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再起動

 ぐうう。

 そんな音が腹部から聞こえてきた。どうやら脳が空腹を訴えてきたらしい。それに伴い、俺の意識は少しずつ覚醒してきた。どうやらあのまま少し眠ってしまったようだ。

 そんなに長くは寝ていなかったようだが、それでも先ほどよりは少し落ち着くことができた。

「それに、こんな状況でも腹は減るんだな……」

 抗いがたい空腹感に、俺は体を起こす。

「食い物、か」

 すぐ思いついたのは、インベントリに食料は結構な数が入っているということだった。

 だが、それは食べられる代物なのか?

 <<オルタネイティヴ エピック>>内の食料アイテムといえば、主にステータスアップ効果を求めるときに使うものだ。

 攻撃力アップや防御力アップ、最大HPアップなどの効果を求めて、プレイヤーは食事を行うのである。

 食事を行うのは非戦闘状態に限って可能で、その場合は味覚や嗅覚が少し鋭敏になる。そうなることで、擬似的にだが食事として味を楽しんだりできるようになっている。

 飲食によるステータスアップは効果時間が長いので、ものによるが数時間程度は効果が続く。

 冒険に出かけるときは街で食事をとって、それからダンジョンなどに向かうというわけだ。

 もし屋外でその効果が切れてしまった場合には、街で時間をかけてする食事よりは効果が劣るが、携帯食料によるステータスアップも可能だ。

 この携帯食料は食事にかかる時間が短く、戦闘の合間に食べることが容易になっている。

 当然、ゲームの中の話なのだから、食べるという行為で腹が膨れるわけではない、現実の空腹感は現実で食事をとらなければ、満たされることはないのだ。

 そんな食料アイテムである、今俺が持っているこれらは、ちゃんと空腹を満たすことができるのか?

 それに最初考えたことだが、そもそも食べられるものなのか?

 そこで俺は、先ほど取り出して地面に置きっぱなしになっていたニンジンを拾ってみる。

 触った感じ、おかしなところはない、つるつるしているだとか、プラスチックみたいだとか、そういうこともない。

 匂いを嗅いでも、ちゃんと野菜のような匂いがする。

 試しにへし折ってみると、みずみずしい断面を見せた。

 これは、食べられる?

 続いて俺は、インベントリから安物だが大した効果のないシチューを取り出してみた。

「熱っ」

 光とともに出現したシチュー入りの鍋を触ると、強い熱を感じて思わず声が出た。

 俺はすぐさま鍋を地面に置いて、様子を見てみる。

「匂いは……いい匂いだな、腹が減る。それにインベントリから出しても、普通にアツアツの状態で出てきたな。インベントリに入れた時の状態を保っているのか? 見た感じちゃんと食べることができるように見えるが……」

 悩んでいても仕方がない、それに空腹感は耐えがたい。俺はインベントリからスプーンを取り出すと、スプーン一杯分のスープをすくい上げて……口へと運んだ。

「んん~! んまい!」

 口の中に広がるシチューの味わいに、思わず声が出る。そのまま無心でシチューを食べる。今は細かいことよりも、ただ食べることに集中しよう。


 それから数分、あらかた食べ終わった俺は、一度落ち着いてから考える。

「食料は普通に食える。満腹感もある。毒とかは……多分大丈夫だろ、わかんねえけど」

 心配症な俺は消耗品の類は結構な量を常に持ち歩いている。食料や飲料についてもそうだ。だから、インベントリに入っているものだけでも数週間くらいは持つだろう。

 だがこれらはほとんどステータスアップ効果がついているアイテムだ、なるべく温存していきたい。可能であれば手元のアイテム以外の食料を確保したいところである。

 そう考えたとき、ぞくりとした。

 俺は今何を考えた? “ステータスアップ効果のついたアイテムだから、温存したい”だと?

 それはつまり“戦闘の可能性がある”ということを、無意識で考えていたということになるのではないか。

 それは、恐ろしいことだった。

 だってそうだろう、ゲームの話でならともかく、今の俺は紛れもなくこの体で、ここに存在しているのだ。

 ゲームではどんな傷を負ったとしても、それが現実にある自分の体に影響を与えることはない。ダメージを受けても、自分の体が痛んだりするようなことはないのだ。

 だが今はどうだ。殴られれば痛いし、切られれば血だって流れるだろう。とてもじゃないがゲームでやっていたように戦うことなどできるとは思えない。

 “ゲームはゲーム”だ、ゲームのキャラクターのような体になったからといって、そのままゲーム内のスペックを発揮することができるわけではない。

 確かにこのわけのわからない世界が安全だという保証はどこにもない。今現在の有力な説である「ゲームの中にいる」ということが事実であれば、街から離れた場所ではモンスターが出ることだろう。

 ここがどこかはわからないが、周囲に人の気配はない、つまりは何かが潜んでいてもおかしくはない。

 そう考えて見れば、俺が先ほど呆けていたときなど、とても危なかったのではないか。

 寝込みを襲われるようなことになれば、確実にパニックを起こしていただろう。ちゃんとした精神状態を保つことなどできやしない。

 ならば、これからは戦闘の可能性があると考えて、自身の戦闘能力を確認する必要があるのではないか。

 今はまだ自分の体で戦うということは想像もできない。しかし、その可能性から目を背けられるほどには、現実逃避することはできなかった。

 考えなければならないことはまだ沢山ある。とはいえそれは余りにも多すぎて、すぐに解決できることばかりではない。だから、やれることからやっていくしかないのだ。

 俺はそう考えて、立ち上がる。

「ふむ……」

 体は自分が思ったとおりに動く。それは確認済みだ。ここからは、戦闘能力を確かめるための動きだ。

 まずは戦闘時の構えから。半身になり拳を上げる。これが俺の基本的なスタイルだ。

 それから軽くシャドーを行う。ゲーム内で何度も繰り返した動き、拳を突き出し、虚空に蹴りを放つ。

 全ての感覚が今の体にあるため、空気を切り裂く音や風なども、圧倒的なリアル感を伴って俺の体を刺激する。

 だが、体は動く。思ったとおりに、動く。

 やり込んできたゲームの中の動きを、俺の体は再現できている。

 今はまだゲームの中の感覚と、現実に体に伝わってきている情報量の差に慣れていないために、少し齟齬があるものの、慣れればほとんど100%に近い動きをすることができるだろう。まぁ、逆に疲れとかそういった部分も影響してくることになるのだろうが。

 体の動きを確認したところで、次である。

 次に確認するのは、スキルについてだ。

 むしろここからがメインだろう、これが使えると使えないでは、戦闘能力には数倍以上の差がつくことになる。もし使えないとなれば、これからの活動は大きく制限されることになるかもしれない。

 俺は緊張しながらも、ぐっと拳に力を込めて、思い切り突き出す。

 ゴッ!

 風を切り裂く音と共に、俺の拳は光るオーラを伴って中空で静止した。

 ……どうやら、スキルは使用できるらしい。

 今使ったのは「気を纏った拳で攻撃する」という初歩的なスキルだ。普通に殴るよりも少し威力のある攻撃である。

 スキルを使えることに安心した俺は、ひと通りスキルを確認するか、と思い、次のスキルを発動させようとして、ふと動きを止める。

「俺がメインで使っていたような派手なスキルを使ったら、かなり目立つよな……」

 そう考えて少し冷や汗をかく。今のところ敵がいるような感じはしないが、派手な動きをすればそれらを引き寄せる可能性もある。それはまだ避けたい。

「初歩のスキルと目立たないスキルだけ確認するか」

 俺はそう思い直して、スキルの確認を再開した。


 そこそこのスキルについて確認を終わらせた俺は、一度情報を整理する。

「攻撃系は発動したな、補助系も問題なさそうだ。俺は使えないからわからんが、これなら魔法も発動するんじゃないかな」

 ステータス画面を眺めながらそう結論づける。

 スキルを使えばSPスキルポイントが減り、補助スキルを使えばステータスのアップが確認された。現実の体となってしまったこの肉体のスペックが数字で見えるというのも変な感じではあるが、今のところは便利なので気にしないでおこう。

 現実に戦えるかどうかはともかく、戦えるだけの能力があるというのは確認できた。それでも簡単に安心できるというわけではないが。

 装備類についても使えることが判明した。籠手、脛当て、それに防具。ちょうどアイテム倉庫の整理をしようと、使える装備は全部手元に持っていたのが幸いだった。

 ちなみに装備を変えると当然見た目にも反映されるのだが、俺の体はサラシ姿のままである。それは何故かというと、アバター装備という外見を変える装備を身につけたままだからだ。

 アバター装備とは、実際の防具の見た目によらず、外見を着飾るためだけの装備だ。例えば防具としての鎧が極彩色の極めて悪趣味な色合いをしているが、性能的には申し分ない、というものがあったとする。性能的には当然それを装備したほうが良いのだが、あんまりな色合いにそれを着るのは耐えがたいという状態だ。

 そんな時に活躍するのがアバター装備である。アバター装備は既存の防具の見た目を上書きする形で、装備される。だからアバター装備がタキシードであれば、どんな鎧を装備したとしても外見はタキシードのまま、という訳である。もちろん、鎧としての性能は発揮される。

 <<オルタネイティヴ エピック>>では、そんなアバター装備が充実していた。そのため、プレイヤーは多種多様な見た目にキャラクターを着飾り、楽しんだものだ。

 もちろんアバター装備を身につけなければ、装備している防具のグラフィックが表示されるようになる、そのため、防具とアバター装備の組み合わせでは、色んなコーディネートが可能だった。

 この世界においてもアバター装備は有効なようだった。防具を身に着けていても、アバター装備があればその見た目になる。

 だが、不思議な部分もある。

 今の俺は上から下まで防具を装備している。アバター装備も同様だ。だけど“実際に体が伝えてくる感覚は、アバターそのまま”なのだ。

 つまりどういうことかというと、どんなに厚い鎧を装備していたとしても、今のサラシ姿だと風が吹けば素肌に風をうけているのと同じ感覚があるのである。まるで防具などどこにもないかのように、だ。

 だがステータス上では防御力は上昇している。まぁ、ステータス表示にどれほどの意味があるのかはわからないが、数値上は防具を装備した数値になっているわけである。

「……これ、アバターと鎧を全部外したら真っ裸になるのか?」

 そう考えたら羞恥心に頬が熱くなった。この確認はまた今度にしよう。少なくとも、こんな森の中でやるもんじゃない。

 そういえば、アバター装備を外して鎧姿になるという選択肢もあるのだが、今のこの姿は長い間愛用したものである、ちょっと素肌を晒しすぎだという思いはあるものの、外す気にはなれなかった。

 あるいはこれも、“自分が長い修練を積んだ武闘家である”というキャラクターのアイデンティティを保つためなのか。

 何にせよ、とりあえず装備の確認も無事に終わった。

「よし、装備を整えるか」

 選んだのは属性の付与がされていない無骨な籠手──ナックル──と、脛当てである。見た目は鈍色で出来た金属製の籠手だが、特徴的な部分として肘から手の甲にかけて、縦に三本、まるで獣の牙のような鋭い盛り上がりがあるものである。また、防具も無属性のものを選んだ。こちらも設定されたデザインがあるのだが、アバター装備で打ち消されているので詳しく確認していない。

 ここで出てきた属性という言葉だが、これは<<オルタネイティヴ エピック>>にあった一つのシステムである。

 簡単に言ってしまえば、火に水をかければ消えるように、属性による相性というものが設定されているのだ。

 火属性のモンスターには水属性の、水属性のモンスターには風属性を、というような感じである。

 ゲームでは敵の弱点属性をついて攻撃するのは当たり前であり、場所によって武器を変えて戦っていた。防具も同様である。火山では火に耐性を得るために火属性の鎧を装備して、逆に武器は水属性のものを使う、という具合にだ。

 しかし今回選んだのは無属性の装備。その理由は、汎用性があるからだ。

 今の状態ではモンスターが出てきたとしても、それがどんな属性を帯びているのかわからない。そもそも属性を帯びていないかもしれない。属性の相性による効果は絶大だが、相手の属性がわからなければ弱点をつくことはできないのだ。

 だからこその無属性である。弱点属性をついた武器で攻撃するのとではダメージは見劣るが、どんな局面でも使えるというのは、今の俺にはありがたい。

 ゲームに慣れ親しんだ俺には、ほとんどのモンスターの属性は理解しているため、半ばお蔵入りになっていた無属性の武器防具、それがこんなところで役に立つことになろうとは。

「持ってて良かった無属性ってか」

 これで装備は問題ない、次はついに、これからの身の振り方について考えなければならない。

「まずはここがどこなのか確認しないとな……」

 この森がどこなのか、ゲームの知識と照らしあわせても、パッと判別できるものではない。まずは街などを探さなければならないだろう。そもそも街がないという可能性は考慮しないでおく。それはあまりにも恐ろしい。

 とにかく、街にさえたどり着けば様々な情報を集めることができる。ここが本当の異世界なのか、それともゲームの中なのかについてもだ。

 だが闇雲に探しまわるのも賢くない。何かしらの指針が必要となる。

「上空から確認できればな……でも空を飛ぶなんてことはできないし」

 サバイバルの知識も何もない俺である、街を探す手段など、簡単に思いつくはずがなかった。

「高所に行って見下ろしてみるか? だけど見渡した感じでは近くに山なんてないしな」

 山どころが丘すらないような有様である。遠くを見渡せばなくはないのだが、距離的には随分ありそうだった。

 そこまで考えた所で、あっ、と気づく。

「そうだよ、森の中にいるんだから、でかい木に登ってみりゃいい」

 幸いこの体のスペックは高い、慣れない木登りでも問題なくこなせるだろう。

 思い立ってすぐさま、周囲で一番高い木に登る。猿のようにとはいかなかったが、スイスイ登ることができた。

 小鳥たちが突然の闖入者に驚いて飛び立っていくか、気にせず頂点まで行って周囲を見渡す。

「見渡す限り木ばっかりだけども……」

 顔を巡らせてみるものの、近くに何かがありそうな気配はない。

「もっと高い木に登ってみるべきか……?」

 だが、そのとき気づく。

「あの“もや”ひょっとして煙か?」

 遠くでうっすらと立ち上る白いもの。それは煙のように見えた。

「ひとまず、あそこを目指してみるか」

 俺はそう呟いて、木から飛び降りた。

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