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転生伝説  作者: キクチ シンユウ
~天上降下黙示録~
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解放

 武の武の視界は闇の中となっていた。一郎の姿が見えなくなってからどれだけ時間が経ったかわからない。そして、考えてもあの一郎が、自分の知る鬼塚一郎であるのかわからないでいた。一郎を止めるために戦うべきであるのか、一郎を止めずことの成り行きを見届けるのか。全ての人間を救う、それが力のあるべき人間の務めだと思っていた。それは超人として目覚めたからの意識ではなく、ずっと前から持っていた武の精神だった。だが、今一郎を止めればイザナミが復活してしまうのか。全てが疑心暗鬼となってしまっていた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 真っ暗な奥行に少し小さな光が差していた。ずっと向うに見えるその光から遅れて音がやってくる。

 聞き覚えのある声だった。ずっと前から知っている声ではないのに、ずっと前から知っている気がする懐かしい声だった。

 やがてその光の中から景色が鮮明に見えてきた。

 錠、赤松。瑛美子と瑛理子。早奈美や村椿たちクラスメイトの姿がある。

 まだ彼らと出会ってから一月も経ってないのに、そのクラスメイトたちのことをずっと前から知っているような錯覚を起こしている。

 そしてその向こうにはまた違う者たちがいる。

 三上や伊藤。武がかつていた学校にいた生徒たちだ。

 もちろん彼らも武とって大事な存在だった。出会えて幸福だと思えた友達だった。

 人と人の出会いが運命であるならば、武は幸福だった。

 だが、別れというものも運命に含まれるなら、それは辛い物かもしれない。その先にはあのバス事故で亡くなってしまったクラスメイトたちがいた。彼らとの出会いは、死別という別れさえも運命であったのだろうか。

 やがて武の視界の全体を真っ白な光が覆った。

 その光が薄れていくと、あたりには炎が広がっていた。

 鉄の焼けたにおいが充満し、肌は燃えるような熱さを感じている。あのバスの中だった。

 さっきまで目の前にいたクラスメイトたちと教師たちはもう死んでいて、誰の声もしない。裂けて露天している頭上の天上には、大きな南十字星が光輝いている。

 その星の姿がこの光景に肩を震わせてせせら笑っているかのように見えた記憶。

 忘れもしない記憶だった。

 武は、それから先の記憶を覚えていないはずだった。だが、その記憶のつながりは消えることがなかった。やがてこの先を知らない過去の記憶に恐怖し始めた。自分はこのまま死ぬであろうか、と武は勘違いしてしまっていた。

 バスを飲み込む炎はだんだん武へ近づいてくる。その炎から離れようとしたが、体が動かないことを思い出した。恐怖だけでなく身体中の痛みがその動作を拒むように(うめ)いた。

 そして夕空に輝く星から紫色に輝く光がバスをめがけて降ってきた。

 その紫に輝く光は、近づくにつれて広がっていき(よど)んだ不気味な天に変わっていき、武の頭上を覆うように落ちてくる。

 クラスメイトの死を目の前で見送った無力さ。そして、自分に降りかかる死に対し抵抗ができない無力さ。耐え難い運命への絶望感、自分への絶望感。その絶望が武の心を支配しかけていた。

 だが、死を目前にした少年はそれを許せなかった。運命を受け入れることを拒絶した。

 「たとえそれが運命であっても、その運命に立ち向かうべきだ! そして、この力はそのためにあるんだ!」

 爆発するような感情の高ぶりが体の中を熱くさせ、どこからともなく現れたエメラルド色に輝く光が少年の体を包み込んだ。

 そして武はこの時、超人になったことを思い出した。

 すると、今世界中でただ空を仰ぎ、無力と化した人々の姿が見えた。世界中の何億といる人間の顔を武は見た。

 ーーそうか、この力はそのためにあったのか……。

 また視界が真っ白に光輝き、闇の中の視界は白い柔らかい光の視界と変わった。そして目の前には武を待つ者たちがいた。

 瑛美子と瑛理子がいる。二人の姿はいつもと変わらない恰好をしているが、その姿が少しかすんで見えていてその実体が目の前にないことがわかった。

 「ここに君たちがいるということは、それが君たちの能力なのか?」

 「そう。思うことで神様の心とつながることができる能力」

 「祈ることでその可能性を実現させる力」

 「それが二人の能力……」

 「ここに来ることができたのは、あなたが神様の魂を宿した神体であるからなのよ」

 瑛理子が説明した。二人の能力はまさに巫女であり、タケミカヅチの魂を宿した武の心と繋がることができ、そしてその魂を葦原の国にいざなう道を作ることでもあった。

 「あなたは、鬼塚一郎とイザナミとの対決に備え、超人と目覚めた時の記憶を封印され、その5年後、鬼に襲われたところで神使に助けられることで高天原へ行きタケミカヅチノカミの魂が宿されていることが決められていた」

 「それは、一郎から聞いているよ」

 二人の顔は不安げだった。世界のためとはいえ理不尽にも仕組まれた運命を認めることは容易なこととは思えなかった。

 「でも、タケミカヅチノカミの魂を開放しなくては世界が助からないし、鬼塚一郎を止められない」

 「うん。俺は一郎を止めなくてはならない」

 「でも、それでは武君は……」

 「いや、もう決めたんだ。視界が真っ暗だった時に今までの友達の事や、みんなの事を思い出したんだ。記憶が無くなっていた昔の事故の記憶も思い出した。そして、今、世界中で空にある空間を見つめる人たちの顔が見えた。この力がどうしてあるのか。それをわかった気がする」

 「あの鬼塚一郎の力も、あなたの力も未知数よ。どちらが勝つかはわからない」

 「大丈夫。それでも俺は、この危機を回避するための希望になりたい」

 悲しそうな顔をしている瑛美子の表情を思い、武は声をかけた。

 「俺は必ず帰ってくるよ」

 「みんなで待ってるわ。あなたのことを」

 瑛理子は、瑛美子の肩に両手を乗せて武に言った。

 「必ず戻ってきてね」

 瑛美子の言葉に武は頷いた。

 二人の姿が消えていくのを確認したかのように、武の頭上から声が降ってきた。

 ――よくぞ帰ってきた、物部武。我はタケミカヅチだ。

 「あなたがタケミカヅチノカミ……」

 ――物部武よ。我がお前の肉体から芦原の国へ降りて、あの異世界を破壊してみせよう。そして我の力をお前に貸す。お前はあの鬼塚一郎に打ち勝つことができるか?

 「神様。僕は決心しました。だから大丈夫です。僕は一郎に負けません」

 ――あい、わかった。ならば、()け。物部の子供よ。

 武は肉体の目を開け、意識を取り戻した。

 一郎に閉じ込められた空間の中で、両手足と首の関節がしっかりと固定されている圧力を感じる。それと同時に、今までに体感したことの無いエネルギーを全身に感じていた。

 大きく息を吸って止めてから、全身に力を込めて思いっきり四肢を縦横に振った。

 その武の力に対して体を押さえていた圧力が剥がされ、空間が大きな音をたてて破れた。

 その爆裂した音に一郎は振り返り、武と向かい合った。

 「戻って来たぞ……一郎!」

 一郎は、武の一直線に飛んでくる瞳の輝きに全身の毛が逆立つ思いをした。その決意のある表情に、初めて対峙する相手に対しての緊張を覚えた。

 「武、俺を止めようというのか」

 イザナミの力を有する体から感じるパワーは大きい。だが武は怯むことなく視線を逸らすことはなかった。

 「武。俺に挑もうとするならそれで良い。だが、仮に俺を止められた所で、イザナミの復活は避けられないぞ? 人が増え続ければ、人が人と接するだけその魂の未熟さ故に悲しみを生み、欲を生み、悪を生む。それでも人間を守りイザナミの復活を待とうというのか?」

 「ならば! すべての人間を、超人へと導いてみせる!」

 一郎に対しての決定的な訣別の言葉だった。そう言い放った少年の顔には恐れはなく、目の前に対峙する幼なじみに自身の思いをぶつけてみせた。

 武の生気が漲り黄金のように輝く顔色と、対照的に、一郎の顔色は暗い深刻さがある。武の方にこそ、幼なじみとの別れへの躊躇が消えていた。

 二人の少年がいるこの世界と、二人の少年の頭上に広がる世界は空を境に対峙している。

 かつてこの世ができた時、分かれていった二色の色は互いにエネルギーとなり、それが万物の二面性、万物の対立する構造を創った。

 高天原の神々と黄泉の国の神々。人間と鬼。生と死。幸福と悲劇。やがて個人の心の中でも美徳と悪徳が生まれてしまった。

 それはこの二人の少年たちも同様だった。二人の対峙は、人間たちにとっての生と死の対峙であり、高天原の神々と黄泉の国の神々に代わった対峙だった。

 武が対峙する一郎に宣言してみせたのは、全ての世界すなわち神世に創られたバランスを打ち破るというものだった。その言葉が少年の声から出ることを先祖の康成は願っていた。万物の拮抗した構造を打ち破る存在になってくれることを。

 「そこまでの覚悟ならこの世界ごと俺を打ちのめしてみろ!!!」

 一郎の感情の爆発が体外に飛び出し、身の周りの瓦礫が四方に飛び散った。一郎の体から紫色のエネルギーが線の煙のようにゆっくり湧き出している。その姿は何人にも左右をされない絶対者そのものだった。

 武はその姿に恐れを感じた。だが、腹に中に感じる魂とのつながりを意識し、その体内のエネルギーを体外に解放させようとすると、その絶対者に対しての恐怖は消えていく。

 その魂の解放を意識した時、空からエメラルド色の一直線の光が武へ降りかかってきた。その光は芦原の国から武の体に飛んできたククリの力だった。

 ――少年! 存分に闘うがいい! 我が稲妻の力を持ってして!

 タケミカヅチの魂が武から離れて、武に降りかかった光の道筋を通り空高く飛んでいく。戦いと稲妻の神はククリの力の流れと逆流して芦原の国へ降っていった。

 「武! いくらタケミカヅチが空間の衝突を食い止めたとしてもこの俺がいる限り何度でもこの世界を創ってやれるのだぞ!」

 「だからこそ、俺はお前を止めるんだ!」

 武は、ついに一郎に対して康成からもらい受けた刀を抜く。

 両陣営の神の力を託された者同士による代理対決がついに始まった。

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