一、彼女と彼と
掲載中の短編小説「彼女の言葉は真実か」→「彼女の言葉の裏側に」→「彼女の彼女の彼女の、」続編です。宜しければ先に前三編ご一読下さい。
―いっそ絶望するほどに四面楚歌なら清々しい。それならあなたに謝りたいと思ったりはしないだろう。
それは言うなれば、心の三分の二くらいをごっそり抜かれたような感覚で、けれど残りの三分の一は相も変わらずそよとも揺れない。
とても簡単なことだ。三分の二は生きていて、残りは死んでいる。
ミナミ、リク。彼から何もかもを奪ったのは私で、恐らくそれと同時に何かを無くしたのも私だ。
私は死神で、彼は生者だった。それだけの理由。
『…オカルトに興味ねーんだ』
耳に残っている、声。私だって興味がない。あの日もしそう言ったら、彼はその矛盾を理解しただろうか。
私は死神で、あなたの魂を奪いに来て、だけど私は死神なんて信じていない。まるで笑えない、冗談にすらならないそれは、真実だと。
「ミナミ、リク」
自分が発した綺麗なはずの音の羅列は、そのまま私が発したことによって色褪せてしまう。鮮やかな色彩が入り乱れているはずの、今上空を埋める夕日を掲げた空は、とても殺風景で乾いている。荘厳で美しいが故に、私も私の罪も、取るに足らないと一笑に付されるように。
一笑に付す?―まさか。
私は死神を信じない。死神は死神と形容されることで咎めから解放される。当事者の私からすれば下らないにも程がある。やっているのは何のことはない、ただのひとごろし。正当に裁いてくれる神は存在しない。
「詩月」
シヅキ。本人すら愛着を持っていない私の名を、繋ぎ止めるように優しく呼ぶ声が聞こえた。振り返れば夕日のオレンジに染まる金髪と、同じ光を溶かし込んだ、ストレートティーのような瞳を持つ見知った顔が私を静かに見ている。
「平気か」
「…いつも通りよ」
穏やかな瞳がすっと伏せられて、目の前の彼の顔に睫毛の影が落ちた。それがついさっき眺めていた夕焼けと変わらない美しさで、だからこそ出来過ぎていて虚しい。
「いつも通り、かよ」
彼は自嘲したようだった。私は気付かない振りをする。彼は何も言わない。私は、安っぽい慰めの言葉が彼の口から漏れるのを聞いたことがない。代わりに彼は恐ろしく静かな思想に沈むように、遠くを、今ならば夕日を見つめて、あたかもそこから答を導き出そうとするかのようにゆっくりと目を細める。
彼は知らない。その仕草を見て私が何を思うかを。
その存在に、確かに私が繋がれていることを。
「里雪」
リユキ。それが彼の名だ。しんと積もる無限の雪景色、その下に埋もれているものを誰も暴けない。
すっとかき混ぜたように紅茶色の目が涼しく揺れて、視線が交差する。