戦いの衣を着て
富樫の会見から4日が経過した。この四日間、世間の話題はククリの力に関連したものばかりで、老人から子供まで老若男女が超人に関心を持ち、東京の空を浮かぶ空間母艦を眺めていた。
経済、文化、科学、軍事にとどまらず、もはや全ての分野から注目が集まり、関心を持たない者は一人もいなかった。
ククリの力の生活エネルギーへの流用は、エネルギーの常識から経済まで社会の根幹にいたるまで覆してしまうために世界のエネルギー業界に衝撃を与え、軍事転用に関してはこの世界の軍事バランスを変えるだけの可能性は十分にあった。
また国際的に日本政府は様々な国から対応を迫られた。世界の人々がククリの力の存在、超人と鬼、そして神の存在に驚き、海外のニュースもこの富樫の会見が連日ニュースとなって放送されている。
超人機関はこれを予想し、伝えるべき意味の相違がないようにすべての国家に対しての翻訳、吹き替えを予め用意しており、それを提供していた。
そして世界のどこかに超人機関と同じ存在意義を持つ組織の存在を少ない可能性ながら予想をしていたが、その声明はなかった。
世界がククリの力の登場に混乱する中、この四日間で鬼たちによる侵攻、または超人狩りは現在のところ発生していない。
しかし、黄泉軍の部隊が人間の世界への入り口へ突入するための準備を進めていることを確認し、数日以内に人間の世界への侵攻・攻撃が予想された。
今日、武たちのクラスは教室の授業ではなく松岡に連れられて職員室の前まで来た。
「あれは竹中さんだ」
「ん? あの中尉の人?」
錠は、襟もとの階級章を確認してから武に聞いた。
「俺をここまで連れてきてくれた人だよ」
そこには竹中を含めた数人の超人機関の者たちが待機していた。
武に気づいた竹中は、武と目が合って口は開かずに笑う反応をした。
「では開けてくれ」
松岡の指示でその者たちが職員室の応接室の隣にある両開きの扉を開くと、まず松岡が部屋の中に入っていった。
その部屋の天井は、曇りがかったような灰色で、壁には刀剣や銃器など武器や装具の名前の看板がある。窓は大きくそして破られないように格子があり、床には日の光を反射している銀色のケースが教室の席の並びと同じように置かれていた。
「教室の自分の席と同じ場所まで来てくれ。それとケースに自分と同じ名前が書いていることを確認してほしい。確認したならば中身も開けてみてくれ」
銀色のケースに目をやると、銀が削られてそれぞれの自分の名前が彫られていた。
開けてみると中の一番上には黒いコートが入っていた。
「これは、超人機関で使用されている戦闘時に着用する戦闘用コートで外被と言う。みんな袖に手を通してみてくれ」
「武、これは空間戦闘団の人たちも着ていたやつだよ」
松岡に言われる前から錠は袖を通していて、一番早くコートを着用した。着てみると黒色の外被の丈は膝まであり、袖口がラッパのように大きく開いていた。
この外被の素材は、ポリエステルが石油から出来ているようにククリの力から出来ており、またククリの力によって製造されているために寒い時には暖かく、暑い時には装着しても暑さを感じさせることがない。
袖の中には武器等を収納することができる収納空間があり、そのために袖口が大きく開いている。また襟はセーラー襟のように長くなっており、襟を立てることで雑音の中や飛行中などにインカムを使って通信を可能にし、首周りを攻撃から守ることができる。そしてこの外被はククリの力の攻撃を受けても、ある程度身を守ることができる強靭さがある。
またコートが及ばない部位を守るために帽子、手袋、マフラー、戦闘靴がケースの中に入っていた。
「外被の下に着る物として、中には、外被に準じた製造によって造られた戦闘用の服も入っている。だが、緊急時は制服や私服の上にそのまま着て構わない」
松岡の説明を聞きながら、武もそのコートを着てみた。真っ黒な生地にベルト部分の金属の輝きが重そうなイメージがあったが、着てみると肌着と変わらない着心地で冬用のコートのような重さも感じさせなかった。
「すごいな、このコートは。全く重さを感じないし、動いてみても体と一体になってまるでコートなんて着ていないみたいだ」
「そうだね。こういうククリの力で造られた服は着たことがあるけど、これはまるで僕たちが着ている制服がそのままコートになっただけみたいだ」
「これがククリの力を利用して造った服なのか。ククリの力でも一体どれだけの用途があるんだ」
「ククリの力は万物の元だからね。それにククリの力を利用した術によってこうやって特殊な道具が造られているのさ」
武の前では、瑛理子と瑛美子がお互いに着こなしを整えていた。今は二人ともストレートのロングに髪を伸ばしていて、瑛理子が瑛美子の髪を使ってコートに似合う髪型を考えている。
瑛理子が武の視線に気づいて、瑛美子の肩を持って武の方に振り向いた。
「ねえ、武君、このコートならどんな髪型が似合うかしら?」
「うーん。コートが黒いから、ショートか上でまとめた方がいいんじゃないかな?」
「んー、なるほどね」
「瑛理子。武君が言うような感じがいいんじゃない?」
「そうね。武君がそう言うからそうしましょうか」
胸までかかっていた瑛美子の黒髪はみるみる縮んでいき、その長さは首辺りまでになった。そして前髪、横髪、後ろ髪を整えるとミディアムの髪型になった。
髪型が変わった瑛美子の姿に新鮮さを感じながら、優しそうで可愛らしい雰囲気は変わらず、武は姿にまた胸の内の高揚を感じた。
生徒たちが外被を手にとってケースの中身をだいたい確認したところを見計らって松岡が再び話し始める。
「だいたいみんな確認したな。それではここから、今回の君たちに参加してもらいたい作戦について説明する」
松岡が話し出すと、正面の壁が中央で二つに割れて左右に離れていき、中から液晶の画面が現れた。
画面には上空からみた東京23区の地図が映し出されている。
「鬼たちが超人狩りのために人に襲いかかる時は空間を造りだしてそこに超人狩りの対象者を引きずり込み殺害しようとする。鬼が創りだしたこの空間の発生は、レーダーによって察知することができるのだ。そこで君たちにはレーダーを搭載した端末を携帯しながら、車両で移動しつつ23区を警備してもらいたい。そして指揮はこの私、松岡大尉が執る!」
松岡は生徒たちに一礼した。通常部下に対してこのようなことはしないが部下といえ目の前の者たちはまだ少年少女であるし、初めて作戦に参加するということを考えてのことだった。
顔をあげていると生徒たちの顔に「暑い」と書いてあるのがわかって慌てて熱を下げた。
「す、すまん! つい熱が入ってしまった!」
「ゴホン」と、松岡は咳払いを一回し呼吸を整えた。
「作戦に参加している時は私のことは大尉もしくは隊長と呼ぶように。それではこの中から、来栖、物部、赤松の三名は、明日より警備を実施してもらう。三名ともいいな?」
三人はそれぞれ返事をした。これこそが、三人が松岡に呼び出された理由だった。三人は、学生隊よる三人一組の警備体制を試験的に実施するため人選された生徒だった。