お稽古
今日も今日とて村人の手伝い。
ちなみにティセは留守番だ。周りに人がいる状態で話をしたら、独り言をつぶやいているよう見えるだろうし。それをごまかせるほど俺は嘘が得意ではない。
ティセは渋っていたが、まぁそこは仕方ない。なんとか説き伏せて納得してもらった。もしかしたら村の中を見て回っているかもしれないが、透明化の魔法を唱えていれば大丈夫だろう。たぶん。
「ちょっと稽古つけてよ」
「は?」
そうやって労働をしていると、近寄ってきたイルマが突然そう切り出してきた。
「だから、稽古よ」
「え、何の? 俺、音楽とかできないけど」
「何であんたに音楽習わなくちゃならないのよ、とてもできるとは思えないわ。そうじゃなくて、戦闘の稽古をつけてほしいの」
「戦闘の?」
「ええ」
さも当然のようにそう返してくるイルマ。
「いや、それはまずいんじゃないのか……」
女の子がいきなり戦いのことを教えてくれなんて言うのは変だろう。そう思ったのだが、イルマはこれっぽっちも変だとは思っていないようだった。
「何で? 冒険者なんだから戦えるんでしょ?」
「いやまぁ、それはそうだけど」
なんだろう、微妙に話が噛み合っていないような。
「あ、そういえばあんたは知らないんだったわね。私、剣の心得があるの。村で私より剣を使える人はほとんどいないわ」
「マジで?」
「マジで」
そういえば初めて村長に会った時『普段はお転婆だ』と言っていた気がする。その時は性格的なものだけかと思ったが、まさかこういう意味でもお転婆だったとは。
「だからいいでしょ、少しくらいは」
「でも、作業の手伝いが」
「聞いたわよ。あんたが働き過ぎるから力仕事がどんどんなくなってるって」
「う……」
そうである。日常的な作業はあるのだが、そこで手伝えることはあまり多くなく、最近は少し時間を持て余していたのだ。
「それに、ちゃんと父さんや大人の許可も貰ってるわ」
「マジで?」
「マジで」
なんでそんな簡単に許可を出してしまうんだ……まさか、弱みとか握っているんじゃ。
「握ってないわよ」
「はい!?」
「弱みなんて握ってないわ」
「な、何故それを!」
「声に出てんのよ」
「馬鹿な!」
「馬鹿なのはあんた、はい、ちゃっちゃとこっちに来なさい」
「結局逆らえないのかー!」
ずるずると引きずられていく俺だった。
そこは屋外にある簡素な鍛錬場だった。広さはそれなりにあるものの、設備は整っていない。的となる案山子が置いてあったり、小屋の中にいくつかの装備がおいてあったりと、雰囲気としては野球部が使うグラウンドを小さくしたものに、プレハブ小屋をくっつけたような感じだろうか。
そんな場所に連れて来られたものの、俺は思ったよりもギャラリーが多いことに緊張していた。大人と子供を合わせて十数人ほどいるだろうか。大人はがっしりとした体系のものが多く、戦うための鍛錬をしているものたちなのだろう。練度はわからないが、農作業で鍛えられた肉体はなかなかのものだと感じられる。
一方子供は単純に面白そうだからついてきたという感じである、そこには俺の見知った顔も多く、俺とイルマが鍛錬場に姿を表すときゃいきゃい騒いでいた。
「私は村でも強い方だからね。それに冒険者の戦いが見れるとあって、皆興味津々なのよ」
「うへぇ……」
イルマから告げられたそれに、俺は早くもうんざりしてしまう。
「じゃあ、はい」
そう言いながら、木剣と防具を渡してくる。
木剣は刀というよりも西洋刀に近い、反りがほとんどないものだ。長さも前の世界で使っていた竹刀と同じくらいだろうか。
防具に関しては年季が入っている金属でできた関節を守るサポーターのようなものと、頭部を守るヘッドギアのようなものだった。
しかし俺は、渡されたそれをどうすればいいのかわからないでいた。
「ほら、装備して構えなさいよ」
見ればイルマは防具を身につけて、既に剣を構えている。
「え?」
「剣渡したじゃない」
「使えない」
「えっ?」
「剣なんて使ったこと無い」
「マジで?」
「マジで」
なるほど、この木剣は俺のだったのか。いや、考えてみれば当たり前のことなんだけどさ。
だが、俺は学生の頃の授業で剣道を少しやったことがあるくらいで、まともに扱うことなどできないのだった。
「だって俺、格闘一筋だもん」
「訓練で剣振ったりしなかったの?」
「全く」
っていうか剣スキルとか取ってねえし。ゲーム的に言えば使えないのは当たり前だ。ゲーム内では持つことはできても、装備はできないのだから。
「はぁ……そうなのね、じゃあ剣はいいわ」
「そりゃどうも」
それを聞いて木剣をぽいっと投げ捨てる。ナックルは持ってきていないが、あんなもので殴ったら大怪我じゃすまない。だから素手で十分である。
「後防具もいらない」
「は?」
「動きにくいもん」
俺の戦闘スタイルは回避寄りだ。それに普段はアバターで防具を消しているから、それに動きを阻害されることもない。逆に言うと、防具をつけながら戦うのは苦手なのだ。
この渡された防具は、防御力もたいしたことない上に、動きが阻害されそうな構造しているのだった。
服は村長に借りた何の変哲もない衣服のままだが、まぁ穴が開いたりしなければ大丈夫だろう。いつものサラシ姿じゃないから胸のあたりが結構膨らんでいてやりづらいけど。
それに恐らく、木剣ならあたっても痛くない。
「なめられたものね……」
「いや、そういう訳じゃなくてですね」
どうやら挑発にとられてしまったようだ。こっちとしてはそういうつもりはなかったのに。ただ単純に力量に差がありすぎると判断したのだ。
「っていうか、マジでやるのか?」
「そうよ? お互いの実力を見るいい機会だしね」
「いや、正直乗り気がしないんだが……」
「あんたがそうでも、私はやる気まんまんよ……っと!」
「うお!?」
そこでイルマが突然踏み込んで、俺に剣を振るってくる。
(思ったよりはええ!)
俺は手に持った防具を投げ捨てて、剣を避ける。
「せいっ、はっ」
だが当たりそうになったのは最初の一撃だけだった。それ以降の攻撃は余裕で回避できている。不意をつかれなければどうということはない。イルマは鋭い剣筋をしているが、それだけだ。俺とは圧倒的に肉体のスペックが違う。はっきり言って実力差は明白だった。
「くっ、全く当たらない!?」
「いや、そうだと思いますよ?」
横薙ぎを身をかがめてかわし、袈裟斬りは体を反らして避ける。ほとんど移動することなく、俺はすいすいと避けていた。残念だが、この程度の攻撃では俺には当たらない。
動きは悪くないが、それは<<オルタネイティヴ エピック>>の高レベルモンスターには遠く及ばないのだ。圧倒的なスピードもなければ、驚異的な範囲を持つわけでもない。瞬間移動なんてもってのほかだ。
周りはそんな俺達の戦闘に息を呑んでいる。それはイルマの剣を完璧に避けきっているためのようだった。どうやら周りと比べても剣が得意だというのは、誇張ではなかったらしい。
とにかく形勢を変えようと距離を詰めるイルマにも、体をくるりと回して受け流す。その姿はまるで闘牛のようだった。
しかしイルマの動きは大したものだった。“普通の人間として見れば”動きに無駄がないし、フェイントなども織り交ぜられていて、単調な動きではない。
だがそれでも俺には到底及ばない。レベルで言えば数十の差があるといっていい。俺にもイルマくらいの動きをしていた時期はあった。そう“何年も前に”。
<<オルタネイティヴ エピック>>の中で言えば、俺のレベルは極まっていた。通常のプレイヤーでは到達が困難な領域に足を踏み入れていた。いわゆる廃人というやつだ。
そうやって鍛え続けた結果が今のキャラクターだ。脳が命令を発してから体を動かす速度も、周りの状況を読む能力も、動きを見切る反射神経も、“極限まで研ぎ澄まされている”。
「っ、攻撃しなさいよ!」
そんな観察をしていたらイルマから鬼の形相で睨まれた。なめられているのが我慢ならないらしい。いや、なめてるつもりはないんだけどね? 残念だがイルマはそう取ってくれないようだ。遊ばれていると感じているのかもしれない。
「そうは言うけどさ……」
正直手加減が難しいのだ。怪我をさせない程度に攻撃するというのは、あまり経験がない。モンスター相手に手加減することなどあまりなかったからだ。そういった経験は初心者のプレイヤーに戦い方をレクチャーしたときくらいだろうか。だがこのまま避け続けるのもあれである。ここは攻撃するのではなく、武器を手放させるほうがいいだろう。
「っと」
とんっ、とイルマの腕が伸びきった瞬間に剣を横から弾く。するとイルマの手から剣がすっぽ抜けていった。
「嘘っ……」
それを見てイルマと、そして周囲も驚嘆する。
「これで勝ち、だよな?」
イルマの目の前にぴたりと拳をとめて、そう宣言する。
「はぁ……まさかこんなに強かったとはね。確かに私の負けよ」
「良かった」
「剣には自信があったんだけど、井の中の蛙だったかしらね」
「あー……この世界の事情はわからないけど、悪くない動きだったと思うぞ」
イルマだけに聞こえるようにそう告げる。
「そう、それは良かったわ」
「だけど人間相手ならともかく、モンスターと戦うには厳しいな」
なんといっても体格が違う。イルマの剣は鋭いが、威力が足りない。この戦い方では中型以上のモンスターには致命傷を与えられないだろう。弱点を正確に突く技術や、威力の高い武器を使うなどしなければ同じくらいの強さを持つオーガなどにも劣ると思われた。
「……」
それを聞いてイルマは下を向いて押し黙ってしまう。どうやら結構堪えたらしい。そんな姿を見ると、少し申し訳なくなってしまう。
「俺には剣を教えることはできないけど……」
言いよどみながら、続ける。
「戦い方を指南することはできる。相手に合わせた、効率的な戦い方をな」
「……!」
「だからまぁ、そういうのはちょっと見てやってもいい」
「そう!」
その言葉を聞いて、イルマは少し表情を明るくする。
「でだな、とりあえずこの空気をなんとかしてくれないか」
「え?」
周囲はざわついていた。イルマが負けたことに加えて、俺が圧勝しすぎたのがまずかったらしい。うつむいていたイルマの姿もあって、まるで俺がイルマをいじめているかのような構図である。
「あー」
「な、頼むよ」
「私のせいだものね……皆ーこいつの実力は今見たとおり本物よ! 稽古をつけて貰いたい人は順番に並べー!」
「おいっ!?」
「それじゃ、私も並んできましょうね」
イルマはニヤッと笑って、俺から離れていった。
「……ちくしょう騙された」
どうやら模擬戦はまだまだ続けなくてはならないらしい。
「まぁ、仕方ないか」
人が大勢いた時点でなんとなくそうなりそうな雰囲気は感じていたのだ。割りきって稽古をするべきだろう。なんだかんだ村の皆には世話になっていることだし。
「んじゃま、いっちょいじめてやりますかね」
俺は構えると、最初の相手と対峙するのだった。




