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緋染の翼  作者: 蒼原悠
incentive battlefield ⑴
1/12

起床。








 啓明三十年。


 第三次世界大戦の終結から、はや十年が経つ。


 国家という概念が崩壊し宗教戦争と化したあの大戦で、危うくも保たれていたこの世の秩序の均衡は完全に消滅してしまった。辛うじて戦火を逃れた日本国も、その流れに逆らう事は出来なかった。

 未だに連日のように世界各地で発生する、テロ。かつて世界一安全の名を謳ったこの国でさえ、一月に一回はどこかで爆弾や生物兵器が炸裂する。大戦終結以来、いったい何人の命が失われてきたのか、もはや誰にも分からない。


 そんな荒んだ時代にも、希望は確かに残っていた。




 傭兵。



 私設軍事組織である。



 金と引き換えなら、何だって引き受ける。

 テロ攻撃の未然防止のような「仕事」には、彼らのようなスタイルはぴったり適合した。

 やがて政府機関からも仕事(オファー)が舞い込むようになると、ますます彼らは隆盛を誇り始める。要人警護、諜報活動(スパイ)に探偵業務。何でもこなす彼らの存在は次第に時代に不可欠なモノとなっていった。立派な“傭兵ビジネス”の、誕生だった。



 ほら。ここにも彼処にも、傭兵たちは立っている。




 …………否、倒れている。




※※※※※




 「…………痛ったぁー……」


 微かな呻き声が、暗闇の中に響き渡った。

 「ったく、好き放題殴って蹴ってくれちゃって…………肌がアザだらけになっちゃうよ」

 呻いている割には、話の中身も口調も軽い。声の主はゆっくりと、もたれていた配管らしき構造物から身を起こした。

 12、3くらいの少女である。背の高さは標準か、それ以上か。ほっそりとした肌が、闇に光を放つ。

 「ここ、どこなんだろう」

 少女は独り言を言いながら、きょろきょろと辺りを見回した。暗部に馴れた目で見ても、特に何かあるような部屋ではなさそうだ。前方に一枚、扉がついている。後ろには二本の配管が通っている。天井のライトは、肝心の蛍光灯が外されているようだ。監視カメラの類いは見当たらない。

 配管をぶっ壊してみる手もあるだろうか。

 「やめとこ、何が流れてるか分かったもんじゃないし」

 自分で自分の問いに答えを出すと、少女は扉を眺めた。シルエットから察するに、鍵が掛かっているらしい。

 音を立てないように扉に近寄ると、少女は耳をそばだてた。衣擦れの音が聞こえる。誰かが扉の外に立っていると見て、まず間違いないだろう。


 「……取りあえず、この部屋出てから考えよう」


 ほとんど声に出すことなく呟くと、少女──河田(かわだ)茉弥(まみ)はニヤリと口の端を歪めた。

 その目には不思議と、冷たさは宿っていなかった。





 ドォンッ!!

 けたたましい音を立てて、扉が前へ吹っ飛んだ。

 脇に立つ男は油断していたのか、居眠りに入っていた。慌てて小銃を構え直すが、中から駆け出してきた茉弥の方が俄然早い。

 地面を蹴り、茉弥は男の銃に掴みかかる。体重で銃が引っ張られ、男は前屈みになった。そこに、ジャンプした勢いそのままの茉弥の頭が突進。

 バキッ!

 鈍い音が廊下をこだました時には、意識を失った男は後ろにバッタリと倒れていた。

 「……意外に、呆気ないなぁ」

 手をパンパン払いながら、着地した茉弥は男の落とした銃を手に取る。見かけの割にそんなに重くないその銃身は、「M4A1カービン」。今ではもう年代物の、自動小銃(アサルトライフル)だ。

 ──ちょっと、私にはでかいかな。拳銃か何かだといいんだけど、持ってなさそうだし。

 しょうがない。目を覚ましても使えないよう、茉弥は銃の弾倉(マガジン)を抜き取ってポケットに突っ込……


 ポケットがない。

 いや、あるのだが妙に小さい。

 と言うか、この服────

 「パジャマじゃん!!」

 茉弥は悲痛な声を上げた。緑色の薄っぺらいその服は、もう疑いようがないくらいパジャマだった。装甲としての機能など、無いも同然だ。

 何て事だろう、こんな格好で暴れまわらなければいけないというのか?

 ──そっか、当たり前だよね。寝込みを襲われたんだもん……。

 「ま、どのみち戦うならアレがいるよね。取りに帰らなきゃ」

 無理やり自分を納得させると、茉弥は改めてキョロキョロと周囲の風景を見渡した。

 ここは一体、どこだろう。さっき蹴り飛ばした扉には、「第三七準備室」とか何とか書いてあったが、事前に目を通していた資料にそんな部屋はなかったはず。まあ、こちらを撹乱する意図があっての事とは茉弥には思えなかったが。

 「……タービン音が幽かに聞こえるって事は、第三甲板あたりかな。三七って名前だし」

 てかネーミングセンス無さすぎでしょ、と溢したのも束の間、茉弥は壁に沿って音を立てずに歩き出した。

 無論、パジャマのままである。





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