第一発見者 佐藤修作
その日もいつもと同じ日であると彼は考えていた。多くの人が昨日と劇的に違う今日を迎えるなど思いもしないだろう。
いつもと同じように学校に行き、いつもと同じように授業を受け(もっとも彼、佐藤修作の場合はその時間を睡眠に費やすのであるが)、そしていつもと同じように真っ直ぐ家に帰ることなくゲームセンターに寄り道などをして時間を潰していた。
つまんねー人生。
自分の一日の行動を……いや今までの人生を振り返って彼はそう思う。
毎日、毎日同じこと。
目の前には同じことしか見えてこない。
何故世界はこんなにも退屈なのだろうか?
考えても答えなど出るわけがない。
「……あー」
余計なことを思考していたせいか、彼は今やっていたレースゲームで操作ミスをしてしまった。スピードを出しすぎて曲がりきれなかったのだ。本来ならもう少し前でハンドルを切るのだが、余計な思考でそれが遅れたのである。
「あーあ、折角うまくいってたのにね」
一緒にゲームセンターを回っている女がそう言った。
心にも無いことを。
このレースゲームで操作ミスしようがお前には関係が無いことだろう。そして、俺にも関係ないことだ。そうこんなものただの暇つぶしにすぎず、それがどうなろうともどうでもいいのだ。
彼女の名前は島本紗枝。修作と同じように高校生のようだ。
彼は特技というわけではないが、人の顔とそして人の名前を覚えるのが得意だ。
彼女は修作がゲームセンターで知り合っただけの知り合いだった。
いかにも軽そうな女……だから秀作は声をかけた。
余計なことを考えていたので、また操作ミス。
……これは、もうダメだ。
彼の予想通り、時間以内に周回をまわることができず、つまりはゲームオーバーになった。
椅子から立ち上がって、「終わっちまった」と呟いた。
「久しぶりだからかなぁ。あんまりうまくいかなかった」
「そうかな?結構うまくいってたと思うけど」
当り障りの無い会話。
こんな会話に意味は無いのに……いやそれを言ったら彼女といること自体に意味は無い。
「カラオケでも行くか?」
「そうだね。おごり?」
「まさか。学生なんだからさ、金ないの。というわけで自分の分は自分でな」
「えー、シュウサク君の甲斐性なし」
「む、じゃあやめときますか?」
「む、いえ自分歌うの好きなんで払ってでも行きたいです」
「そう。何時間ぐらいにしとく?」
「二人だからね。二時間で良いんじゃない?」
一人一時間……そんなにレパートリーないけどなぁ。
しかし彼女はカラオケが好きと言ったので、おそらくは一人で二時間歌うのも苦ではないのだろう。
とりあえずゲームセンターを出て、二人で歩道を歩く。
「この辺りの安いカラオケって……」
彼がそこまで口にして、そして遮られた。
三十過ぎの男がものすごい勢いで彼の目の前を横切ったのである。
「うわ!危ねえな!!」
だが男は謝りなどせず、そしてそのまま走り去ってしまった。
「何今の?感じ悪ぅ!」
「……東北宮の八重樫だ」
それは彼の家の近くにある高校の体育教師であった。
ちなみに修作はそこの高校へ入る頭が無く、そこよりは少し遠い高校へ通っていた。
「え?知り合いなの?」
「いや知人ってわけじゃない。ただ一年の時、まだ俺がサッカー部に入ってたとき……」
「え?シュウサク君サッカー部なの!?誰か格好いい人紹介して」
「……もう辞めたから入っていたときなんだよ」
「な~んだ。頼んで損した」
「……ともかく!サッカー部に入っていたときに練習試合で東北宮に行ったんだよ。で、東北宮のサッカー部の監督が今の八重樫。体育の教師もしてるってその時聞いてさ、それで覚えてたの」
「それって、まるっきり他人だよね?」
「だから知人じゃねえって言っただろ?覚えていただけだよ」
「あ、そう言ってたっけ?でもすごいね。そんなどうでもいい人のこと覚えてるなんて」
「くだらねえ記憶力はいいんだよ。テストとかは全然ダメだから」
「あははー。私もテストダメ~」
「……しっかし、何だったんだろうな?」
「え?何が?」
「八重樫の表情。見なかったのか?」
「えっと……あまりにも早く目の前から去っていったから」
「そうか……」
そして修作はそれを忘れた。
だがすぐに思い出すことになった。
カラオケも終わって、紗枝とも別れて、修作は一人で帰路を歩いていた。
昨日も退屈、今日も退屈、明日も退屈。そのサイクルが変わること何て滅多に無い。
過去も退屈、現在も退屈、未来も退屈。退屈だらけの世界。
「て、くだらねえ」
全く何を求めているってんだ、俺は。
退屈じゃない日々?
それは一体何だ?毎日スリリングな世界か?じゃあ戦争している国にでも行くか?
アホだ。アホな考えだ。
「考えるのは苦手なんだから、やめればいいのに」
修作は独り言を呟いた。
そうしてしばらく歩いていると、突然の尿意に襲われた。
始めは我慢をしていたが、段々とそれは耐えられないものへと変わっていった。
「この辺り……トイレを貸してくれる店無いんだよ」
仕方なかった。
彼は人気がなさそうな路地裏に入った。
そして周りに人がいないことを確認し、さらにもう一度確認し……そして何とかなった。
「はぁ、すっきりした……?しかし、今気付いたが……」
何だろう?この匂い?
もちろん自分のその匂いではない。
それ以外でここには何か妙な匂い、そして気配が漂っていた。
成り行きでこの路地裏に入ってきてしまったが、ここは何だか気味が悪い。
幽霊とかそういうものを彼は信じていなかったが、しかし今この場でそれが出ても納得してしまいそうだ。
退屈は嫌だが……だからってそんなものなど見たくはない。
「は、早くでよ」
がん……ごろ、ごろ。
「……」
歩き出そうとして何かを蹴った。
それは中々の重さがあり、それでいてボールのように転がった。完璧な球体ではないのか、右に行ったり左に行ったり、ともかく真っ直ぐには転がらなかったが。
そしてそれは動きを止めた。
……それと目が合った。
そう、それには目があった。鼻もあった。口も合った。耳だってあるし、髪の毛もあった。つまるところそれは……人間の頭そのものだった。
「え?」
それは見たことがある顔だった。それは二時間前に見た顔。
そうだ。その時もこれと同じ表情をしていた。
気がつくと修作は震えていた。
その首から下が無い奇妙な死体を見て恐怖した。そして八重樫のその恐怖に歪む表情を見て恐怖した。
そうその頭の主は二時間ほど前見た八重樫だった。
「ウ、ウ、ウ、うう、うぅ、……うわぁぁああぁあぁぁあぁ!!」
途端押さえ込んでいた恐怖は、叫びへと変わった。




