逃走。
一方。
「ああもう! ついて来ないでよっ!」
茉弥は後ろに向かって絶叫していた。
ガシャンガシャンと機械音を立てながら、ペットさながらに背後をついてくる存在がいるのである。いや、この音の時点で既に候補は一つしかない。
「静かにさせられないのかな……」
茉弥は低く呟いた。目の前の雑兵が片付いた以上は急いで艦橋に戻り、船のエンジンを切って停船させねばならない。スパイカーなど、正直後回しにしたいのに。
バイザーを確認した茉弥、ため息を漏らす。まだ演算も終わっていないようだ。こんなのが追いかけてくるようでは、おちおちゆっくりもしていられないではないか。
「ヴォム!」
スパイカーが何事か叫んだ。かと思うと、
ガンッ!
茉弥の目の前に、鋭く尖った爪が振り下ろされた。素早く避けると、スパイカーのスピーカーが再び声を発する。
「……止められるものなら、止めて……みろ……」
──…………えっ?
いま、こいつ喋った……?
ぽかんとしながら、茉弥は次々に振り下ろされる鉤の鉄槌を完璧に避け続ける。スパイカーも化け物だが、茉弥も充分化け物である。
「あなた、誰?」
そう尋ねると、スパイカーは首を持ち上げる。
「……俺は……爪燕の首領……。自動自発装填機能付大口径砲七門に……、チェインライフル無数……それに無敵の超装甲だ……。俺の手製ロボットの恐怖を……思い知ったか……。ちなみにこいつの停止コードは……俺だけが……知っている……。止めたかったら……俺の所に来い……」
……録音されたテープを再生しているようだ。どうやら目的は兵装自慢のようだが。
恐怖よりも突っ込みどころが満載の兵器を前に、なあんだ、と茉弥は笑った。首領なら、高人が既に探しに行っているではないか。
「もしもーし。タカトー?」
スパイカーには目もくれず、茉弥は走りながら無線に声を吹き込む。
が。
『ただいま、電話に出る事が出来ません。ただいま、電話に出る事が────』
受話器からはそんな声が延々と流れ続けている。
「…………」
呆然としながらも、茉弥は後ろから跳んでくる火線を何事もなく避けてゆく。
◆
高人の通話相手とは、「クリムゾン・ウイング」司令部であった。
「愚か者! 何をしておる!」
「も、申し訳ありません!」
「首領以下メインメンバーを、閃光音響弾で無力化しただと⁉ それでは肝心の情報が何も聞き出せないではないか!」
「すみません、そこまで頭が回らなくて……!」
「起こせ! とにかく叩き起こして情報を引き出せ! くすぐってでも起こすんだ!」
「はっ!」
…………。
無線を切ると、高人は周りに倒れた男たちを眺めた。雁字搦めの紐、猿轡。リアルSMプレイである。教科書通りの拘束ではあるが以下略。
──ヤりすぎたな。俺。
さっきの男の残したヒントも忘れてしまって、どれが首領かなど全く見当がつかない。どうしよう、と絶望的になりかけた時だった。
再び無線が入ったのだ。
「もしもし、タカト⁉」
茉弥からだった。
「どうした?」
高人は声を返す。
「本部制圧、完了した?」
「いや……制圧っていうか、全員気絶してる」
「首領は?」
「どれか分からん」
えーっ⁉ と茉弥が電話口で叫び声を上げ、高人はびくりと跳ねた。当然だが、上で起こっている全てを、高人は全く知らないのだ。
「今、私の後ろにAI兵器がいて、そいつの停止コードを首領さんが知ってるはずなの!」
「マジかよ⁉ 俺そいつ、倒しちゃったよ!」
「────!」
無言の非難が耳に痛い。ああ、やっぱり首領をちゃんと把握していれば……。
「と、とにかく手当たり次第に叩き起こしてみるから! マミは頑張ってあと少し持ちこたえてて!」
「タカトのバカ──────!」
絶叫を最後に通話は途切れた。
はぁ、と息を吐き出すと高人は頭をコツンとつついた。
──俺、武器は扱えてもまだまだ半人前だな。
◆
通話をブチ切った茉弥は、息継ぎの暇もなく物陰に滑り込み、手に取った手榴弾を眺めた。さっきペイント弾掃射で倒した敵から、ちゃっかり頂いてきたのだ。
「……これで、何とか時間稼ぎしなきゃ……」
ピンを抜いて放り投げ様、茉弥はバイザーを見、次いで腕に巻いたディスプレイに話しかける。
「ねえ、分析そろそろ終わった⁉」
『只今完了しました』
機械音声が返すとともに、追ってきたスパイカーに茉弥の手榴弾が当たった。バン、と些か軽い爆発音が響く。
「よし、ありがとね。差し当たりスパイカーの分だけでいいから、画面に表示してくれる?」
『了解です』
ふっ、と息を吸い込むと茉弥はペイント弾を装填し、横っ飛びに外に飛び出した。
爆風を浴び踞るスパイカーに、大量の文字と赤い表示が重なる。一番上の部分に、「薄装甲箇所」という赤い明朝体が点滅した。
にやり。茉弥は笑うと、銃を構える。
「ACCEL」。
腕に装着して使用するそれは、高性能分析コンピューターだ。敵や要塞、兵器の情報を調査し、弱点を見つけ出してバイザーに表示する、「クリムゾン・ウイング」特製のサポートシステムである。
時間がアホみたいにかかるのが欠点ではあるが、これさえあれば非殺傷兵器でも敵を倒すことが出来る……かも、しれないのだ。
「ペンキ撃っても効きそうな所ってあるかな……」
『敵の動力は蓄電池ではなく、内部で小規模な発電を行っているものと見られます。恐らくどこかに、排気口のようなものがあるはずです』
なるほどね、と呟くと茉弥は一歩後ろに下がった。銃を腰だめの姿勢で構え、スパイカーを見つめる。
◆
その姿勢を見て、完全に誤解した人間たちがいた。
「不味いですね。code:D河田、静止しています」
「そりゃそうだろうな……。生身の人間は全員倒れているし、人工知能兵器相手にペイント弾ではあまりに分が悪すぎる」
クリムゾン・ウイング司令部である。敵兵器を睨んだまま一歩後ずさる茉弥の衛星映像が、大画面ディスプレイにでっかく浮き彫りにされていた。
「そもそもなんで出撃時に確認しなかったんですか。実弾装備かどうかくらい……」
「いやー、出撃直前まで演習してたからね。てへぺろ☆」
「全く可愛くありませんし、誤魔化されませんよ。まったく、大事な戦力と信用を失ったらどうするんですか」
「だーいじょうぶ」
背広男の声とともに、司令部の後ろのドアが開いた。
「お呼びでしょうか、神楽坂司令……」
若い女性の声だ。うん、と答えると背広男は画面を指差してみせる。
「あれの支援に行ってほしいんだ。普段の演習の装備を実弾に換装すれば、充分だろう」
「あの、画面に映っているヤツですか……?」
「そーそー。現在、河田茉弥と牛込高人が交戦中。状況はあまり芳しくない。アレが相手なら、君の腕を存分に奮えるだろう」
「了解しました」
そう言い残し、声の主は去っていく。見送るのっぽ男はやや、不安そうに眉を寄せた。
「いいんですか、あの子を行かせて……。誤って河田たちを危険に巻き込まないといいですけど……」
「むしろ、このままでは茉弥が危険だ。君もこんな任務とっとと終わって、政府からもらった報酬でハワイ旅行行きたいだろう?いいぞ、ハワイ!」
「司令とは行きたくありません」
取りつく島のない返事に、背広男はしょぼんとした。




