決戦。
実際のところ、それは『何か』どころではなかった。
「うそ⁉」
茉弥は、絶句していた。
上部甲板の、最上階。衝撃で目を覚ました笑里と茉弥の見上げる先には、異形の人工兵器が立ち上がっていたのだ。
脚が何本かと、銃器が何十本か増えているような気がするが……。間違いない、その壁面には『SPIKER』と書かれている。強烈な揺れが発生したのは、それが起き上がったからであった。
真っ暗だったはずのコックピットには赤色灯が幾つも点り、明らかに先程とは違う様子である事を主張している。
「……マミ、倒したんじゃなかったの?」
寝惚け眼をこすりながら笑里に尋ねられた茉弥は、答えられなかった。いや、確かにあの時、機体は静止したはずなのに……。
『来ます!』
左腕の警告に、二人はぱっと左右に分かれてジャンプした。ちょうど並んで立っていたその空間を、凄まじい音を立てながら火線が通過した。光の矢は一直線に、回避行動を取っていた回収ヘリの後部を撃破する。ヘリはきりきりと宙を舞いながら、海面に没し爆発した。
橙色の空に照らされてその身を輝かせながら、スパイカーは直ぐ様茉弥と笑里に照準を合わせる。その動作速度たるや、これまたさっきまでの比ではない。
『貴様ら……俺を、怒らせたな……』
スピーカーから声が流れ出した。排気口を撃って無力化する前に聞いたのと、同じ声だ。
『再起動、“皆殺しモード”展開完了。こいつがそんなにヤワだと……思うんじゃねえぞ!』
茉弥はあの時確かに一度、スパイカーの排気口を詰まらせる事に成功したのである。だからスパイカーはその機能を停止した。
しかし、排気口潰しはエンジン駆動である事が前提だ。内部に蓄電装置を持っている可能性を、茉弥は疑うべきだったのである。
いま、スパイカーは主の居なくなった船の上で蘇生し、実に残念な名前の凶暴化を遂げて茉弥たちに復讐を挑んできたのだ。
「殺らなきゃ……」
スパイカーを睨みながら茉弥が唸ると、笑里が後を続ける。「マミ、一旦下がって。私が倒すよ」
「えー」
「これがなかったら今日の私、何しに来たのか分からないじゃない。こんな壊れた船の上でリゾート気分にはまったって、」
言いながら早くも、彼女は背中に背負った小型多連装ロケットを肩に引き出していた。甲板を走りながら、二人を同時に狙うスパイカーへとその照星を向ける。
「何も楽しくないの、よっ!」
バシュッ!
空気を蹴り出しながら発進した七本のロケット弾は、束となってスパイカーに突撃した。爆風が吹き荒れ、その中からまたも銃弾の嵐が飛び出してくる。効かなかったようだ。
『危険です!『緋染の翼』緊急展開!』
アクセルの電子声に遅れることコンマ三秒、背中一杯に光の翼が展開される。
飛び立った茉弥は銃の咆哮を避けながら、無線に向かって叫んだ。「司令部! 聞こえてる⁉」
「こちら司令部。code:D河田、大丈夫か?」
「敵の無人兵器が蘇ったの! 笑里が攻撃してるけど、まるでダメージがないっぽい!」
言うが早いか、身体を捩った茉弥は急上昇した。笑里の放った大口径弾がスパイカーの目の前で炸裂し、炎が膨れ上がる。
司令部側の応答は、同じ回線で笑里にも繋がれた。
「code:F夏目、状況を説明せよ!」
呼び掛けに応じる夏目の声は、途切れ途切れだ。「分かんないわ! どんだけ当てても効き目がないの!」
「残弾数は!」
「半分! もってあと三分ね!」
「ううむ……アレを使うしかないか……」
司令部の声が、いったん途切れる。
アレ、とは何の事なのか、茉弥には分からなかった。
「code:D河田!」
「はいっ」
「作戦を命ずる。余裕が出来てきたら、こちらが指定した場所まで敵兵器を誘導せよ。場所はこれより、ターゲットマーカーを発射して指定する」
「誘導……?」
「そうだ」
前例のないミッションだ。
爆発で飛び散る残骸をぎりぎりで避け切ると、茉弥は『緋染の翼』の残電池を確かめた。七割強が、まだ残っている。
よく分からないが、やってみるしかない。
「分かった! いつまでに誘導すればいい?」
「三分後だ。それまでに我々も、全力で準備を終わらせる。これより支援攻撃用のヘリコプターも向かわせよう」
茉弥は無言で頷くと、無線を切った。あと三分、時間を稼げばよいのだ。
◆
笑里は、焦っていた。
自分の攻撃が、まるで届いていない事に。
「なんで、こいつ、こんなに、堅いのよ……!」
側転で射線を避けつつ、笑里は回転する視界で敵を捉えて離さない。腕に持った擲弾投射器を真っ直ぐに構え、一瞬の隙を突いてスパイカーの関節部を狙い撃ちする。
バゴンッ!
重い音と共に装甲が飛び、関節の複雑な構造が露になった。
やっと、ここまで来た。あの頑丈な装甲を破るまでに、発射した小型榴弾はのべ七発。どれだけ堅ければ気が済むのだろう。
「……まあ、予想は出来てたけどさ」
笑里はぼやく。
相手の力量を読むべく初手で放ったロケット弾は、前部装甲の一部を剥ぎ取り銃身を無力化しただけだった。それだけでもう、実力など分かったようなものだ。
人間相手なら、こんな苦労はしない。いや、戦車相手だってもっともっと楽だろう。今までに用いた武力があれば、優に一個大隊は撃破できたはずだ。こいつ(スパイカー)が、馬鹿みたいに厚い対攻撃性能を持っているだけなのである。
「ふ」
息を抜くと、新体操のようなアクロバティックな動きで後ろに下がった。スパイカーの巨大な脚が、笑里の立っていた場所を床ごとズガンと打ち砕く。
土煙の中へ、笑里は最後の一撃を見舞った。
バギャッ!
妙な爆発音が轟き、煙が晴れる。スパイカーの一本の脚の付け根から、炎が上がっているのが確認できた。
結局、与えられた被害はあれだけだ。
「駄目だ! ごめん!」
笑里は悔しげに歯を食い縛り、怒鳴った。
その後ろから、後輩の茉弥がひらりと舞い上がる。
「任せて!」
叫ぶが早いか、茉弥はスパイカーの目元目掛けて銃を連射した。弾丸はもうペンキではない。強化ガラスに当たった徹甲弾はガンガンと音を弾けさせ、大穴が空く。
スパイカーはすぐに茉弥を第一目標に据えた。だが茉弥の方が速く、仁王立ちのスパイカーの股の間をするりと飛び抜ける。背中側は、銃身が多くない。
茉弥はまず、くるりとこちらを向いたライフルの銃口を狙った。放たれた弾が空中で衝突し、爆発する。茉弥の連射力がスパイカーを上回り、ライフルは次々に撃破されていった。
スパイカーの兵装は、あちこちに針山のように据えられたライフルと、ところどころに取り付けられている大口径の火砲だけだ。茉弥はそこに目をつけた。ライフルを悉く壊してしまえば、残るのは命中精度も連射力も低い砲ばかり。時間稼ぎには危険が少ない方が都合がいい、と茉弥は考えたのだ。
捕捉されないようにぐるぐると周回しながら、茉弥はずらりと並ぶライフルを一様に破壊した。地上でその光景を眺める笑里が、茫然と口を開けているのが見える。その機動力に、唖然としているのだ。
「最後の一つ、っと!」
叫んだ茉弥の放った弾丸は、今や唯一茉弥に矛先を向ける銃口目掛けて飛び込んだ。くぐもった爆発音が響き、火花を散らせながら銃身は吹っ飛んだ。
『やれましたね!』
「よっしゃ、これで当分は安全だよね!」
アクセルの声に笑いながら、茉弥はふわりと上昇。無線を握り、声を吹き込んだ。
「敵兵器の兵装の七割を削減したよ! 残ってるのも大して当たらないし、射程も短いから、遠くにいれば大丈夫!」
「りょ……了解」
返事を返しながら、笑里が物陰に消えたのが見えた。すぐに茉弥は甲板上のスパイカーを睨む。油断は禁物、こちらも悠長に待っていては落とされる。
──私も、距離を取らなきゃ。
『緋染の翼』はぐわっと空に舞い上がり、スパイカーとの間が離れてゆく。これでよし、ね。茉弥は安心した。
だがしかし。
テロリスト特製の暴力兵器の隠し持つ力もまた、茉弥の想像を上回っていた。
ヴォン!
電子音を振り撒きながら、スパイカーの背中が緑色に輝いた。次いで本体が浮き上がり、瞬く間に急上昇を始める。
「飛べるの⁉」
茉弥は絶句──いや叫んでいた。アクセルの分析結果に、飛行能力など書いていなかったのに!
『反重力飛行システムを内蔵していたようです私の分析足らずでした申し訳ありませんッ!』
アクセルの懺悔よりも勢いよく、耳元を砲弾が通過する。ぎりぎりで回避した茉弥は、すぐ後方を振り返った。灰色にくすむ航跡の先で、支援攻撃機と思しき味方のヘリコプターの後部が爆炎を膨れ上がらせているのが見えた。しまった、最初からあちらが本命だったのだ。
乗員がパラシュート脱出した直後、ヘリは空中分解し爆発四散した。ぼうっとその映像を眺めていた茉弥に、アクセルが警告する。
『来ます!』
後ろを確認するまでもない。茉弥は瞬時に高度を下げ、再び迫り来る砲弾を回避する。それは空中で爆発し、何か赤い物質が飛び散った。司令部が撃つと言っていた、ターゲットマーカーだ。
「ああっ……!」
悲痛な声を上げる茉弥は、またも宙返りして砲撃から逃れた。余計なことを考えている暇はない、今追い詰められているのは紛れもなく茉弥の方だ。
「当たれっ!」
ぐるりぐるりと滅茶苦茶に飛びながら、茉弥は立て続けに銃を撃ち込んだ。ヘリを落とした砲口に弾は真っ直ぐに飛び入り、内部が暴発して火を噴き上げる。いや、駄目だ。あれはまだ撃てるはずだ。
スパイカーはその巨体を器用に動かし、茉弥を追い回す。逃げ惑う茉弥は必死だった。ついさっきまでは無敵だった『緋染の翼』が、今は相手と互角に張り合うための兵装でしかないなんて、信じられなかった。
このままでいる訳には、いかない。
──見てろよ、こんな図体のでかいストーカーなんて振り払ってやる!
茉弥は狙いを付け、瓦礫の山と化していた操舵室に向かって突入した。スパイカーなら通り抜けられないが、自分なら……。
しかしスパイカーの方が上手だった。茉弥が狙いか自身の通れる空間確保が狙いか、火砲を一斉に向け操舵室を砲撃したのだ。
「うわあああ!」
避けられない。茉弥は爆風を浴びて叩き付けられ、そこにスパイカーが突っ込んできた。
もうもうと上る砂塵の陰から、スパイカーの砲口が茉弥をぴったりと狙っている。
コンクリートの残骸に挟まった茉弥は、動けなかった。目の前に脅威がありながら、逃げることができない。
「……やばい、よね……」
茉弥の顔から、冷や汗が滴り落ちた。