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第一章

「……す、すげぇ」


青年の青い瞳には感嘆の光が宿り、ため息は自然とこぼれ落ちる。

みずみずしい緑に、真紅の薔薇。

噴水の澄んだ水飛沫は、半透明な虹を生み出している。

そして、その向こうにそびえる純白の大邸宅。

十字架をかたどった門の向こうに広がる光景は、まさに楽園であった。


瞳と同じ鮮やかな青のローブも色あせて見える。


彼は深呼吸してから、控え目に門のベルを鳴らした。

魔法の奏でる澄んだ音は風に乗り軽やかに響いた。

静かに門が開き始めると、自分が、確かにここに招待されたのだという実感が、心に染み透る。

自分が選ばれたのだという、甘い自尊心に包まれる。


広い庭を、真ん中の噴水を中心に放射状に道が区切っていた。

真正面は屋根が高く、てっぺんに銀色の十字架が輝く。

両脇は左右対称に、真っ白な建物が建っている。さらに、右の端には礼拝堂が見えた。

中心の大きな扉が、音もなく開く。

多くの使用人が、石造りの白い道にずらりと列をつくる。

普通に考えれば、大げさな数だが、それが不自然に見えないほど、その屋敷は立派だった。


真ん中を軽やかなベルの音とともに、ひらりと薄蒼色のすそがなびく。

髪は、ルビーを溶かし込んだようにかすかに赤みを帯び、

肩のあたりでゆるくウェーブがかかっている。

円らで大きな緑の瞳が輝き、唇が優しい微笑みをつくった。


「あなたが、家庭教師の方〜?」


可愛らしく、すこし間延びした声。


(この人が、エリザベート嬢か……)


早くもフェイドは彼女の可愛さを含む美しさに、ぼーっとなってしまった。

頬が熱くなっていくのを感じ少しうつむきながら、礼をする。

すると、執事らしき男が歩み出た。優しい印象の初老の男だ。


「フェイド様、こちらへ」


執事は、フェイドに左の建物を手で示す。

彼女とは、もう別行動になるのだろうか?

?マークを顔に浮かべるフェイドに、彼女は言う。


「それでは、エリザベートをよろしくお願いしますわ〜」


ほのかなバラの香りを残して、彼女は使用人を引き連れて戻ってしまった。

執事とポツンと残されたフェイドは、呆然とそれを見送る。


「奥様は、お忙しいので、私がご案内致します」


(奥様っ!?……あのきれいな人が?)


17歳の娘がいると言うことは……。

頭で歳を計算しつつ、首を横に振る。


(見えねぇ……。全然)


「……フェイド様?」


「え、……あぁ、すみません」


「お嬢様の所へご案内します」


執事は、フェイドを導く。

彼が行く手に振り返る時、一瞬意味深な笑みを浮かべた事に、

フェイドは気付かなかった。

フェイドの頭の中では、すでにあの母親とそっくりなエリザベートが、可愛らしく微笑んでいたのだ。

長い廊下も苦にならなかった。



****



少女は、イスに腰掛けていた。

つややかな漆黒の髪が、透き通った肌にかかる。

その合間からのぞく瞳に、長いまつげが影を落とす。

服も黒アゲハを思わせる闇色のビロードのドレスだ

確かに、かなりの美人だが、気になる事が、1つ……いや、3つある。

気になる事、その1。

母親に全然似てない。本当に母娘なのだろうか?


まぁ、これは良い。似てない母娘はいることはいるし、美人に変わりはないのだから。


その2。長い髪が顔にかかり過ぎだ。顔がほとんど見えない。

そして、その3。口から滴る紅い液体は、いったい……



「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」


フェイドの口から一人でに悲鳴が飛び出す。


「さすが、若い人は、元気がよろしいですね」


執事が、のほほんとそんな事を言う。


「……血、血が……っ」


フェイドは、口をパクパクさせながら、かろうじてそれだけ言った。

だが、執事は、にこにことしているだけだ。


(……なんで気付かないんだよっ!?)


フェイドのパニック状態がピークになろうと言う時……


「……ふっ……ふふふふ」


「……っ!?」


少女が夢遊病者の様に立ち上がる。口の左端を持ち上げて、笑いを浮かべながら……。


悲鳴をあげる間もなく……フェイドの意識は、急速に闇に墜ちていった。



*****



気がつくと、白いベッドの上だった。

フェイドは、真っ白で高い天井を眺めながら、記憶の糸をたぐりよせる。


(……確か、屋敷に着いて、上がらせてもらって、そして……)


白い視界に、さっと影が差す。長い黒髪に、黒曜石の様な瞳……。


「うわぁあぁぁっ」


フェイドは、彼女をとっさに押し退け、後ずさりをしようとする。


「フェイド様、落ち着いてください」


相変わらず、のほほんとしながら執事が言う。


「さっきの事は、お嬢様の遊び心でございます」


「……は?」


「お嬢様は、人を驚かせるのが大好きと言う純粋な心をお持ちなのでございます」


(何それっ!?あれを純粋な遊び心ですますなよ……)


遊び心で、心臓を止めにかかるとは迷惑な話だ。

フェイドは彼女をみやる。

相変わらず、モノクロ写真のような色彩だが、さっきより幾分華やかさが増した気がする。

ふいに、目が合った。


「……いきなり、気絶するなんて失礼な人ね」


セリフのわりに、面白がるような口調だ。


「……まぁ、いいわ。楽しかったし……」


彼女は、唇を左端だけあげて、ふふっと笑う。

どうやら、それは演技ではなく彼女流の笑い方らしい。


「改めて……初めまして。わたしが、エリザベートよ。これから、よろしく……」


にこやかだが、どこか怖いものがある笑みを浮かべ、彼女は優雅なお辞儀をした。

フェイドは、一気に脱力し、へなへなした礼を返すのが精一杯だった。


……これから、この少女の家庭教師をしなくてはいけないという現実に、フェイ

ドは、ただただ打ちのめされていた。

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