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彼女という人柄

「私、神って信じてないのよね」


「さっき自分で神の悪戯だのなんだのって言ってたじゃないですか……」


 僕は今、自分部屋ではなく一つ隣の彼女の部屋にいる。深雪さんは僕を部屋に迎えた直後、海苔弁の片割れを滑らかな動作で僕の手から奪いとり、我が物顔で食べ始めた。

 正直こうなることは分かっていた、分かっていたからこそ避けたかったのだが……。両手両足の指では数えきれない程にこのような理不尽を強要され、その都度お返しと言わんばかりに彼女はいつも自身の思想を語り始める。


「ねえ、昌君。神の定義って何だと思う?」


 突然の彼女からの質問に箸を動きを止める。

 やはり来たか。いつも突拍子のないことをいきなり言い出すのが彼女なのだ。TPOなど彼女にとっては在って無いような物なのであり、それが遠浅深雪という人物なのだ。


「えっ……と、全知全能とかですか?」


「はっ」


 僕の捻り出した答えに何の価値も無いと言いたいのか、思いっきり僕を見下しながら鼻で笑う。


「例えば雷」


 そう言って僕の弁当のご飯の部分を箸で稲妻状の亀裂を刻む。正直やめてほしい。


「これは神が鳴くと書いて"神鳴り"とも呼ぶ、何故かわかるかい?」


「あれじゃないんですか?当時の知識や技術じゃ証明出来ない現象を神の行動に例えたんじゃないですか?」


 深雪さんはゆっくりと頷く。


「その通り、でも今はどう?雷の原理も分かりきっている。神様の行動だなんて信じてるのはサンタクロースを信じてる子供ぐらいじゃないかな」


 いまいち話したい本質が見えて来ない。遠回しな説明こそが彼女のやり方であり、僕のような聞き手に考えさせるように、気づかせるように話したがるのだ。彼女は自分の遠回しな言い回しを説明下手と卑下していたが。


「つまり、昔では超常現象と呼ばれていたものの大部分が今では科学的に証明されている。その中で本当に神様という存在を信じれる物なのかっていうね」


「本当の意味で神の存在を信じてる人なんてほんの一握りじゃないんですか?受験生の合格祈願だって本気で神様が合格させてくれるなんて考えてる人はいないでしょ。ただの慣習や験担ぎみたいなもんだと思いますけど」


「その慣習や験担ぎのおかげで最早過去の産物たる宗教が成り立っているのもまた事実なんだけどね、やっぱり私はいるか分からない、いても何もしない全知全能様に頼むよりかは人に頼むほうが断然早いと思うんだよ」


 深雪さんは一度コップに注いである麦茶で喉を潤し、先程とはまた違う視点から話のメスを入れる。


「昌君、君は今から百年後の人類と神が争えばどちらが勝つと思う?」


「そりゃ、神です」


 即答した。


「当たり前だと言いたげだね。まあ普通の人はそう答えるだろうね。ただ私は百年間の人類の成長への可能性もかけて人類を推すわね……勿論理由はそれだけじゃないけど」


「……人間が全知全能になれる日が来るんでしょうか。百年程度じゃ到底足りない気がしますけど」


 彼女は割り箸に付属している爪楊枝を歯の噛み合わせで上下させる。女性らしさを求めてはいけないとは分かっているのだが、その仕草がやけに様になって映るのは彼女の容姿がきわめて優れていることも理由の一つに当てはまるだろう。

 いや、注目すべきはそこじゃない。量の同じ海苔弁で食べ始めた時間も大差なかったはずなのだが、彼女の容器の中はすでに米粒の一つも残っていなかった。対する僕はまだ半分とて食べ終えていない。この差はどこかは生じたのだろうか……。


「別に全知全能じゃなくてもいいと思うの」


 僕の考えていることなど気にも留めないといった様子で彼女は続ける。


「別に人間に神になれって言っているんじゃなくて、神を目指そうって言いたいのよ」


「……」


 正直言いたいことが、よく分からない。

 難しい顔をしながら沈黙していた僕を二瞬き半眺めた彼女は、軽く咳払いをして言い正す。


「ちょっと抽象的過ぎたわね。つまり、技術の向上は神に一歩近づくことに等しいの。その道程は果てしなく長いものになるだろし、一定以上は絶対に進めない。なぜならそこより先は神の領域だから、それより先に進めば人間ではなくなってしまう。」


「えっと……つまり、人間が人間である領域の中で神を目指すべきだっていうことですか?」


 彼女の口角がゆっくり上がる。少し満足したのだろうか。


「そうね、ほぼ正解。私が言いたいことは人間は絶対に神にはなれない。だけど限りなく近づくことはできる。神を崇めるということは神を敵わない存在として認めてしまうということ、そして私はそういう思考停止した人間が――」


 彼女はそこまで言って、一度口を閉じる。そしてきゅっと引き締めた目で僕を睨むようにして、


「――大っ嫌いなの」


 そう言い放った。先程までの何かにとり憑かれたように歪んだ彼女の表情は既に消えており、その顔には再びいつもの薄い笑顔が戻っていた。


「僕は……どちらですかね」


 僕の自問にも似た台詞に深雪さんは意地悪な笑みを浮かべる。


「……嫌いならこうやって喋ると思う?」


 深雪さんから返ってきた言葉は答えと呼ぶには少し力不足に感じる返事だった。

 僕が言葉の真意について考えていると、彼女がその端麗な容姿に似合う上品な笑いをする。


「ふふふっ。私は昌君のそういうどうでもいいことで悩む所が好きよ。私、考える人は嫌いじゃないのよ。貴方が考えるのを止めない限り、貴方を嫌いになることはないわ」


「……あー、一応誉め言葉として受け取っておきます。」


 僕はどこにもやり場のないこのもやもやした気持ちを紛らわすように頭を掻く。なんだろうか、この彼女のどこか掴めない感覚は。

 おそらくこの人には到底敵わないのだろう。そう思いながらすっかり冷めた弁当を口の中にかき込んだ。

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