*綴られ始めた物語*
紅く彩られた薔薇園に空白の時が流れる。
そうして数秒が経った後、アリスがその沈黙を破った。
「…『アリスの意思を引き継げなかったアリス』…?なんだよそれ!!大体、『アリス=リデル』本人様が来る筈なんだろ!?俺がっ…そんな訳ないだろ!!」
そんなアリスに対し三月ウサギは宥めるように言う。
「…その通りだよ、アリス。君はアリス=リデル本人でもなければ、その意思を継ぐような人でもない。……この世界に関しては全くの無関係者と言ってもいいくらいだ。」
「だったら…っ!!」
そのアリスの言葉を遮るように三月ウサギは自らの拳を彼に向けた。
「…アリスは…、僕らの愛するアリス=リデルは意思を伝える前に、物語を綴る前に、…死んだんだ。」
そう言って、三月ウサギは差し出した拳を緩め、その手の中から鍵を落とした。
その鍵は結ばれていた紐により、宙に浮いた状態で漂っている。
「アリス。君は…僕らに終わりを告げに来たアリスなんだ。物語に終止符をつけるアリス…。君がこの世界で死ぬと言うことは、同時にこの世界の終わりを告げるという事…。どうゆう訳かは分からないけれど、君はそんな運命を辿って今ここにいるんだ。」
そう言って三月ウサギは席を立ち、アリスの元へ跪いた。そうして彼の手を取り、握っていた鍵を手渡し、彼に話しかける。
「君は言うなれば僕ら不思議の国の住人の全て。この世界をどうするかは君の自由さ。…でもね、アリス…。」
言いながら、三月ウサギは立ち上がった。そうして彼に背を向け澄み渡った空を仰ぐ。
そんな彼にアリスは問いかける。
「なん…だよ?」
その言葉にウサギはアリスに微笑みを向けた。
「…忘れないで、アリス。君は他の誰でもない、ただ唯一の『君』という存在だから…。」
「…何が言いたいんだよ?」
ぶっきらぼうに言い、アリスはテーブルに頬杖をつき、足を組んだ。
そんな彼を見て、三月ウサギはくすくすと笑った。
「良かった…。そんな君の心が壊れないよう、心の底から願っているよ。」
「…は?」
「いや…、なんでもないよ。……さて、前座は終わりだ。」
そう言うと三月ウサギは左手を後ろに回し、右手を前に…アリスを前に深々とお辞儀をした。
そして今までの口調とうって変わって、大人びた声音で語り出した。
「ようこそ、アリス?我らが不思議の国へ。私はこの世界の案内人。貴方が迷わないよう、女王陛下より城までお送りする使命を受けております。どうぞ、私について来て下さい。」
その三月ウサギの行動に驚いたアリスはぽかんとしていた。
その間にも三月ウサギは歩きだしている。
「ちょ…!!お前、いきなりなんなんだよっ!?」
「はて、何の事でしょうか?それと私は三月ウサギです。三月とお呼び下さい。」
「だっ!!だから…!!その口調とか!!ってちょ…早いってー!!」
* * * * * * *
そうして、『アリス=リデル』のものではない新しい物語が綴られ始めた。
それは儚い夢と運命の物語…。
自分の名すら分からないアリスと終わりを迎えるしかない住人達…。
何を望み、何を得、何を成すため与えられた最後の時間なのか…
終焉へと向かう世界で、最後の1ページがめくられる…。
誰もが夢見る不思議の国。
その夢の国にある誰も知らない物語。
The second story...