敵の将
――黄泉の世界。
死の世界といわれた黄泉の世界であっても、青空は当たり前に存在する。
その青く澄み渡る大空へ向かって喝采と歓声の渦が昇っていた。
渦の下には無数の点が統制されていて、いくつか長方形を形成されていた。それは不動の姿勢で命令を待つ鬼たちの集団だった。
集団の先頭の者が号令をかけると、一斉にその者たちはあぐらをかいて頭を垂らす。
頭を垂れる鬼たちの前に数台の車両の列が現れると、観衆の注目はその車に注がれた。
先頭から二台目の車両から大きな体躯の鬼が降りると観衆は歓声をあげた。
大きな体躯の鬼は、南婆羅濔玄である。濔玄は空の陽がまぶしく、額にしわを寄せながらその顔を天へ向けた。身を翻し集団の反対側の観閲台を昇っていくと、その後ろを後続の車両から降りた鬼たちが続く。
歓声を浴びながら観閲台を昇る彼らは、戦いによって武勇を認められた大豪傑であり、将軍たちだった。
幅は約40m、高さは5階建てのビルに相当する観閲台を昇ることを許された者たちの多くが伝統ある血筋の持ち主だが、強さを持つものなら誰でもこの観閲台を上ることができた。鬼にとって武勇に生きることが最大の生きる価値だからである。
将軍らに頭を下げる者たちもまた屈強な鬼たちであった。
この集団は黄泉軍の第一装甲打撃師団に隷下し、師団の中核をなす第七装甲打撃連隊だった。幾多の再編を経ているが百鬼連合国家のはるか前から南婆羅家の戦力として存在し、装甲化され強力な打撃力を持つ重武装の部隊である。全員が重装甲を装備するが、身を顧みない勇猛さから部隊の損耗率は著しく高く、先の人間らとの大戦での死傷率は400%を記録した(戦争中に部隊の定員の4倍もの人員が死傷し補充がされたということ)。
本日とり開かれているのはこの第七装甲打撃連隊の編成完結の式である。
車列が一度途絶えてから新たに車両が現れた時、歓声から新たな波が生まれ、次第に登場が予想される者の名を呼ぶ声が連呼され始める。
注目が集まる車両が止まり誰もが予想した大英雄が現れた時、熱情は最高潮を迎えた。
国家統一戦線の大英雄、南婆羅畆弩の登場である。
頭には二本の角があり、人間を慄かせるために造形をされたかのような顔をした赤鬼だった。紅色のマントに覆われた2mを超えるその体躯には、右肩から先の腕がない。
百鬼連合国家設立の号令に反した種族たちの反乱によって始まった国家統一戦線の先頭に立った彼は、対決した猛将によってその右腕を消し飛ばされた。
激闘の末、彼はその猛将に勝利をした。だが、決して自身の右腕を奪った者を蔑むことはなく、あえて自身の右腕を奪ったその精強さを讃えた。
英雄は強敵を討ち取ったことを誇り、その強敵の同胞の種族らは英雄と対峙した同胞を誇る。そして英雄の同胞らもその強敵の種族を侮蔑することなくその勇猛を讃え、強敵に打ち勝った英雄を誇りとした。
鬼たちには多数の種族が存在し、それぞれの種族にはその伝統や誇りを矜持してきたが、創造神より生まれた一つの生物としての自覚が確かにあった。
第七装甲打撃連隊の長は、畆弩の登場を確認すると雄々しく立ち上がり一点に畆弩を見た。畆弩は第一装甲打撃師団を指揮する将軍である。その将軍に対して命令を受ける者は、我の命を使えるものなら使ってみよと訴えるように睨む。
それに対して畆弩は力強く視線を返した。まさに挑戦はいつでも受け付けると言わんばかりの自信と決して反抗を許さない威圧を含んでいた。
畆弩は視線を離して空へ目をやると式場は溢れんばかりの歓待の声で埋め尽くされていた。観衆から放物線を描いて降り注ぐ己の名に応え、大英雄は左拳を天へ突き出した。
再び喝采と歓声の波が押し寄せ、畆弩はいよいよ観閲台へ向かった。
「畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩! 畆弩! …… 」
その無敵の体躯を天へ押し上げるように彼の名が連呼され続けた。