ロギ
とある世界に、人間以外の、エルフという種族が存在していた。
そんななか、同様にダークエルフという種族も存在していた。
普通のエルフとは、外見が少し違うダークエルフは、生まれついた頃から忌み嫌われていた。
これは、そんなダークエルフの、一人の少年のお話。
「母さんっ!!」
とある貴族の少年ロギは、母に向かって走っていった。
そんな母は、ロギの頭を撫でると、優しく抱き上げた。
抱き上げられたロギも、嬉しそうに笑った。
「そうか、まずいな…。」
ふと遠くで、父が部下と話す声が聞こえた。
ロギは母と二人で父のもとへ向かった。
「父さん?」
ロギは、父の服の裾を引っ張りながら見上げた。
そんなロギを見て、父は話をやめた。
父はロギを不安がらせないようにと、ロギのいる場では、部下とあまり話をしないようにする。
だが、ロギは知っていた。
「また、やられたの?」
自分達はダークエルフという、忌まれ続ける種族。
そんな自分達の部下が、エルフや人間に襲われるということは、よくあった。
仲間は減り、周りからは白い目で見られ、貴族と言えど、没落貴族であった。
「ロギが心配することはないよ。」
それでも、ロギが少年の目で父を見つめるので、絶対に不安がらせるわけにはいかないと、決心したのであった。
ある日、一家の部下がまた一人襲われた。
いよいよ危険な状態になってきた、主である父は、ある決断を下した。
「ここにいては危険だ。だから、我々は地下で暮らすことにする。」
ロギは、父の言葉に、簡単には同意は出来なかった。
なぜ自分達が、地下なんかで暮らさなければならないのだと、そう思った。
「地下で暮らしているダークエルフはたくさんいるんだ。だから、我々もそうすべきだと思う。」
ロギは、やはり同意は出来なかった。だが今は、父に従うほか無かったのだった。
慣れない地下暮らしに入り、数ヶ月が経った。
父は、毎日のように地上へ出て仕事へ行った。
そんななか母は、家で何かをしたり、フラーっと外へ行ったりとした生活を送っていた。
ロギは、幼い頃は理解に苦しんだが、母は「認知症」という病気らしい。
そんな母がある日の晩、地上へ出て、どこかへ向かうのを見た。
ロギは不信に思ったが、そのときは深く探ろうとはしなかった。
翌日、仕事へ行った父を見送ったロギは、ふと台所の前を通った。
その瞬間、ロギは気づいた。
見たことのない皿が、台所に置いてあった。
「母さん。これ、何?」
ロギは、皿を指差して母を見た。
そんな母は、ニッコリ微笑みながら、首を傾げた。
まるで、「それが何か?」と言うように。
その晩、父はロギに言った。
「母さんは、まだ自分は貴族だと思ってるんだ。だから、夜な夜な出かけては、何かを買ってくるんだ。」
そして、二人が寝床についた頃には、母はまた出かけるのであった。
数日後、仕事から帰った父が話した。
「最近、夜な夜な金を持って店にやって来る女性がいると、うわさがたっているんだ。」
話によると、その女性は「夜の貴婦人」と呼ばれているのだとか。
ロギと父は、その女性は母だとわかっていた。
父が働いて稼いだ端金を持って出かける、母なのだと。
その晩も、母は当然の如く出かけるのだった。
だが、今晩は少し違った。
「母さん。」
出かける直前、ロギが母を止めた。
母は立ち止まると、また微笑んで首を傾げた。
「何処に行くの。」
怒りを押し殺すような声で言うロギを見た母は、優しくロギの頭を撫でると、そのまま外へと去ってしまった。
母はまるでわかっていない。
今のロギにはただそう思えた。
ボク達のことなど何とも思っていない、そんな母さんなんて大嫌いだ、と。
それでも、怒りという感情が募るばかりだった。
――次の瞬間
突然どこからか風が吹き、足下の砂が小さく舞い上がった。
地下だから風は吹かないはずだ。
だが、その時ロギは深く考えようとはせず、眠りについた。
翌日、目が覚めたロギは、あるものを見つけた。
家に、見たことのない壺が置いてある。
大きな、うちにある高い皿とは比べ物にならないほど、高そうな壺だ。
一瞬、なぜこんなものが?と思ったが、すぐにわかった。
また母が買ってきたのだと。
そして、ロギは今回ばかりは許せなかった。
父が一生懸命働いて稼いだ、ごくわずかな金を使って、こんな壺を買ってくるなんて。
ふざけるな、母さんなんて大嫌いだ。
ただそんな感情が込み上げてくる。
母さんなんて死んじゃえばいい、殺してやる!
訳もわからず、ひたすらそんなことを思っていた。
そんなロギに気づいたのか、母はロギに近づき、頭を撫でた。
わかっていない、こいつは何も知らない。
そしてついに、ロギの中で何かが壊れた。
と同時に、目覚めてしまった。
突如、地下のなかで大きく風が吹いた。
それはみるみる大きくなり、巨体な台風となって地下を崩し、壁を破壊していった。
それでも収まるどころか、台風は勢いを増していく。
強風で、頭上に降ってくる大量の瓦礫のなか、ただ収まるのを待つことしか出来なかったそんなロギに、優しく何かが被さった。
「母さん…?」
母は、ロギを守るように優しく抱きしめた。
だが、次の瞬間、母とロギの頭上の壁が崩れ、3mほどの大きな瓦礫が二人をめがけて降ってきた。
そこで、ロギの意識は途切れてしまった。
目が覚めると、青空が広がっていた。
地上に出たのだ。
何年ぶりの地上だろうか、ロギは思わず息を吸い込んだ。
だが、はっと気がつき、辺りを見回すと、回りには家も町も何もあらず、はるか彼方まで広い空間が広がっていた。
横を見ると、母が倒れていた。
揺さぶっても起きない。
死んでいるのだろう。
そう気づくと、胸の奥が苦しくなった。
同時に、手元で小さく台風が巻き上がった。
驚いて払って見ると、台風は徐々に小さくなり、やがて消えた。
そして、もう一度手を目の前に持ってきた。
すると、手の上で同じように台風が巻き上がった。
ロギは、風を巻き起こす能力がある。そう解釈した。
つまり、先程の台風は、母への怒りが自分の感情にまかせて起きてしまった。そう感じた。
自分が起こしてしまったことなのに、それなのに母は自分よりもロギのことを守った。
ロギは、また胸の奥が苦しくなった。
さっきより、何倍も苦しかった。
「ふざけんな…、ほんとに何も知らないくせに…。」
誰もいない、そんな場所で、母に向かって小さく呟いた。
ほんの数十分前に、死んじゃえばいい、殺してやる!、そう思っていたのに、モヤモヤして気持ち悪い。
こんな能力があるのも、エルフなんていう種族が存在しているからだ。
無意識に、そんなことまで考えてしまっていた。
全てエルフのせいだ。
殺してやる、エルフなんてみんなみんな、殺してやる!
そう思って、何もない場所で一人立ち上がった。
その時、小さく風が吹いた。
そして、ロギの新たな人生が幕をあけた。