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転生伝説  作者: キクチ シンユウ
~天上降下黙示録~
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開花へ

 高天原の天候は今日も晴れやかで、雲は風の流れ、ゆっくりと進んでいた。武が高天原に来てから8日が過ぎた。といっても、新しい日の出を迎えたわけではなかったが。

 人間の心の内部は自我を含めた意識が支配していると思いがちだが、その大半は無意識が支配している。晴天の日には気分が晴れやかになり、巨漢の強面の男が現れればと身構えて怖がってしまう。また精神状態の変化だけではなく、(まばた)きさえも無意識に任せている。

 康成は無意識の中には階層があり、種類があると武に説明した。底となるところには本能があり、その上の階層には生まれながらの境遇によって形成される普遍的無意識が存在し、次の階層には年少からの成長に合わせて形成されていく個人的無意識が存在する。

 普遍的無意識は自分が所属する集団としての自覚を持ち、個人的無意識は自我の芽生えから積み重ねてきた経験によって知らぬ間に持った個人的な意思である。

 ククリの力を駆使して鬼と戦うことができる超人であっても無意識を完全に支配することができてはいないが、超人は心の内部の大半を無意識が支配していることを自覚している。

 自覚があるから無意識をコントロールすることに努め、敵や困難を前にしても精神的に不動であり、ククリの力を供給することができた。

 無意識をコントロールすることができなくてはククリの力を駆使することはできない。

 ではどうやって無意識を自覚することでククリの力を駆使することができるのか。

 神世ができた時、二つのエネルギーが誕生し、そのうち天地が生まれ神々が現れ、やがてイザナギとイザナミによって人間が生まれた。神世の誕生以来続いてきたその繋がりを普遍的無意識は知っている。

 普遍的無意識が人間と神との繋がりを自覚していることを意識的に認識すると、それは祖先である原始の超人たちとの繋がりと、人間に愛と真心を与えた姉妹神との繋がりを自覚することなり、神々が使用するククリの力を行使することができるようになる。

 愛とまごころの姉妹神と繋がりククリの力を行使できるのは、もともと人間に与えられていた愛とまごころの精神を回帰した――善良な精神を持つ者でなければならない。

 超人には人間の意識を越えたそれぞれの無意識によって能力を与えられる。

 生まれつきの境遇によって先天性の普遍的能力が与えられるが、また場合によっては物心がつき初めてから所有する後天性の個人的能力を持つことになる。

 武の普遍的能力は先祖譲りの電気を操る能力だった。そして個人的能力は視覚から伝わる情報を解析する脳の働きを一定時間加速させる能力だった。この能力のため鬼たちに襲われた際、鬼の動きがスローモーションに見えた。武は命の危険に(ひん)し、無意識にこの能力が発動していた。

 また武が習っていた合気柔術は、一本取りや乱取り、試合を採用しており、またその道場では黒帯を取得していたので、木刀を用いた剣の打ち込み方、その相手の(さば)き方の稽古を積んでいた。「その合気柔術は今後の鬼との戦いに活かすことができる」と康成は言った。

 武はこの8日間で、神々との繋がりを自覚し空を駆ける龍の如く飛行する方法、空間を操る術――ククリの力を利用した戦い方を康成から教わった。その内容は、相手を制圧するための打撃技、刀剣の使い方、火器の使い方、そして飛行中の戦い方など同世代の超人と比べて足りない能力を補完するように施され、武はその習得に励んだ。

 今日は、康成の使いとして超人機関へ赴いていた神使――猫の影康が二日ぶりに戻ってきた。影康が高天原を発ったのは武が高天原に来てから7日目だった。

 ちなみに影康の元の名は影丸だったが、康成の一字をもらって影康という名前になった。

 影康が屋敷へ帰って来ると、庭の方から威勢の良い声がするので神楽殿の奥へ向かった。

 その声の主は、武だった。高天原に来た当初の制服の姿ではなく、和装になっている。武は康成から刀の使い方を教わっている最中で、白狼はそれを神楽殿の廊下で寝転がりながら眺めていた。

 「おお、帰ってきたかい」

 「あれは、武殿かにゃ?」

 実は影康は、この時初めて武と康成の稽古風景を見た。というのも実際のところ影康は武が高天原にきた際にこの場にいなかったし、武とは超人機関へ向かう前に挨拶を交わした程度だった。

 「ああ。武坊だよ」

 「……ん? どうした?」

 影康の反応がないので白狼が言った。

 影康は、武が康成に稽古を受けている光景を見入っていた。互いに刀を持ち、康成は左手ひとつで、武は両手でしっかり握り構えていた。性格的に戦いの構えについてうるさい影康の目にも、その正しさが目についた。

 互いに体から発するその場を制しようとする波動がぶつかり合い、浸食しようとし、相手の隙をうかがおうとする。両手で構える武の制する空間は、綺麗な球体の形をしていた。一方、左手でのみ刀を握る康成は、左足を前に出し半身になっていて、直線の軸がはっきりとした楕円形の空間だった。

 「武坊のやつ。剣先ばかり見てるなぁ。あれじゃあ気持ちが迷ってしまう」

 と、白狼は言ったがまたも影康から返事がなかった。

 「いやあ!」

 と武は、雄々しい気合を響かせ一歩前にでた。

 武は、康成の空間の隙を突いたはずであった。だが、その康成の隙は、あえて空間の中に真空状態をつくって武を誘い入れるためのものだった。

 そこに入ってしまったしまった武は、康成の刃とのつば競り合いも許されず、はじき返された。そして2、3歩と退くと、康成は一突き二突きと刀を突き出し、それを武は身を反らし一撃を避けた後、次の突いてきた刀を横へ弾き、ぐいっと脇を絞って刀を体に引き寄せた。

 「やあ!!!」

 と、懸声と共に、康成の喉元を目掛けて直突きをした。だが、はじかれていた康成の刃はすぐに返ってきて武の刃を止め、上方へはじき、武の腹に目掛けて右脚で突き蹴りをした。

 康成の突き蹴りは一直線に力が鋭く背中へ突き抜け、武の体がふわっと3メートルほど後方へ飛んだ。

 「情動が乱れているぞ! 一度でも真剣を恐れたなら、お前の心は下り坂を落ちていくだけだ」

 武は声を出して返事をした。

 着地した武は、低い姿勢になり左手を地面につき、右膝を立てて片膝の状態になった。そして頭の中では、康成の言葉が思い出されていた。

 「プレッシャーによって起こる心の流れ、つまり情動とはエスカレーターと同じものだ。無意識の中で一度でも恐れたり、動揺したなら、パニックへと進む下りのエスカレーターに乗ってしまう。いくら意識でそれを否定しようとも、上りのエスカレーターに途中で乗り換えることはできない。

 そのためにもゆっくり深呼吸をするのだ。これが最も簡単な(すべ)だ。呼吸を整えるとは、圧力がかかる以前の心の状態にリセットする方法なのだ」

 武は腹の底に響くように深く息を吸い、その息をゆっくりと吐いた。

 そして顔を正面に上げた時、影康は思わず息を止めた。

 ――あの面構え! あの隆々(りゅうりゅう)たる快活さ。あれは、康成様と同じものにゃ! それに父親である靖顕殿だけではない! 物部家の代々の殿たちの面影を感じるにゃ!

 「しかしー、武坊もなかなか良くなってきたな。一度失敗すれば、気づいて剣先だけを見ることをやめるし、これなら大丈夫だろう」

 「白狼」

 「ん? なんだ?」

 「武殿のことを、その武坊と呼ぶのをやめるにゃ」

 「え? なんだって?」

 「武殿は、立派な(つわもの)にお成りになるお方にゃ!」

 「んー。いやあ、もっと立派になってくれないとな」

 影康が康成の使者として高天原を発つ際、見送りにきた康成は、「武は、それこそまだまだ未熟だが、きっと立派な兵になるだろう。永遠と続く人間と鬼の戦いために代々、物部家に受け継がれてきた宿命に終止符を打つ存在、そんな大きな存在になるのではないか」と言っていた。

 影康はその言葉の意味が理解できるような気がした。

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