第二十三話 公共浴場〜男湯side〜
「へえ。なかなか広いな」
公共浴場の男湯に入った流雨が呟く。てっきり狭いかと想像したが、元の世界の銭湯よりも広い。
「ん?誰だい?」
「あ?先客がいたか」
湯気でよく見えないが、流雨より先に、男湯に入っている人がいた。
「俺はルウ・シンナギ。んで?あんたは?」
「僕か、僕はレスド。よろしく」
「よろしくっつっても公共浴場に入っている短い時間だけどな」
お湯に体を沈め、壁にうつかる。
「あはは。まあいいじゃないか。それで、君は一人で来たのかな?僕は四人で来たよ」
「男湯にお前ひとりってことは男一人に女三人か、いいご身分だ。俺は四人。お前と同じだ」
「なんだ。人のこと言えないじゃないか」
「まぁな……」
二人ともしゃべることがつき、沈黙がおりる。
「そういえば。君の銀髪は珍しいね」
「よく言われるわ。腹立たしいことに染めてるのか……とか根も葉もないことを言われたりしてな。昔はよくいじめられたもんだ。ったく。周りが髪色が違うのがそんなに気になるのかね」
「君も、苦労してるんだ」
レスドは空を見上げ、しみじみと呟く。
「君もってことはレスドの連れにも銀髪が?」
「うん。リエラって言って獣人なんだ。獣人では銀髪で産まれることはないに等しい」
「んで、そのリエラは銀髪に産まれてしまった。銀髪を見た周りの獣人達はリエラを忌子と蔑み、村の外に捨てた…………ってことか」
「…………」
レスドは沈黙する。その沈黙は肯定を表していた。
「えらくまぁ勝手なもんだわな………」
「えっ!?」
「昔の馬鹿がそんな風に書いちまった所為で、村から追放されてしまったか………。結局呪いとか騒いでる獣人とかいたんだろ?そいつにいってやりたいな。リエラの周りにいた獣人の中で実際にお前の言う呪いにかかった獣人はいたのか………てな」
「………………」
流雨の話を聞いたレスドは絶句していた。口を開け、涙を流していた。
「お前、なんで泣いてるんだ?」
「あはは。なんでも、ないよ」
「はぁ……目の前で泣かれてなんでもないわないだろ。知らないやつだから話せることもあるんだぜ?話して見ろよ」
「そうだね。うん。ありがとう」
流雨の問いにそう答え、目をつぶって上を向いたレスドは、静かに語り出した。
あれは、何年前のことだろう。僕は旅をしていたんだ。あの日の昼、いつものように国へ移ろうとして、森に入った。森に入ってから、しばらく進むと、地面に傷だらけで倒れている女の子を見つけたんだ。すぐに駆け寄り、様子を見た。幸い、命に別状はなかった。けど、骨が折れていたり、ガリガリに痩せていたりしていたんだ。僕は木陰に行き、折れていた腕を固定して、胃にいい食べ物を作り、ゆっくりと食べさせた。そのかいあって、少女は目を覚ました。まあ、目覚めた途端に怖がられたけどね。ご飯の途中だったから、お粥を少女に手渡し、僕も自分のご飯を食べ始めた。少女はしばらく僕を見つめると、ようやくお粥に手をつけ始めた。お粥を食べ終わった少女はぐっすりと寝てしまった。僕も疲れてたから布団に包まって寝た。翌日、朝ご飯を作っている途中に少女は目を覚ました。とりあえず朝ご飯を渡した。食べながら、なんでそんな重傷で森で倒れていたのかを少女に聞いた。少女は俯いて黙ってしまった。けれど、しばらくすると話し始めた。話しによると、少女はまだ六歳だと言う。少女は獣人で、この近くの村に住んでいた。村にはある伝承があったらしい。『忌子、銀色の髪を持つ獣人が産まれたら気をつけろ。呪いが降りかかるぞ』ってね。何を身勝手な、と僕も思ったよ。どうやらそんな馬鹿馬鹿しい伝承をまともに信じたらしい獣人達は、寄ってたかって少女を追い出した。殴り、蹴り、ろくなご飯を与えずに。最も不幸だったのは、その少女に頼れる人がいなかったこと。少女を産んだはずの両親さえも、裏切ったんだ。幼い少女には辛かっただろうね。両親に裏切られたことは、幼い少女に大きな心の傷を与えた。少女はもうそこでどうでもよくなった。自暴自棄にね。抵抗することもせず、殴り、蹴られている間、濁った目で本人達を見据えていた。一層きみわるがられ、森に捨てられた。皮肉なことに、それが結果としてリエラと僕を引きつけたんだけど。このことを僕に話しているリエラは、おかしかった。自分のことのはずなのに、淡々と、感情を挟むことなく、まるで他人事のように話していたんだ。こうでもしないと自分を保っていられないかのように。僕はリエラを旅に連れて行くことにしたんだ。ーー僕に何ができるかって?わかってるさ。僕になにもできないことくらい。だけど。辛いときに一緒にいることくらいはできるんだ。旅の途中もリエラは蔑まれたり笑われたりした。でも僕は連れていかずにはいられなかった。どうしても…………
「そんなことがあってね。リエラをみた人たちは罵声を浴びせるんだ。お前は産まれて来てはいけなかったとでも言うようにね。だから君にあったとき、同じ銀髪で、リエラのことを悪く言わないことに驚いて、嬉しくて泣いたんだ」
「…………お前の選択は間違っちゃいないと思うぜ」
「え?」
「少なくとも、森の中で一生を終えるより、お前と一緒に旅する方が幸せだと思うぜ。髪色が違うからなんだ、目の色が違うからなんだ、俺から言わせてみれば、皆が同じ色をしている方が呪われているぜ。これだけ人が住んでりゃ、違う人も出てくるさ。出てこなきゃおかしい。何年も一緒にいるお前は呪われたか?」
俺の問いにレスドは静かに首を横に振る。
「じゃあ気にしなければいいんだ。結局はデマだ。迷信なんだ。気にしたってしょうがないだろ。言いたいやつには言わせとけ。見てて面白くないか?嘘を誇らしげに得意げに語っている奴らは。聞き流していればいいんだよ。そいつらはリエラを知ってるか?知らないだろ。俺もそうしたぜ?俺のことをなにも知らない奴らが何を言える?なにも言えないさ。人間知らなければ言えないんだからな。マナとはなんだと聞かれて知らないのに答えられるか?答えは否だ。答えるやつは馬鹿さ。大馬鹿だ。リエラのことだって同じことさ。馬鹿の言葉をいちいち聞いてたって意味ないだろ。気にするな。誰になんと言われ様とも、お前らはお前らの道を堂々と進めばいいんだ。堂々とな」
俺の話を聞いたレスドは、再び涙を流していた。
「あー。俺はもう出るな。お前も早くでろよ」
気恥ずかしくなった俺は、ほおをかきながら、脱衣所へと入った。最後にレスドが、「ありがとう」と小さな声でいったような気がした。




