神の御霊
武の前で話しているのは、紛れもなく彼の知る鬼塚一郎であった。
だが、この空間に取り込まれてから何故、昔から知る鬼塚一郎に変わったのかわからない。武は話を聞いていけばその理由がわかるかもしれない、そう考えながら一郎の話を聞き続けた。
「イザナミが俺の体に入り込み、この肉体には二つの魂が存在するようになってしまった。どちらが体の主導権を握るのかは、眠りについて夢を見た魂の方に与えられた」
「夢を見た方? それじゃあお前にも主導権があったのか?」
「ああ。それに肉体の主導権をとられても俺の魂の意識はあった」
「それじゃあお前は、イザナミと共に行動してきたのか」
「そうだ。初めてイザナミの夢を見た日の朝、俺の部屋に8人の鬼が現れた。あの屋上のヘリに一緒に乗っていた連中だ。それとお前を襲った篭鬼もその中にいた。
イザナミは、俺の肉体の主導権を得ている間にこの黙示録のために様々な工作を指示した。さっき話したようにな」
「だが、この異世界を創ったのはお前の能力があってこそなんだよな?」
「そうだ。俺をイザナミが選んだ理由はよくわかる。それに思い出した事もある」
「思い出した事……?」
「武、このまま人類は繁栄し続けていいものだと思うか?」
武は息を呑んだ。その言葉にかつての親友の一郎の面影は無かった。
「人間らを守ろうとするお前らには悪いが俺はこの空間を衝突させる。そしてお前はここにいてもらう」
「い、一郎! お前は一郎なんだろう?! どうして?!」
言動の意味を理解出来ない武は、必死に問いかけるが一郎はそれには答えない。
「人類はこれから滅びる。この空間の衝突後に超人機関と黄泉軍の戦闘が始れば、その間に人間を殺し尽くすために百鬼夜行隊を送り込む」
「鬼を使って人間を殺そうとしているのか?!」
「武、確かに俺は鬼塚一郎だ。そしてすでにこの肉体の主導権はこの俺にある」
武は絶句した。残酷にもかつての親友の鬼塚一郎との再会は変わり果てた友との再会であった。
「武! お前がどうして高天原から来た白狼に助けられたのか。お前は高天原に連れて行かれたことによって、この俺と、イザナミと戦う宿命を課せられたのだ!」
自分の胸に聞いてみるがいい! 自分に宿されている存在を! お前がここに来たのは、お前たちの神々は俺に対抗するためにお前の体に神を宿したのだ! おそらくその神はイザナミを死へ至らせたイカヅチの血から生まれた武神であり雷の神、タケミカヅチ!」
その言葉で武の全身の毛が逆立った。武が高天原を発つ時に最後に寄ったのが、タケミカヅチの屋敷だった。
「そのタケミカヅチの力を解放すれば、この俺に対抗出来るだろうが俺は全力で迎え討つ。だが、俺はお前とは戦いたくはない」
「俺だってお前とは戦いたくない。俺がここに来たのは、お前を止めるためだ」
一郎はその言葉を聞いて武に背中を向けた。
「武、イザナミの復活に必要なのは人の負の心や魂だ。強欲な悪徳さ、悲しみ続ける心、これらの魂が肉体を失えば行き着くのはイザナミのところだ。このまま人が増え続ければ本当にイザナミは復活する。確かに善良な人間、幸せに死にゆく人間もいるし、それほど負の魂を残さず死にゆく人間もいる。だがな、今の神世のバランスでは負の魂の精算は出来ない」
「だから人間を皆んな殺そうというのか……? お、お前、イザナミと一緒になって考え方がおかしくなったんじゃないか? そこまで人間の事を外側から見たらまるで神様かなんかみたいじゃないか……!」
すると、武の視界から一郎の姿が消え、頭上から照らされる光が大きくなって広がっていった。武は瞬きすることを思い出したが、瞼が動かない。
「武。ここはお前の精神の中だ」
空から落ちてくるような一郎の声だけがあたりに響く。
「もう一度言うが、俺は鬼塚一郎としてこの空間衝突を行う。本気で止めようというならそのタケミカヅチの力を解放してみろ!」
武は胸の中に感じるククリの力にいつもと違う感覚を覚えた。確かに意識が身体のうちにある物を感じるとることが出来た。ただ、武は一郎の変わり様にただ同様しその力を解放出来ずにいた。