって下さい」
「えっ……い、や、ちょっとそれは……」
「お忘れですか?何度も見ていますので問題ありませんよ」
「そういう問題じゃ……ううー……」
「仕方ないですね」
「だって……うぁぁ?!」
ひっくり返された。
こういうときに強化を使うのは卑怯だと思う。
必死で隠そうとしたけど、手遅れだった。
「大丈夫です、手を横に置いてリラックスして下さい」
「い、いや……」
「始めますね」
「ひあぁっ!?」
胸や腹などを無で擦られていきどうあがいても近づいていく手にどんどん反応していく。
もう目をつぶって横を向いてなすがままにされているニールだった。
下腹部へと落ちていき、そこから股に刷り込まれて足へと降りていった時はホッとしたものだ。
しかし……。
突然襲ってくるその感触。
「やはり男性はここは出ているので刷り込んでおいたほうが……」
「まっ、まって!!その動きはまずいんだってば!!ああっ!?」
「はい、終わりました」
「は、はぁ……はぁ……テンペスト……、次やる時はそこはいいから……ね?」
「そうですか?」
色んな意味でものすごくアレな状態になっている状態でテンペストを説得するというものすごく情けない姿を晒しているが、なんかもうどうでも良くなってきた。
「では次はニール、お願いしますね」
「え?」
「さっきやったように私にもお願いしますね」
「えっ」
「お願いしますね?」
「……はい」
テンペストが服を脱いでベッドに倒れ込む。
最近どんどんニールの前では大胆になってきているテンペストに振り回される様になってきたが……。
テンペストなりの愛情表現なのだろうと思うことにした。
ニールとしては堪ったものではないのだが。
薬を塗ったときとは違って全身にまんべんなく塗ってほしいというリクエストを受け、自分と同じように全身に塗りたくっていく。
もうどんな状態を見られても慌てない。紳士で居ればいいのだ。
いいのだが……日焼け跡のせいで強調されている部分がどうしても目に入ってしまう。
「んっ……」
「ご、ごめん!」
「いえ、大丈夫です。……だんだん眠くなってきました」
「あ、もうすぐ終わるからね」
結局、悶々としたままで欲望に耐え続けてオイルを塗り終わった。
しっかりと全身に塗り込んだ後、そのままローブを羽織ってベッドへ入る。
真横にテンペストの顔を見ながら就寝だ。
速攻で寝息を立てているテンペスト。
その手が触れた感触を思い出してしまって、眠りにつくまでに大分時間がかかってしまうニールだった。
ニール「た、耐えきった……っ!」




