イルマの襲撃
四苦八苦しながら体を綺麗にした俺は、自分に割り当てられた部屋へと向かった。先程見せてもらったが、質素ながらも落ち着ける部屋だった。こういう部屋が沢山あるホテルとか、流行りそうだなぁなんて案内されながら考えていた。
その部屋に近づくと、部屋の中から誰かの気配を感じ取る。
(誰だろう)
まさか盗人だったりはしないだろう、俺は何も気にしないで扉を開ける。
「やっほー、待ってたよ」
「な、あっ……」
するとベッドの上に寝転がるイルマの姿があった。
それだけならそんなに驚いたりはしない、俺が驚いたのは彼女の格好だった。
ショートパンツにTシャツ一枚。下着はつけているだろうが、俺にはあまりに刺激的な格好だった。
「何よ、そんなに驚いた顔して」
「お、女の子がそんなはしたない格好をしてはいけません!」
動転するあまり変な口調になってしまう俺。
「あんただって似たような格好じゃない」
そうでした。風呂に入っている間に、奥さんが容易してくれた衣服を今は着込んでいるんでした。現実世界ではよく似たような格好をしていたから、全く気にしていなかった。しかし、イルマのような美少女が同じ格好でいると意識せずにはいられない。
(男の体じゃなくてよかったかも……)
顔を赤らめながら、イルマの様子をちらちらと伺う。
「何照れてんのよ」
「いやね、色々と事情がありまして」
しどろもどろになりつつなんとか言葉を返す。
するとイルマはにやりと笑みを浮かべて、ベッドから立ち上がるとこちらに近寄ってきた。
「あんた、可愛いわね」
「ひゅい!?」
顎を捕まれ、イルマの方を向かされる。その顔はいたずらっ子のような表情をしていた。
「ねえ、アーティ……あんた美人よね……私、変な気分になってきちゃったかも……」
「ちょ、まっ」
イルマはそのまま顔を近づけてくる。その少女らしからぬ艶やかさに、俺の呼吸が止まる。
「んー」
目を閉じてこちらに寄ってくる。その唇はぷるんとつややかで、あまりに魅力的であり、
「ストォォォップゥ!!!」
俺はイルマを引き剥がした。
「あら、残念」
「か、勘弁してくれ……」
全く残念そうな表情も見せず、すんなりと俺から離れるイルマ。やはりからかわれていたのだ。
(もしあのまま何もしなかったら……)
イルマは本当に口づけしてきたかもしれない。
(こええええ!!)
顔を赤くしたまま、呼吸を落ち着かせる俺。
「あんた本当に可愛いわね、見た目に反して初心だし」
からからと笑うイルマ。
初心なのは当たり前だ。こちとら彼女居ない歴が××年……いや、悲しくなるから正確に計算するのはやめよう。ともかく異性(今は同性だけど)とこんなに近くで見つめ合ったことはないのだ。
「そういうことに免疫がなくて……って、わざわざ俺をからかうために来たのか?」
だとしたらなんという暇人か。
「そんな訳ないじゃない」
「じゃあなんで」
「あんたが来たっていう、別世界の話を聞かせてもらおうと思ってね」
「なんでまた」
「面白そうじゃない」
「いや、そうかもしれないけど」
「何よ、話せないっていうの」
「そういうわけでは……」
「話さないっていうならいいわ、父さんに告げ口しましょう」
「話します! 話させていただきます! なんなりとご質問ください!」
もはや完全に弱みを握られた状態である。そのうち無理難題をふっかけられるのではないかと今から不安になってしまう。
「最初からそう言えばいいのよ」
「……」
「ほら、こっち来て」
そう言いながら、ベッドをぽんぽんと叩くイルマ。俺はさっきみたいなことがないかと、おっかなびっくり近づいていった。
「もう何もしないわよ」
「そ、それならいいけど」
「なんて言うと思ったかしら」
「ひぃ!」
抱きついてこようとしたイルマを避けて、ベッドから立ち上がる俺。
「冗談よ、もうやらないから、そんなに身構えないで」
(嘘くせぇ……)
イルマは油断ならないと、俺は改めてそう思った。だが仕方なく、俺は再びベッドへと腰掛ける。
「……それで、何が知りたいのさ」
「そうねえ、まずはあんたがなんで冒険者になったのか聞こうかしら」
「俺が冒険者になった理由か……」
俺はその理由を思い出しながら、イルマへと語る。
<<オルタネイティヴ エピック>>のストーリーでは、冒険者はとある人物の声に導かれて誕生するものだと言われている。
そんな訳で声に導かれた冒険者は、かつて世界を救ったといわれる三英雄の足跡を辿ることになる。
世界がどんな危機を迎えたのか、三英雄はどうやってそれを防いだのか。これらは正式には伝わっておらず、ただ三英雄の存在だけが皆に知られている。
だが魔獣の跋扈や世界を包む不穏な気配など、今の世界にも異変らしき気配がみられるようになる。
もしかしたらこれこそがかつて世界が迎えた危機なのか、あるいはこれは始まりに過ぎぬのか。
それはわからないまま、冒険者達はただ声に導かれる。
そんな物語だ。
ストーリー上で謎は明かされていくのだが、今は関係がないから省く。
「へぇ、それって神託みたいなもの?」
「神託……まぁ、そんな感じかな」
訊けばこの世界にはそういう神託が実際にあるという。そういえば食事の時もお祈りをしていたし、こちらの世界でも身近な神様というものはいるのだろう。そして、本当に神がいるかどうかはともかくとして、神を崇める大神官などはそういう神託を聞くことができるのだとか。
まぁ<<オルタネイティヴ エピック>>の中ではあくまでも設定なのだが、その声に導かれたキャラクターはそれまでの人生に関わらず冒険者として覚醒するということになっている。
「じゃああんたは特別な人間ってわけね」
「いや、それがそうでもないんだよ」
当たり前だが、冒険者の数とは、イコールプレイヤーの数である。<<オルタネイティヴ エピック>>は人気のあるゲームだったので、アクティブユーザー──実際にゲームをプレイしているユーザー──の数はわからないが、登録されているIDの数だけなら数十万以上あったはずだ。
「ふうん、神託を聞くのはそんなに珍しいことじゃないのね」
「そうなるな」
「それまではどんな暮らしをしていたの?」
「俺はちょっと体術をかじったくらいの村娘だったよ」
世界に背景となる物語があるように、キャラクターにも設定された物語というものがある。それはゲームをやる上ではそんなに重要なものじゃないが、ある程度は皆設定しているものだ。
<<オルタネイティヴ エピック>>の世界はとても広い。だからプレイヤーには自分がゲームを開始する場所を選ぶことができた。
それが大都市だ、大都市はゲーム内における拠点となる。ホームポイント──いわゆるセーブ場所──が設置されていたり、ギルド本部があったり、商店も軒を連ねているわけだ。
それはゲームを開始する場所になっていて、プレイヤーが最初にログインすると、設定したキャラクターの背景にそっていくつかの大都市に送られることになる。そこからゲームのチュートリアルが始まり、それを終えてからが本格的なゲームの開始になる。
俺はそんな中でも何の変哲もない村に住む村娘という設定になっていた。ただそれだと冒険者として覚醒した後の戦い方にブレが生じるので、俺は元格闘家に師事して徒手での戦いに慣れているということにした。
ちなみに何故格闘家かというと、単純に剣や槍を使うよりも、自分の肉体で戦う武闘家が好きだからである。
「街についてからはどうしたの?」
「そうだな、まずはギルドに登録をして、簡単なクエストなんかをやってた」
チュートリアルが終わった後は自由に活動をしていい、とはいってもレベルが低い状態ではできることはそんなに多くない。そのために用意されているのが初心者クエストだ。
初心者クエストはその名の通り初心者のためのクエストで、街の外でモンスターを倒してアイテムを集めるようなものから、街の中でおつかいを頼まれるようなものまで、いくつかの種類がある。
そんなクエストから、俺は戦闘系のものを選んでこなしていった。街中のおつかいは、主に生産職がやるものだったからだ。
「いきなりモンスターと戦うなんて危ないわね。訓練とかしたんじゃないの?」
「街の外は定期的に騎士団がモンスターを狩っているから、強いものはいないんだよ」
まぁ、そうは言っても油断するとたまに死ぬこともあるのだが。とはいえゲーム内ではホームポイントで復活できるし、レベルが10を超えるまではデスペナルティも発生しないから、そんなことはあまり関係ない。
(当たり前だけど、この世界じゃホームポイントも死からの復活もないんだろうなぁ)
もし、この世界で死ぬようなことがあれば、
(いや、今考えるのはやめよう)
俺は頭を振って、その考えを振り払う。
「それからは?」
「えーと、少しずつ力をつけながら、クエストの難易度をあげていった」
「それはどんなものだったの?」
「そうだな、各地を一人で放浪しながら、洞窟に住み着いたゴブリンの群れを討伐したり、森林に増殖した蜘蛛の群れを倒したり……」
「……あんた、本当に強かったのね」
「え?」
「だって複数のゴブリンを一人で倒せるような実力があるんでしょ、凄いわ」
「……この世界のゴブリンって、そんなに強いのか?」
イルマが俺に<<オルタネイティヴ エピック>>の話を聞いてきたように、俺もこの<<セラル>>という世界の事情に興味があった。
「モンスターとしての格はそれほど高いものではないわ。この村にいる門番にだって倒せるでしょう。でも複数を相手に一人で戦うなんてことをするのはそれこそ冒険者や騎士くらいしかやらないし、群れとなればまずありえない相手だわ」
「……」
<<オルタネイティヴ エピック>>には他のネットゲームにもあるようなパーティ機能がある。簡単に言えば、複数の人間が協力してモンスターを倒したりするわけだ。でも俺はどちらかと言えば一人で行動することが多かった、理由は人付き合いがそこまで得意ではないからであった。
とはいえ一人ぼっちというわけではなく、俺にも親しいフレンドは何人かいた。でもそのフレンドはログイン時間が安定しなかったので、必然的に一人で行動することが多かったのだ。いわゆる“狭く深く”の人間関係が多かった。
ただなんでも一人でやれるかというとそんなことはなく、やりたいクエストや行きたい場所によっては俺も他人とパーティを組むことはそれなりにあった。あくまでも一人の時間で一人でやれることをやっていたというだけの話である。
イルマが言うようなゴブリンの群れというのは、適性レベルではかなり手強いが、ある程度レベルが上がってくるとそんなに無理ということはない。やりようによっては一人で攻略できるものである。あくまでもゲームの中での話ではあるが。
「最初見たときは気の弱そうな大したことのない冒険者かと思ったけど、よく考えてみればそのナックルなんかは、凄い業物に見えるもの」
イルマが机の上に置かれたナックルを眺める。それはランプの光をきらりと反射して存在を主張していた。
ちなみに、気が弱いのは今もそうなのだが、またイルマにからかわれるのが目に見えているので何も言わない。
だがイルマはそんな俺の考えがわかるのか、目を見て少しだけ口角を上げた。
「まぁ、ね」
かのナックルは、ぶっちゃけ俺が持っている武器の中では大したことのない代物なのだが、わざわざ言うことでもないので黙っている。
だって、炎神の籠手や魔神の拳などを見たら驚くどころではすまないと思われるし。
「それでそれで? 続きが聞きたいわ」
腕の立つ冒険者かとわかったからか、イルマが目を輝かせて催促してくる。
「えーとゴブリンのときは……洞窟の中を少しずつ進んでいって、小隊を発見したら速攻で倒して、次の小隊を見つけたら同様に倒してというのの繰り返しだったかな? 一度広間で結構な数のゴブリンに囲まれたときは死ぬかと思ったけど」
あのときはやばかった。デスペナルティを覚悟した。まぁ、がむしゃらに戦っていたら死ぬ一歩手前で生き残ったけど。
「無茶をするのね……」
「まぁ、否定はしない」
それはゲームの中だからである。死んでも経験値が減ったりするくらいで、そこまで問題になるわけではないのだから。まぁ、そのデスペナルティがリアル数時間分の苦労と考えるときついといえばきつい。
「誰かと組んだりはしなかったの?」
「あー……一人で行動することに慣れちまったからな。まぁ、それでも仲のいい友人とは結構パーティを組んだものだけど」
「その、この世界には……?」
「いなさそうだな。俺以外は」
直前にログインしたときは、俺は一人で行動していた。だからきっと、友人はこちらの世界に来ていないだろう。なんとなくだが、そんな気がするのだ。俺以外のプレイヤーはどうだろう、いるかも知れないしいないかも知れない。だがそれを確認する術はなく、何よりフレンドリストもチャットコールも何も使えないのだ、それが事実はどうであれ、自分は一人であるという印象を力強く持たせていた。
そう思った時、少しさびしい気持ちになった。
「……」
「ね、私と友達になりましょう?」
「はい?」
「あんたは良い人だわ。私、人を見る目はあるの。だから、この世界に来てからの、アーティの、初めての友人に立候補したいの」
きっと気を使ってくれたのだろう。今までのようないたずらっ子みたいな表情はせずに、真摯な瞳をしていた。その姿は少し幼さの残る彼女を、とても美しく見せていた。
「……うん、こちらこそ、イルマ」
「そう!」
花の咲くような笑顔を浮かべるイルマ、美少女がそんな表情をするものだから、俺はドキッとしてしまった。
(うわぁ……めっちゃかわいい)
再びドギマギとしてしまう俺である。だけど彼女はそんなことは気にせず、話の続きを催促するのだった。
「ねぇ、他にも色々聞きたいわ」
「それはいいんだけど、そろそろいい時間だし、続きは明日にしよう」
「えー、つまらないわ。でもそうね、これで終わりというわけではないし、楽しみはとっておきましょう」
「そういうことにしておいてくれ」
そう言うとイルマはベッドから立ち上がり、扉に近づく。
「ありがとう、面白い話が聞けて楽しかったわ」
部屋を出る前に一度振り向き、そう言う。
「ああ、こっちも懐かしい気持ちになったよ」
これは本当のことだ。今まで振り返ることのなかった、効率なんてそこまで考えていなかったときの話は、とても懐かしかった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
そうしてイルマが部屋を出て行った後、俺はベッドに横になった。
(最初は落ち込んだものだけど、イルマに色々なことを話すことができて良かったな。凄い落ちつけた気がする)
俺と友達になりたいと言ってくれたイルマ。そんな彼女とこの世界に来てすぐ知り合えたのは、とても運の良い事だったのだろうと思う。
(まだ不安はあるし、考えなくちゃならないこともある。それでもなんとか進んでいけそうだ)
俺はそう考えながら、眠りに誘われるのだった。




