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いちごみるく

作者: 月桂樹

「…あ、もうこんな時間…」


私は時計を見て、思わず呟いた。


しかし、動こうと思う気力はなく、結局本を読んでいる姿勢のままだ。

まぁ、もうとっくに読み終わっているので、ぼーっとしているだけなのだが。


あまり明るくない部屋。

外から太陽の光が入り込んでくる。


現在は午後二時過ぎ。

どうやら、いつの間にか、二時間ほど経ってしまっていたようだ。


「…お腹、空いたなぁ…」


時間がわかった途端に、急激にお腹が空いてきた。

お昼を食べようと鞄を開け、溜息をついた。

 

「お昼…ないんだった…買うの忘れて…」


力が抜けて、机に突っ伏す。


ポケットに入っていた飴を口に入れる。

甘い青リンゴの味が広がるが、あまり慰めにはならない。

逆に、もっとちゃんと食べたくてお腹が空いてくる。

 

「…マオちゃん…まだかなぁ…?」


ぐでーっとだらしなく机に上半身を投げ出す。

足をぶらぶらさせてみたり、うーっと唸ってみるが何もならない。

頭の中には「ご飯」の二文字しか浮かばなくなってきた。その時。


「おぉーい、鶴瀬…チッ、柳だけかよ」

「………」


じと目で私は入ってきた奴を見た。

反論の気力はない。


「…何死んでんだお前?」


私の状態にやっと気付いたようにその男子生徒、篠沢は呆れた声を出した。


「お腹すいた…」

「飯は?」

「買うの、忘れてて…」

「…馬鹿か?」

「馬鹿に馬鹿って言われた…」

「てめ、誰が馬鹿だコラ」

「痛い痛い痛い…!」


頭を鷲掴みにされ、力を込められた。

地味に痛い。しかも、手を外そうにも力が入らない。

やっと外れたものの、頭はぐしゃぐしゃになってしまった。


「くそ、この万年片思い男…」

「あ?なんか言ったかこのクソちび」

「ちびって言うな!」


精一杯睨みつける。

しかし、すぐに頭を上げるのがだるくなってすぐに机に突っ伏した。


「…まったく…」


ため息をつくと、篠沢は部室から出て行った。

多分、マオちゃんを捜しに行ったのだろう。

と、数分後、扉が開いた。


「マオちゃ…なんで戻ってきてんの?」


顔を出した篠沢に首をかしげる。


「マオちゃんならいない…」

「わかってるよ。そうじゃなくて。ほら」


目の前に置かれたのはいちごミルク。


「…なにこれ」

「やる」

「…なんで?」

「うっせ」


顔がにやけるのを隠すために、私はうつむいて、いちごミルクのパックにストローをさした。

嬉しい。

温かい何かが胸を埋め、息苦しくなる。


「…ありがと」

「おう。んじゃな」

「うん」


それだけを言い、篠沢は部室を出て行った。

その背中が見えなくなるまで、私は見ていた。


きっと、彼は知らない。


私がどんなに嬉しいか。

私がどんなに想っているか。

私がどんなに…マオちゃんをうらやましいと思っているか。


報われない想いなのはわかっている。


だって、どんなに頑張っても、彼の眼をこちらに向けることなんてできない。

私たちはどこまでいっても友達関係。

それ以上でも、それ以下でもない。

わかってる。


いちごミルクをわざわざ買ってきてくれたのだって。

特別な意味なんてない。

ただ、優しいだけ。



                 残酷な優しさ。



甘いはずのいちごミルクが、少し苦く感じた。


言ってしまえば楽になるのだろうか。

この関係を。壊してしまえば。

…何度そう思ったのだろう。


「ミユ?」

「あ、マオちゃん」

「ごめんっ!思ったより長引いてさ~」

「いいよ。あ、そういえばさっき篠沢が…」

「ああ、うん、会ったよ。ノート貸しててさ」

「へぇ~。そっか」

「じゃあ、帰ろうか。あ、そうそう、これ」

「ん?…あ、メロンパン!」

「遅くなっちゃったからね」

「わーい!ありがとう!」


いつの間にか夕日は傾きかけていた。

真っ赤な道を、二人分の長い影。


「…じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」


分かれ道。

左右に分かれ、二、三歩歩いてから、立ち止まって振り返る。


友人の、短い髪が跳ねるように離れていく。


「…また、明日ね」


呟いて、私は家へと歩き出した。


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