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転生伝説  作者: キクチ シンユウ
~天上降下黙示録~
13/38

超人青少年

 武を乗せた車は、東京湾の湾岸沿いの道路にでた。このあたりの道路も地殻変動の影響があったから、新しく綺麗な道になっていた。

 進行方向にシートに覆われた工事現場が見えてきた。そこは新夢の島へ続く橋の建設ということになっている。

 「この先に見える工事現場に入ります」

 「あの工事現場にですか?」

 「はい。この車のまま新夢の島へ行きます。あの通り工事中となってはいますが、すでに橋も完成しております」

 立ち並ぶコーンの間を縫うように通り抜け、完全にシートの内側に入る。シートに覆われた道を進むと、視界が一気に開けた。

 目の前に見える橋は、島へ向かって海上を一筋に伸び、幅も大きく左右に歩道もあった。こんな立派な橋が世間の知らぬ間に造られ誰にも気づかれることがないのは、ククリの力があってこその技術であるが、武はそろそろ驚くことがなくなってきてしまっている。

 橋を渡り終えると、最初の交差点に差し掛かった。道の先には街があることを確認できたが、右折して海岸線を沿う道を行った。

 「竹中さん。ご質問してもいいですか?」

 「はい。どうぞ」

 「竹中さんも、超人なんですか?」

 「いえ、私は超人機関に所属しておりますが、超人ではありません」

 「あの、超人ではない人も超人機関にいらっしゃるんですか?」

 「はい。この島には約2万人の超人機関に所属する超人ではない人間がおります」

 「なぜ、竹中さんは超人機関に?」

 「私の父は、超人でした。その関係で私は根の堅洲国の世界で生まれましたから」

 人間の世界と鬼の世界の中間に位置する根の堅洲国には、人間の世界への入り口がたくさんある地域があり、そこには多くの人間が住んでいた。竹中もその地域の出身者だった。

 「金鵄(きんし)夢の島学院が見えてきました。ご覧になってみてください」

 「学校にしては大きいですね」

 車は、金鵄夢の島学院の横を通る道に来た。学校の姿としては一般の学校と変わらないが、その敷地はとても大きかった。運動場も広く、そして見知らぬ建造物があり、これが超人のための学校の特有の施設と思われる。

 「また、この先を直進して行くと、超人機関の本部があります。あの大きな建物がそうですが、見えますか?」

 「はい。あの前に飛び出してるドームのような建物は何ですか?」

 「あれは中央作戦室です。あそこで超人機関のすべての行動を管理し指示しています」

 フロントガラスから見える本部の説明を終えると、学校の駐車場に入った。

車を止めてから学校の生徒の下駄箱がある昇降口ではなく、教師や教官が使用する玄関へ向かった。

 その玄関を入ると、中には2人の男がいた。竹中が名を名乗って武を連れてきたことを説明すると、やはりこの2人の男は武たちの来校を待っている者たちだった。

 武と竹中を二階の職員室まで通し、一人の男は武の荷物を預かると言った。

 「この荷物の中にすぐにお使いになるものはありませんか? このまま寮のあなたの部屋まで持っていきます」

 「いえ、入っているものは大丈夫です。お願いします」

 男は武のボストンバックを「よいしょ」と言って持ち上げて背負ったが、それを見て武はあのバックは重い荷物だったのだと、今気づいた。

 竹中が職員室のドアをノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえ、武を部屋に入れた。

 中から返事をした声の主は、松岡大尉だった。

 「物部武生徒を連れてまいりました」

 「ご苦労様」

 松岡は竹中に礼を返した後に武に対面した。

 「私は、松岡弘大尉です。超人狩り対策部に所属しているが、ここで教官もしています」

 「物部武です。よろしくお願いします」

 「先日は君を鬼の手から守ることができず、本当に申し訳ありませんでした」

 松岡は、そういって深く頭を下げた。

 「いえ。結果的に僕は無事だったわけですし。それにご先祖様に会うことができてとても貴重だったというか、気になさらないでください」

 武の言葉で松岡は頭をあげる。

 「そう言ってもらえると助かります」

 と言って、松岡は武に握手を求めた。

 武はその手に応じたが、その松岡の手から伝わる何か燃えるような感覚に、松岡のエネルギーを感じとれた。

 松岡は武を応接用の席に座らせてこの学校のしくみをプリントを用いて説明した。学級は一学年4クラスで他の校舎に中等部もあるが、武が編入する学年はこの学校の一期生であるために上の学年が存在していなかった。

 また生徒全員が超人ではなく、超人ではない超人関係者の子供も合同でのクラスの編成になっているが、転入するクラスの1年4組は超人のみで構成されるクラスだった。

 そして生徒たちが生活をする寮は、個人の個室がある三人部屋でだいたい同じクラスの生徒と同部屋になるようだ。あとは、学校の案内図のプリントを見ながらの教室や洗面所の位置、売店の説明などをされた。

 「次の時限のはじめに私と一緒に1年4組へ行こう。それまでこのプリントに目を通しておいてください」

 「松岡大尉、物部君。それでは私はこれで」

 武を連れてくる役目を終えた竹中はこれで超人機関に戻ると言った。

 「竹中さん、ありがとうございました」

 「いえいえ。また会いましょう」

 松岡が帰っていく竹中を追って職員室の扉で二人は小さな声で話をしたが、その内容は武まで聞こえることはなかった。

 プリントのだいたいの内容を読むと、教室へ行く時間になり松岡と共に部屋を出た。

 きびきびと歩く松岡の後につづき廊下を歩いている武だったが、先ほど松岡の手から感じた熱さのためか、少し距離を保つように歩いている。

 「今日の授業は今から始まるホームルームでもう終わりで、みんなに物部君を紹介するには、ちょうどいい日です」

 「それなら、よかったです。でもそれだけで一時限分のホームルームを使わないですよね?」

 「もちろん。今日は、近いうちに超人機関の存在が人間社会に公開されることについて話さなくてはなりませんから」

 「もうそれは、近日中なんですか?」

 「ええ。しかし、この発表までにもう4年近く時間をかけてきました」

 それが世界の人間の常識を180度変えるだけの発表になることは容易に想像できる。それだけ重大な発表となれば4年の準備は必要であり、それだけの覚悟が必要だった。

 松岡の言葉から超人機関全体が抱える緊張感が伝わり、ただでさえ転入生としての挨拶をどうしようか緊張している武に、さらに緊張感を持たせた。

 1年4組の教室に着き、まずは松岡が入って武は廊下で待機した。

 開けっ放しのドアから中の様子を人と目が合わない様に覗いた。

 松岡が、教室に入ると、日直が「起立!」と号令をかけて生徒たちは立ち上がった。松岡と生徒たちが礼をして着席をした後、松岡の合図で武は教室に入った。

 「東京から来ました物部 武です。ものべではなく、もののべです。よろしくお願いします」

 武が教室に入ってきて、生徒たちはざわつき始めた。例の転校生ではないか、その期待感が教室全体に立ち込めている。

 「物部君は先日、鬼に襲われたが、神使の方に助けられたためその後、高天原にいた」

 松岡のその言葉は、生徒たちを大いに反応させた。「やっぱり高天原からきた転校生!」とわかると、どっと雰囲気は盛り上がり、武はそのムードに緊張のリズムが加速していった。

 松岡から自分の席を教えられ、武は飛んでくる視線のアーチをくぐりながら、その席に向かった。席は廊下側から4列目で前から5番目だった。

 武が席に着くと、隣の席の男子生徒が「よろしく」と笑顔で言ってきた。来栖錠だった。

 「今日のホームルームは、近日中にククリの力、超人、鬼、そしてこの超人機関の存在などを人間の社会に発表することについて話そうと思う。この発表では、もちろんこの学校も公開される。だから君たちにはいくつかの注意点、立ち居振る舞いってものを教えておかなくてはならない」

 松岡が、先頭の生徒たちにプリントを配り、生徒たちがプリントを後ろへ後ろへと流していった。席の前の生徒が振り返り、武にプリントを丁寧に渡した。

 「どうぞ」と優しい声をかけてきた女子生徒は、微笑みながらも目は大きくしっかりと開いて武を見つめていた。そして、他の生徒よりも肌の色が濃く褐色でうっすらと頬に浮かびあがる赤い頂点に武は見惚れてしまった。

 女子生徒は微笑みながら前に向き直すと、武は自分の分をとってから、後ろの生徒に渡すために後ろを向いた。

 武が後ろを向くと、席の後ろの男子生徒は「ありがと」と、言って武からプリントを受け取った。その男子生徒は、赤松忠だった。

 武は、前を向き直すと後ろの席の生徒の老け顔に、自分たちより大人に近いような顔立ちで年が上ではないかと思った。だが、振り向いて確認しようとしても顔をまじまじと見るわけにもいかないから、それは考えないことにした。

 渡されたプリントに印刷されている見出しを読み上げる松岡の声に押されるように、文字を丁寧に追っていった。

 読み上げられているうちに初めて人名が登場した。富樫(とがし)義人(よしひと)。この富樫という人物が、現在の超人機関の代表であり、人間社会への公表を行う人物だった。

 超人機関の長は、局長と呼ばれている。局長は、人間社会の中で数少ない超人機関の存在を知る者たちとのパイプ役を務めていて、長期政権を保つことに成功した現政権の首相は、昨年に富樫との会談を果たし久しぶりの超人機関の存在を知る総理大臣となった。

 「発表後には、人々の関心になるのは確実だ。君たちには、この島の外にいる友人や知人がいるだろうが、自分の素性が超人なのではないのかという質問に対しては一切答えてはならない。これは君たち生徒に守ってもらわなくてはならない重要な事項の一つだ。だから携帯端末によるSNSの使用は十分に注意するように。それに、もし執拗に超人ではないのかと迫ってくる者がいるなら、すぐに私に相談するように」

 武は、鬼に襲われた日以来会っていない三上や伊藤などの友人たちのことを思い出した。武が以前に通っていた学校や道場に対しては、多発する容疑者不明の殺害事件に巻き込まれ重傷をおってしまい意識不明であるということになっている。そして武の両親は、友人であっても面会に応じない対応をしているために武の超人機関への参加は、秘密のうちに行うことができていた。

 だが、武のことを「超人タケル」と呼んでいた三上や伊藤など友人たちが超人の存在を知ったらどう思うだろうか。それに教室の蛍光灯が破裂する事故の張本人が武だというこを知らなくとも、実在する超人の存在を知ることで、武が超人であるかもしれないという憶測を生むかもしれない。だとしても武がその答えを友人らに話すことは許されない。

 配られた全てのプリントを読み上げられて、ホームルームの終わりを告げられた。

 開始と同様に生徒たちの中の日直が「起立」の号令をし、武も一緒に立ち上がった。それから「礼」の号令で「ありがとうござました」と生徒たちが言って、15度ぐらい上半身を前方に傾けた。

 「それでは、また明日。それから来栖、赤松」

 松岡に呼ばれて「はい」と二人は返事をした。

 「先日言った通り君たちの部屋に物部は入る。よろしく頼むぞ」

 「わかりました」と二人とも答えた。

 そして松岡は教室の出入り口に向かったが、途中で止まって振り返った。

 「物部はいきなりここにきて慣れてない。あまり質問攻めにして困らせない様に」

 と、言ってから教室を出て行った。

 しかし、松岡が教室を出ていくと一斉にクラスメイトたちは、武の方へ集まり武のまわりでにクラスメイトたちの輪ができた。そして息をつく間もなく、

 「なあ、高天原のことを教えてくれないか?」

 「神使の方はどんな格好をしてた?」

 「神様はどんな能力を使えるんだ?」

 たて続けにクラスメイトたちの質問が飛んでくる。

 松岡が去った途端に始まったクラスメイトたちの肉迫に武はうろたえてしまい、言葉がすぐに出なかったが、その転入生の救出は迅速だった。

 「まあまあ、みんな待ちたまえ。そんなにいっぺんに質問してしまっては、答えられるものも答えられないよ」

 武に肉迫してきた生徒たちの前に両手を広げて割って入ってきたのは、錠だった。

 「それに、おのおの方聞きたいことがあるだろうけど、物部君は今日引っ越してきて荷物の整理をしなくてはならないから、今はそっちを優先してもらうべきじゃないかな」

 「おいおい、ジョー。お前たちは同じ部屋だから良いかもしれないけど、俺たちは今しか質問できないだろ?」

 「あなたたちは良いかもしれないけど、女子寮のわたしたちはどうするのよ」

 「それならば、まず同部屋の僕と赤松から挨拶をさせてくれないかな」

 と、言って武の方へ身を翻し自己紹介をした。

 「僕は、来栖錠。物部君の同部屋なんだけど、ヨロシクね。そしてこちらがもう一人の同部屋の」と、錠が手を向けた先には赤松がいた。

 「赤松忠だ。よろしくな」

 武が赤松に挨拶を返すと、錠はすかさず武に質問をした。

 「物部君が鬼に襲われた時に助けてくれたのは、この前にここにきていた猫の神使の方なのかい?」

 「いや、俺を助けてくれた神使の方は、大きな狼の方だよ。だけど、その猫の神使の方も高天原で一緒にいたよ」

 「なるほど、やはりあれが神使だったんだね」

 「ああ、うん。そうだね。名前は猫の神使は影康様と言って、俺を助けてくれた狼の神使は白狼様っていう名前だったよ」

 「そんな伝説的なお方に助けられたのか!」

 白狼の名前を錠は、また生徒たちは知っていた。ということは、もちろん康成の名前も知っている。それは彼らにとって常識的に知っている知識だった。

 錠が武に質問をしていると生徒たちの中から女子生徒一人が出てきた。

 「荷物の整理を優先した方がいい、だなんて言って割って入るなんて、ただ物部君に一番早く質問をしたかったからじゃない? 錠?」

 質問を続けようとする錠の勢いを挫く一言の主は、武の席の前に座っていた褐色の肌をした女子生徒だった。

 「ね、姉さん。そんな言い方はひどいな、はは……」

 錠は苦笑いをして言った。そして錠とこの女子生徒は同じ褐色の肌をしていて、その両者とも輝きを放つ丸く大きな目を持っていた。

 「はじめまして。私は来栖(くるす)()理子(りこ)よ。物部くんと同じ部屋の錠の双子の姉です」

 武は、二人の同じ特徴をとらえていたが、やはり二人は姉弟だった。

 「はじめまして。似ていると思ったら、来栖君と双子の姉弟なんですね」

 「物部君、ジョーでいいよ。それとみんなは、じょう、って発音じゃなくて、ジョーっていう呼び方で呼ぶんだ。でも姉さんだけは、昔からじょうって呼ぶけどね」

 「さて、錠。実際、確かに同部屋のあなたたちが最初に自己紹介をするべきだけど、そろそろみんなに譲ってあげないと」

 「そうだな、ジョー。俺たちはあとで部屋でも聞けるし一回交代だな」

 同部屋の赤松にも促され、錠はその場を譲った。

 すると我よ我よとクラスメイトたちが武に質問をした。転入生は新しいクラスメイトたちからいろんな質問をされるのが普通だが、武が体験した出来事によってその質問攻めはさらに過激なものとなっていた。

 転入生に迫る少年少女たちの快活な勢いは、武が今までいた島の外にいる同世代の人間たちと比べると、力強さがあり、その力強さの中には上品な気品が感じられた。その勢いに少し押されつつも、一つ一つの丁寧に自らの体験を説明していった。

 松岡が去ってから40分ほど経って、ようやく武へのインタビュー会は一旦終わり、錠と赤松と自分たちの部屋に向かうことになった。

 「お兄ちゃん。待って」

 一人の女子生徒が武たちに声をかけると、それに答えたのは赤松だった。

 「早奈美か。どうした?」

 「瑛理ちゃんも挨拶したから、私も挨拶をしなきゃと思って」

 明るい表情で現れた少女は、赤松にそう言ってから武の方へ向いた。

 「赤松(あかまつ)()奈美(なみ)です。お兄ちゃんが同じ部屋ですが、どうぞよろしくお願いします」

 大柄な兄に対照的に妹は小柄で、揃った黒髪が肩まで伸びていて、すっきりとした小さな顔の持ち主だった。

 「こちらこそよろしくお願いします。というと、赤松君たちも双子なのかな?」

 「ははっ。正直に言ってくれていいんだぜ。俺と早奈美が双子に見えないだろ?」

 「いえ、実は兄は超人としてククリの力を得てすぐに超人特有の病気にかかってしまい、一年ほど治療に専念する期間がありまして、回復してから私と同じこの学校に編入したのです」

 「そ、それじゃあ赤松君は、一つ年が上ってこと?」

 「ああ。そうなんだ。だけどそんなの気にしないでくれ。みんな赤松って呼んでるし、俺も全く気にしていないし、むしろ同い年と思ってもらいたい。だから君付けしないで赤松って呼んでくれ」

 武の赤松に対する第一印象の理由は、現に赤松が一つ年を重ねていたからだった。

 「さ、寮の部屋に行こう。ん? どうかした?」

 錠が武に声をかけると、武が何かを見えているので聞いた。

 「え、いやなんでもないよ……」

 ――今、誰かに見られていたような気が。

 武は教室の中から自分を見ていた視線を感じたが、その送り主はすでにいなかった。

 教室から男子寮へ行く道は、男子寮と校舎に直角に繋がっている廊下で移動ができる。校舎は並んだ二つの長方形の棟で形成されていて、棟の両側の窓が東西に面し、教室は午後になると眩しい日差しと夕焼けが差し込まれていた。

 生徒たちが生活している男子寮と女子寮は、窓が日当たりの良い南側に面していて、一列に並び教室の棟と直角の位置で建っていた。

 校舎からの廊下から男子寮と女子寮へ直角に枝分かれする位置にも棟があり、3階建てで食堂とコンビニ、図書館があった。またこの棟の屋上は、寮と教室の棟の四階を結ぶ道にもなっていて、寮と教室の棟を往来する時は、四階に通じる道すじか、1階の廊下を通る。

 武たちは4階の教室にいたが1階の昇降口に武の靴があったから、一階の廊下を通って移動した。

 もちろんこの寮も教室の棟と同じで靴を玄関で脱ぎスリッパに履き替えるが、寮の設計は教室の棟とは異なり、教室の棟にはエレベーターはなかったが生活寮にはエレベーターがあった。

 3人はエレベーターで3階にあがった。エレベーターを出ると廊下の先には、武の荷物が見えた。そこが武たちの部屋でエレベーターから3つ目の部屋だった。

 「さあ、どうぞ入って。ここが僕たちの部屋だよ」

 錠がドアを開いて、武を部屋に入れた。

 「スリッパはここで脱いで。荷物はとりあえず自分の部屋に。物部君の部屋は右一番奥のドアだよ」 

 「キッチンがあるんだね。それにガスも」

 「ああ。もちろん。一人一人畳の個室があるんだけど、何かあった時のために寝るときは左の寝室で一緒に寝ることになっているんだ」

 「まあ今のところ何もないが、寝込みが一番危ないって言うからな。最初は慣れないかもしれないけどな」

 「うん、べつに大丈夫。じゃあ荷物を置いてくるよ」

 武は自分の部屋に入り、荷物を置いた。部屋には机が一つと本棚や衣装棚があり、武の部屋は一番外側で窓があった。

 「この部屋は、自分で置きたいものを置いて大丈夫だからね。コンセントの場所は奥とここの手前の二つだよ」

 「うん。ありがとう。あのう? 洗面所は?」

 「ああ、洗面所はこっち」

 錠が武をつれて玄関の方へ戻ると玄関に一番近いドアが開いていて、すでに洗面所には赤松がいた。

 「お。こっちがトイレで、反対がシャワールームな」

 赤松が二枚のドアを開いてみせた。

 超人であっても手を洗って口をすすぐことは、マナーとして必要なものだと説明しようとしたが、武が説明をする前からそれにとりかかっていたから、二人は感心した。

 「ベランダに出よう! 景色がいいよ」

 来栖に今度は、リビングのテレビを超えてベランダへ連れて行かれた。ベランダの先には東京湾があり、水平線が見えた。

 「ここは、気持ちいい潮風が吹くんだ。それに朝日も見えてすごくいいベランダだよ。そしてあちらが女子寮だ」

 錠は、隣の女子寮のベランダを指差した。その指の先の建物のベランダは、あまりにも綺麗に見えていた。

 「この島に来るとき、この島がまるでただの土の塊に見えただろうけど、その技術と同じものを女子寮は使っている。これもククリの力の産物なんだ。しかし、なんて無駄なことを彼女たちは……。あ、今の、姉さんには言わないでね」

 「う、うん。瑛理子さんだよね?」

 「そう。ちなみに僕たち姉弟は見ての通りこの濃い肌をしているのは、クウォーターだからなんだけど、南の国の人の血縁があるわけじゃないんだ」

 「というと?」

 「僕たちのお祖母さんは根の堅洲国の人で、その国の人は褐色の肌を持っているんだ。それに曾祖母さんもその国の人だったのもあって、僕たち姉弟はそれを色濃く受け継いだからなんだよ」

 「そういうことなんだ。じゃあ根の堅洲国に行ったことがあるの?」

 「うん。行ったことは何度かあるよ。けど高天原には行ったことないから、物部君がうらやましいなぁ」

 「おい、ジョー。俺たちの能力も自己紹介しておかないか?」

 部屋の冷蔵庫からコーラを3本持って赤松が来た。

 「お、ありがとう」

 「ありがとう」

 二人は赤松からコーラを受け取り、錠が持つ能力の話となった。

 「遅れたけど、僕の二つの能力をお教えしよう。まず僕の普遍的能力は爆発を起こすことと、爆発物を創ることだよ」

 「爆発物?」

 「そう、つまり爆弾やロケットだって創れてしまうのさ」

 武は康成からククリの力は可能性の力であり、この世界が認識した情報を操る力だと教わっていた。武の能力はこの世に電気が存在するからであり、錠の爆発物を創る能力もこの世に爆弾やロケットが開発されたことで、世界がその情報を認識したためにこのような能力の持ち主が誕生する。とはいえ、爆発物を創れる錠の能力はとても珍しい能力だった。

 「あと個人的能力は確率をみる能力だよ。例えばサイコロの一つの目が出る確率は6分の1だよね。だけど、この能力はその人や物体に対しての統計学としての確率も知ることができる。相手と向かい合った時、どっちの手から攻撃してくるのかは、2分1の確率だけど、その者が今まで蓄積していた情報を察知しその状況の確率を知ることができるんだ」

 「その相手の統計から知る確率か……。それなら相手のおおよそ動きを察知できるんじゃない?」

 「まあ、そうできるはずだけど、連続した動きの中では確率を知る速度が間に合わないから、だいたい最初の向かいあった時しか使えないかな。それより、教室でみんなに話してくれた物部君の個人的能力の方こそ、それができるんじゃない?」

 「コントロールはできるようになったけど、連続はできないよ」

 「それは僕も同じだよ。連続すれば力を使い過ぎるからね。僕のはこんなところかな」

 錠が話終わって赤松に視線を送った。それに応えて赤松が話し出す。

 「俺は、普遍的能力として金属を増加させる能力を持っていて、個人的能力は神経から脳に伝わる痛みの情報を遮断する能力だ。物質を変える能力はククリの力を使える者なら誰でも使えるし、地面から3mぐらいの岩や鉄の柱を創れるが、俺の能力はそれを増加させることができるから、その柱を10mぐらいのものにすることは簡単だ」

 「だから赤松は、前から物質を変える能力の授業ではいつもお手本になっているんだ」

 「超人の中にも一長一短があるからな。それと痛みの情報を遮断する能力だが、これは病気の治療中に使えるようになった能力で、これのおかげで大分助かった」

 「つまり身体の中の痛みも遮断することができるってこと?」

 「ああ。しかし限度をわかっていないと後々大変なことになるから注意はしないとなんだ。指がどっかにいっちまうとか大変だからな。ざっとこんなところだよな」

 「うん、そうだね。他のみんなの能力は直接聞いた方が良いと思うな。本人たちも直接言いたいだろうし」

 「クラスの人たちもいろいろな能力を持っているんだよね?」

 「うん。みんな面白い能力を持っている。もちろんそこまで特殊な能力を持っていない人もいるけどな」

 「なるほど。二人は面白い能力を持っているんだね」

 「だけど、電気を操る能力と目で見えるものがスローモーションに見える能力も面白いよね!」

 「そうだよな。電気を起こす能力はよくあるが、電気を操るってのは聞いたことないよな」

 「ねえ? それって今使えたりしない?」

「やってみようか」

 武は電気の回線が通る場所を探した。窓の隣にベランダの電灯のスイッチを見つけ、そこに手を置いた。

武が部屋の中の方を見ると、錠と赤松も追って眼を向けた。

電灯と電灯を繋いだ電気が流れる道を意識し、感覚的に捉えたところで明かりを消す命令を送った。

すると、いっぺんに部屋の明かりが消えた。驚く二人を確認してから今度はいっぺんに明かりをつけた。

 「へぇー! 面白いね!」

 来栖が良い反応をした。それに応えて武はさらに電灯たちに意識を送る。

また電灯がいっぺんに消え、その直後にまた電灯が全部光った。そして、今度は並んでいる電灯が順番に消え、全部消えたら今度は、順番に明かりが点いていく。武が意識を送ることで部屋の電灯たちは、武の思うがままに光った。

 「こんな感じかな、思ったより上手くいったよ!」

 二人に見せるために電気を操作した武だったが、自分でも面白くなって自然に笑顔になっていた。

「はは! これは面白いね!」

「面白いな! それにこれは、いろんなことに応用できそうだな!」

 ――ん? 応用?

 赤松の応用という言葉に反応して、来栖は北東の方向に顔を向けた。

 「ん? どうしたんだジョー?」

「ね? これって電気の回線が繋がっていれば遠いところの電気も操作できるかな?」

「んー、どうだろう。最大の範囲はわからないんだ」

「おい、ジョー。それってお前……」

「この学校はさ、男子寮、女子寮を含めて一つの変電所で電気を供給しているんだけど、あの女子寮に施された装置の電源を切ることができるかもしれないね!」

「え?」

 「……お前はそんなにお姉さんの洗濯物をみたいのか?」

 「な、何を言っているんだ!」

 錠は赤松の言葉に顔を赤くして強い口調で否定した後、一息ついてから話し始めた。

 「僕はね、あの装置の存在意義に疑問があるんだ。あれがあるのは、僕たちが女子寮を覗き見するからだと決めつけているからじゃないか!」

 「例えお前が見ようと思ってなくても、みんながお前と同じだと限らないし、あの装置がなければその可能性があるだろう」

 「それがよくないんだ! むしろその装置を設けるより、ここは学び舎なんだから健全な男子としての在り方を教えるべきだよ。

 姉さんにこう言われたんだ。あのベランダの装置は、僕たちが下心で見物する可能性があるから設置されているけど、そもそもここは学び舎なんだから装置が必要にならないような精神性を持たせる教育をするべきだってね。そう思わないかい?」

 「まあ、確かに超人としての資質を問われるわな」

 「それに僕としても、僕らへの疑いの目としてのあんな装置なんて納得いかないところだしね」

 「超人の起源は、愛とまごころを与えた姉妹神であり、超人は善良な精神を有する」

 武の格言的な一言に錠と赤松が武の方を向いた。

 「これはご先祖様が言った言葉なんだ。確かに本来はあの装置がなくてもいい環境であることが一番良いのかもしれないね」

 「まあーしかし、この島のことも学校のことも世間に公開されるだろうし、どのみちあの装置はこのままだな。社会にはいろんな人間がいるからな」

 「まあそうだよね……。じゃあ一瞬だけやってみない? 物部君も自分の能力の限界も知れるしさ!」

 「え? いや一瞬でもまずいじゃない?」

 「おい、お前やっぱり自分の姉さん洗濯物を見たいからなんじゃないのか?」

 「まだ言うのか! あ、でも早奈美ちゃんのなら見たいかもね!」

 「おい! こら!」

 錠が赤松に言い返し、赤松が声をあげる姿に武は思わず笑い出した。

 その武の笑う顔を見て、恥ずかしくなり二人も笑い出してしまった。

 「物部君にいきなり初っ端からこんな笑われてしまうとは」

 「武でいいよ。もののべって言いにくいと思うし、前から下の名前で呼ばれてきたから」

 「了解! それなら今日からお互い君付けせずに、僕のことはさっき話した通り、赤松みたいにジョーって呼んでよ」

 「さっきもいったが、もちろん俺にもだぜ」

 「ありがとう二人とも。これからよろしく」

 「よし! じゃあ乾杯!」

 もうコーラは半分も残っていないのに錠の合図でビンを目線の高さまで掲げ乾杯をした。

 浜の方から流れ込む風がベランダを包み込み、一日の役目を終えて傾きつつある夕日の光が少年たちを照り付け、少年たちの笑顔は一層眩しかった。


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