ペットとの再会
夜、恒例の冒険話をイルマに話した後、俺は周囲に誰もいないことを確認して、インベントリを開いた。
「卵、卵と……あった」
特に迷うことなくペットの卵を発見した俺は、それを使用する。すると、インベントリから卵が消えて、中空に淡い光を放つ物体が現れる。
光は少し経つと収まり、その中心には蝶のような羽根を生やした小さな人影があった。
大きさは20cm未満というところだろうか、ふわっとウェーブのかかったピンク色の髪に、くりっとした瞳、無邪気そうな顔した可愛い女の子である。
体は樹木の葉のような生地で出来たワンピースに包まれていて、その姿は樹の妖精のようである。
実際、妖精のようというか、妖精──ピクシー──そのものなのだった。
「お久しぶりです、マスター」
「ちゃんと呼び出せるんだな」
もしかしたら呼び出せないかも、と思っていた俺だったので、少し安堵した。
「ステータス画面を」
「はい、マスター」
俺は即座に指示を出し、ペットのステータスを確認する。見た感じ、おかしなところはないように見える。
続いて、スキル画面なども確認したが、問題はないようだった。
「あの、マスター」
「なんだ? 食い物か?」
「いえ、そうではなくて」
「ん?」
「“そんなにステータスを眺めて、どうしたのですか?”」
「えっ!?」
今の台詞は勘違いかと、思わずペットのほうを見る。
「“私、何かおかしなことを言いましたか?”」
「なんで普通に会話ができるんだ!?」
「え?」
今度は逆に向こうが驚いた顔をするが、俺はそれどころではなかった。
<<オルタネイティヴ エピック>>におけるペットは、高度なコミュニケーションがとれるものではない。
訊かれたことには答えるが、それは定型文のようなもので、答えられない質問には答えないのだ。
語彙は豊富なため、自然に接している分にはそれほど違和感は覚えないが、しかしペットは“こちらに質問してくることはない”
空腹になればエサの催促はしてくるし、モンスターを見れば情報を教えてくれたり指示を待ったりはする。だがそれは自動的なもので、ペットに意思があるわけではないのだ。
だからペットが質問してくるのは、ゲームのシステム的には“ありえない”。
しかしそのあり得ない状況が今まさに起こっているということは……
(ペットもこっちの世界の影響を受けている?)
そう、それしか考えられなかった。
「あの、マスター? 普通に会話ができるというのは、当たり前のことだと思うのですが」
彼女は何を当たり前のことを、という感じに返事をするが、それがますます俺を驚かせる。
「いやそうなんだがそうじゃなくてだな……」
どう説明したものかと考えている時に、ふと思い出す。
(久しぶりって言ったな、もしかして<<オルタネイティヴ エピック>>の中のことを覚えているのか?)
「なぁ、こいつがわかるか?」
俺は机の上に置いてあるナックルを指さす。
「一時期マスターがよく使用されていた武器ですね。最近はほとんど見ることはありませんでしたが……」
「よく覚えてるな」
どの程度かはわからないが、確かにゲーム内の記憶があるようだった。
「じゃあもちろん俺のこともわかるよな?」
「当然です、アーティ様、フリーの武闘家であり、いくつもの街で英雄扱いされています。困難なクエストも一人で達成されることが多く、サイタロスではトップレベルの冒険者です」
「あー、そうだっけ」
世間での評価などクエストを受けたりするときしか意識することはなかったが、NPCにはそんな評価をされていたのかと今更実感する。
「次はお前のことを教えてくれ」
「はい、私はティセ、マスターが有名になるずっと前から一緒に冒険をしてきたペットです。高レベルなダンジョンでは連れて行っていただけないことが多いですが、それ以外の時間はほとんど離れずに行動していました」
「……ああ、その通りだな」
この受け答えから、ティセが<<オルタネイティヴ エピック>>での記憶を持っていることは明らかになった。
まさかペットが自分の意思を持つなど予想もしていなかったが、これはある意味良かったことなのかもしれない。この世界での知り合いがほとんど存在しない俺にとっては、馴染みのある存在が近くにいて、しかも話をすることができるというのはありがたい。
だから、それだからこそ期待してしまうこともあった。
「なぁ、ここがどこだかわかるか?」
訊いたのはこの世界の情報。もしかすると、ほんの少しでも何かを知ることができるのではないかと思ったのだ。
「……? マップが、空白?」
だがそれは、淡い期待だったようだ。
ピクシーには地図記憶能力がある。自分が実際に行った場所であれば、大まかな現在地などが確認できるのだ。プレイヤーも地図を持っていれば確認できるのだが、ピクシーの把握能力に比べると少々劣る。そのため、俺は何かとティセのこの能力に頼っていた。だが今はこの世界の情報など持っているわけがないので、マップが空白なのは当たり前のことだったと言える。
「ここが異世界だって言ったら信じるか?」
「異世界……そんな、ここはサイタロスではないのですか?」
ティセは驚きを表す。やはり、寝耳に水の話なのだろう。
「ああ、そうなんだよ、ここはセラルっていう世界なんだ、全く訳がわからないけどな。それにお前だって、サイタロスじゃただのAIだったはずなんだが……」
「AI……? なんでしょうか、それは」
「あー、そこら辺は曖昧になっちまってるのかな……まあいい、とりあえずお前もこの世界ではちょっと違う姿に変わってしまったってことだ」
「そうなのですか」
意外とすんなり事実を受け止めたようだった。俺なんかかなりの時間取り乱していたというのに。
「とりあえず確認したいことは確認できたかな。どうする、インベントリに戻っておくか?」
「いえ、私はマスターと一緒に行動したいと思います」
「マジか? あんまり目立ちたくないんだが……」
「あ、そうなのですか……」
しょぼんと落ち込むティセ、やだ可愛い。
それはともかく、どうしたものかと考えていたら、いきなり扉が開いた。
「話は聞かせて貰ったわ!」
「「えっ!?」」
「私の助けが必要ね?」
「いえ、必要ありません、お帰りはあちら」
「そう、なら仕方ないわね。ってなんでよ!」
「あーいや……」
思わず普段のノリで返してしまった俺である。っていうかイルマもノリがいいなおい。
「ちなみに話は最初から聞いていたわ」
「恥知らずにも堂々と盗み聞きを暴露する村娘がいた!」
「何よ、いいじゃない。私たちの仲なんだから」
「いやいやまだ出会って数日ですが?」
「そんなことは些細なことよ」
「その理屈がわかんねぇ……」
面倒な奴に見つかってしまったと俺は頭を抱えた。
「マスター」
「あ、ティセ、こいつはイルマって言ってな……」
「なんですかこのメス猫は」
ビシッと場が凍りついたような気がした。ちなみに俺の顔も凍りついた。
「メス猫ですって? 誰のことを言っているのかしら」
「貴方のことですよ、メス猫」
俺は凍りついた場に亀裂が入った音を聞いた。
「何よこのムカつく妖精。ちょっとかわいいと思ったけど幻滅したわ」
「それは良かったです。あまり近寄って欲しくありませんしね」
「ふん、言われなくたって近寄るもんですか」
「そうですか、あ、ちなみにマスターにも近寄らないでくださいね」
「はぁ!? なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ」
「マスターは私のものですから」
「「えっ!?」」
思わずイルマとハモってしまった。え? 俺がティセのもの?
「あんた……そういう趣味が」
イルマがそう言って俺から離れる。
「ねえよ! むしろどんな趣味だよ!」
あまりの言われように反射的に言い返す。
「でもそこのチビ妖精は……」
「いやいやいやいや、おかしいから、どういうことなんだ、ティセ」
とにかく弁明しようと、ティセに事情を離すように促す。
「だって、私とマスターはもう何年も一緒に暮らしてきたじゃないですか」
ポッと顔を赤らめてそう答えるティセ。
「やはり変態だった!」
「ご、誤解だ! 冤罪だ!」
「熱い夜も過ごしましたね」
「おいぃ! そりゃ火山での話だろう!」
「病めるときも一緒でしたね」
「そりゃただのバッドステータスだよ! って、何で離れてるんだよイルマ!」
「そう、私が割り込むスキマはなかったのよ」
「自己完結してんじゃねええええええええええ!!」
そもそもペットに所有権を主張される飼い主ってなんなんだ!
「はっ、まさか!」
刹那の時間でさっき見たペットステータスの画面を思い出す。そこにはこう表示されていた。
親密度:最大
忠誠値:最大
(これか!? これが影響してるのか!?)
しかし確証はない。
「ねえマスター、私、貴方とずっと一緒にいたいんです。卵にされているときだってずっと寂しかったんですよ?」
どんどん変な方向に爆走していくティセ。
結構引いているイルマ。
途方に暮れる俺。
そこはとても……混沌に満ちた空間だった。
それからしばらく、必死に二人をなだめた俺は、話をし始める
「えー、とりあえずティセは俺と変な関係にあるみたいな言い方はやめること」
「事実ですのに……」
「あんまりわがまま言うと卵に戻すぞ……」
「わかりました、注意します、マスター」
急にキリッとした表情に戻るティセ。
(こいつこんなキャラだったのかよ……性格を設定した開発者出てこいよ!)
心のなかで悪態をつく。
「それからイルマも盗み聞きなんてことはやめること」
「今日のはたまたまよ、だってあんた冒険の話をしている間ずーっとそわそわしてたんだもの」
「うっ……」
それを言われると否定できない。ペットの卵のことを確認したくて仕方なかったのだ。
「大体部屋の外の気配に気付けないなんて冒険者の名折れよね」
(こいつ絶対シーフ技能持ちだろ……)
普通の気配なら気づくのに、イルマは何故かそれをかいくぐってくるような気がする。
「それは置いといて、今更だけどこいつはティセ、俺と前の世界で一緒に冒険していたペッ……仲間だ」
ペットというとまた変な反応をされそうだったので、途中で言い直す。
「んで、彼女はイルマ、今俺がいる村の村長の娘さんだ。この部屋も村長から借りている一室になる」
ティセにもイルマのことを紹介する。
「そんな訳で……仲良くしましょうよ」
「「ふんっ」」
取り付く島もない。お互い顔をそむけて頬を膨らませている。
「メス猫、マスターに近寄らないでください」
「なによ、私とアーティはとってもとっっっっっっても仲良しなのよ。あんたこそ離れた所で浮いてなさい」
「そんな、まさかマスター、こんなメス猫と……!」
即座に険悪な空気になった。
(お母さん、場の空気が最悪です)
思わずこの場にいない母親を頼りたくなってしまう。
大体、この体は女なのに、何故ピクシー♀(しかもペット)と村長の娘(出会って数日)から取り合いされなくてはいけないのだ。
「あーもう! 話が進まないだろ! そんなことより今は別の問題があるんだよ!」
「何ですかマスター」「何よ」
何故こういうときは息がピッタリなのか。全くもって不思議である。
「ティセ、さっきも言ったが俺は目立ちたくないから、普段は卵になっておいて貰おうかと……」
「あ、大丈夫です、透明化の魔法使えますから」
「は?」
「さっき話そうと思っていたんですけど、このメス猫がきたから言えませんでしたね」
ほら、と言うとティセの体が透明になる。
「わっ、見えなくなったわ」
イルマも驚きながら周囲をきょろきょろする。
ちなみに、俺はティセの姿が見えなくてもどこにいるかはわかっている。ペットのミニステータスウィンドウが頭上に出ているからだ。
「あー……ならもういいか」
もう二人をなだめるだけでどっと疲れた。早く休みたい。
「二人共色々ありそうだけど詳しい話はまた今度な、今日はもう寝よう。あ、イルマ、わかっているかも知れないけど、このことは内密に」
「はいはい、承知してるわよ。ピクシーなんて人里には滅多にいないものね」
「ああ、頼んだ」
「ではマスター、一緒に寝ましょうね♪」
「やっぱりそういう趣味が……」
「ねえよ!」
「ま、いいわ。それじゃおやすみなさい」
「……おやすみ」
そう言ってイルマは部屋を出て行った。
「ふふ、これで二人っきりですね」
「もう勘弁してくれ……」
「冗談ですよ。まぁ、二人きりなのは嬉しいですけど」
「……まぁ、ずっと二人でやってきたもんな」
「ええ、マスター」
「何はともあれ、またよろしく頼む」
「はい」




