仕組まれた者たち
空を進んでいく空間母艦を仰ぎながら、白い巨体が建設現場で身を潜めている。先日、摩鬼と一緒に武たちを襲った猪幡だった。
「猪幡」
自分の名前を呼ぶ声に巨体は振り向いた。
「砕晶、言われた通り来たぞ。すげえことになっちまったな」
「ああ。これで人間も終わりだな。全てぶっ壊れるのさ」
猪幡をここに呼びつけたこの鬼は、砕晶という名で音を操る能力を持っていた。大谷組本社ビル突入の時に一郎と共にヘリに乗り込んでいた鬼の一人である。
「この前、物部武を襲って失敗したよな。猪幡?」
「ああ。篭鬼は前に死んだし、今度は摩鬼が死んじまった」
「まあ、そう落ち込むなよ、猪幡」
「なあ砕晶、お前はあの鬼塚一郎と一緒に行動してんたんだよな」
「ああ」
「天上降下黙示録ってのは……」
「ああ。あの世界を創ったのは鬼塚一郎で、この世界中の電子機器へのメッセージ送信は俺たちが担当した」
「俺たち? 人狩八十八鬼衆は鬼塚一郎に協力しているのか?」
「ああ。そうだ」
「なあ? 鬼塚一郎と人狩八十八鬼衆の関係は何なんだ?」
猪幡に近づいていた砕晶はゆっくり腰をかけてから話を始めた。
「猪幡。お前も面倒な時に来ちまったな」
猪幡の顔はどんどん引きつっていく。固まりかけた筋肉を動かして声をだした。
「どういうことだ?」
「5年前にこの世界へのでけえ入り口を創ろうとした計画があっただろ。あの計画の首謀者は篭鬼だった」
「何? あれは篭鬼が首謀者だったのか? 南婆羅族がやったんじゃないのか?」
「ああ。確かに表向きは南婆羅の手柄になっているがな。まあ結局、小さい入り口しかつくれず、しかも出現させた島は奪取されちまった。だが、それでも軍勢を送れる入り口ができたから、南婆羅の連中は喜んで資金と人材の提供を篭鬼に約束した」
「それで篭鬼は人狩八十八鬼衆を組織出来たんだな」
「だがな。これにも裏があって、これを指示したのは鬼塚一郎なんだ」
「は?!」
猪幡は声をあげた。その口が開いたままになっていたが、砕晶は気にせずに続けた。
「人狩八十八鬼衆は、超人機関に揺さぶりをかけるために超人狩りを始めた。だが、実際のところ超人機関の関係者にはネットワークがあったし、空間術があれば人間社会に知られることなく、対処することができていた。だが、俺たちは、次第に超人とは関係のない一般人を襲うようにした」
猪幡は黙って聞いている。
「そうなれば次第に超人機関はそのカバーが苦しくなり、また昔と違って、むすびの力を持たない人間たちの科学ってものが発達したから、自分たちの行動を隠密に行うのが困難になった。それに一番のネックはあの島だ。いくら秘密にしようとも人間たちの中には、世界の絶対者が自分だと勘違いしている連中がたくさんいるからな。おっと聞きたいことは後にしてくれよ。まだ途中だからな」
「あ、ああ……。それで人間たちは俺たちの存在を公表しなくてはならなくなったのか……」
「それで驚いたのは、百鬼連合国家の連中の方だ。鬼のほとんどの種族が手を取って国を形成するなんていう前代未聞の大国家を作っちまって、たかをくくってたら、超人機関が人間どもにむすびの力を公開したもんだから、またかつてのように逆侵攻を受けると思って篭鬼がつくった入り口に軍勢を派遣することにした」
「……」
猪幡はもう声が出なくなっていた。
「そしたら、超人機関の奴らも焦りだした。それに決定打を与えたのが、篭鬼の遺産の百鬼夜行隊だ。これが新設されたもんだから、超人機関は空間戦闘団を根の堅洲国からかき集めた。そしたらどうなるかわかるよな?」
「……百鬼連合国家はいよいよ逆侵攻かと思った」
「ご名答。そしてしびれを切らした南婆羅軍の侵攻だ。これに対応するために超人機関は異世界の衝突から人間たちを守ることが困難になる」
「な、なんてやろうだ……」
「天上降下黙示録。文字通り天が落ちてきて、ただの人間は全滅だ。そうなると生き残るのは超人だけだな。それになんで俺たちは超人狩りをしているのに超人狩八十八鬼衆じゃなくて人狩八十八鬼衆って言うと思う?」
猪幡は答えない。
「そもそもこの騒動のための部隊だからだ。空間の衝突後に運よく生き残った世界中の人間を一人残らず殺すためだから人狩なんだよ。そのために百鬼夜行隊をつくった。恐らく超人機関は衝突後でも南婆羅軍との戦闘が続くだろうから、生き残った人間たちを百鬼夜行隊から守ることはできない。全ては鬼塚一郎の手の内なのさ」
猪幡の顔は青ざめていた。自分が踏み入れてしまったとてつもなく恐ろしい企てに恐怖し、その巨体が小さく縮んで見えた。
「お、おい。どうして俺にこんなことを教えてくれたんだ……。なぜ?!」
「お前がこれから降りないようするためだとよ。悪く思うな、猪幡」
「じゃ、じゃあ最後に! 5年前って言うが、鬼塚一郎はただでさえガキだろ? こんなことを考えてられるのかよ!? しかもなんでお前は鬼塚一郎に従うんだ?!」
「よく考えてみろ。頭の上にある世界を創ってたのは、16歳のガキなんだぜ。それになお前は親を通り越した神様の命令に逆らえるか?」
「親を通り越した……? まさか鬼塚一郎は?!」
猪幡は呆然としながらあごを上へ突き出し空を仰いだ。
時を同じくして一郎が作り出した世界の空間では一郎が5年前から現在に至るまでの出来事が自分の仕業だと武に語っていた。
「そんな! 地殻変動からの一連の騒動は全てお前が仕組んだだと?! 馬鹿言うな、5年前の俺たちはまだ小学生だぞ!」
「ああ。その通りだ」
一郎は視線をずらし武を中心に回るように歩きながら話し始めた。
「母さんが死んで父さんが病にかかって、根の堅洲国から出られなくなり、お前のところに行けなくなった。
母さんがガネイの国の王族だったから、一族の者が俺を引き取った。そして俺は王子になり、そのうち俺は特殊な空間を創れる能力があることがわかった」
「この異世界もお前だから創れるということか」
一郎は武の正面の位置で背を向けたまま止まった。
「ある日、姿の無い者の声が聞こえた「その体に私を宿せ」とな」
「そ、それは?」
「イザナミだと名乗った。姉妹神の体から放たれたククリの力によってその姿を隠していた黄泉の国の女王だ。そして俺の返事を待つことなく、イザナミは俺の体に入り込んだ」
「ど、どういうことだ?」
「お前がさっき話していた俺の肉体にはイザナミの魂が宿っている」
「なんだと?!」
一郎はその日の出来事を詳細に武に語った。
――人間を滅ぼすためにお前の能力が必要だ!
一郎の体の中で女性の声が響く。耳をふさいでみても、やはりその声が体内で響いていた。
――われに気持ちを伝えようとしろ。心で思っても私へ伝わることはない。
「誰なんだ?! なぜ俺の体の中で声がするんだ?!」
――イザナミがわからないか? 鬼塚一郎よ。
「それじゃあ世界を創った夫婦神の?!」
――そうだ。それに人間と鬼の魂によって生まれた人魂のお前にとっては起源そのものであるな。
「待ってくれ。答えてくれ! あなたの声がなぜ俺の体の中で声が聞こえるんだ?!」
――鬼塚一郎。お前が持つ能力が、人間共を滅ぼすために必要なのだ。その創造神の持つ能力に近い様々な空間を創れる能力が。われはお前の能力が欲しいのだ。
「そ、そんな! 人間を滅ぼすだって?! そんなことできるわけがない! していいわけがない!」
――お前はまだ今は生まれてから幼い。だがやがて、お前もわれに賛同するようになるだろう。
武は一郎の話を黙って聞いていた。一郎の話すことは彼の宿命づけられてしまった人生であり、黙示録の始まりだった。