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転生伝説  作者: キクチ シンユウ
~天上降下黙示録~
15/38

空間のつながり

 いよいよククリの力の存在の発表を控えた超人機関は、その準備に追われていた。発表による人間社会の混乱は、国内にとどまらず全世界に波及するのは予想されていたが、実際、超人機関にとっては、その後の社会の動向よりも鬼たちの黄泉軍の動向の方が重要だった。

 現在、首都圏内において超人狩りが発生しているが、鬼の侵攻に対して最前線として捉えられているのは、人間の世界への黄泉路が存在する東京湾海上である。

 だが、この入り口より大きい黄泉路が人間の世界と鬼の世界の中間に位置する根の堅洲国に数多く存在しているために超人機関の戦力の大半は、根の堅洲国の防衛に充てられていた。

 この発表にさきがけ、超人機関は一年前、人間の世界と根の堅洲国を迅速に往来し展開できる部隊として、『第一空間戦闘団』を再編成した。この部隊は、70年前に根の堅洲国で起こった鬼との大規模な戦争の際に活躍した部隊で、伝統ある部隊だった。

 再編成されたこの部隊の特徴としては、空間を浮遊し高速で移動可能な母艦を利用し、空間をまたにかけて展開することであり、また超人の中で戦闘機動の能力が高い精鋭が多く所属している。そのため、この部隊の展開によって鬼の動きをけん制することができた。

 超人機関は、発表後の鬼たちの侵攻に備えてこの部隊の半分の戦力を母艦と共に人間世界に移動させ、また発表の際にはデモンストレーションとして活用することにした。

 そしてこの発表に伴う動きは、武たち金鵄夢の島学院の生徒たちにも影響を及ぼすことは当然だった。

 それは発表後にさらに増加するだろうと予想される超人狩りに対し、その被害の増加を阻止するべく構想された対超人狩り部隊に、新たに機動的な支援部隊として学生隊を新設する構想だった。そして今、その構想に深く関係を持つことになる生徒が選定されようとしていた。

 武がこの島に来てから一週間が過ぎた。だいぶ慣れてはきたが、やはり今までとは自分自身も環境も全く変わってしまい、まだまだ驚くことが日々現れた。

 クラスメイトでありルームメイトである二人は、この時期に入学したのはちょうどいいと言う。ククリの力についての知識はまわりの人間に聞けばわかるが、今、世界の空間の形成についての授業を受けている時期だからというのが理由だった。

 教壇では、空間について知識を持つ野澤教師による授業が行われている。

 「えー、昨今起きている超人狩りと呼ばれる鬼たちによる襲撃は、空間術を利用し行われていますが、どのように空間術を利用しているのか。それはこの今を生きる世界、そして空間を知らなくてはなりません」

 教師の目から、必死さが際立つ生徒が確認できる。武は一言一句漏らさずノートをとっていた。

 「武……。先生の言ってることを全部書き取らなくても大丈夫だよ……」

 「……だけどな、ジョー。新しい常識は理解するまでが大変なんだ。あとで見直してわかるようにしてないとさ……」

 二人は教師に怒られぬように小さな声で話している。教師は気づいてはいたが、とくに注意をせず、話を続けた。

 「この世界は連続する空間のつながりです。えー、つまり私たちは絶えず新しい空間を迎えています。そして古くなった空間は過ぎ去り消えていくのです。かつて東は生の方向、西は死の方向と呼ばれていましたが、これはただ日の出の方向と日の入りの方向というわけではございません。かつてから人々は連続する空間のつながりを知っていたのです。生の方向が新しい空間が迫りくる方向、死の方向が古くなった空間が過ぎていく方向と知っていたのですね」

 「ジョー……。これは空間と時間が同じということで良いの……?」

 「いや、まあ……近いんだけど、時間と空間は一緒ではないんだよ……」

 「むむむ……」

 「えー。ククリの力によって成り立つ生物という存在は、迫りくる新しい空間をまたにかけて生きているわけですが、有限の命という宿命を与えられてしまったために、またにかけられる空間の限界ができてしまいました。それが寿命です。一方、神という存在は、またにかけることができる空間の限界がありません。そして、神という存在は、空間のつながりに左右されません。また無機物は、その素材によって空間をまたにかけることができる限界は変わってきます。建物は朽ちてしまい、食べ物は腐ってしまいます」

 教師は、黒板のほうへ向いて三つの円を描き、真ん中の円の中に人間を描いた。そして三つの円の間に矢印を入れた。

 「図で表すとこうなりますね。真ん中の円が現在いる空間。矢印の先の円が過ぎ去った過去の空間、そして真ん中の円に矢印が向いているのが新しく迎える空間です。これが連続する空間のつながりです」

 教師はさらに真ん中の円の下に円を描いて、中に人間と「鬼」の字を書き込んだ。

 「鬼たちが超人狩りを行う際には、空間と空間のつながりから現在の空間を隔離させて、その対象者をその空間に引きずり込みます。これが空間術であり、空間を創るといいます。この空間で殺されてしまった者は新しい世界を迎えることができません。えー、よく『ここで死ぬ運命(さだめ)だ』という言葉がありますが、それはつまりこれ以上先の空間を迎えることができないぞ、という意味の言葉ですね」

 「それって先生が言われた言葉ですか?」

 生徒の中から質問が出た。

 「うーん、昔それをしつこく言うお方がいてね。私は何回もそれを言われました」

 教師が質問に少し含み笑いをしながら答えて、生徒たちが笑った。

 その中で、気持ちがたまりかねた武は、手を挙げた。

 「先生、空間がやってきて流れていくということは、世界の全ての人間が同じ空間にいないということですか? 東に進めば新しい空間に行けて、ずっと西に向えば新しい空間はこないということなんでしょうか?」

 「物部君。時差とは違います。時差としては、日付変更線までなら時間を戻ることができるでしょう。しかし、現在いる空間と新しい空間そして古い空間の間は、刹那的なもので時間の単位では言い表せません。一歩踏み出そうと思った時には何重もの空間を受けているんです。確かにほんの少しの遅れはありますが、東へ進もうと西へ進もうとも、空間は常に更新されているのです。それが空間のつながりなのです」

 また教師は黒板に体を向けて、真ん中の円の上に「刹那的な現在の空間」、矢印の先の円の上に「迫り来る空間」、そしてもう一つの円の上に「過ぎ去った空間」と書き込み、すべてをひっくるめた楕円を描いて、「空間のつながり」と書いた。

 「この空間のつながりが世界なのです」

 武はいつの間には、ペンが止まっていることに気づき、その図をノートに書き込んだ。

 「えー、話を戻しますが、物部君。鬼に襲われた時、周りに人気が全く感じられないようになってしまったのではありませんか?」

 「はい。確かに周りの人はいつの間にかいなくなって、車や電車も通らなくなってしまいました」

 武がそう言うと、野澤が右手を胸まであげて指を強く握り締めた。

 すると瞬く間に教室には、武と教師しかいなくなって机とイスは武の物と野澤の教壇しかなくなった。周りにいた生徒たちの姿と、その机とイスがない。だが、教室の時計もあれば、隅の掃除用具のロッカーはそのままある。

 「今、私が空間を創って、君をこの空間に連れてきました。この世界に入ってきた私たち以外の、この空間に入らなかった生物のみが所有と操作をしている物体は、その生物のククリの力が関与を受けているためこの空間には入ってきません。ですから、物部君が襲われた時も車や電車も無くなっていたのです。そしてこの空間に入ってきた私たちが所有と操作をしていた物体はこの世界に入ってきています」

 「……ではこの空間はどれぐらいの広さがあるんですか?」

 「今創ったこの空間はこの教室ぐらいです。創った者の能力によって大きくもできます。そして空間の境目があります。境目より向うには行けませんが、その先の景色は見えます。その時、遠くの景色には変わりはなかったんではありませんか?」

 確かに武が襲われた時、遠くの景色には変わりなく建物の灯りが確認できていた。だが、その景色との境目があったことには気づくことはできなかった。

 「この空間で死んでしまえば、もとの空間のつながりに戻れなくなり、新しい空間を迎えられないのです。そして、物質はというと……」

 教師が左手の甲を黒板に叩き付け、黒板が砕け散った。

 「ここは古い空間になってしまいますから、ここで壊れた現象は空間のつながりに影響を与えることがありません。しかし、自分が所有と操作をしていたものは別で、ここで壊れれば新しい空間を迎えても壊れたままです」

 自分の胸ポケットに挿されているペンを左手で取り出して、二つに折った。そして再び胸の位置に右手を構えると、うっすらとまわりの生徒たちの姿が見えてきた。生徒たちはとくに変哲もない顔をしている。

 そして先ほど砕け散った黒板は、砕ける以前の状態に黒板のままで、野澤が折ったペンは折れたままだった。

 この体験が二回目とはいえ、驚きが表情に表れている武を錠が笑って見ていた。

 「だいたい仕組みがわかりましたか?」

 「はい。いちおうは」

 「はい。皆さん失礼しました。このように操作して空間を消滅させられますし、創った本人が死亡してしまうと消滅してしまいます。また空間のつながりがありませんから、発生している限界はあります。それは作用しているククリの力を調べれば、どれだけの時間発生できる空間であるのかわかります」

 「では、空間のつながりを創ることはできないんですか?」

 これは別の生徒の中から質問がでた。その質問に少し時間を置いてから教師は答えた。

 「空間のつながりが創れるのは神のみです。高天原、この芦原の国、根の堅洲国、黄泉の国、そしてその他の世界は神が創った世界であるから、空間のつながりがあります。つまりこの世には、異空間と異世界があり、神は異世界を創ることができて、神以外は異空間しか創ることしかできない。この成り立ちをよく理解してください」

 教師が時計の針の位置を見測り、時限の終わりが近づくことを確認できたところで授業の終わりを告げ、日直の礼で授業が終わった。

 「武。だいたいわかったかい?」

 「うーん、大丈夫。でもまた聞くかも」

 「任せておいて。でも時間と空間は違うんだよ」

 「それはわかったよ」

 武は、机に広げていた物を片付けてから一人で廊下に出た。

 すでにもう慣れてきているから休み時間も一人で行動できるようになっている。

 「物部君」

 「ま、松岡教官。何でしょうか」

 呼ぶ声に振り返ると、松岡がいた。

 さきほど授業をしていた野澤は「先生」と呼ばれていたが、松岡は「教官」と呼ばれている。松岡は超人機関の部隊に所属しており、野澤は所属しているのは金鵄夢の島学院である。どちらも超人機関に所属しており、この学校で教師として教える立場の人間だが、部隊に所属する者は「教官」と呼ばれ、学院に直接所属するものは「先生」と呼ばれる違いがあった。

 「明日の朝、一限目の前に職員室に来てもらいたい」

 「はい。明日の朝ですか?」

 「ああ。話したいことある」

 「わかりました。では明日お伺いします」

 武が答えると、すぐに松岡は身を翻して来た廊下をきびきびと戻っていった。

 「武君、どうしたの?」

 あっという間に去っていく姿を見つめる武に、瑛美子と瑛理子が話しかけてきた。

 「今、松岡教官に話かけられて」

 「ああ。松岡教官は忙しく歩くわ」

 「そして教官がいるところは、気温が一度上がるの」

松岡は、30歳を迎えて若い時ほどのククリの力を体内に蓄えることができなくなったが、まだその力は健在で、彼の能力は炎と熱を操る能力だった。

 「松岡教官が、明日の朝に職員室に来るようにと言うんだ」

 「教官が?」

 「うん。俺一人みたいだし」

 「大丈夫よ。先生だって部屋をサウナに変えないように心得ているわ」

 「それに武君は頑張っているから問題ないわよ」

 瑛美子と瑛理子は今日も一緒にいる。

 仲が良くいつも二人でいるので、エミエリと呼ばれていた。

 武は転入してきた日には気づかなかったが、瑛美子と瑛理子は隣の席だった。

 「ええ。あなたは本当によく頑張っているわ」

 「ありがとう……」

 熱気と共に廊下の彼方に消えてゆく炎の男を見送りながら、武は自分がここに来た日に錠と赤松が松岡に呼び出されていたことを思い出した。



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