第四十五話 孤独からの解放
いつになく真剣な表情をしたエリシスは、流雨達の顔を見回し、口を開いた。
「ルー、シズク、フユカ。ちょっと、いい?」
「どうした?改まって」
「うん、ちょっと……ね」
エリシスはそう言って俯いた。何かを落ち着かせるように、大きく深呼吸を繰り返す。長い金色の髪が、はらりと肩から外れ、垂れる。流雨達は急かすようなことをせず、黙ってエリシスが口を開くのを待った。
「三人に、知っていて欲しい。私の過去を」
そう切り出したエリシスは、ゆっくりと語り始めた。
エリシスは辺境の村に生まれ、育ったこと。父は優れた騎士で、母はかなり高位の魔術師だったこと。そして、そんな母に、いつも魔法を教えてもらっていたこと。何事もなく、穏やかに暮らしていたこと。
突然危険を知らず鐘がなり、村を覆うほどの黒龍が飛来したこと。黒龍は村の近くに着陸し、村を襲い始めたこと。父と母はエリシスを助け出すために、馬車を呼び、黒龍と戦っている村人達に加勢しに行ったこと。村中に響いた咆哮が気になり、扉を開けて確認して見たら、黒龍よりも最悪の黒滅死龍だったこと。父と母が呼んだ馬車が到着して、馬車から降りた女性がエリシスを連れて行ったこと。そして、エリシスの目の前で、両親が殺されたこと。
女性の元で、何年か暮らしたこと。その後は、冒険者として独り立ちしたこと。ギルドでふと目についた依頼がどうしても気になって
、受けて見たら流雨達と出会ったこと。
そして最後に、今現在の自分は、黒滅死龍に対する憎しみの上に成り立っていること。復讐のために、今迄で生きてきたことを。
すべてを話し終えたエリシスは、深く、深く息を吐いた。
「ありがとう。静かに聞いてくれて。少し、楽になった。知ってどうしろというわけじゃないの。ただ、知って欲しかっただけ。本当は、今のままの関係でいたいけれど、そんなのは都合のいいことだってわかってる。だけど、せめて、ここを出るまでは、一緒に、いさせて。お願い」
エリシスの声がだんだんと震え始め、最後には、涙声になった。目から大粒の涙を流し、流雨達に頭を下げる。そんなエリシスを見て、流雨は静かに目を瞑った。
「憎しみや恨みによって生まれた力は、確かに悲しい力かもしれない。だけど、どんな理由があろうとも、エリシスがただひたむきに努力して身につけた力ということに代わりはない。例え、その力を復讐に使おうとも。だから、そんなに忌避することも、卑下することもない。身につけた力を嘆くことも」
「えっ?」
流雨の口から発せられた言葉は、エリシスの予想外だったらしく、エリシスは頭を上げた。ゆっくりと目を開けた流雨の瞳に宿っていたのは、純粋な怒りだった。
「エリシス。お前の目に俺達はどう映っている?復讐のために生きてきたお前を罵倒し、傷つけ、離れいく。そんな奴らなのか?そんな奴らと思っているのか?ふざけるのもいい気加減にしろよ。そんな簡単に別れるなら、一緒に旅なんてしねえよ。教えてやる。俺達はそんなことじゃお前と別れねえ。例え黒滅死龍に対する憎しみでお前が成り立っていようとも、別れる理由なんかにゃ到底ならねえ。過去にどんなことがあっても、例えお前がどうなろうとも、エリシスはエリシスだ。俺達がこの世界で唯一信じられる、一緒に旅したいと思えるエリシスに変わりはない。
お前がここで俺達と別れたとして、それで仇を打てるのか?エリシスよりも強い二人が戦って勝てなかった相手に。お前一人で勝てるのか?
辛いなら頼れよ。苦しいなら頼れよ。助けて欲しいならそういえよ。頼ってなんぼ。迷惑かけてなんぼじゃねえか。迷惑かけていいんだ。助けて欲しいと言っていいんだ。俺達は、仲間なんだから」
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ。あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
包み込むように優しく、けれど確かに強い流雨の言葉に、エリシスは泣き崩れた。子供のように声を上げ、涙を流した。エリシスを笑えるものなどどこにもいない。十六年もの間、一人で孤独に耐えてきたエリシスの気持ちを理解出来るものなど、存在しないのだから。泣き崩れたエリシスを、いたわるように、雫と冬華は抱きしめた。
結局、エリシスが泣き疲れて眠りにつくまで、泣き止むことはなかった。




