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記憶の照合、一つの戦闘

 翌日、俺は再び作業の手伝いを行なっていた。

 今回の作業は家屋などに使うための木材の調達だ。村に程近い伐採所で木を切り倒すのである。

 農作業の手伝いと同じように、俺にとってはそれほど大変な作業ではなかった。

 前の世界であれば機械で伐採されるのが当たり前だったが、こちらの世界では全て手でやらねばならない。

 というわけで、斧を片手に伐採作業を行なっている。

 しかし相変わらず力が有り余っているので、今回も片手で作業中である。どうせ本気でやると斧のほうが先に壊れてしまうし。

(この肉体のスペックなら、素手で殴り倒すことができそうな気がする……)

 多分初歩スキルを使って殴るだけでへし折れるだろう。大木は一発というわけにはいかないだろうが、やる気になれば斧を使うよりもはるかに早く伐採できると思う。

(伐採だっていうのに、殴ったほうが早いってのもなんだかな、殴る伐採だから殴採とでも言うべきか)

 自分で考えておきながら、そんな言葉はないよと苦笑する。

 そのとき、少し遠くで伐採された木から鳥が飛び立った。

(昨日も感じたけど、なんか動物で引っかかることがあるんだよな)

 幸い作業は大変ではない、たまに村人から呼びかけられることはあるが、昨日のように子供達に邪魔されるということはなさそうだ。これならゆっくり思い出すことができそうである。

(羊、鳥、犬に猫、動物の種類が関係してるわけじゃないか、じゃあなんだろう、哺乳類に鳥類……ん? 鳥類?)

 記憶の欠片に少しだけ触れたような気がする。

(鳥、羽毛、手羽先食いてえ……じゃなくて、えーと、翼?)

 そこであっと気づく。

(そうだ! ペットシステムだ!)

 思い出したのは<<オルタネイティヴ エピック>>における一つのシステム、ペットについてだった。何故翼で思い出したかというと、それに関係のあるペットが一番印象に残っているからである。

 <<オルタネイティヴ エピック>>で言うペットとは、戦闘系のものと生産系のもの、そして観賞用のものなどが存在している。

 彼らは冒険者とともに行動し、その種類ごとにプレイヤーに恩恵をもたらす。戦闘系であれば一緒に戦ったり、補助をしてくれたり。生産系であれば生産品の加工にボーナスを与えたり、属性を付与する際に効果を引き上げたりすることが可能だ。ちなみに、観賞用はその名の通り観賞用なので、特筆した能力などはない、まぁ、可愛さに癒される効果はあると思うが。

(俺もペットもってるんだった。確かインベントリに卵が入ってたよな)

 本来ペットは調教スキル持ちがメインで活用するものである。戦闘系職業の場合、ペットを育てるときの難易度が段違いに高いことと、調教スキル持ちに比べて様々な点で利便性が悪い。

 そのため、調教スキル持ちの冒険者は複数のペットを育て上げて、場所によって使い分けをしたり、それこそ自分は補助に回って、ペットに戦闘をしてもらうといったこともできる。

 一方戦闘系職業におけるペットというのは、一匹のペットだけを所有して自分に足りないところを補ってもらうのが定番だ。ただ、ペットにも耐久力などは設定されているので、高レベルダンジョンに行く際などは卵に戻したりするのが一般的だった。そういった手間を嫌う冒険者などは、そもそもペットを連れ歩かない。特に基本的にパーティを組んで行動する冒険者はその傾向が強かった。ペットの補助よりも、圧倒的にパーティで行動する利点のほうが多いのだ。だからわざわざ時間に労力、お金をかけてペットを育てる理由がないのである。そんなペットを連れ歩かないタイプの冒険者は結構な数存在していたと思う。

 俺はペットを連れ歩くタイプのユーザーだった。そもそも一人で活動することの多かった俺は、自分に足りないところを補ってくれるペットというのはありがたかったのだ。まぁ、前述のとおり、ペットを成長させるために少なくない時間やお金がかかっているのだが。

(あー、そういえばログアウトする前に一度卵に戻してたな、直前まで高レベルダンジョンにこもっていたからか)

 ベテランプレイヤーと呼ばれるほど長い期間<<オルタネイティヴ エピック>>をプレイをしている俺でも、流石に高レベルダンジョンにペットを連れて行くのは厳しかった。例えペットが死んでしまったとしても、復活させる手段はある。だがそれはプレイヤーが死んでしまった時にデスペナルティを受けるように、ペットにも適用されるものなのである。

(呼び出して確認したいけど、部屋に戻ってからのほうがいいな。村の人にどんな反応をされるかわからないし)

 そんなことを考えながら、俺はふと周囲を見渡す。するとどうやら無意識に集団から離れてしまっているようだった。

 戻ろうとしたとき、周囲で木を切る以外の声や音が聞こえてきた。

 何かと思い音がする方向をみてみると、どうやら複数の人間が何かを追っているようだった。

(なんだ?)

 疑問を感じながら、その場に留まると、木々の間を縫って唐突に黒い影が飛び込んできた。

「おわっ!?」

 自分の腰ほどまである大きさをしたそれを、反射的に受け止める。

「イノシシ?」

 そう、それはイノシシだった。荒い息を吐きながら、拘束から逃れようと体を振り乱す。

「ちょ、ちょっと待て!」

 まさかそんなものが突っ込んでくるとは思っていなかった俺は、一瞬思考が真っ白になった。だが、それでもがっちりと掴んだ牙を離すことはなかった。イノシシもかなりの力があるはずなのだが、俺には子供をあやす程度の力しか必要としていない。

 一瞬の後、複数の人影が俺の方に近寄ってきて、驚愕した。

「す、素手でイノシシを受け止めてる……?」

 正直俺も驚いていたが、それよりも今はどうすれば良いかを聞きたかった。

「これどうすりゃいいの!?」

「え、ええと、狩る予定だったのですが」

「このっ」

 その言葉を聞いて、俺は牙を掴んだままイノシシを持ち上げた。そしてそのまま地面へと叩きつける。

 肉の潰れる音と骨の折れる感触が手に伝わってきて、イノシシは静かになった。死んだかどうかはわからないが、もう起き上がることはできないだろう。

「はぁっ、はぁっ」

 肉体的には疲れてなどいないのだが、突然のこと、そして獣に襲われたという事実に呼吸が乱れる。

「凄い……」

 数人の男たちが顔に驚きの表情を貼り付けながら、俺とイノシシを交互に見ていた。そして俺も、イノシシに視線を送っていた。


 しばらく後、落ち着いてから話を聞く。

「伐採中にイノシシの姿が見えたので、急遽狩ることにしたんですよ。ちょうど弓も持っていたので」

 男性の一人が話だす。

「でも途中で気づかれてしまって、とりあえず逃げ道を塞ぐように追い立てたのですが、まさか貴方がいるとは気づきませんで……申し訳ありません」

 すまなそうな表情をしながら、彼は俺に謝ってきた。だがそれも仕方なかった。俺は少し離れて作業をしていたし、ペットについて思い出している時には手が止まってしまっていたのだ。

「い、いえ、何事もなかったですから」

「そう言っていただけると助かります」

 責められると思っていたのか、男性は安堵する。

「最近村の近くに動物が寄ってくることが多くて、狩猟の回数も増えているんですよ。幸い肉食の大型動物などはきていないので、なんとかなっていますが……」

 訊けばこんなことは今までになかったという。彼らの話では、森の奥地に凶暴な獣がいて、それから逃げるために生息場所が変わっているのではないかということだった。

「それは……大変ですね」

「ええ、ただ今のところは貴重な肉を手に入れられるということで、歓迎されている状態ですが」

 大きな怪我をした人も出ていませんし、と続ける。

「ただ、何か対策を講じる必要がこれから出てくるかもしれません」

「なるほど」

「とにかく、今回はありがとうございました。流石は冒険者殿ですね」

「いえいえ、お役に立ててよかったです」

 最後に挨拶をして、俺から離れていく。どうやらイノシシの解体などをするらしい。

 イノシシを狩猟したことで、伐採作業は中断した。今回はこれで帰るようだ。

 そんな周りの作業を眺めながら、自分の手を眼前にかざす。

「……」

 その手は隠しようもなく、震えていた。

「動物がこんなに恐ろしいものだったとは」

 先程は突然の事だったので恐怖を感じる暇もなかったが、もし前の世界と同じ体であれば大怪我をしていただろう。

 ただ、今回は何度も何度も戦いを繰り返したことによる<<オルタネイティヴ エピック>>で培った技術と、そのキャラクターのスペックに助けられた。

 でもそれはゲームの中での話だ、リアルではない。今俺は、ゲームとのギャップを強く実感しているのだった。

「これじゃあ、この世界でちゃんとやっていけるかどうか……」

 ここはファンタジー世界だ。モンスターが跋扈しているここで旅をしながら生きていくのであれば、いずれそれらと戦うこともあるだろう。その時に動けなかったらどうなってしまうのかは、火を見るよりも明らかである。

 この恐怖は、乗り越えなければならないのだ。

(それに、血を見たりすることも……)

 <<オルタネイティヴ エピック>>の世界では、流血表現はなかった。モンスターの死体もリアルなものではなかったし、それも時間が経てば消える。

 しかし、この世界では血も出るし、匂いも感じる。そして殺気もダイレクトに伝わってくるのだ。

 そんな乗り越えなければならないものの多さに、俺はため息をついた。

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