*三月の微笑*
「おい!ちょっと待てって!!」
薔薇園を抜けたアリスは森の中にいた。先を歩く三月ウサギはアリスの言葉は届いているだろうに、全くその歩く速度を緩めようとしない。
そうして暫く経った後、突然三月ウサギは立ち止まった。
そうしてアリスに向かい、にこやかな表情で
「アリス、こちらが女王陛下の城です。陛下は先程私が渡した鍵で開く部屋にいらっしゃいます。城の庭は広いので迷わないよう案内しますね。」
そう言った、彼が進む先には庭と呼ぶには広すぎるほどの迷路の庭園があった。
入り組んだそれは要塞と呼ぶに相応しく複雑で、並大抵の努力や記憶力では抜け道など覚えられそうにない。
そんな中をいとも簡単に目の前にいる青年は歩いていく。
その先にある遠すぎるこの要塞の中心、その城にはもはや今日中に着けるとも到底思えない。
…ついて行くしかないアリスにはもう、帰る術はないだろう。
暫く歩いた後、痺れを切らしたアリスが声をあげる。
「ちょっ…待て、ウサギっ!!これ、本当に庭なのかっ!?誰だよこんなん作ったのは!!……っ三月!!」
最後の一言に彼は反応し、そうしてにこやかな笑みを湛えて振り返った。
「やっと名前を呼んでくれたね?アリス」
それは初めて会った時の、あの口調だった。
「なっ!!お前、嫌がらせかよ!?」
それを聞いた三月は声を出して笑った。
「違うよアリス、ただ女王陛下に逆らうと恐いからねぇ…ふふ。」「なっ…最後の笑いはなんだよ!!」
その言葉を聞くか聞かないかのうちに三月は歩き出した。
「だーかーら…待てっ…て!?」
言いかけてアリスは驚きの声をあげた。
その目の先にある光景には、赤く染まった巨大な鋏を握った三月がいた。
「そっ…それ……」
「はぁ…またやってくれたよ。トランプ兵め…逃げ足を鍛える前に学習をすればいいのに…」
そう言ってため息をついた三月は、鋏を元にあった地面へと突き刺した。
そうしてアリスの方へ振り返り、きょとんとした表情を浮かべた。
そうして何かに気付き、あぁ、と声をあげ手を打った。
「違うよアリス。これはペンキ。血ではないよ?」
それを聞いて息をついたアリスは、そのあと三月が小さく言った言葉を聞き逃した。
「…どうせ、首は飛ぶだろうけどね」
そうして、日は傾き続け、地平線ぎりぎりまで下降した頃、やっと城の門まで辿り着いた。
それは想像していたよりも遥かに大きく、見上げると首が痛くなってしまうほどだった。
目の前の門には二人の門番が立っていて、重そうな懐中からしてちょっとやそっとで通してくれるような気配はなかった。
そんな彼らを見、不安になったアリスを横目に三月は門番に軽く会釈をすると、門番は敬礼し、あっさりと門を開けてくれた。
「アリス。中で女王様がお待ちだよ?」