人狩八十八鬼衆
武が襲われた日から5日後、埼玉県でまた容疑者不明の殺害事件が起きていた。
その現場は、連日続く事件と同じく人間業とは思えない殺害方法を物語っていた。遺体には強力な打撃を加えられた痕跡があり、何者かに殴られていたことがわかった。ちょうどその日は、さいたまのアリーナにて世界で最も人気を博す格闘技イベントが開催されていたために、来日していたファイターたちは警察からその日の行動を聴取され、マスコミは盛り上がり、様々な憶測を呼んだ。
不幸なことに、警察内には一人さえも鬼の存在を知る物がいなかった。
島の出現が原因で起こった地殻変動は、首都圏のインフラを一時的にマヒさせたが、警察、消防、自衛隊の機能に支障はなかったために治安が悪化することはなかった。インフラ整備も順調に進み、建て直しのために建設業者は忙しくなっていた。
そしてこの首都圏の中には、超人狩りを行う鬼たちが潜んでいた。人目の届かない場所にいくつかの拠点を持ちその日の計画によって構成員の配置を変えていた。
都内某所。暗闇の中で鉄の何かに腰をかけていた鬼が、小さい灯に顔を照らされている。肩幅がずっしりと大きく見え、その全身が大きなことを予想させる。
「待たせたな。猪幡」
暗闇の奥からまた一人鬼が現れた。
「おう。久しぶりだな、魔鬼。あんな感じでよかったか?」
「ああ。いい感じだ。その自慢の拳でぶん殴ってやっちまえばいい」
「なあ、篭鬼がやられちまったのか?」
「ああ、そうさ。それにその日は他の対象者だった二人の人間もやり損ねた! くそ!」
二人は武を殺そうとした鬼たちのリーダーだった篭鬼の名前を口に出している。
「他の二人は、まあいい。それよりあの篭鬼をやりやがった小僧だ」
「その小僧の場所はわかったか?」
「いや、わからん。恐らくもう超人機関にかくまわれているだろう」
「それにそいつ物部のガキなんだろ?」
「ああ。ちょくちょく出てきやがるいやな名前だぜ」
「しかし、本当に狙うのが遅すぎたな。まさか篭鬼がやれちまうとはよ」
「そのガキってのはしたたかな野郎だ。最初は怖がって逃げたかと思えば、二鬼を地面に叩きつけやがった。そして捕まって油断させてから全員殺しやがったのさ」
篭鬼は武を捕えた時、部下の中から魔鬼への伝達の伝令を出していた。空間を脱出した伝令は、その後の白狼の救援を知らない。
「それにどうやら、初めて襲われるにしては、落ち着いて攻撃を捌いたらしい」
「ほう……。落ち着いてなぁ」
「まあいい。お前がこの計画に参加してくれたのは、ありがたいぜ」
「俺の仲間たちもこの計画には興味を持ってる。そいつらも連れてきたいと思う」
むうっと摩鬼の顔が出てきて、赤い肌色で横に長い顔が、よく見えるように灯りに照らされた。
摩鬼は嬉しそうな顔をして猪万の手をとって、がっしり掴んだ。
武を襲った篭鬼たち鬼の集団と摩鬼の顔は、横に長い顔で大きな頭だったが、猪万の顔は青い肌だがとても小顔で、その顔は人間と比べて眉間のしわが濃くて頭に角があるぐらいの差しか見られなかった。
人狩八十八鬼衆。彼らは5年前に超人狩りを目的として組織された集団で、当初の頭数が88の鬼だったために八十八鬼とした。
現在の人数はその数を大きく上回り勢力を大きくしている。そして、こうした隠匿された拠点を関東圏内にいくつも持っていた。中でも武を襲った篭鬼とこの摩鬼は初期からいた構成員で、摩鬼と話している猪幡という鬼は、摩鬼に呼ばれて参加した新参の者だった。
「篭鬼を殺した物部武を殺す。頼むぜ猪幡」
「ああ、篭鬼を弔ってやろうぜ」