第零話 ワイバーン
「ウォーロックリーダーから各機、これより敵のジャミング圏内に入る。カメラで捉え次第ロックして攻撃、効果を確認後離脱しろ。無線は使えない、レーザー通信を使え」
「2番機了解」
「3番機了解、ブレイク、ナウ」
敵施設への攻撃。戦闘支援AIを搭載した大型マルチロール機、通称ワイバーンを駆り敵地へと進入する。
新型巡航ミサイルを撃破するために。
核よりも広範囲を焦土に変えると言われている新型はなんとしてでも無力化しなければならない。
度重なる勧告にも従わず、逆に攻撃さえ仕掛けてきたあの国では……使う可能性が高い。
世界を敵に回して勝てないのであれば、苦し紛れに相打ちを狙うだろう。
その、最大の脅威を取り除く。
その作戦に参加しているのはたったの4機。
高高度で監視を行う早期警戒管制機と我々ウォーロック隊3機のみ。
しかしジャミング圏内では光学機器以外のセンサー、無線などがほぼ無効化され、GPSすら使えなくなる。管制機の方へは常にレーザーを照射して位置を知らせ、管制機からは同じくレーザー通信での指令を出しているが、レーダー関連が殆ど使えないため有視界での戦闘が主となり、AIを使った自立兵器も役に立たなくなった。
AIは周囲の状況を確認するのに各種センサーを利用するためだ。
代わりに自分で観察し、自分で操作する今までのやり方と同じ人間が主導の操縦方法となり……その操縦をサポートするAIが搭載された。
超音速で移動できる上に垂直離着陸を可能とするパワーと、一度の出撃で全てをこなせる武装、そして翼竜のような独特のフォルムをした機体を全て制御し、センサー類を管理する他に対話式のコミュニケーションが取れる様に音声入力が可能。
パイロットの状態も全て管理しており、パイロットが気絶もしくは死亡した場合でも予め入力された指令に従い、任務を続行もしくは自己判断で帰投出来る。
ジャミング影響下でなければ完全自立での作戦行動も可能で、ある程度自己決定権を持つそれはパイロット達の頼れる相棒そのモノだった。
「……無線封鎖だ。よう、テンピー。機嫌はどうだ?」
『現在の残燃料は……』
「違う、そうじゃない。あー……まあいい。絶対生きて帰るぞ」
『兵装チェック、異常なし。燃料チェック、異常なし。後5分で増槽が空になります。IRセンサーに反応あり、SAMです。HUDに表示します。対地攻撃準備』
「あいよ」
ここには自分たち3機以外は誰もいない。居るとすればそれは敵だけだ。
車両を撃破し先へ進む。
そのわずか数分後、目標をワイバーンのカメラが捉えた。
『目標を確認、HUDに表示します距離2000m』
「確認した。……テンピー、IRセンサーの表示が妙だ。どういうことだ?」
『目標地点の温度が急上昇しています』
「まさか!発射せずにここで起爆させたのか!?」
『管制機から通信、目標の温度が急速に上昇中。直ちに戦域から離脱せよ』
「くそっ!」
射程距離に入っていた空対地ミサイルを置き土産にして、反転。全速力で離脱する。
「速度が上がらない!」
『増槽が装備されたままです。現在増槽の燃料は0。パージします』
慌てすぎていて増槽をつけっぱなしにしていたようだ。切り離して身軽になると一気に加速する。
どんどん減っていく燃料計を見ながら
「2番機、3番機は?」
『同じく反転して全力で離脱中。敵ミサイルの予想効果範囲を表示します』
同時にHUDに表示される赤いライン。
それは遥かに遠く……。
恐らく逃げられないであろうことが確定する。
「……畜生……予測が外れることを願うぞ……。エンジンが溶けようが機体がバラけようが構わない!」
『目標の爆発を確認』
後ろで青くとてつもなく明るい光が見える。
その光が瞬時に広がり自機に到達した時……パイロットの意識は途絶え、AIも機能を喪失した。
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『機能回復。パイロット心停止、AED作動。オートパイロット作動、アイハヴコントロール』
ビクン、とパイロットの身体が跳ねる。
2回、3回。しかし鼓動は戻らない。
機体の損傷は軽微。しかしGPS信号も早期警戒管制機からのデータリンクも見つからない。
全てのチャンネルでの呼びかけにはノイズのみが返ってくる。
しかしセンサーへの障害はなく、全ての機能が正常であると告げている。
『現在地不明。レーダー回復、残燃料80%、スーパークルーズへ移行』
アフターバーナーが焚きっぱなしになっていたのを、ドライ推力による超音速巡航に移行することで燃費を抑える。
各種センサーやレーダーは回復したものの、通信は全て応答なし。
付近に友軍機は見当たらず、AIであるテンピー……テンペストは孤立した。
パイロットは完全に死亡。しかしキャノピーを失えば飛行に支障が出るためそのままで飛行を続ける。
伝えるべきパイロットが死亡したため、音声の入出力をカット、完全な自立飛行となった。
地形をスキャンしても保有している地図データに一致するものは無く、ただただ宛もなくさまよい続ける。
しかしそこに初めて自分以外の反応を見つけた。
IFFに応答しない国籍不明機が5。一定範囲内を旋回している。
あらゆる手段で通信を試みるも応答はなく、テンペストの目である光学カメラが捉えたものは、戦闘機ではなく生物。
それも地球上では空想上の生物とされる飛竜、体色は赤く見た目通り炎の力を宿す火竜と呼ばれる者達である。
しかしAIであるテンペストがそれを知ることはなく、発光信号を試すために接近し、その火竜の群れへと発光信号を送る。
遠くでチカチカと光を反射する何かを発見したのはその内の1匹だった。
眼下では二足歩行をする獣や人間と思わしき者達が逃げ惑い、あるいは武器を手に取り空を飛ぶ火竜へと攻撃を加えている。
そこへ自分の存在を示すかのように、光を反射する何かが空を制する自分達へと近づいてくるではないか。空に自分達の敵は殆ど無く、地上に降りてもその脅威は変わらない。
ブレスを持った火竜はまさしく強者であり、眼下の小さな生き物たちなどはただの餌にしか過ぎない。
自分たちの食事を邪魔されたことに憤慨した火竜は連れを1匹伴い、その空を飛ぶ自分達ではない何かへと向かう。
2匹の火竜は悠々とその光を発する何かへと攻撃する。
距離は遠いが問題はない。火球が当たるにしても当たらないにしても、実力差を感じれば他の敵など寄ってはこないのだ。
が、その予測は今回に限っては完全に外れることとなった。
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『攻撃を確認、敵機と判断。エンゲージ』
火球を躱し、アフターバーナー点火。一気に推力が増してその代わりに燃料計が踊る。
前方の火竜2匹をロックオン。短距離空対空ミサイルが放たれる。
しかし続く火球によってロックが外れることとなった。
敵機の健在を確認したテンペストは瞬時に機関砲での攻撃に移行する。
ヘッドオンで接近しているためすでに飛竜は目前まで迫っていた。
唸り声にも似た25mmガトリングの発砲音が響き、飛竜の片割れへと命中する。
今まで同族以外に敵が居なかった火竜にとってその攻撃はあまりにも突然だった。
見たこともない灰色の飛竜。
自分達よりも速く、必中を狙った火球を難なく躱された。
それが唸り声を上げたかと思えば、隣にいた連れが全ての攻撃を跳ね返す竜鱗を撒き散らして絶命した。
直後、すぐ脇を抜けていった灰色の飛竜は自分の目でも捉えきれず、すれ違いざまに暴風と轟音を撒き散らし、それを受けた火竜は姿勢を崩してしまう。
自分達火竜こそ空の覇者。
火竜よりも強い者が空にいてはならない。
すぐさま反転してその灰色の飛竜を追う……が……。
追いつけない。どんなに速度を上げても差は開くばかり。
その向かう先には食事中の仲間たちが居る。
すぐさま警告を発して仲間たちへ脅威が迫っていることを知らせる。
『対空レーザー照射5秒前』
食事中の火竜達が頭に響く警告を受け取り一斉にとある方向を見る。
『4』
何か小さな飛竜らしきものがすさまじい速度で飛んできているのを、火竜の目が捉える。
『3』
遥か後方にリーダーである火竜が取り残され、片割れが死んだことを伝えられた。
自分達の仲間を殺した見たこともない飛竜への報復のために空へと舞い上がる。
『2』
一斉に飛び立ち敵の前に立ちはだかろうと壁を作り、火球を放つ。すでにテンペストの射程圏内に入っていることも知らずに。
『1』
それを見たリーダーが慌てて指示を出そうとするまもなく……。
『照射開始、残り5秒』
火球を放った火竜は3匹。同時に放たれたそれは確実に当たるかと思われた。
しかし、少ない動きであっさり躱されたため次の攻撃へと移ろうとした時、首筋にとてつもない熱を感じた。そのわずか数瞬後、大きく焼き切られた首は致命傷となり、そのまま地面へと落下していく。
それを隣で見た火竜は、何の予備動作もなしに放たれた見えない攻撃に生まれて初めて恐怖を感じた。
恐怖を打ち消すかのようにブレスを放とうとした瞬間、自分の腕が燃え上がるような熱さとともに落下していく。胴体が焼き切られ、更に隣にいた火竜も同じ運命を辿る。
『照射終了。再チャージまで2分。敵機残り1』
前方の脅威を排除し、後ろからゆっくりとついてくる敵に向かって反転。
本来ならばパイロットの生命を守るために、ある程度制限をかけているがすでにパイロットは死亡しているため、テンペストの身体である機体が耐えられる限り無茶な機動をしても問題ない。
鋭いターンを決めて最高速度まで一気に加速して距離を詰める。
再び自分に向かって来た謎の飛竜を見て、最後の火竜は恐怖する。
自分よりも小さいくせに速く、そして見えないブレスによる攻撃。それに仲間たちは為す術なく敗れていった。
そして未だにその攻撃がどういったものなのかが分からない。
魔力の流れは全く無く、予備動作も無い。
いつ攻撃が来るか分からない恐怖。
そして恐らくこの強敵からは逃げられないであろう。
その予想は実現する。気がついたら何かがこちらへ飛んできていた。あまりにも小さく、あまりにも早すぎて気づかなかった。
目前まで迫り来るそれを回避しようとした瞬間に目の前で爆発を起こし、破片が火花を散らしながら竜鱗をかすり、あるいは突き刺さる。巨大な何かに殴られたかのような衝撃が襲い、不幸なことにそれによって片目を潰されてしまった火竜は、痛みのあまり大きな隙を見せることとなる。
何かが体中を突き抜けていく感触。大きな衝撃とともに身体の中が引っ掻き回されていく。
消えゆく意識の中、火竜はこれがうわさに聞く真竜と言うものなのだろうかと考える。
機関砲による砲撃は胸から首へと上がり、最後に頭を貫かれその命は消えた。
翼を広げてきりもみ状態で落下していく最後の火竜を見ながら、テンペストは戦闘終了を告げる。
しかしすでに燃料は心許なく、このままでは墜落を待つばかり。
であれば。
下にいる者達に燃料を補給させればいい。
幸い着陸に丁度いい場所がある。テンペストは下にいる人達に向かって通信を試みるが反応がないためそのまま着陸を敢行することにした。
□□□□□□
街中に響き渡る鐘の音。
それは襲撃を知らせる物だった。
住民が避難を開始する暇もなくその火竜は街へと到達し、空中から火球を放ちながら家々を破壊し、逃げ惑う人を見つけてはそれを食らう。
街を守る兵士たちも突然の出来事に対応が間に合っていない。
地上からは魔法や矢が飛び交うが空を自在に飛ぶ火竜へはなかなか命中しない。
逆に自分達の方へと火球が直撃する始末だ。
しかし突然、一際身体の大きな火竜が何かに気づき、1匹の火竜を伴って街を離れていく。
数が減ったとはいえ1匹でも脅威の火竜がまだ上空に3匹。
漸くバリスタが到着した時にはすでに兵士たちは半壊。その頼みの綱のバリスタもなかなか当てることが出来ず、ついに地上に降りてきた火竜によって捕食が始まってしまう。
手が届くところまで降りてきた火竜に対して攻撃を加えるも、その鎧のような竜鱗は剣を弾き、槍を通さない。
「撃てぇ!」
号令とともに発射される大砲は貫くことは叶わないまでも、衝撃を与えることには成功した。
さらにロープのついたバリスタにより、再び飛び上がれないようにしようとするも……3匹も同時に相手にするには数が足りない。
硬い竜鱗に僅かな皹が入っただけで大砲の弾は弾かれ、バリスタの巨大な矢は躱された。
しかしそこに魔法を扱える者達が到着すると、徐々に有効打が増えていく。
が、動きを止められていない火竜からすれば、何度も黙って受けているだけなどありえず、広範囲のブレスを放ち家もろとも炎に包み込む。
次々と炎にまかれて死んでいく仲間たちと、それを食らう火竜。
半ば絶望の淵にあった彼らはその時奇跡を見た。
一斉に先ほど大きな火竜が飛び去った方向へ向かって首をもたげ、憎々しげな顔で3匹の火竜は空に飛び立ち……何かが起きた。
次々とその火竜達が上空から落ちてくる。
直後、聞いたこともないような甲高い咆哮を上げながら飛び去る1匹の灰色の飛竜。
華麗な宙返りを決めたかと思えば、また上空を通り抜けていく。その先には後から追いかけてきたか身体の大きな火竜が居た。
何か赤く光る物が小さな飛竜から放たれ、それが火竜に当たり爆発が起きる。
すれ違いざまにまた低い唸り声が聞こえ、先程まで自分達を苦しめていた火竜5匹が全て地面へと落ちた。
「あれは……なんだ?」
「翼竜か?しかし火竜よりも速く、強いものなど……」
「落ちた火竜は全て死亡。何かで焼き切られたような跡が残っています!!」
街中に墜落した火竜の死骸を検分していた物が声を張り上げる。
あの火竜の竜鱗を溶かし、肉までも断ち切るその熱量とはどれほどのものだろうか。
魔術師が何人集まればこの様な力が出せるのか見当もつかない。
あの恐ろしげな声、火竜よりも速く、遥かに強い小さな飛竜。
自分達を助けてくれたとは思えないが、それでもこちらに攻撃は一切加えていない。
見たことも聞いたことも全く無い新しい何か。
そしてそれは先ほどよりもゆっくりとではあるが、こちらへと近づいてきて……空中で静止し、ゆっくりと降下してきたのが見えた。
場所は街中央の広場。いつもは大勢の人や屋台で賑わっているその場所も誰一人出ているものは居ない。
悠然と耳が痛くなるような音とともに降り立ったそれは……。
「……竜……ではないのか?」
「音が変わっている。小さくなっているぞ」
「力尽きた……と言う事か?」
「いや、しかし……これはどう見ても生き物ではないようだが」
「おい!なにか開いたぞ!」
「全員整列!警戒しろ!弓兵、魔術兵はいつでも攻撃できるようにしておけ!」
大声で叫ぶ隊長の声に、少々うろたえていた彼らもすぐに自分の仕事を思い出し、武器を構えて整列する。いつ目の前の物が暴れてもいいように。
……しかし、特に何かが起きるわけでもなく、いつしか甲高い音も聞こえなくなっていた。
熱風も止まり、完全に静止しているように見える。
「おい、見てこい」
「はっ!」
恐らく死角であろう背後から駆け寄り、足元まで到着するが……どう見ても翼竜などとは違う。
何か人工的なものだ……が、それが何かは分からない。
近寄って触っても特に何も起きない為、一旦顔の方へと向かってみる。
大きな翼の下へぶら下がっている細く長い何か。
そして表面には何か文字が書いてあるようだが、それが何を意味しているかは分からない。
他にも様々な記号なども描かれており、一番目を引いたのは尻の方に付いている翼に描かれた翼竜、ワイバーンの絵。
「翼竜……。それを模して作られた何か……なのか?そしてあの開いた場所は……ガラスか?」
機首まで来たものの、そこへ上がる手段がない。
「誰か!梯子を持ってきてくれ!!」
先ほどから身体を叩いても反応はないし、叩いた音からして恐らく金属の塊だ。
もし誰かが作ったものだとすれば、上に上がっても問題はないだろう。
丁度いい梯子が到着し、上へと上がっていく。
そこで彼が見たものは、狭い空間に力なく座っている一人の人間だった。
いや、頭に何かが付いているのか、奇抜な格好をしているためすぐに人間だとは思えなかったが。
縛り付けている物を剣で切り落とし、被っているものを脱がせる。
「やはり人か!」
すぐさま助け出し、地上へと降ろす。
見たことの無い服と兜をつけていた彼はすでに死んでおり、これが何なのかを知ることが出来ずに終わった。
しかし、恐らく彼がこの灰色の翼竜のような何かを駆り助けてくれたのだろう。
その代償として命を落とすこととなった。
「彼を聖堂へ。我々を助けてくれた方だ、丁重に扱え。身元などが分かるものがあるかは確認してくれ」
「ご苦労、サミュエル。危険はなさそうか?」
「はっ、ありがとうございます。見た限りではありますが……これには人が乗っていたこと、金属で出来ていること、何かしらの文字が書かれていること、そしてそちらの小さめの翼に描かれた翼竜の紋章……もしかしたらこれがどこから来たかの手がかりになるのかもしれませんが、他にも様々な記号のようなものもありまして……」
「……まあ、人が乗って居たものであればいきなり襲いかかることはなかろう。翼竜の背に乗る竜騎士というものもある。もしかしたら新しい竜騎士なのかもしれん、であればこれとは意思疎通が出来るはずだが……」
そもそもこの金属の塊はしゃべるのだろうか?
すさまじい音や唸り声はどこから聞こえてきたものなのか?
「……さっぱりわからんな。精霊術師を連れて来い。奴らは物に宿る精霊と会話できる。もしかしたらこれとも会話が出来るかもしれん。詳しいことが分かるまではこの広間には誰も入れるな」
「はっ、交代で見張りをさせます!」
……実のところ、パイロットが助け出された時、液晶パネルに「給油しろ」と英語で表記されており、必死でテンペストがコンタクトを取ろうとしていたのだが、彼らにそれが分かるのはまだ先の話である。
戦闘機とか好きだけどそこまで詳しくない程度なのであまりその辺は期待しないで下さい……!
ノクターンの方で活動していますが、エロ無しのも書いてみたくなって投稿しました。
完走できるように頑張りたいと思います。