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人里

 何度か木に登り、煙らしきものの場所を確認しながら先へ進む。そして距離が近づいてくると、その全貌が見えてきた。

「村……か?」

 遠巻きに確認してみると、街というほど大きくはないが人が暮らしている気配がある。

「あ、人がいる」

 農作業などで汚れたのだろうか、それほど良い見栄えではないが、服を着た男性の姿が見える。それ以外にも割烹着のような服を着た女性や、子供の姿もあった。

「こんなところで隠れていても仕方ないか、今はとにかく情報が欲しいんだし」

 少なくとも凶暴そうには見えないし、いきなり襲われるようなことはないだろう。そう結論づけて、俺はゆっくりと村に近づいていった。


 村は東西の直径が200m程あるだろうか、近寄ってみると意外と大きいことに気付かされる。大体学校のグラインドを数回り大きくしたくらいの大きさだろうか。村の周囲は外敵に対する備えだろうか、木枠で囲まれていた。そして、その村の中には家屋に畑と、現代日本では見られない牧歌的な雰囲気を醸し出していた。

 ふと考えてみれば<<オルタネイティヴ エピック>>ではこういう村はよくあったなと気付かされる。

「あのー……」

 注意しながら村の入口へと向かい、近くに立っていた男性に声をかける。その男性はこちらを振り向いてぎょっとした顔を見せた。

「だ、誰だ!?」

「いや、怪しいものではないんですがね」

「村長ー! 村長ー!」

「あ、ちょっ」

 こちらの話を聞かず、彼は走り去ってしまった。

「やべ、早まったか?」

 かといって逃げるわけにもいかず、少し緊張しながらその場にとどまる。するとどうだろう、先ほどの叫びを聞いて人が集まってきてしまった。

 彼らはこちらに近づいて来ることはなく、遠巻きに俺を見ていた。

「うわ、動物園の動物の気持ちが少しわかった気がする」

 それは敵意ではなく奇異なものを見ているような視線だったが、どちらにせよ居心地が悪いのは間違いない。

「えっと、あの……」

「わっ」

 声をかけようとすると蜘蛛の子を散らすように顔を引っ込める人々、取り付く島もない。

「どうすりゃいいんだこれは……」

 思わずため息が漏れてしまう、そうしていると初老の男性がこちらに近づいてきていた。あの男性が村長とやらだろうか。

「どうも、ウィルト村の村長タレスというものです、貴方はどちら様ですかな?」

「あー……なんといいますか、そうですね……冒険者? みたいなものです」

 そういえば自分の身分を説明することなど考えていなかった。そのため、ついゲーム内の設定に基づいて冒険者と言ってしまった。

(まずったか?)

 内心冷や汗をかきながら、相手の様子を伺う。

「なるほど、冒険者でしたか。それならその変わった格好も頷けますな」

「あ、あぁ、すみません、武闘家なもので」

 やはりこの格好は奇異なものに映るらしい。そりゃそうか、ナックルと脛当て、サラシを巻いた胸に腰巻、後は素足に素肌を晒しているんだもんな。

(ん? そういや俺、素足だったな)

 なんで今まで気づかなかったんだと思ったが、完全に素足だった。そういえば土の感触もダイレクトに感じられる。ただ石ころなんかを踏んでも全く痛みは感じないが。

(ゲーム内でも素足だったもんなぁ、岩の上だろうがガラス片の上だろうがお構いなしに。まぁ、それが普通だったんだけどさ)

 これも俺のこだわりというやつだった。なんとなく靴を履いているのは俺が描いた武闘家のイメージとは違ったのだ。今度からは靴くらい履いたほうがいいだろうか。

(まぁ、それについては今はいいか)

「それで、こんな村に何の用でしょう?」

「え、あ、ちょっと事故にあってここに飛ばされてしまったというか」

 また本音が出てしまった。もうちょっと言い方を考えれば良かった。

「……ふむ、古代の遺跡には一瞬で遠方へ移動するような施設があるという噂を聞いたことがありますが、そういうものなのでしょうかな」

「あ、ああそうです! 不思議なものを調べていたら飛ばされてしまいまして……」

 うまいこと勘違いというか、納得してくれたようだ、このまま地理などの情報を手に入れたい。

「それで、あのぅー、ここはどこなんでしょうかね?」

「ここは先程申したとおりイルマ村、ダグレス大陸の南西部に位置する小さな村ですよ」

「えっ!?」

(ダグレス大陸? どこだよそりゃ!)

 <<オルタネイティヴ エピック>>にそんな大陸は存在しない。ほとんど全国を周った俺が覚えていないなんてことはないはずだ。

(マジもんの異世界か? 冗談だろ……)

目の前が真っ暗になったような感じがした。これでは俺の知識は何の役にも立たない。

「まぁ、立ち話もなんですし、一度私の家に来ませんかな?」

「はっ、そうですね、お願いします」

 村長の声で我に帰る、そうだ、今は呆けている場合ではない。とにかく情報を集めなければ。

 そう思い直し、俺は村長の後ろをついていった。


 村の中でも一際大きい村長の家へ案内される。木造の立派な家だ。避暑地にあるコテージのような雰囲気がある。

 家の中に入ると、奥さんと思われる初老の女性が椅子に座った俺にお茶を出してくれる。俺は礼を言ってそれを受け取り、一口飲む。それは不思議な味わいをしていて、緑茶と紅茶の中間みたいな味だった。

「冒険者殿はなんて名前でいらっしゃるのでしょうか?」

「あ、俺はアーティです」

 そう名乗る俺。

(って、思わずゲームと同じ名前を名乗っちまったよ! しかも俺っておい!)

 先程からうっかりしすぎである。この世界がどこかわからないという事実に、完全に動揺していた。

「ほう、アーティ殿ですか、見れば大層お強い様子、さぞ高名な冒険者なのでしょうな」

 村長が俺の装備を眺めながら、そう言う。俺という一人称についてはあまり気にしなかったようだ。元々変わった人間だと思われているのかもしれない。

「い、いや、それほどでも……」

 そもそもこの世界に来たのが少し前である。知名度などあるわけはない。

「先程から随分と戸惑っておられるようですが、何かあったんですかな?」

「あ、えーと……」

 言い淀んでしまう俺。

(いやでも、この質問はチャンスか? 定番の記憶喪失とかっていう設定にすれば色々聞いてもおかしくない……よな?)

 高速でそう考えて、それでいくことにする。

「ああ、どうも転送の影響で、少し記憶がなくなってしまったようなんです……それで大陸の名前なんかも全然ピンとこなくて……」

「それは……」

 村長は驚いた顔をして、次いで気の毒そうな顔をした。

「で、でもそんなに深刻なレベルの記憶喪失ではないと思うので」

「ですが……」

「そんな訳で色々とおかしなことを訊いてしまうかもしれません、もし失礼なことを質問しても許していただけないでしょうか?」

「わかりました、そういうことならご協力いたしましょう」

 なんとか誤魔化しきれて、俺はほっとする。

 その時ドアの影から俺を見つめている視線に気づく。

 10代後半くらいだろうか、勝気そうな顔に、青みがかったショートヘア、スレンダーな体をしているすっごく可愛い少女だった。

「……?」

 俺が視線を返すと、それに気づいた村長が説明をしてきた。

「ああ、アレは私の娘でして、普段はお転婆なのですが、滅多に見かけない冒険者の方に興味があるのでしょう。こら、イルマ、お客さんをそんな風に見たら失礼だろう」

 イルマと呼ばれた少女はその声を聞いてササッと身を隠す。だが少し経つとまたじーっと俺のことを見つめている様子だった。

「はぁ、全くイルマときたら……すみませんが、あの娘のことは気にしないでください」

「わかりました」

 なんとなく落ち着かないが、まぁ仕方がない。

「それでは、なんなりとご質問ください」

「えーっとそうですね、では地理から……」

 そうして俺は村長に質問を開始するのだった。


 数時間後、俺は夕暮れに包まれた村の中を歩きながら、情報を整理していた。

(この世界はセラルと呼ばれていて、いくつかの大陸が存在している。また、この村はダグレス大陸にあって、大陸の中では2番目に大きな大陸か……)

 他の大陸の情報はあまり詳しくないらしく、大陸の名前や大きな都市の名前くらいしか知らないようだったが、そのどれも聞き覚えがなかった。

(ダグレス大陸という名前から予想していたが、完全に異世界のようだな)

 その他にもこの村に一番近い都市の名前や、冒険者の立場なども確認することができた。村長の助言では、まずその都市に向かってから冒険者ギルドで話を聞いてみたほうがいいということだった。

(当たり前かもしれないが、ゲームのシステムについてはなんにも知らないみたいだったな、インベントリとか、スキルとかそこら辺は……)

 直接は訊かなかったが、何かを取り出すときもインベントリを使っている様子はなかった。

 逆に言えば、人前でインベントリを操作するのは注意しながらやるほうがいいだろう。

 また、この世界にもやはりモンスターなどが存在しているらしい、それらと戦うことは騎士団や冒険者の仕事にもなっているが、このような小さな村には寄り付かないらしい。そのため、この村では若い男衆が簡単な武装をして動物などを追い払っているということだった。ちなみに、頻繁にモンスターが出るような場所にはそもそも村など作らないそうな。

(俺は完全に異邦人だな)

 様々な情報を得た上で、改めてそう実感する。

(まぁ、ひとまずは準備をして街を目指すか。村長も数日宿を貸してくれるってことだったし)

 ただ俺はこの世界の通貨を持っていない。労働をする代わりに多少の路銀をくれるということだったが、街についたら金銭は冒険者などの活動をして手に入れていくしかないだろう。

(はぁ、前途多難だ)

 ため息をつくと、俺は足を止める。

「ここが農地か、結構大きいもんだな」

 見渡す限り、というほどではないが、結構な広さを持つ農地があった。人出や需要と供給の関係で、これ以上大きくするのは難しいらしい。そこら辺の事情はあまり関係ないが。

 そう、手伝う労働というのは農作業だ。今日はまだやらないが、明日からは簡単な力仕事などをやることになるらしい。

「ちゃんとできるかなぁ……」

 ステータス画面上では高レベル高ステータスだが、この世界ではどれほど通用するのかわからない。木登りなどは楽勝でできたが、それがこの世界では一般的なことかもしれないし。

(ま、それは明日以降確認していくしかないか)

 そんなことを考えながら農地を眺めていると、小さな子供達が俺に走って近づいてきた。

「ねえねえ、ねえちゃん冒険者なんでしょ?」「話聞かせて!」「その装備かっくいいね! 見せて見せて!」「おいずるいぞ、おれが先に見せてもらうんだ!」「お姉ちゃん変わった格好してるね、街では皆そんな格好してるの?」

(うおお、なんだ!?)

 大勢の子供に囲まれるなんて経験がない俺である、そのため面を喰らってしまった。

「あー……俺……じゃない、お姉ちゃんはちょっと記憶がなくてね、冒険の話なんかはできないんだ、ごめんね」

 お姉ちゃんと自分を称するのがとても違和感があった。まぁ、お兄さんと言わなかっただけ良しとしよう。

「えー! つまんないー!」「なんだよそれー」「お話聞きたかったなぁ……」

「ご、ごめんね、でも装備なら見せてあげられるよ」

「おお、やったぜ!」「早く見せて! 見せて!」「わぁい!」

(こ、子供って元気……)

 かなり勢いに押され気味である。

 子供達の質問にたじたじになっていると、村長の家で見た少女が近寄ってきた。

「あんたたち! この人が困ってるでしょ!」

 一喝。

「あ、イルマねーちゃんだー!」「おれたちより先に話を聞こうっていうこんたんだろー」「お姉ちゃーん」

「やかましい! 一人ずつ喋りなさい!」

 二回目で子供達はようやく静かになり、俺の話をちゃんと聞いてくれるようになった。

「あー、一人ずつね、一人ずつ、後装備は見せてあげるけど、危ないから触らないように」

 彼女の助けで、ようやく落ち着いて対応していけた。内心感謝しながら、俺は装備を見せるのであった。


 しばらく後、子供達の親が迎えにきたためにようやく解放された俺は、ぐったりとしていた。

「つ、疲れた……」

「冒険者って言ってもだらしないのね、アーティさん?」

 ずっと後ろで様子を伺っていた彼女が、ちょっとからかうようにそう言ってくる。

「あー、子供の相手は慣れてないもんでね」

「そうでしょうね」

「何にせよ君がきてくれて助かったよ」

「イルマよ」

「ああ、うん、イルマちゃん」

「ちゃん、はいらないわ」

「……イルマ」

「よし」

「じゃあ俺のこともアーティでいいよ」

「わかったわ、アーティ」

 物おじしない娘だなと思いつつも、逆にそれが話しやすくて助かる。今日一日は考えることが多くて、気を張っていたからだ。

「イルマちゃ……イルマは、さっき村長の家で俺のこと見てたよね?」

 ちゃんをつけそうにしたら睨まれたので、咄嗟に言い直す。

「ええ、冒険者がどんなのか気になっていたもの」

「村長と一緒にいて話を聞いていればよかったのに」

「やぁよ、どうせ口を挟んだら怒られるもの」

「さいですか……」

「ところでアーティ」

「何?」

「記憶喪失って嘘でしょ」

「!?」

「あんたの発言、色々おかしかったもの」

「そ、ソンナコトないヨ」

「動揺してるじゃない、やっぱり嘘だったのね」

「いやこれはびっくりしただけで嘘とは無関係」

「棒読みじゃない。言い訳はいいわ、それで、正直に話をしてもらいたいんだけど?」

「いやだから……」

「アーティ、あんた、“セラル”って聞いた時、声に出さないでこう言ったでしょ『サイタロスじゃないのか』って」

「!」

「唇の動きでわかったわ、私、正面から見ていればちょっとは読めるの。それで、サイタロスってどこなの? 世界の名前を聞いたのに、都市名と間違えたなんて言わないわよね? まぁ、そもそも大陸の名前にも、大きな都市の名前にも、サイタロスなんてところはないけれど」

「……」

 確かに言った。<<オルタネイティヴ エピック>>では、舞台となる世界がサイタロスという名前だったのだ。

「まだ言い逃れする?」

「う……」

「それ以外にもあるわ、母さんがお茶菓子をだしたり、父さんが戸棚から物を出すときに“何かを確認するように”じーっと見つめてたわよね?」

 それはインベントリを操作していないか確認するためだった。インベントリがあれば大きな荷物やよく使うアイテムなんかはそこに入れておくと思ったのだ。だがそうは見えなかった。

「それに、貨幣について聞いている時にも、なんだかおかしかったわ。知らないというよりも“自分が知っているものと違う”という感じの表情だったもの」

「わかった、降参だ!」

「そう」

「確かに俺は記憶喪失じゃない。それは認める」

「じゃあなんで嘘をついたのかしら」

「それは……」

「言う気がないならいいわ、父さんに告げ口しましょう。騙されたと知ったら、きっと村から追い出されるわ」

「正直に言います!」

「最初からそういえばいいのよ、それで?」

「えー……信じられないかもしれませんが、俺は別の世界からきましてね……」

「別の世界?」

「いわゆる異世界ってやつですね。俺はそこから飛ばされてきたもんで、この世界のことを何にも知らなかったんだよ」

「ふぅん……」

「これでいいかい? できればこのことは内緒にしておいて欲しいんだけど……変な誤解を受けるのも嫌だし……」

「いいわ」

「良かった……」

「面白いわね」

「へっ?」

「なんでもないわ」

「はぁ」

「ちょっと用事ができたから先に帰るわね」

「あ、あぁ、わかった」

 そう言うと彼女は小走りで家に戻っていった。

「なんだろ?」

 そんな俺のつぶやきは空気に溶けていった。

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