門出
康成からの指導も仕上げを終えて、武はその稽古の疲れをとるために眠りについて、人間の世界の時間にして10日目を迎えた。
今日、いよいよ武が人間の世界に帰る時がきた。
武は、和装から制服に着替え、康成から与えられた品を荷仕度してまとめ、見送りをする康成、白狼と影康の三人(?)と共に屋敷を出た。
「あれ、武坊。お前荷物は?」
「白狼、武にはすでに収納空間の使い方を教えた」
収納空間とは、ククリの力で創った物質を保有することができる空間で、物などを収納できる空間の大きさは、その者の力量にもよるがおおよそ決まっている。その使い方を学んでいた武は、制服の内に収納空間を創っていた。
「この通りです。白狼さん」
武は両手を挙げて白狼の方を向いた。
「ははっ。覚えるのが早えなぁ」
武を連れていきたいところがあるという康成の提案で、康成の屋敷の階段を降りてから、武と白狼が歩いてきた方向とは逆の道へ進んでいった。
少し歩いて行くと、道の左側に階段が見えてきた。4人はそこを昇っていった。
階段を昇ると、そこも康成の屋敷と同じように神楽殿が見えてくる。
康成の屋敷とは違ってとても大きな鳥居があり、武は康成よりその位の高い神の住むところなのだと思った。
「ここは、雷を司る武神、タケミカヅチノカミの住むところだ」
「武神のタケミカヅチノカミですか?」
「そうだ。イザナミノミコトが命を落とす原因となった火の神カグツチがイザナギノミコトに殺された時にお生まれした神だ。
武神であり、雷を司る神であり、様々な神話を残した神だ。そして我ら物部家の先祖たちはこのタケミカヅチノカミを氏神としてきた」
「タケミカヅチノカミ……」
「今はこの場にいないが、芦原の国に帰る前に一度祈祷していくと良い」
「きっとご利益がありますにゃ!」
「ちゃんと目を瞑ってしっかり祈祷するんだぜ」
「は、はい……」
促された武は手を合わせる前に胸の前に両手を出した。
武が意識をすると、その手からは細かいエメラルド色の雫が溢れだした。ククリの力が手についていた汚れなどの穢れを消滅させている様子で、お参り前の行水に相当する。
「いいコントロールだ」
そして武は二回頭を下げ、二回柏手を打ち、目を瞑ってまた一度頭を下げた。
すると、拝殿の方から武に向かって風が流れてきた。
その風はふんわりと柔らかく、武を包みこむように流れて胸の奥が温かくなる感覚がした。そしてその感覚を感じてからゆっくりと顔を上げた。
「どうだ? 武坊。ご利益がありそうな気がするだろ?」
「はい。なんだか安心できるような温かみを感じました」
「うん、それならいい。そしてお前に渡したいものがある」
康成が武の前に腰に下げていた刀を差しだした。
「これはご先祖様のでは?」
「いや、お前にやろうと思っていたものだ。気にすることはない」
「だからここへ連れてきたんですね」
武は礼を言って刀を受け取った。刀は金の装飾が目立ち、見た目は重量がありそうだが、意外と軽かった。
「ヒイロガネという金属で造られた刀だ。そしてヒイロガネはククリの力によって作られる金属で、鉄の何倍も強靭な金属だ。ヒイロガネで造られた装甲はククリの力から守ることができ、ヒイロガネで造られた武器はヒイロガネを破壊できる」
「そ、そのヒイロガネのことは聞いてないですよ」
「これを渡す時に話そうと思っていたからな。許せ。さあ、それをしまったら行こう」
階段を下りて、今度は武と白狼が屋敷まで歩いてきた方向にむかっていった。
道を辿っていくと、やがて空を行く道が終わるところが見えてきた。
そこには鳥居があって、ここが武が最初にきた場所だった。
「ここが高天原と芦原の国を結ぶ門だ」
武は、康成の言葉に振り返り尋ねた。
「これは神社にある鳥居ですよね?」
「そうだ。鳥居には、高天原と人間の世界を結ぶ場所を指す意味がある」
「武坊は、ずっと稽古ばっかりで下の街とかに連れてやれなかったから、今度来た時には案内してやるからな」
「ありがとうございました。白狼さん。お元気で」
「武殿、念のためにもう一度言うにゃ。竹中という超人機関の男が武殿を待っておる。相手から我の名前が出るまで油断せぬようにするにゃ」
「竹中さんですね。わかりました」
「この影康は、康成様の神使として超人機関に行くことがあるから、その時は声をかけるにゃ!」
背の低い影康は飛び跳ねながら言った。
「ありがとうございます。影康さんもお元気で」
武は、白狼と影康にあいさつをすると、康成と向き合った。
「それでは行って参ります。ご先祖様」
「芦原の国行ったらしっかり生きるのだぞ」
「ご先祖様。僕がこの高天原に来て、また元の世界に帰るということは一体何と言えば良いのでしょうか?」
「かつてイザナギノミコトがイザナギノミコトを黄泉の国から連れて帰ろうとしたあの世界の移動を黄泉がえりと言った。黄泉がえりとはまさに異世界をまたにかける転生の事を指す。お前は今まさに転生をしようとしているのだ。ここに来た時と同じ様に。最初はお前に己の運命を告げた時は、もう少し迷うかと思ったが案外すぐに運命を受け入れられたな」
「あの事故の時からの体の変化や自分の周りで起きる出来事の意味が、ずっと自分の中で答のない疑問になっていました。だけど世界の事実を知って、驚きましたけど納得できました。そして自分は、そのためにここにいるんだなと思ったんです」
「なるほど。いい心意気だ。
ゆけ、武よ。この先にあるのはまた更なる新世界だ。そしてその先に何があろうとも己の良心に従うのだ。人間の良心は神と繋がる道でもある。良心に従う生き方こそこの高天原から離れようとも私や神々と繋がることができる人間としての生き方であるぞ」
「はい……! それでは、お元気で!」
武は最後にあいさつを言って、鳥居をくぐっていった。
そして武の後ろ姿は、すうっと鳥居の向こうの夕暮れの空の景色へ消えていった。
「武坊。上手くやれるといいな」
「頑張るのにゃ。我らで見守りましょう」
「ああ。そうだな。武。立ち向かうのだ」
三人は武が消えていった方をずっと見ていた。楽観的に白い歯を見せて笑っている白狼を見て康成は歯を見せないで少し笑った
康成たちが武を見送ってすぐ、高天原の陽が沈んでいった。