*Alice?*
そこは、美しい深紅の薔薇が咲き誇る薔薇園だった。
澄んだ青い空の下、気持ちのいい風が吹く中にお茶会の為の準備の整った白いテーブルと椅子が二つ置いてあった。
そしてそれを目の前にした少年が一人。
太陽の光のような金色の髪に澄んだ蒼い瞳をしたその少年は、紺のズボンに白いシャツを着ていて、尻餅をついた状態でそれを眺めていた。
「おや、やっと主役の登場ですか。」
突如、背後からかけられた声に少年は驚き、振りかえった。
そこには、ブラウンの燕尾服に身を包んだ青年が立っていた。
服と同色の髪に同色の瞳。それなりに整った顔立ちをしていたが、それよりも目についたのが頭に生やしたそれも同色の兎の耳だった。
「なっ…!!お前!だっ?!…白ウサギっ!!?」
その目を疑うような光景に驚きを隠せないでいた少年は彼に問いかけた。
「違いますよ、アリス。私は三月ウサギ…。私が白ウサギだったら貴方はとうに死んでいますよ?」
そう穏やかに微笑みながら答えた三月ウサギはアリスと呼ばれた青年に手を差し出した。
「あ…りす?なんだよ、それ?大体、死ぬってどういう…っ!!」
アリスは差し出された手を振り払った。
その対応に一度悲しそうな顔をした三月ウサギは用意されていたお茶会の席に着いた。
「お茶は如何ですか、アリス?……お話しますよ、この世界の全てと、貴方という存在の意味をね。」
その様子見たアリスは三月ウサギの向い側の席に着いた。
そうして彼に向い、問いただすように言葉を投げかけた。
「…それで、ここは本当に不思議の国、か?」
その問いかけに三月ウサギは微笑み返した。
* * * * * * *
不思議の国は、元々一人の少女の夢から始まった。
言わずとも知れた、『アリス=リデル』である。
彼女は人にはない夢を具体化する力を持っていて、不思議の国は一種のアパレルワールドとして存在した。
しかし、彼女のいない世界に夢は存在しない。
彼女の死後、不思議の国は消滅するかと思われた。
が、不思議の国は今でも存在している。
その理由は、彼女の遺した夢の、引き継ぎであった。
彼女の夢は具体化し、鍵となり、意思を継ぐ者の手元へ渡りながら長い間不思議の国は保たれてきた。
しかし、時計の針同様、ある一線を越えれば、また同じ時を刻まなければならない。
つまり、『アリス=リデル』その人をこの世界に迎え入れなければならない時が来る。
意思を継ぐ者は物語を語り継ぐ者。
次に繋げる事は出来ても、『アリス=リデル』のように物語を綴る事は出来ないのだ。
そうして120年に一度、新しい物語を綴る為に『アリス=リデル』はこの世に生まれ変わり、不思議の国へ物語の新しい1ページを埋めに来る。
アリスはそれをまた鍵に託しこの世を去る…
そんな時代が流れゆくはずだった……。
* * * * * * *
「君が、その『アリス=リデル』のはずだったんだよ…」
三月ウサギは目を伏し、語りかけた。
「はずって…じゃあどうして俺はここにいるんだよ?」
「…君は……『アリスの意思を引き継げなかったアリス』なんだ。」