第百二十一話 洞窟発見
「着いたー!」
「船長が言うにはここしばらくはこの調子で晴れてるはずとのことでした。今回は5日ここで休むそうです」
「5日?なんか伸びてない?」
「全員降りている間に色々済ませておきたいことが出来たようです。それと、船員も1日ずつは休ませたいということで交代で休む結果伸びたようですね」
済ませたい事と言うのは害獣駆除だった。
港での積み下ろしの時に紛れ込んだらしく、色々被害が出る前に駆除しておきたいと思ったのだ。
ハンターなどがやるようなことでもなく一般人でも対応できるものなので心配はないが、疫病などを運んでくる可能性もあったりするので室内を一斉に洗浄していく必要も出てきた。
その為、この機会に一気にやってしまおうというのが狙いだ。
例によって全員が島に降りるとそれぞれ好きな所へとテントを立て始める。
テンペストたちは前とは違って少し奥まった所へと向かった。
そこに小さめではあるが潟湖があったのだ。
プライベートビーチのように使えそうだし、他の目を気にすること無く落ち着けそうだったのでそこを選んだ。
実際に行ってみると浅く綺麗な潟湖が確かにあった。
溺れる心配もそれほどなく、テントを張るスペースも十分にある。
「こちらのほうが静かでいいですね」
「そうだな。それにしてもコリーが買ってきたテント、なかなか使い勝手が良いな……私も買ってくれば良かったよ」
「でしたらテンペストと私で解析して作りますよ。兵士たちの分も同じようにすれば楽だし、準備が早ければそれだけ狙われにくいですからね」
ついでに簡易拠点を築くのにも役立つだろう。
コリーはやめろと嘆いているが、買ってきてくれたからこそ動作原理が分かるし、どうせならテントと言うよりはコンテナのようにある程度の耐久性をもたせたい。
「何だそりゃ、それじゃぁ小さくして持ち運べねぇだろ」
「ある程度の大きさは問題ないでしょう。収納を使える人はそれなりに居ますから。サイモンの侍従は使えるので食器セットなどは全てそちらで管理してますよ」
「なるほど。うちはテンペストに任せとけば良いか」
「問題ないですが、自分でも使えるようにしておくととても便利です」
「ん……ウルと一緒に使えるようにしておくか……。言われてみりゃ確かにすげぇ便利だもんなぁ」
何処かに空間を確保する必要はあるものの、それさえクリアしてしまえば後は魔法を覚えるだけだ。
コリーならばすぐに覚えることができるはずだ。
「ま、いいか。さーって……飯にしようぜ」
すでに日は高く登り、昼飯の時間が近づいている。
ニーナ達が食器セットとテーブルをセットして、簡易キッチンを使って料理を始めていた。
「まだ出来るまで時間かかるし、泳ごうか」
「分かりました。着替えに行きましょう、ニール」
テンペストとニールは泳ぐことに決めたようだ。
コリーとサイモン、サイラスはビーチに敷物を敷いてその上に寝っ転がっている。
使用人たちは服がしわになってしまう!と思いながらも笑顔で対応していた。
ギアズはいつも通りにフラフラとその辺を歩き回って何やら観察している。
流石に海には入ってこないが近くの茂みなどを見ては植物やらを見て居るので、植物には詳しいのだろうか。
ちなみにテンペスト達一行以外の居るビーチでは、ホーマ帝国製の水着が大人気だった。
薄く丈夫である程度の伸縮性を兼ね備えた水着は、身体に密着して動きやすい。
そして何よりもホーマ帝国の染色は鮮やかな色が多い。
ただし薄い。
微妙に薄っすらと中が透けて見えるか見えないかというレベルだが、その為に余計に想像を掻き立てられてしまった男性陣が数少ない女性達のその水着姿を見て大興奮していた。
ちなみに何人かはテンペストを探しているがすでにその場には居ない。
そんなのこともつゆ知らず。
ニールとテンペストは水着に着替えてプライベートビーチを楽しんでいた。
テンペストでも立てば首の下辺りまでで足がつくので、慌てなければ溺れることはない。
足の裏にサラサラとした細かい砂がまとわりつき、透明度の高い海の水はその足元までを見通せる。
「こんなに透き通ってるのに、何で水の中に入って目を開けると何も見えないんだろ……」
「陸上に棲む物の目は空気中で過ごす為に、その空気の屈折率で焦点をあわせることが出来るように調整されています。しかし、水の中ではその屈折率が異なるため像を結ぶことが出来ずにぼやけるのです」
「へぇぇ……初めて知った。あれ?でも水の中身も瓶とかに入ってれば綺麗に見えるよね?」
「瓶と目の間には空気があるためです。また、波や反射によって妨害されないため瓶の中で水に入れたものははっきりと見えます。桶に水をくんできて石などを入れても、波立てず、太陽などで光が反射しなければきれいに見えているのと同じですよ」
「なんか今までの疑問が一気に解けた気がする!!」
よくわからないがニールの長年の疑問が氷解したようだ。
水面に浮かんでみたりとテンペストと遊んでいればあっという間に時間が過ぎていく。
ジリジリと照りつける太陽も海の中にいれば適度にひんやりしていて気にならない。
テンペストの方を見れば真っ白な肌に例のピンク色の水着を着ている。
大きくさらけ出している背中とお腹がとても健康的で……。
「どうしたのですか?ニール。私に何か付いてますか?」
「あ、いや。すっごくこう、可愛かったから見とれた……」
「……ありがとうございます。嬉しいです?」
「いやそこは素直に喜んでいいんだよ!?なんで疑問形!?」
こういうストレートな愛情表現はまだ慣れておらずどう返答したら良いのか若干迷った結果だ。
とりあえず褒められたということで喜んでいいらしい。
ただ、微妙な返答でニールを困らせたしまったことはちょっと失敗だった。
「まあ、良いんだけどさ。まだまだテンペストも勉強中ってことだね」
「はい。最近は大分感情というものが分かってきた気がするのですが。そう言う意味では今もきちんとニールのことは大好きですよ」
「なっ……あ、ありがとう。不意打ち過ぎるよ……」
今度はニールが真っ赤になってしどろもどろになっていた。
そうこうしているうちに食事の時間となったようだ。
ビーチでサイラスが呼んでいる。
面倒なので水着のままで食事の席に座り、たっぷりと食べた後に食後の昼寝をサイラス達が寝ていたところでしていた。
……それが後の悲劇を生むとも知らずに。
□□□□□□
「ぎゃぁぁぁ!痛い!!痛い!!」
「うぐっ……なんですか、これは……!体中が痛いです!」
「日焼けしたな……。だから日傘を差しておけばよかったんだ」
調子に乗っていた2人が海に入って遊んではビーチで寝っ転がるなどをしていたのは良いのだが、海からの日差しの反射と砂による反射によって全身をこんがりと焼かれてしまった。
2人共真っ赤になって見ているだけで痛そうだが、サイモンは2人にシャワーを浴びせていく。
テンペストの出した狭いシャワールームに2人を入れて、全身についた砂や海水を綺麗に洗い流しているところだ。
「痛いと言ってもきちんと海水を落として下さい。余計に辛くなりますよ」
「あああ!!水が痛い!!」
「サイラス、やめっ……止めて下さい!痛いです!!」
数分ほど地獄のシャワーを浴びてくたくたになった2人だが、タオルを渡されて身体を拭いた瞬間にまた悶絶していた。
「本当にこれはタオルなのでしょうか……」
「うう……ヤスリで身体こすってるみたいだ……痛い……」
「ほら、身体を拭き終わったらこの薬を全身に塗っておくと良い。痛みが抑えられる」
「ありがとうございます、サイモン……」
テンペストですら日焼けには勝てなかったらしい。タオルであれなのでもう寝ようとすることすら辛いのは確定だ。
後でサイラスに全身をやけどしているのと同じだから、早く薬つけておかないと後が辛いぞと説教を受けつつ、サイモンに渡された塗り薬を手にテンペストとニールは風呂場に取り残される。
2人きりになり、タオルを畳んで2人で薬を塗っていく。
「この薬……魔法の習得をする時に使ったものに似ています」
「ああ、そうだね。けどこれやけどとかに使うやつだからそれに薬草が練り込んであるやつだよ。一日経てば痛みはもう殆どなくなるし、傷も残りにくいんだってさ」
麻酔成分と薬効成分が混ざっているという感じだ。
手、脚、顔……そして胸、腹ときて2人の手が止まる。
「ニール、背中を塗って欲しいのですが」
「え?あ、ああ。背中ね。ちょっと向こう向いてて」
後ろを向いたテンペストが、縛っていたリボンを外して水着の上を脱ぐ。
見たことのある背中なのに、くっきりと残った白い肌が妙に艶かしく見えた。
「い、痛くない?」
「大丈夫です。塗ったそばから痛みが消えていきます」
「すっごい形ついてるね……痛そう」
赤みが差している所に丹念に薬を塗り込んでいく。
熱を持った肌が指に触れるが残念ながら感触は薬のせいで殆ど分からない。
「こんなに痛みを感じたのは初めてです……」
「僕もだよ……日焼けがこんなに辛いものだとは思わなかった」
「ありがとう、ニール。次は塗ってあげますので」
「うん、よろしく」
テンペストが振り返り日焼けのせいで強調された胸が見えて、リミッターが振り切れてしまったニールがしゃがみこんだ。
「……」
「突然どうしたのですか?ニール」
「……あ、あの、えーっとほら、背中塗りやすいかなってアハハハ」
自分でもどうかと思うほどにわざとらしい上に無理のある説明だったが、テンペストはすんなりと受け入れてくれた。
この時ばかりはテンペストの察しの悪さに感謝しかない。
「なるほど。では塗っていきますので」
「うひゃぅ!?」
火照った身体に薬の冷たさが妙に際立つ。
背中を這うテンペストの手を感じながらそれが段々薄れていくのが寂しい。
が、今はそれよりも何とかしなければならない問題が一つあった。
なんとか小さくして置かなければならないのだ。どことは言わないが。
「終わりました。立っていいですよ?」
「あ。ありがとう」
「……どうして背中を向けているのですか?」
「いや、なんというか。ごめんちょっと先に行っててくれる?」
体調が悪くなったのかなど色々と聞かれながらも、自分でも無理があるような答えでゴリ押しした。
……しばらくして若干スッキリ……したりなかったニールが出てきたのだった。
頑張ろうとしたが、薬が効いてしまって何も感じなくなってしまい、そのまま出て着ざるを得なかったのだ。手を先に洗わなかったニールの失敗である。
□□□□□□
水着で隠れていた所以外の全身の皮膚が麻痺した状態となり、特に痛みを感じずに過ごすことが出来るようになった2人だったが、まだ問題点はあった。
身体が火照って暑いのだ。
痛みは無いものの、日焼けしていることには変わりない。そこに塗り薬を塗っているため余計に暑くなっている。
「このテントの中は大分涼しくしてるはずなんだがなぁ」
「熱が篭ってとても暑いのです。なんとかなりませんかコリー」
「僕も……すっごい辛い。いいよね、コリーは毛のおかげで日焼けしないしね……」
「いや、俺だってそのせいで暑いのは苦手なんだぞ?にしても、これ以上下げるとサイラスやら従者達が寒くなりすぎる……。ま、教訓だと思って我慢してくれ」
とは言ったものの……流石に苦しんでいるテンペストを見ているとすごくかわいそうになってきてしまったため、厚手の布でニールとテンペストの場所だけを囲ってその中を魔法で冷やすことにした。
「一応、腹壊すかもしれねぇからちゃんと上にタオルはかけて寝とけよ?」
「ありがとうコリー!だいぶ楽になったよ!」
「ええ、丁度いい感じです」
着替えをして眠るが、服を着ていると辛いので結局下着のみで寝ることにしたわけだが……。
いざ寝る段階になって、周りが暗くなり静かになると……。
「んっ……」
「?!」
ニールの耳にテンペストの声が聞こえてきた。
そしてテンペストも困惑していた。全身の皮膚が麻痺状態になっているとは言え、水着の部分は綺麗に薬を塗っていない部分として残っている。
つまりそこだけは普通の皮膚感覚を持っているわけで……。
成長してきている胸が当たって、今まで気にならなかった感覚がとても気になる状態になっていたわけで……。
その度にとても小さな声ではあるが、艶めかしい声となってニールの耳にだけ届くのだった。
(……眠れない!!テンペスト何してるの!?)
聞くまいとすればするほどに、余計に声だけが頭に残る。
そして無駄に想像を掻き立てられていき、悶々とする夜を過ごしているうちにようやく眠りにつくのだった。
□□□□□□
「おはようございますニール」
「……おはよう……いつからそこに……?」
ニールが起きると、テンペストが横に座っていた。
皮膚感覚はすでに戻っており、自分の今の状況はよく分かっている。ついさっき久しぶりの感覚で飛び起きたのだから。
「少し前からですね。面白いものを見せてもらいました。」
「うああぁぁぁついに見られたぁぁ……」
「拭きますか?」
「……自分でやります……」
ついさっきまでニールは夢の中に居た。
そこではついに大人になったテンペストといちゃいちゃしていたのだ。そして待ちに待った初めての時を過ごしていた。
何が起きていたかは言うまでもない。
こうしてテンペストの見ている前で全てをさらけ出してしまったニールには、もうある意味で怖いものはなかった。
半ばヤケクソではあるが……。
「気を落とさないで下さい。どうせいつかは知ることになるわけですし、私としても勉強になりました」
テンペストはテンペストでいつも通りだ。
特になんとも思っていないのだから気にしなくても良い、とは思っていてもなかなかそこまで割り切ることが出来ない。
「うん……そうなんだけど……一応人に見せるようなものじゃないし、すっごく恥ずかしいからホント。……って、テンペストすごく黒くなったね?」
「ニールも肌の色が茶褐色になってます。ダークエルフのようですね」
そう。2人は完全に日焼けして肌が健康的な小麦色に変わっていた。
昨日付けた薬のおかげで痛みもなく、炎症なども出なかった結果、水ぶくれになるなどの症状は出ずにそのまま色が黒くなっただけだ。
そして今気づくとテンペストは上を着ていない。
付けていると思っていたのは日焼け跡だ。
「あ」
「あ……み、見ないで……」
出しっぱなしになっていたものをしまい、着替えた後に外に出る。
少し寝坊したらしくみんなはすでに食事を食べ終えていたが、ニーナたちがテンペストとニールの分を取り置きしてくれていた。
服の上からでも分かるくらいに今日は日差しが痛い。
昨日は気にならなかったのに、もしかしたらまだ少しダメージが残っているのだろうか。
「今日はどうしよう?」
「流石に昨日の今日で海に入る気にはなれませんね」
『ならば洞窟にでも行ってみるか?』
「ギアズ?洞窟を見つけたのですか?」
『ああ、まだ誰にも話していなかったが』
昨日、フラフラとその辺を歩いては動植物を観察していたギアズだったが、その途中で涼しい風が吹いてくるのを感じたのだ。
気温は暑いくらいなのでおかしいと思って、その方向へと向かった所洞窟を発見したという。
中は深く、ある程度の広さがあるのを確認しただけで戻ってきた。
今日はその調査をしてみようと思ったところで、テンペストたちが何をしようかと相談している所に出くわしたというわけだ。
『特に敵は居なかった。コウモリくらいだな』
「では行ってみましょうか。涼しいならばその方がいいです。まだ身体が少し火照っているので」
「そうだね。あ、でも一応何処に行くかは喋ったほうが良いよね?」
何かあったときのためにサイモンには報告しておくべきだろう。
洞窟は一応基本的には危険な場所だ。
どのような場所であれ、岩に挟まれたりすれば動けなくなる可能性だってある。
「洞窟?そんなものがここにあったのか。少し調べてきてくれるか?」
「良いのですか?」
「今更テンペスト達がどうこうなるような状況が考えつかん。全員そちらに向かうのは誰かがこっちに来た場合よくないからな、私たちはここで残っているよ」
「分かりました。なにか発見があれば良いのですが」
普通の天然洞窟であれば特に発見も何も無いわけだが、どういったものかをとりあえず見分けられれば問題ない。
暑さを避けるという意味でも涼しい洞窟内は最高だろう。
ギアズの案内でその場所へと3人で向かう。
茂みをかき分け、木々が鬱蒼と茂っている所まで来ると、突然気温が下がったのを感じる。
そこから少し動けばまたあの突き刺すような暑さを感じるが、その一部だけがとても涼しい。
「ほんとに涼しい!洞窟で冷えた空気がこっちに出てきてるってことかぁ」
『風穴だな。何処かから大気が取り入れられ、冷えた大気がここから出ることによって循環しているものだ。こうして風が出るから分かりやすい』
風を頼りにその方向へとどんどん向かっていくと、ポッカリと大きく口を開けた入口が見えた。
テンペストが光を奥へと向かわせると、下へ下へと続く坂道となっている。
入口付近はとても広く、少し整備すれば快適な空間となるだろう。
「では、行きましょうか」
『儂もこの辺をぐるりと巡ってみただけで一度切り上げたからな、此処から先はよく分からん』
「マップを作成しながら進みます。エコーロケーションを使います」
音波の反射と視覚情報によって細かい分岐などが無いかを調べつつ進む。
だが基本的に一本道のようで特に迷うこともなく下へ続く道を進んでいく。
意外と広く人一人が歩くならば特に問題ないくらいだ。
ギアズですら頭も引っかからずに進んでいる。
「うーん……岩の壁ばかりで面白みはあまりないね」
「通常の洞窟ということでしょう。敵の反応も有りません」
『ん?あれは光か?』
「明かりを消します」
突然暗くなった周りに目がついていけず、一時的に何も見えなくなったが慣れてきた目には奥のほうが確かに光っているように見えた。
もう一度明かりをつけてその方向へと向かっていくと、そこは巨大な空間となっていた。
「凄い……綺麗だ……」
「地底湖ですか。上から差し込んでくる日差しと相まって美しいですね」
『おお……確かにこれは良い。それにしても上は何処につながっているのだ?』
ただ一人レビテーションを使うことによって飛ぶ事が出来るテンペストが、天井にある大穴から外へと出る。
「えっ……?ここは……?」
テンペストが困惑したのも無理はなかった。
そこの広がっていたのは森のなかではあるが、先程まで居たあの島の森ではない。
上空まで上がったテンペストが見たものは……はるか彼方まで続く大草原と、大森林だった。
どんまいニール