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転生伝説  作者: キクチ シンユウ
~天上降下黙示録~
19/38

仇討ち

 翌日。三人は、車両で恵比寿駅方面に向かうところを明治通りで渋滞にはまっていた。

 この時期はまだまだ日差しは強くなく、程よいぐらいに風も流れ、気温も長袖で心地良いぐらいであった。もちろん桜の花びらも一切なくなり、代わりに青々とした緑が風になびいていた。

 上空には、空間母艦がビルとビルの間を悠然と浮かんでいるのが見えるが、そろそろ市民たちもその姿に慣れてきたところだった。

 「僕たちの自動車訓練もこれを見越してだったのかね」

 「そうだろうな」

 「でも免許をとれたのは良いじゃないか?」

 「いやまて、超人なら、そもそも18歳にならなくても乗れたはず」

 「うーん。じゃあどうでもいいね」

 運転席には錠、助手席に武、そして後部座席には赤松が座っている。席を一時間で交代するローテーションになっており、後部座席に座っている時は待機ということになっているが、実質は休憩をとることになる。

 「全然進まないな」

 渋滞のためにジリジリとタイヤを回していた来栖はため息をついた。

 「左良し」

 助手席での注意喚起は現在ほとんど意味がなかったが、それでも武は言った。

 「別に言わなくても……」

 「……うん」

 「なんだなんだ、お前たちもう飽きたのか?」

 運転席と助手席のシートの間から赤松が顔を出してきた。

 「いや、飽きたんじゃなくてこんな渋滞じゃあさ。レーダーもって歩いた方が効率良いと思わない?」

 「んー、まあな」

 「それでは試験的な警備任務の意味がないだろ」

 運転席と助手席の間にあるレーダーは依然として反応を示さない。

 武は先ほどまで助手席の窓の向こうで構える店の情景を眺めていたが、やがて大きなビルの工事現場に変わってしまい、そのフェンスシートにイラストされているにやけ面の3等身の工事員とたて続けに目が合い続け、ずっと続くフェンスシートの景色が早く終わってくれないかと考えていた。

 「あー、なんとかならないかなこの渋滞」

 錠の方はなかなか踏み込めない退屈さに、緊張感を切らしてしまいそうになっている。

 そして赤松も二人の間から引っ込み、その体重で音をたてて後部座席に座り込んだ。

 武が5秒ほど見つめ合った3等身の工事員から、次の工事員と見つめ合うために移動していき、その工事員と目が合った瞬間、その目には鋭く強い殺気があることを確認した。

 すると突然、レーダーが発音し光りだした。

 「わ!」

 「来たか! え? おいジョー! 武がいないぞ!」

 「え?! 武が引きずり込まれたのか!」

 武が座っていた助手席は空になっていた。

 ――な?!

 突然、武は渋滞も車も人影すらない明治通りにいた。

 「赤松! 僕は先に武がいる空間に飛び込むから、大尉に連絡とこの車を道路からどけといて!」

 「錠! 気を付けろよ!」

 錠が空間に突入し、その姿を消した。

 赤松は車から降りると、両手で車を持ち上げて歩道に置いた。

 「松岡大尉聞こえますか?! 赤松です!」

 ――俺を引きずり込んだのか!!!

 武は乗っている車と共に何者かが創った空間に引きずり込まれていた。とっさに車を飛び出すと、車をめがけて火の玉が突っ込んできた。

 「うわ!」

 武が飛び出した後、車の反対側から声がし、その声の直後に車が爆発した。

 「今のは……ジョー?」

 たちまち煙を上げる車の前方に出てみると、車の反対側に錠がいた。

 「ジョー! 大丈夫か?」

 「大丈夫! あともう少しで直撃するところだった!」

 錠の姿を確認して安心したところで、武はあたりを見回すと人生二度目の空間への突入であることに確信づいた。

 「ジョー。間違いない。ここは鬼が創った空間だ」

 「物部武!」

 道路の向こうから声がした。そして声の主である鬼が姿を現した。

 「よくも篭鬼を殺してくれたな!」

 そのおどろおどろしい声に二人は身構えた。

 「篭鬼?」

 「俺を襲った鬼の名前だ。ジョー、外被を着よう!」

 「俺の名は、摩鬼! 人狩八十八鬼衆の盟友の仇だ! ここで死ね!」

 その言葉を合図に、ビルの上から武たちをめがけて数名の鬼が降下してきた。

 外被を装着し終えた二人は、道路の中央へ身を避ける。そして鬼たちは着地と同時に襲いかかってきた。

 武は、襲いかかる2人の鬼に対して自身の能力を使いじっくりとその動きを観察し、隙があるところを見つけて左腕から一直線に電撃を放つ。

 「ぎあああ!!!」

 襲いかかる一人目を排除してから、槍を持った二人目の対処へ移り、自身の刀を抜いた。

 武をめがけて飛び込んできた槍の穂先を刀で払い、頭上で円を描くよう剣先を回し、相手の首筋に刃を斬りつけた。

 一方、錠は3人の鬼から素手の格闘で襲われた。最初の一人目が一撃を打ち込んだところ、その右手が打ち込まれるのより速く錠の左手のカウンターが打ち込まれていた。

 錠は能力を使って最初一撃を予想していた。

 今後は背の高い鬼が突っ込んでくる。一撃、二撃、三撃をかわしてから、顎に左手の前拳を打ち、その動きを止めると飛び跳ねて右足の回し蹴りを相手の顔に打ち込んだ。

 頭上の錠と三人目の鬼と目が合う。その瞬間、地面の下から爆発が起こって鬼は爆炎に包まれた。

 二人の周りの鬼は全員倒れたが、また数名の鬼たちが二人をめがけて横一線の隊形で突っ込んでくる。

 その横一線に並んだ鬼に向かって巨大な鉄拳がビルから飛び出してきた。その鉄拳はコンクリートでできていて二人の応援の登場を意味した。

 「こ、この鉄拳は!」

 錠が鉄拳の出どころに目をやるとそこに赤松がいた。

 「赤松!」

 「おう! 二人とも大丈夫か?」

 「大丈夫だ。大尉には?」

 「ああ、もう連絡してある。しかし、無事で良かったぜ。どうやらなかなか俺たちでも通用するようだな」

 「そのようだね。訓練の賜物(たまもの)だよ、賜物。だけど、向こうにいる摩鬼とかいう奴はなかなか怖そうだよ」

 「二人とも今のうちに鬼の体を消滅させるぞ! 戦闘の邪魔になる!」

 禊の力は、命を失った者の体を消滅させることができる。命を失った肉体は生前と違い、体から禊の力がなくなってしまうため、消滅させる力から身を守ることができず跡形もなく消えてしまう。

 摩鬼が刀を抜いて三人の方へ走ってくる。三人は迫りくる敵に対して構えた。

 「おい、なんか凄い音がしないか?」

 「え?」

 摩鬼が刀を抜いてこちらへ向かって来るが、その足で地面を蹴る足音は、コンクリートが重量によって砕ける音のようだった。

 ――あの摩鬼とかいう鬼はこんな足音を立てるほど体重があるのか?

 三人は摩鬼の体に対しての足音の大きさに違和感がした。

 「何にせよ向かって来る敵には違いはない!」

 赤松が先に攻撃をしかけようとしたところ、赤松がいる左方向のビルから突然白い物体が飛び出してきた。

 「な! なんだぁ!」

 「赤松危ない!」

 その白い物体の正体は、背丈が2.5mは優にある大きな鬼であった。

 赤松の位置に飛び出してきたその鬼は、右脚で赤松を蹴りあげようとしたが、間一髪のところで赤松は攻撃を避けた。

 鬼はすぐさまに振り返り、もう一撃を赤松にしかけようとしたが、その左顔面にロケット弾をぶつけられた。錠からの攻撃だった。

 爆炎に覆われた白い巨体にはダメージが見られない。その鬼の顔面は透明なフルフェイスの防具で覆われていて、後頭部は白色の堅い衣が覆っていた。

 「こ、こいつ! 間違いない! こいつは装甲肉弾兵だ!」

 こう呼ばれる鬼の兵士は、禊の力と柔軟だが厚みと強度がある麻を素材にした白色の衣を上下にまとい、その上に胴回り、腰回り、そして膝から足の甲にかけて装甲を付け、顔面には剣道の面のような面金とフルフェイスの防具を付け、後頭部は白色の衣で守っている。

 この体全体の装甲を盾に敵陣に突入する兵士は『装甲肉弾兵』と呼ばれている。

 「赤松! 気を付けるんだ! こいつが付けている手のグローブは得意の近接戦闘術のために開放式になっている! 掴まれたら俺たちは終わりだぞ!」

 「わかった!」

 「摩鬼! この二人のガキ共は俺が殺す! お前は篭鬼の仇をとれ!」

 「おおおう! 猪幡! 任せたぞ!」

 ぶんぶんと力強く、そして素早く四肢を振り回すその白い巨体に錠と赤松が応戦している中、摩鬼が武をめがけて突っ込んできた。

 武はすかさず拳銃をとり、摩鬼向かって弾丸を放った。

 しっかりと両手で構え照星で照準して撃った弾丸は摩鬼に真っ直ぐ飛んでいったが、それを摩鬼はすべて刀で弾いた。

 その突進が止められてないと覚悟し銃をしまって、刀を抜き、摩鬼の一撃を受け止めた。

 「さっきお前の動きを見ていたが、お前は相手の動きが遅く見える能力を持っているな?そうだろ? それとあそこの小僧も同じ能力か?」

 摩鬼は自分の部下たちが襲いかかる様子を観察し、武と錠を能力が相手の動きをじっくりと観察してから反撃の判断をしていると想定していた。

 「な?! お前! 自分の部下を実験体にして相手の能力を見計らうとしたのか?!」

 「それがどうした? お前に倒されたあいつらも篭鬼の仇をとりたかった! それにな、弱いやつは自分より強いやつと戦って勝たなくては強くはなれんのだ!」

 武は、摩鬼の腕力に対してつば競り合いをできるだけの筋力があった。

 両者共に刀を握り締めた両腕を震わせている。相手を倒すべく自分の戦い方に流れを持っていく方法を考えていた。

 摩鬼がぐいっと力で押し出し、武は後へ引いた。

 「小僧! その小賢しい能力も俺に対しては無駄なことを教えてやる!」

 摩鬼が再び刀を頭上に降りあげて武へ刀を振り下ろした。武はそれを刀で抑える。

 武が相手の二撃目に備えて刀を移動させようとしたその時、再び同じく頭上から摩鬼の二撃目が飛び込んできた。

 ――こんなに速く攻撃を繰り返したのか?!

 摩鬼はその直後に刀を後方下向きに向ける脇構えへと構えを直してから、武の右大腿部に向かって刀を振り上げた。

 武は右脚を後退させて、刀を振り降ろしその一撃を抑えた。今度は武が攻撃を出そうとすると、また同じ位置に摩鬼の刃が飛び込んできた。

 「うお!」

 思わず武は声を出した。

 そしてその刹那、武の顔面めがけ摩鬼の刃が突っ込んできた。

 武は両脚の筋肉に緊急回避を命令する。後方へ飛び込み、着地するや更なる攻撃を恐れて後方へ宙返りした。

 「ふはははは! どうした? お前の能力を使ってよく見たらどうだ?」

 摩鬼は刀を頭上の上段に振り上げ、武も上段に振り上げる。互いに前脚を一歩踏み込んで刀をぶつけた瞬間に、武は自身の能力を使った。

 武の右こめかみに向かってきた摩鬼の刃と武の刃がぶつかり弾け、摩鬼は次の攻撃に移行したが、なんと、両腕と刀が分身し体を離れてもう一度武の右こめかみめがけて斬り込んできた。

 その攻撃を武が抑えると分身した腕と刀は風に流れて消えてしまった。

 すぐさま構え直した摩鬼の体から二撃目が斬り込まれてきて、武はその一撃を抑えるも、再びその位置へ刃が飛んでくる。

 摩鬼の能力は繰り出した攻撃をもう一度再現させることができる能力だった。

 「お前の能力は、体を離れた分身が同じところに攻撃を繰り出せる能力か!」

 「わかったか小僧! だがわかったところで、お前の能力はただ遅く見えるだけで自分の動作が加速するわけではないだろ! 見えているところで、俺の攻撃をただ指をくわえて見ているしかないのだ!」

 「仕留められない攻撃を何度しようが、意味はない!」

 武は強く言い返した。

 摩鬼が真っ直ぐ打ち込んできた瞬間、武は右斜め前方に右脚を踏み込んで入身をした。

 摩鬼の刀が振り下ろされた時には、武は摩鬼の顔に一撃を斬り込む準備ができていた。この状態では摩鬼の能力も意味がない。摩鬼の能力は分身ではない。

 「く! この!」

 すかさず武は斬り込むも、摩鬼は下ろした刀を振り上げ武の刀を弾いた。

 「そこだ!!!」

 武はすぐさま刀で突くために脇で構え刃を突き出した。

その刹那にその突き出した刃の真ん中に摩鬼の刃が突っ込んできた。先ほどの武の攻撃を弾いた摩鬼が振り上げた刃が再現されたのだ。

 「ぐっ!」

 真横から弾かれた衝撃で武の刀は手から離れて飛ばされてしまった。

 「馬鹿め! 勝ちを焦ったな!」

 武の咽喉に向かってすかさず摩鬼は剣先を突き出したが、これは摩鬼も勝ちに焦ってしまっていた。

 両手が自由になった武にとって、この直突きは恰好の態勢だった。

 左脚を前に半身になりながら左手刀で摩鬼の手を抑えた。そのまま右脚で踏み込みながら右腕をあげ、右脚を踏み込む。

 ――しまった! この小僧は体術を得意としていた!

 この時、摩鬼の腰は武の右大腿部に乗る。そこに武の右腕が摩鬼の体を巻き込むように振り下ろすと、摩鬼の両脚は空を向いた。

 「ぐはっ!」

 摩鬼は地面に背中から叩きつけられ握っていた刀を離した。

 「らぁぁぁ!!!」

 摩鬼の顔面に向かって体重を乗せた左拳を打ち下ろすが、寸前のところで摩鬼は体を回転させてその攻撃を避けた。

 打ち下ろされた拳はコンクリートを砕いていたが、武の拳は砕けていない。

 その拳を上げると同時に摩鬼の体が立ち上がった。

 「この小僧! 許さん!!!」

 摩鬼は武の動じることのない即応力に戦慄した。

 「赤松! こいつだ! こいつがこの前の超人狩りの犯人だ!」

 「ああ! そうみたいだな! こんなパンチを顔面に喰らったら跡形もなくなる!」

 錠と赤松は二人がかりで猪幡の応戦をしていたが、その堅い装甲と四肢をぶんぶんと振り回し繰り出させる攻撃に突破口を見つけられないでいる。

 「ははっ! お前たちもミンチにしてやる!」

 「この野郎!」

 赤松が道路のアスファルトを変化させて繰り出す鉄拳も、幾度もその装甲に弾かれ、ダメージを与えらない。

 「こいつ、どうやったら!」

 顔面の攻撃を狙うも素早く避けられてしまい、なかなか当てることができない。

 先ほどは瞬く間にその才能を発揮して敵兵を蹴散らした二人だったが、ここに戦いの厳しさを痛感していた。

 「ぼうぅ!」

 顔面への攻撃を狙って宙に跳んだ赤松に向かって、猪幡は左回し蹴りを繰り出す。

 その長い脚から飛び出してきた攻撃は、とてもその体からは信じ難い速さで赤松まで届いてきた。

 「赤松!」

 回避が間に合わないと判断し、赤松は収納空間から装甲を取り出し盾にしたが、いとも簡単にぶち破られた。

 「おりゃあ!!!」

 回し蹴りの軸足になっている猪幡の右脚に錠が斬りかかる。

 錠の刃は、高い音をあげて折れてしまった。

 「あらま!」

 「ジョー! 叩きつけるからだ! 斬りつけるんだよ!」

 「もう斬りつける刀が無いって!」

 「次からの話だ!」

 「じゃあ今言わなくてもいいよ!」

 ガラスが割れる音がした。錠と赤松の後ろでは人影が喫茶店に向かって突っ込んでいくのが見えていた。

 摩鬼の突き蹴りを腹にくらって武は両脚で踏ん張ったが、再度飛び出した突き蹴りに耐え切れず、体が吹き飛ばされたのだ。

 「武!」

 「武! だいじょ、うお!」

 「お前たちに仲間の心配をしている暇はないぞ! はは!」

 吹っ飛ばされた武は喫茶店に突っ込み、カウンターの客席側に背中をつけてうなだれていた。

 摩鬼の突き蹴りは、強靭な超人の骨を折ることはなかったが、それでも武の腹部に激痛を与えている。

 武が飛び込んできたために荒れてしまった店内にゆっくりと摩鬼が踏み込んできた。

 「さあ、これまでだな。死んでもらうぞ」

 「……勝ちにおごりやすいのはお前の方だ」

 「何だと? 死に体がぁ!」

 武の右手の指先は、カウンターのコンセントを触れている。

 そして摩鬼が立つのは、電灯の真下であった。

 店内で稲光が光る。武の体からコンセントへ、そして電気の配線を繋がって電灯まで走り、そこから摩鬼に向かって電撃が落ちてきたのだ。

 店内が真っ白に光る。

 これは、高天原の修行中に武が教室での体験から考えだした室内戦闘用の攻撃方法で、これを雷小屋という。

 「ががががががががが!!!」

 摩鬼の開いた口から見える歯がガタガタと揺れ、それ以上に体が揺れに揺れていた。

 武は拳銃を構えたような左手を踊り狂う摩鬼に向ける。

 「吹き飛べ!!!」

 その気合の声が上がると、武の左肩から電撃が走り左手から腕と同じ厚さの青く輝く電撃が飛び出した。

 それをくらった摩鬼の体は吹き飛び、道路の反対側のビルに突っ込んでいった。

 武が左腕から繰り出した電撃は、肩から左手に伝わってきた撃力のある電気を飛び出せる電撃方法で、康成から教わったものだった。これは康成の死後の人物だが、江戸時代の伝説的な力士雷電(らいでん)の張り手からとって康成が命名したもので、これを雷電という。

 ビルの壁に突っ込んだ摩鬼は、背中が壁にめり込み手足は伸び切ってしまい、うなだれてその息はもうなかった。

 「な、摩鬼!」

 「赤松! 敵が!」

 「おお! 武がやったんだ!」

 猪幡はじろっと黒目を動かして辺りを見渡した。

 「どうする? 三対一になるけど?」

 「はっ! たわけ!」

 「それなら、赤松離れろ!」

 錠が高く飛び上がり目下に猪幡を捉えると、両手を花のように合わせる。その手の平からはミサイルの群れが溢れ出す。

 ミサイルが一斉に猪幡に向かって飛び込んでいき、白い巨体は爆炎に包まれた。

 「よおおし! そりゃあああ!!!」

 今度は、赤松がその爆炎に向かって鉄拳を打ち込んでいく。

 だが、鉄拳には手応えがなく、鉄拳によって爆発の煙が払われると猪幡の姿はなかった。

 「なんだ? あ!」

 「あいつ、自分が作った道を」

 さらに煙が過ぎて行くと、猪幡は自分が作った通り道を走り去っていく姿が見えた。

 「摩鬼のやつ小僧にやられやがって! 先に物部の小僧を片付けるどころか自分がやられているじゃねえか! これ以上は敵の応援が来るだけだ!」

 白い巨体が走り抜けていく音だけが、ビルを突き抜けて作った通り道にこだましていった。

 「やっぱり、さっきの音は、あいつが壁をぶっ壊しながら走ってくる音だったか」

 「そりゃそうだね。摩鬼ってやつの体には合わないよ。おい! 赤松!」

 上空から10人ほどの応援が駆けつけ、錠たちの元へ着陸していた。

 「遅れてすまない! 君たちは大丈夫か?」

 「はい!ですが、もう一人の方が」

 喫茶店の方を指さすと、むくっと武の体が現れた。

 「武!」

 二人は武の元へ駆け寄った。

 「おい、大丈夫か?」

 「ああ。けど二回も腹を蹴られた。動くから骨にヒビは入ってないけど、痛すぎる」

 「ばあって吹っ飛んでたもんね。あれは良い蹴りだよ」

 「気が飛ぶほど痛かった。赤松の能力が羨ましくなったよ」

 「はは、だろうぜ」

 突然、ボロボロに壊された喫茶店がうっすらと通常の姿に戻っていき、道路上に車が浮かびあがってきた。

 「ん? 俺たちはまだ空間をでてないのに」

 「いや、この空間を創ったのは武が倒した摩鬼だったんだ。創造者を失った空間はその者が死んでから数分後には消えるんだ」

 「時が経てば消えるんじゃなかったか? まだ授業でやってなかったよな?」

 「いや、やったね」

 「赤松、ちゃんとノートはとるべきだぞ」

 景色が戻っていくと、あたりには超人機関の者たちがあたりにたくさんいた。

 摩鬼以外の他の鬼たちの死体はもうどこにもないが、摩鬼の(むくろ)は道路の反対側にある。

摩鬼と猪幡との戦闘の前に死亡して禊の力を失った他の鬼の死体は消滅させたが、すっ飛ばしてしまった摩鬼の肉体を、武はまだ消滅させていなかった。

 現れた摩鬼の姿は人々に晒され、人々は驚愕している。

 「あ、あれが鬼なのか!」

 「すごい! 会見の写真で見た通りだ!」

 「あれは顔が大きい種類の鬼なのか?」

 応援に駆けつけた者たちも武のところにきた。

 「あの鬼は君が倒したのか?」

 「はい。死体を消滅させてきます」

 道路を渡って摩鬼のむくろの前まで来た武が手をかざすと、摩鬼の肉体にはエメラルド色の雫が溢れてうっすらと消えていった。

これが禊の力の物質を消滅させる性質だった。

 「物部!」

 「ま、松岡隊長」

 「無事でよかった。よくやったぞ」

 武は、やっとほっとした顔になって松岡に答えた。


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