二、不完全な神は
「いつも通りよ。いつも通り、何も無かったように過ぎていくわ」
リクの死も。裁く者がいなければ、償いも言い訳もない。もとより死神による殺生は罪ではないのか。
日の落ちかけた空が光の名残を惜しんで、不可解なグラデーションを描く。絵の具を散らせたような無機質な星と下弦の月、下方に帯状に広がる橙色。それでも再び日が上がるように、生命も混沌と廻っていく。
それならば何も、私が死神である必要などない。でなければ死神に感情など要らない。けれどどちらも叶わぬ相談。
手を下す対象に心を寄せても、結果は変わらない。
生者であったリク。
死神である里雪。
等しく遠いふたり。
「殺しが嫌なら、俺がやってやるよ」
背を向けて置き去られた言葉は、内容と不釣り合いに柔らかな口調だった。私に命を明け渡したリクと、私の罪悪を丸ごと引き取ろうとする里雪。私がそれに値する存在かどうか、天秤に掛け直せば正しい答が出るはずなのに。
―誰か私を裁いてくれないか
里雪の背中を見送った後、落ちた太陽に囁きかける。不毛な行為だと気付いている。
―生かしたかった
脳裏に刻まれているのは、最期に挑発するように笑ったリクの顔。
都会の荒んだ空気を重たげに払う茶髪。イルミネーションが交錯する背景がよく似合う少年だった。
…オカルトに興味ねーんだ。まして死神なんてなおさら興味がねぇ。言葉と裏腹に私を真っ直ぐに見て、リクはそう言った。
私は知っている。彼が探していた狂気と真理を。俺、あんたが死神でも嘘つきでもどっちでもいいから。いつだったかリクはふと思い付いたように零した。死ぬことなんて何とも思っちゃいない。あんたは、なんでか大真面目な顔してるけど。気楽な調子で言われたそれは、別れの挨拶に似ていた。責めないから。そんな約束欲しくもなかった。
人の一生は始めから決まっていて、死神はその通りに管理する。だからリクのことも、定められたシナリオに従っただけのことだ。それが死神の言い分だ。
けれど私は死神の存在そのものを信じることが出来ない。
命を操作出来る方が、優れている?冗談じゃない。驕って見落とすものがあるくらいなら、そんな権利は要らない。
死をもたらす正当性を私は主張出来ない。
『死神』が、聞いて呆れる。