凱旋。
頭上でズシンズシンと重たく響いていた爆音が、ふいに途絶えた。
──決着が、ついたのか?
高人はそう思いながら、あちこちの機器を調べて回っていた。上のフロアで起きている戦闘のことは、既に無線で聞いて知っていた。
探し続けてどれほど経っただろうか、停船に必要なボタンが未だに見つからない。この薄暗い機関室は、一人で探すには広すぎるのだ。
と、その時。イヤホンから無線の音声が流れ出した。
「もしもし、牛込⁉」
笑里のようだ。高人は逸る息を調えながら、返事をする。
「俺だ。どうだ、地上は」
「急いでそっち終わらせてこっちに来て! マミがやばい!」
高人は一瞬、聞き間違えかと思った。
──マミが、何だって?
「あたしの手元にはもう、手持ちの弾がない! 援護射撃をできるのはあんたしかいないの! だからお願い、早くこっちに来て!」
そこでぶつっと無線は切れた。緊迫した空気が、高人の耳元で千切れる。
高人はまだ、事態を捉え損なっていた。つまり笑里は弾を撃ち尽くし、茉弥は例の無人兵器に追い詰められている……? だから音が止んだのか?
ようやく危機感が頭の中を染め始めた。今何かができるのは、自分しかいない。こんな所で手間取っているわけにはいかないのだ!
「うおおおお! どれなんだよ畜生っ!」
雄叫びを上げながら、高人は滅多矢鱈にボタンやコックを試し始めた。これか? こっちか? それともこれか?
見当なんてつけていられない。手当たり次第に動かし始めた、次の瞬間だった。
船は、がくんと停止した。
文字通り、がくん、とだ。
高人と笑里は、床に投げ出され身体を強かに打った。
茉弥を縛り付けていたコンクリの破片は、転げ落ちた。スパイカーの攻撃で脆くなっていた瓦礫は、ぐらっと揺らぎ倒れ込んだ。
そしてそれが──スパイカーのコックピットを叩き潰した。
──チャンスだ!
茉弥は直ぐ様逃げ出した。そして同時に、こちらのターンが回ってきたのを自覚した。
さっき茉弥が銃撃したおかげで、コックピットの障壁は壊れやすくなっていた。そこに重い残骸が落ち込み、無惨に破壊されている。つまり茉弥を捕捉するカメラが壊されたのだ!
とは言え、茉弥の兵装もまた傷付いている。
「これがきっと、最後のチャンスだね」
呟くと茉弥は、キッと空を睨み付けた。飛散したターゲットマーカーから吹き出した紫煙が、まだそこに漂っていた。もう時間は迫っている、速やかにスパイカーをあの辺りに誘導しなければならない。
茉弥は上空からスパイカーを見下ろすと、離陸の邪魔になっている瓦礫を吹き飛ばした。的を見失ってうろうろしているスパイカーに、声をかける。
「鬼さんこーちら、手の鳴る方へー!」
ぱんぱんと手を叩く音に、スパイカーは吸い寄せられた。何という素直な敵だろう、略して素敵だ。このまま指定の場所まで、誘き出さなければ!
「私はこっちよー!」
「バーカ、そっちじゃないから!」
色々と叫びながら、茉弥は少しずつスパイカーを移動させていった。声が聞こえるたびにスパイカーは無茶苦茶に砲弾を撃ってきたが、茉弥は完璧にそれらを避けてみせる。疲れてたって怪我をしたって力は落ちない、それが真の傭兵というものだ。煙の位置がスパイカーに合うまで、茉弥は懸命にそれを繰り返した。
重なった!
無線に茉弥は絶叫する。
「今だよ! 撃って────!」
彼方の空から、強烈な光が煌めいたかと思うと。
太い光線がスパイカーの身体を貫いた。
光線は勢い余って、東京湾の海面に突っ込み激しい水飛沫を上げる。全力で回避行動を取る茉弥の眼前でスパイカーの躯体は真っ白に輝き、四方八方に金色の炎を噴き出した。
防具の上からでも鼓膜を破りかねない凄まじい爆発音が轟いた。スパイカーは木っ端微塵に消し飛び、粉砕された骸は次々に海中に没していった。
茉弥たち「クリムゾン・ウイング」は、強大な敵に遂に勝利したのだ。
「危なかったぁ……」
ふらふらと茉弥は船のデッキに舞い降りた。そこに、笑里と高人が駆け寄ってくる。高人は迷うことなく、茉弥の身体を抱き締めた。
「やったじゃねえか、マミ! あのものすごい敵を倒したのかよ!」
最大限の誉め句を受け取っても、茉弥の表情は冴えない。自分一人で倒したかったな、とまだ思っていたからだった。
悔しかった。負け知らずだった茉弥にとって、スパイカーは予想外の難敵であった。
「ねえ、エミリ」
高人の腕の中で、もごもごと茉弥は尋ねる。
「さっきの光線って、何?」
笑里は驚いたように目を少し丸くした。が、それもそうかと思う。笑里の所属する班にしか、あの兵器の存在は語られていないはずなのである。
「『火焔鳥』よ、たぶん」
「ファイヤバード?」
「そ。次世代型主力兵器として開発段階にある無人飛行艇よ。主砲はレーザーキャノンだって聞いたことあるな」
なるほど、道理で光線だった訳だ。というかそんな兵器があること自体、いま初めて知った。
「なんで私には教えてくれなかったんだろう……」
「開発部門は副司令の監督下だからね。あの人さ、超頭堅いから秘密保持には厳しいんだよ。茉弥の練度がもっと上がったら、きっと教えてくれるって」
……気に入らない。
茉弥は海面に目をやった。機体の沈んだ辺りが、どくどくと濁っている。まったく、甚だしく環境に悪そうだ。
「まだ完成してなかったはずだけど……どうせ司令が無茶言って使わせたんでしょうね」
あの司令ならやりそうだし、と暢気に呟いた笑里の表情は、穏やかだった。眠そうなのではない。手も足も出ないという経験をしたのは、笑里も同様だったからだろう。
司令部にしてみても、開発段階にある兵器を投入せねばならないほどの敵だったということだ。これは帰ったら褒められるかな、と茉弥はちょっぴりわくわくしていた。
無線から声がする。司令部だ。
「標的の撃破、及び停船を確認した。諸君、よくやった」
「ホントだよ、疲れたよ! 帰ったらちゃんと労ってよね!」
笑里のような茉弥の応答に、苦笑が響く。
「三人とも揃っているな。これより再度、救援のヘリを飛ばす。帰還したら祝杯のジュースでも支給するよう、司令に伝えておこう」
「ジュースって何? もっと豪華なもの支給してよ! シャンパンとか!」
「貴様はまだ未成年だろうが!」
お叱りの声とともに、無線は切れた。ついでに緊張の糸も、ぷっつりと切れた。
笑里は空になった砲を脇に置き、早くも寝転んでいる。
高人は感慨深げに、白濁した海面を見つめている。
茉弥はずっと向こうに建ち並ぶ、東京都心の高層建築群を眺めていた。それはこの戦闘を通して、茉弥がこの手で確かに守り通した景色だった。
自力ではなかったかもしれないが、茉弥は嬉しかった。演習では得られない充足感が、四肢に充ち満ちていた。
──この世界にはきっと、まだまだ私の知らない強い敵がいるんだろうなぁ。
早く一人前になって、刃を交えてみたい。私の力量を、確かめてみたいな。
茉弥はそっと、『緋染の翼』のスイッチを切った。背中で輝く真っ赤な光の翼は、すうっと消えてなくなっていった。
「お疲れ」
茉弥はそう言って、微笑んだ。
今日もこの日本の、或いは世界のどこかで、あらゆる敵を相手に傭兵たちは戦っている。
それは、守るべき仲間や標的があるから。もしくは──信念や意地があるから。
彼らの戦いは、この世界に平和が訪れるまで、決して終わらない。
To Be Continued…