発覚。
──「code:D二名、漸く行動を開始しました。司令の読み通り、今まで恐らく眠らされていたのでしょうな」
──「な? 俺の勘は当てになると言っただろ?お前みたいに、動きがないとすぐ死んだ扱いして追加増援を送り込んでるようじゃ」
──「二名には何を持たせてるんですか?」
──「いやいやいや、人の話は遮っちゃダメだろ遮っちゃ……で、何?」
──「携行品の件です」
──「うん。今回は概ね二人だけの活動になるからな、出来るだけの武装はさせたつもりだ。例のごとく、それぞれABPSXの五点セットとABOの三点セット」
──「あ、じゃあ余裕な感じですか」
──「分からんね。まだ二人とも入社して日が浅いから、訓練も兼ねての今回のミッションだ。不測の事態に備えて、“火の鳥”も差し向けてある」
──「“火の鳥”……!? 冗談でしょう!? 明らかにオーバーキルですよ!!」
──「構わん構わん。依頼人の話だと向こうは新興勢力らしいからな、一泡吹かせてこの辺りの覇権を思い知らせてやるべきだろう?」
──「それはまあ、そうですけど…………」
──「威勢よく、それ以上の仕事をこなす。それが我がクリムゾン・ウイングのモットーなのだ!」
──「……今思い付きで言いましたよね」
「……あ、タカト」
前方に同胞の姿を見つけ、茉弥は駆け寄った。「無事?」
少し息を荒げながら、背の高いその男は頷く。
牛込高人。今年で二十二歳。茉弥の同僚──傭兵部隊クリムゾン・ウイングの仲間だ。
「お前こそだろ。つーか何だ、その間抜けな格好は……」
茉弥はかあっと頬を赤らめた。「し、仕方ないじゃん! 寝てたんだもん! そう言うタカトだって、それパジャマの上から防弾チョッキ着てるだけでしょ!」
「こ……これじゃあまりに心許ないから、見張りの兵の盗っちまったんだよ。無いより……ましだろ?」
はぁ。
思わずため息をつく、二人だった。
全くもって、情けない話だ。
傭兵のくせに敵に捕まってしまうなんて。
国際傭兵部隊「クリムゾン・ウイング」。
その構成員たる二人が今回受けた依頼は、テログループによる客船の占領を未然防止すれというものだった。
防衛対象は、中国の香港から東京港へとツアー客を乗せた大型豪華客船「ブリージア」。依頼人である警察庁によれば、この船に中国系新興テロリスト集団「爪燕」が乗船し、船をジャックしたうえで竹芝埠頭でのテロを計画しているというのだ。
情報はそれだけ。仕方がないので二人は香港から船に乗り込み、バカンスライフを楽しむことなく諜報活動に徹していたのだった。あ、ちょっとは遊んだ。ちょっとは。
……で、昨日。
乗客の会話から、挙動不審な客の存在を割り出すことに成功したのである。
勇んだ二人は怪しげな男を見つけて尾行し、根城にしていると見られる部屋の番号までも突き止めてしまった。が、急いては事をし損ずる。突入を入港前日に当たる翌日と設定して入念な準備をし、それぞれの部屋で何事もなく寝ていたのであった。姿を見られた訳ではないし、安全なはずだったのだ。
ところが。
深夜、覆面を着けた男たちが茉弥の部屋に侵入してきたのである。抵抗する前に口を塞がれ、何かのガスを吸わされた記憶がある。恐らく、睡眠ガスだったのだろう。
そのまま気を失った茉弥はあの部屋に連れてこられ、監禁された。この様子だと、高人の辿った運命も似たようなものだったに違いない。
「…………さっき、監禁されてたドア脇で聞いたんだけどな」
ふいに、高人が口を開く。
「ここは第四甲板らしい。艦内図には載ってない、秘密空間みたいだ。俺が閉じ込められてた三一って部屋からは、微かに大麻みたいな臭いもしていた」
「……よくない使い方をされてる船って事だよね」
「恐らくな。ついでに司令が言ってた通り、今回の敵の裏にいるのはやはり爪燕で間違いなさそうだ。会話してたのは多分船員と、もう一人の胡散臭い男。状況と会話からして、爪燕の構成員だろう」
「爪燕と船の乗組員はグルって事……?」
茉弥は天井を見上げながら、設置された監視カメラに質問するように声を投げ掛けた。
考えてみれば、当たり前かもしれない。根城部屋を見つけた時、茉弥と高人の姿は当然監視カメラに映っていたはずだ。その時は誰も見ていなくても、後で映像を解析すれば二人がいたことは瞬時にバレてしまう。
「その可能性が高いだろうな。手を結んだ理由は分からないけど、大麻の臭いがした事を考えると共同で密輸でもやってる最中なのかもしれない」
「もう諦めて戦おうよー」
茉弥はうんざりしたような声を上げる。「要は乗客に被害が及ばないように、ターゲットだけを確保すればいいんでしょ? 大丈夫だよー」
「……そんな簡単に決めていい事じゃないだろ」
「やだ! もう待ち疲れた! ここ二日間、まともに緊張でご飯も喉を通らないし! プールもミュージカルもお買い物も映画も楽しめないし!」
──けっこう楽しんでるじゃねえか。
喚く茉弥に背を向けて耳を塞ぐと、高人はふうっと息を吐いた。
……ともかく、事態が少しやっかいになった訳だ。敵はテロリストだけでなく、船全体に散らばる船員にも広がってしまっているのだから。
高人は苦々しそうに声を絞り出した。「……どうするかな、俺たち。本当は乗客にも船員にも気づかれないうちに全員を無力化したかったが、もう話は船中の構成員に回っているだろう。それにそもそも、船員が一味じゃどうしようもない。俺たちが脱走した事がバレるのも時間の問題だ。いや、もうバレてる可能性が高い」
戦いたくて仕方ない茉弥は、目を輝かせながら次の一言を待った。
果たして、結果は期待を裏切らなかった。
高人はため息を吐く。チラッと横目で茉弥を見て、
「……仕方ないな。向こうにはバレてる前提で動こう。取りあえず、本部と連絡を取る。そしたら、状況開始だ。船員とテロリストの目的が何であれ、トップを押さえられれば動けはしない。お前は艦橋を目指せ。俺は爪燕のアジトを撃破する。応援か指示が来るまで、時間稼ぎだ」
「うん!」
威勢よく頷く茉弥。その目には既に、微かな緊張感と輝きが灯っている。苦笑すると高人は言った。
「ともあれ、まずは俺たちの部屋に戻るぞ」
──「巡回A3より報告。31及び37、監禁中のターゲット01と02が脱走しました。見張りはそれぞれ、31が死亡、37が気絶しています」
──「本部了解。向こうも、やっと動き出したということか。どうしたものだろうな」
──「うむ…………参ったな、こうなったらこちらも動くしかないではないか。邪魔が入って作戦が根底から覆されれば、お仕舞いだ」
──「こちら艦橋、監視カメラの映像からターゲット二名は客室を目指していると思われます」
──「仕方あるまい。十分後の十六時二十分を以て、艦内の制圧と乗客の強制退去を行う。巡回は全員、小銃を携行せよ。抵抗する者があれば誰であれ、その場で殺せ」
──「了解」
──「それから、件の01と02を発見した場合は躊躇するな。あの様子だと、向こうもどこかの軍事組織の所属である可能性が極めて高い。手強ければ、弾の無駄遣いくらいは見逃してやる。倒した者には褒美の賞金も出してやろう」
──「奴等の部屋で発見した兵器類については、どう致しますか?」
──「あのバカでかい代物か。心配するな、航海士室で預からせている」
──「了解」