新宿上空遭遇戦
中央作戦室に敵の出現を告げる警告音が鳴り響く。
「東京湾上より、黄泉軍が出現!」
「十字形の発光物を確認しました! 敵部隊は南婆羅軍と思われます!」
「23区上空に展開する全艦隊に命令。各艦隊ごと集結し、品川上空へ急行せよ」
黄泉軍の出現にまず対応したのは、艦隊司令部だった。東京湾海上に現れた黄泉軍に対する防御ラインを展開するために全艦隊――5個艦隊の艦隊運動の指揮をしている。
「やはり、この夢の島は避けて、品川に侵入してくるコースだな」
「一番離れているのは、荒川上空に展開している第二艦隊です。急がなければ防衛ラインを構築できません」
「その他の艦隊を急がせろ。特に品川に近い第三艦隊は到着し次第、すぐに展開をさせるんだ」
東京湾上空に現れた黄泉軍のムカデのような形をした複数の空間母艦は、品川を目指して空を這うように船体を動かしぐんぐんと空を飛行している。
その全長は200mほどあり、その船の上にはすぐに飛び出せるように武装した鬼たちが所狭しと乗っていた。
そして中央の空間母艦にいる数名がこの軍勢の幹部たちで、その中央には南婆羅族の大将がいた。
「どうだ、人間共は?」
「どうやら東京湾沿岸近くで我々を迎え撃つようです」
「なるほど、なるほど。それでは遅延作戦が上手くいけばこのまま突入する。もしやつらに防衛線を作られたなら攻撃は開始せず、天が落ちるのを待つ」
配下の鬼は大将の命令に力強く返事をした。
「さあ、地上の人間共はさぞ驚くだろうな。この南婆羅の軍勢に」
南婆羅族。この一族は、黄泉の国を脱出しようとしたイザナギの後を追いかけた悪神の子孫であり、とても戦闘能力が高い種族である。その一族の伝統と能力の高さに揺るぎない誇りを持ち、大きな軍事力を有している。そのため百鬼連合国家においても強い発言力を持っていた。そしてこの種族の鬼がその空間に現れた時には、昼間でも光輝く巨大な十字の光を信号を空に放つ伝統があり、これは南婆羅軍の象徴だった。
大将の南婆羅濔玄は高笑いをした。
「まさに人間とっては地獄になるのう! 見よ! 天が落ちてくるぞぉ!」
南婆羅濔玄が言う遅延作戦を課せられていた部隊は、新宿の高高度にいた。
中央作戦室に新たな敵部隊の出現が報告される。
「新宿上空にて集結中の第一艦隊が敵部隊と会敵しました。艦隊はこれを応戦中、敵部隊は高高度から襲来した模様です!」
「抜け目をやられました。おそらくこれ以上の伏兵はいないかと思いますが」
「しかしこの警戒態勢に穴があったとは思えません。まさかあの空の世界から……」
「他の艦隊には、警戒を厳にせよと連絡。また第一艦隊の艦隊司令の山寺中将にそのまま一任する」
第一艦隊は1番艦『蒼龍』に乗艦している山寺中将が指揮をしている。
北を上にみて、左翼に一、三番艦。右翼に四、五番艦が位置していて、その中央にいる2番艦への攻撃が集中していた。
山寺中将は、中央に集中している敵部隊を殲滅するために左翼と右翼から中央へ挟み撃ちにするように指示を出していた。
空間母艦は、艦隊戦をするだけの空間を発生させる装置を備えており、また母艦同士の距離が近づけばその艦の数によってよえい大きい範囲の空間を創ることができた。
この挟撃は艦隊によって巨大な空間を発生させて、地上への被害を抑えるためである。
だが、艦隊運動の指揮を執る山寺中将ら第一艦隊の首脳部は、その乱戦のあまりに未だ詳細の状況が掴めないでいた。
その中でも作戦参謀は、未だに判明しない戦況の全体像を一刻も早く知りたかった。もし、艦隊運動に誤りがあれば、品川上空への集結に遅れ防衛ラインの構築ができない事態へと繋がってしまう。
「戦況の報告が断片的すぎる! 交戦中の各部隊の指揮官へ情報主要素となる有効な情報をあげるように逓伝せよ!」
情報主要素とは、例え一兵卒の報告であっても大部隊の指揮を決定する情報のことで、戦局を左右する可能性のある重要な情報である。
「通信手、岩本少佐と通信繋げるか?」
「岩本少佐からコード2番(我敵と交戦中通信できない)です!」
新宿の地上で避難する者たちの上空では、空を駆ける戦士たちの戦闘が広がっている。
そしてその空の中には第一空間戦闘団のエース、岩本少佐の姿もあった。
二番艦の周辺では乱戦状態になっていることが、一番艦からも確認できていた。
その流動的な状態の情報を艦隊司令の山寺も把握する必要があった。
「作戦参謀。前線の様子が知りたい。でき次第、岩本少佐と通信を繋いでくれ」
「承知しました」
「岩本少佐と繋がります!」
“作戦参謀。現在展開している敵部隊は雲を遮蔽物にしながら我々の高度より高い位置にいますが、空間母艦を撃破を目的としては装備が少なすぎます。そして機動性の装備が主体となっていますので、恐らくこの襲撃は我々の艦隊を遅延させることを目的としたものです。”
「考えてはいたが、やはりそうか。アウトレイジで十分叩けるか?」
“はい。敵部隊には高速な強襲艦しか確認を出来ません。我方の艦砲は敵の射程圏外から攻撃できます。すぐに品川上空に向かうための艦隊運動をするべきです”
「それでは艦と艦の間に距離がありすぎて空間を創れなくなってしまう」
“確かにそうですがこの敵部隊と接近するのはさらに撃滅に時間がかかります。それでは品川の防衛ラインの構築に間に合わず、地上の避難が完了しているなら、このまま叩くべきです”
「……わかった。少佐、意見具申を感謝する」
“ありがとうございます……。通信終わり”
岩本との通信を終えて作戦参謀は艦隊司令の山寺に正対した。
「司令。空間は展開できなくなりますが、品川へ急行しなくてはなりません。岩本の意見具申を採用しましょう。二番艦の離脱を支援しつつ、艦隊を右翼の四、五番艦を先頭にした車懸りに艦隊を回転させ、敵の射程距離圏外から艦砲で叩く。この艦隊運動をご承認いただけますか?」
「わかった。これより作戦の変更を全艦へ連絡。地上の部隊に働きかけて避難する人々への被害を何としても食い止めるのだ」
艦隊運動が変わったことによって戦闘をする空間戦闘団の隊員たちは、乱戦による格闘戦から離れた位置からの遠距離攻撃が主体となっていった。
それは鬼方の部隊が一番避けたかった展開で、遅延作戦の失敗へとつながる恐れがある。
「くそ! 距離をとるようになってきたな……。これでは遅延させることができん!」
鬼の指揮官は、じわじわとくる焦りに作戦の失敗を予感させられた。
地上からは5隻の空間母艦が渦を巻くように運動しているのが確認できる。その渦の中央では双方の攻撃が飛び交っていた。
やがて空の戦況は超人機関側が優勢に見える展開に変わっていき、渦の回転の一番先にいる空間母艦は、品川方面に向かい始めていた。