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農作業の手伝い

 今日は森の中で木を切りながら小鳥を手懐けてそれから山の上でコサックダンスを……

 そこで僅かに意識が浮上してきた。でも眠い。おやすみ。

 今見ていたあまりにも支離滅裂な光景は夢なのだろうなとぼんやりと考えながらも、そこから意識を覚醒させようという意思はなく、再び微睡みの中に沈んでゆく。

 だがその前にどこかに蹴り飛ばしてしまった掛け布団を被り直さなくては、俺は夏だろうが関係なく、掛け布団を被って寝る。何かに包まれていないと安心できないのだ。なくても眠れるが、あったほうがより気持ちよく寝ることができる。

 それでも暑いと寝ている間に掛け布団から抜けだしてしまうことがある、でもそれはいいのだ、寝るまでの安心感が一番重要なのである。

 だから目を開けず、足の感覚だけを頼りに掛け布団のありかを探す。

 もぞもぞ、もぞもぞ

 近くにない、遠くまで蹴飛ばしてしまったのだろうか、俺は割りと寝相はいいほうなんだけど。そんなことを頭で考える。

 あった。これでまた眠れる。ぐぅ。

「おはよー、朝だよー」

 何か聞こえたような気がするが、気のせいだろう。だって俺一人暮らしだもん。多分つけっぱなしにしてたテレビから流れてきてるんだな。

「アーティ? 朝だよ?」

「むぐー」

 しつこいテレビだな、寝る前にちゃんと消せばよかった。

「……起きなさい!」

「おお!?」

 掛け布団が剥ぎ取られ、一気に体が空気に触れる。俺はその感触にがばっと体を起こす。

 ゴッ

「きゃっ」

「いてぇ!?」

 何かに額がぶつかり、その衝撃で一気に目が覚める。額を抑えながら周りを見渡すと、知らない景色が広がっていた。

「って、どこだよここは!」

 見知らぬ部屋を見て、思わずそう叫ぶ。

 ん? なんだかデジャヴ……?

「……それより前に、いうことがあるんじゃないの……?」

「んん?」

 視線を下に落とすと、うずくまっている少女の姿が見えた。

 見覚えがあるな……確かえーと……

「……はっ! イルマ!」

「そうよ、イルマよ……」

 ちょっと涙目になりながら俺を睨みつけてくるイルマ、その殺気に背筋が震え上がる。と同時に、今おかれている状況を理解した。

「すすすすいません!」

「起こしに来たらこの仕打ち……簡単に許せるものではないわね」

「ひぃっ」

 女性にこんな視線を向けられたことなどほとんどない俺である。その恐ろしさに息を呑む。

「まぁ、いいわ。きっと混乱していたんでしょうし。それよりも早く起きなさい、そろそろ朝食の時間よ」

「は、はい! すいませんでした! 今起きます」

 ベッドから立ち上がり、体を伸ばす。

 すると背後にイルマが立って、俺の背中に手を置いた。

「ほら、髪の毛がぼさぼさよ、梳かしてあげるから椅子に座りなさい」

「えっ?」

 そういえば今はロングヘアーなのだった。短髪だった男の頃とは違う。

「い、いいよ、自分でやる」

「いいから座りなさい。どうせ櫛の一つも持ってないんでしょう」

「う……」

 その通りである。ゲーム内じゃあ髪の毛がぼさぼさになったりすることはないのだから、そんなものは必要ない。

 イルマの威圧感に負けて、椅子へと座る。

「やっぱり憎たらしいほどサラサラね。本当に冒険者かと思ってしまうほどだわ。まぁ、これならそんなに時間はかからなそうね」

 ポケットから取り出した櫛を使って、丁寧に髪の毛を梳かすイルマ。

(あ、なんか気持ちいいかも……)

 他人の手が自分の髪に触れるというのは、こうも気持ちがいいものなのか。

(頭を撫でられているみたいだ)

 心の中を安心感が満たしていく。起きた直後の混乱は、すっかり鳴りを潜めていた。

「ほら、これでいいわ。居間に行きましょ」

「うん、ありがとう」

 素直な気持ちで感謝を告げて、居間へと向かう。

(あ、装備とかつけたほうが良かったか?)

 今の格好は昨日風呂あがりに身につけた借り物の衣服である。サラシやらなんやらは、ベッドの脇にそのまま置かれていた。

(一度全部のアイテムをインベントリにいれて、一括で装備すれば着替えはすぐ終わるけど……)

 しかしイルマが近くにいる。今は装備を操作するべきではないだろう。

(まぁ、後でいいか)

 俺はそう思い直して、イルマについていった。


 居間には村長とその奥さんがおり、もうテーブルについていた。

「昨日はよく眠れましたかな?」

「はい、ありがとうございました」

「何、これから作業を手伝っていただくので、これくらいはお安いご用ですよ」

 村長はそう言うと静かに笑って、テーブルへと招いてくれた。

「それでは食べましょうか」

「はい、いただきます」

 そう言ってから食事を始める。

 メニューは先日のものとは違う根菜のスープにサラダ、それから焼きたてのパンといったものだった。昨日の食事とはまた違った美味しさがある。奥さんが作ったのだろう。

「美味しいですね」

「そう言っていただけるとありがたいですな」

 この調理されたアイテムはインベントリに入るんだろうか、試してみたい気もするが、流石に今はやめておく。いずれ確認したいところではあるが。

 食事は穏やかな雰囲気で進んだ。親の前だからかイルマも静かだ。何故かこっちをちらちらと見ているが。見られる度になんとなく居心地が悪くなるが、多分それは昨日までの苦手意識がなせるものだと思う。いや、嫌いとかそういう訳じゃなくて、なんだろう、そう、頭の上がらない存在とかそういう感じだ。

「今日からは農作業を手伝ってもらうわけですが、大丈夫ですかな?」

「えーと、はい、難しいことはよくわからないですけど、力仕事ならどんどん任せてください」

「頼もしい限りですな」

「まぁ、それくらいしかできませんし」

 実際農作業なんて何をしていいのかわからない。だから力仕事だけのほうがありがたいのだ。それに肉体のスペックを確認することにも繋がるし。

「まずは畑の持ち主と一緒に農地を耕すところからですな」

「ふむふむ」

「農作業を行うための服や道具はお貸しするので気にしないでください」

「わかりました」

 どうやら防具は身につけさせてもらえないらしい、まぁ当たり前か。

「後は指示に従って作業してもらえばいいですよ」

「はい」

 そうやって簡単に作業について確認した後は、談笑をしながら食事を行う。

(作業の手伝いは路銀にも関わってくるんだ、頑張ろう)

 そう意気込むと、俺はパンにかじりついた。


 食後、農地に案内された俺は、畑を耕していた。

 地面に振り下ろしたクワはザクっと深くまで土に食い込み、今度はそれを掘り起こす。

(楽勝すぎる……)

 そうなのである。思っていたよりも、農作業は簡単だった。

(これって、こっちの人間のスペックは、前の世界とそんなに変わらないのか?)

 見た感じ村の皆が異様に怪力だとかそんなことはなさそうである。それどころか見れば見るほど、普通の人間としか思えなくなる。

(道具もそんなに耐久力がなさそうだし……)

 そう、最初クワを振り下ろした時に、力を込めすぎたのか一瞬持ち手がミシっと音を立てたのだ、そのときは壊れるかと思って冷や汗をかいた。

(そういえばナックルのほうが重かったもんなぁ)

 <<オルタネイティヴ エピック>>における重量設定では、身に着けていたナックルはそこそこ重い、くらいのものだったと思うのだが。

 でもこの世界に来てからの重さで考えると、村長の家に置いてきたナックルは、このクワの十倍以上は重い気がする。

(ううん、普段はいいけど、力を込めるときは気をつけないと危ないかも……)

 下手なことをしたら道具を壊してしまうし、人を傷つけてしまうことになるかもしれない。

(早めに確認できてよかったわ)

 というわけで、今は手加減をしながら農作業をしているのだった。

 具体的に言えば片手しか使っておらず、腰の力も何も使っていない。腕力だけで耕している状態だ。それでも地面の抵抗などほとんど感じなかった。

 それでもハイペースで畑を耕す俺の姿を男性陣が唖然とした表情で見ていたが、本気でやって道具を壊してしまっては元も子もないので、甘んじて受け入れている。

(パワーが有り余るっていうのは、こういう状況を指すんだろうな)

 本気で力を込めたらどうなるのか、確認してみたいようなそうでもないような、複雑な気分である。


 そうして農作業を手伝うこと数時間。数十キロある荷物を軽々と持ち上げてみたりして、また驚かれたりしたが、作業に関してはほとんど問題なかった。

 そしてあまりに力があるものだから、仕事をどんどんこなしていってしまい、結果として夕方までかかると思われた作業は数時間前倒しで終わってしまった。

 それにより、今は作業から解放されて村の中をぶらぶら歩いている状態である。

 しかし、持ちにくさの問題で大きい荷物はうまく運べなかったが、単純な重量であれば数百キロくらいは持ち上げられるかもしれない。

(この肉体のスペックは恐ろしい……)

 予想以上の能力に、自分でもビビってしまう。

 そうやって街中を歩いていると、牛舎のようなものが見えてきた。どうやら酪農もやっているらしい。

(酪農といえば何かあったような……)

 喉の奥まででかかっているのだが、思い出せない。

(うーん、なんだっけ?)

 頭をひねりながら、牛舎へと近づく。

(酪農……動物……)

 手持ちの食料に乳製品はあるが、それとは関係ない気がする。

 そうやって考えているうちに、牛舎へとついてしまった。

(中にいるのは羊だったか)

 まぁ、それを確認したところで別に意味はないのだが。

 とりあえずこの引っかかっているものが何なのかを思い出そうとしていると、昨日見た子供達が近寄ってきた。

「ねーちゃん!」

「お?」

 俺の胸に飛び込んできた子供を、片手で抱きとめる。

 決して小さい子供ではなかったが、今の体であれば楽勝である。

「おお、すげー! 力持ちだ! 父ちゃんの言ったとおりだったな!」

 その一言でどんどん俺の腕に子供達が飛びついてくる。

「ちょ、まっ」

 そして僅かな間で、俺の腕には数人の子供がぶらさがっている状態になった。その姿はまるで物干し竿のようである。

(な、なんだこれ……)

 しかし子供達はわいわい言いながら楽しそうにしている。それを見ていたら、まぁいいかと思ってしまった。

「そーれ」

 やる気のなさそうに一声かけてから、ぐるぐると回る。すると子供達はきゃーきゃー言って笑顔になった。

(うーん、確か遊園地にこういうアトラクションあったよな……)

 そんなことを考えていると、いつの間に背中にも子供がよじ登ってきていた。もはや物干し竿というか、雑技団の行う一台の自転車に複数人が乗る曲芸のようだった。

(バランス感覚もすげえあるな、前の体とは段違いだ)

 意外なところで能力を確認できた俺である。また、先日の経験により、子供達の相手もそれほど慌てないで対応できた。

 冒険の話などは記憶喪失だという設定のためにできないことになっているので、普通に遊んだりするくらいだったが、それでも子供達は楽しそうにしていた。やはり冒険者という存在自体が珍しいのかもしれない。

(まぁ、子供自体はそんなに嫌いという訳じゃないし、たまにはこういうのも悪くないな)

 それから親が迎えにくるまで、俺は子供達と遊んだ。親たちは先日に続いて子供達が迷惑をかけていないかと少し恐縮していたが、別段不快になることもなかったので、気にしないでと伝えておいた。


 そして再び夜。

 風呂から戻ると、先日と同じようにイルマが部屋にいた。

 しかも今回も布面積の少ない服だった。

(こいつ絶対わざとやってるだろ……)

 すらりと伸びた足につい視線がいってしまいそうになるが、それを振り払って顔を背ける。

「なぁに? また照れてるの?」

「そ、そんなこと……」

「でも顔が赤いじゃない」

「それは今風呂に入ってきたからですね……」

「ま、そういうことにしておいてあげるわ」

「そりゃどうも……」

 だがイルマの行動は信用ならない、俺は警戒しつつ部屋の中に入る。

「そんなに警戒しなくたっていいじゃない」

 頬を膨らませて文句を言う。その姿はちょっと可愛くもあった。

(いやいや騙されるな)

「今日は別に何かをしようって訳じゃないわ。ただ昨日の話の続きを聞きたいの」

 どうやらそれは本当らしい。自分が座っているベッドの横をぽんぽんと叩きながら、座るように促す。

「あー、そういう約束だったな」

「それで、昨日の続きから聞かせてくれるのかしら?」

「昨日の続きというと……蜘蛛を倒しに行った話か」

「そうね、そこからお願いするわ」

「えーと、あれは……」

 蜘蛛を倒したという話、それは<<オルタネイティヴ エピック>>にあったクエストの一つ「イルティスの蜘蛛」のことだ。

 冒険者ギルドで依頼されたそのクエストは、イルティスの村に発生した大蜘蛛を倒しに行くという内容だった。

 街からイルティスに向かう道中に、子供くらいの大きさをした蜘蛛を倒したので、それでクエスト達成かと思ったが、イルティスについて話を聞いてみるとそんなことはなかった。

 その内容は突然蜘蛛が大量発生してしまい、森に入ることができないというものだった。しかも、村に入ってくるものを撃退するだけで精一杯という話で、俺が倒した蜘蛛は雑魚に過ぎなかったというわけだ。依頼は、その蜘蛛が発生する元凶を断つということだった。

 蜘蛛はどこかに母体があるようで、そこから大量の子蜘蛛が這い出してくるということらしい。何故発生したのかはわからないが、どうやら母体には多少の知能があるらしく、計画的に勢力を広げているということだった。

 ただ、そのお陰か巣の場所はわかりやすいということだった。何故かというと、単純に蜘蛛の巣が大量に発生している──より濃い場所の──方角へ向かえばいいだけなのである。

 話を聞いた俺は、村で準備を整えてから森へ入った。ちなみにこの時も一人で行動していた。

 村長に教えてもらった通りに森を進んでいくと、すぐに蜘蛛の巣を見つけることができた。それは見渡す限り広がっていて、蜘蛛の勢力を如実に表していた。

 ただ肝心の蜘蛛はそれほど多くなく、またあまり強くなかったこともなく、苦労すること無く進むことができた。

 しかし蜘蛛の糸が大量に発生していることもあり、足場が悪い状況での戦闘を強いられることとなる。

 俺はそんな蜘蛛の巣を松明の炎を焼き払いながら、どんどん奥へと向かっていった。ちなみに、蜘蛛の糸自体は火に近づけるとすぐに燃え落ちたので、木々に延焼するようなことはなかった。

 そうして進んでいったが、奥に進むと蜘蛛の数も多くなり、その大きさも子供ほどのサイズから大人ほどのサイズへ、更に甲殻も硬くなり、牙は鋭いという風に強い個体がでてくるようになる。

 だが担当エリアが決まっているのか、複数の蜘蛛を同時に相手取ることはなかったので、なんとか進むことができた。

 そうして最深部へ到達すると、そこには10メートルはあろうかという大蜘蛛が存在していた。幸いにもそこは広い場所になっていたので、とにかく動きまわって蜘蛛の糸に絡め取られないようにしながら必死に戦った。

 何本か足をもいだところで蜘蛛の動きが鈍ってきたので、止めの一撃を顔に叩きこんで戦闘は終了した。

 クエストとしてはこれで達成である。母体がいなくなった後に残された子蜘蛛の処理は、流石に無理だった。なんといっても生息範囲が広すぎる。まぁ、そこは他の冒険者なり、村の住人なりがなんとかするだろう。

 そんな訳で村に戻って、クエストの完了を報告して、報酬をもらって終了である。言葉にすればそれほど難しくないように見えるかもしれないが、当時の俺にしてみればかなり必死だった。特に足場が悪い状況で一人というのが厳しく、蜘蛛の糸に絡め取られないように立ちまわるのはかなり難しかったと言える。

「という感じだな」

「凄いわねぇ……その村からしてみれば、あんたは英雄みたいなものね」

「あー……そうなのかね」

「そうよ、村の人間には手が出せない相手を、一人の人間が成し遂げてしまうんだもの、凄いわ」

 あくまでもゲームの中での話なのだが、そんな風に素直に称賛されると面映い気持ちになる。

「でも、その一人っていうのがちょっと危なっかしいわよね、その時も危険な目にあったんじゃないの?」

「う、その通りです」

 正直何度か死にかけた。特に母体となる蜘蛛の直前は、頑強なガードとでも言うべき蜘蛛が短い間で何度も攻めてきたので、回復する暇がなかった。

「あんまり無理しないほうがいいわよ」

「ごもっともです……」

「ふぅん、だからこそ、ね……」

「え?」

 小声でつぶやかれたそれを、俺は聞き取ることができなかった。

「なんでもないわ」

「そうか?」

「まぁ、今回はこんなところでいいかしら。また今度話しを聞きに来るわ」

「あ、あぁ、わかった。それじゃあおやすみ」

「はい、おやすみね」

 イルマの態度を少し不審に思いながらも、言及することなく見送る。

(まぁ、何かあれば言ってくるだろ)

 そう楽観的に捉えて、俺はベッドに横になった。

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