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人道主義ではありません。国益の計算です 〜死刑乱発で治安崩壊した王国に転生した元刑務官、執行猶予と保護観察で再犯を激減させる〜

掲載日:2026/09/04

「なぜだ! 死刑を増やしたのに、なぜ前より治安が悪化し、死者が増えるのだ!?」


荒れ果てた王都の惨状を前に、国王と貴族たちは愕然としていた。

重罰にすれば犯罪者は恐れをなすはずだった。しかし現実は、窃盗犯までが「どうせ捕まれば死刑だ」と凶悪化し、目撃者を皆殺しにする地獄と化していた。


王宮の誰もが答えを出せない中、元刑務官の転生者キョウヤが静かに口を開く。


「簡単な理屈です。パンを盗んでも死刑、人を殺しても死刑なら、逃亡のために目撃者を殺すのが最も合理的だからです」


愕然とする一同に、キョウヤは罪の重さに応じた刑罰の段階化、執行猶予、職業訓練、そして被害者への損害賠償制度を突きつける。


「犯罪者を甘やかす気か!」


反対する財務卿に対し、キョウヤが示したのは人情ではない。死刑を恐れて抵抗する容疑者を捕らえるために失われた命、焼かれた店舗、膨大な公費を記した損害計算書だった。


そして半年後。

再犯の激減、強盗殺人八割減、牢獄の経常収支黒字という結果を携え、キョウヤは再び御前会議へ戻ってくる。


人道的に見える改革の正体は、冷徹な国益計算。

だが、その計算は被害者への賠償と、罪人が生き直す道を同時に取り戻していく。


中世の極端な重罰制度を現代の知恵で鮮やかにひっくり返す、痛快国家再建ストーリー!


※本作はこれ一作で完結する短編小説です。


## 投稿設定


- 作品種別:短編・一話完結

- ジャンル:ハイファンタジー〔ファンタジー〕

- 異世界転生:あり

- 年齢区分:全年齢

- 本文文字数:約7,500〜8,000字


## キーワード


異世界転生 男主人公 刑務官 法律 制度 司法 経済 職業もの お仕事ファンタジー チートなし 凡人主人公 内政 ヒューマンドラマ 更生 ハッピーエンド


## 前書き


(なし)


## 本文


プロローグ 転生管理局の凡人枠


 前の世の最後は、夜勤明けの宿直室だった。


 四十代半ばを過ぎたある朝、私は書類の山に突っ伏したまま、静かに息を引き取った。


 刑務官という仕事は、思っている以上に神経を削る。


 気がつくと、私は白い部屋の窓口の前に座らされていた。


 向かいにいたのは、ずれたとんがり帽子をかぶった青年だ。


 星柄のマントを羽織り、目の下には濃いクマが張り付いている。


 ライトノベルのお約束の展開だな、と私は直感した。


 刑務所の官本を読み尽くした受刑者が、よく自費で購入していた。


 一冊で長く読めるため、コスパのいい娯楽として人気だったのだ。


「転生管理局、凡人枠担当のツクヨと申します」


 青年は疲れた声で一礼した。


「この衣装は上層部の指定ですので、突っ込まないでください」


 ツクヨは分厚い台帳をめくった。


「キョウヤ様。前の世では、刑務官をなさっていましたね」


「ええ。統括矯正処遇官として、受刑者の指導を担当していました」


「ちょうど、あなたにぴったりの国が空いております」


 ツクヨは青白い顔で微笑んだ。


「死刑を乱発して、国中が血みどろになっている王国です」


「壊れた場所には、直し方を知る人を送る。それが私どもの方針でして」


 受刑者たちの本を思い出し、私はふと尋ねた。


「そういえば、チートのような特別な力はいただけるのでしょうか」


「それが、今期は予算が厳しくてですね」


「予算」


「神界も台所は火の車でして」


 ツクヨは声を落とした。


 なるほど、前の世の矯正現場と同じだな、と私は妙に納得した。


「お渡しできるのは、あなたが前の世で培った知識と経験だけです」


 ツクヨは申し訳なさそうに手を合わせた。


「剣も魔法もございません。……ですが、ご安心を」


「派手な力ほど早く錆びます」


「地味な制度のほうが、いつも一番長く根を張るのです」


 ツクヨは最後に、少しだけ誇らしげに言った。


「あなたの経験は、努力次第でどんなチートにも匹敵するはずですよ」


 そうして私は、ルキア王国の王都へと送り出された。


 転生先で与えられた身分は、王国司法補佐官兼典獄だった。


 王国の司法方針に意見具申し、牢獄の管理運営を担う責任職だ。


 特別な力はなくとも、制度を試すための席だけは用意されていた。



一 死兵たちの街


 死刑を増やせば、犯罪は減るはずだった。


 すくなくとも、ルキア王国の国王と貴族たちは、そう信じていた。


 三年前、国王オズヴァルドは『治安粛清令』を発令した。


 強盗、窃盗、傷害。


 罪の重さを問わず、一律に【絞首刑】と定めたのだ。


 見せしめによって恐怖を植え付ければ、悪人は消え失せると考えた。


 だが、現実に起きたのは、未曾有の治安崩壊だった。


「伏せろ! 弓隊、構えろ!」


 王都の大通りに、怒号が響き渡る。


 パン屋の店先に、血走った目の少年が立てこもっていた。


 手に刃渡り二十センチの包丁を握りしめている。


 店の主人はすでに治安兵によって店先へ運び出されていた。


 血を流しながら、治療師の手当てを受けている。


 店内では棚が横倒しになり、奥の石窯も扉が割れていた。


「来るな! 一歩でも近づいたら、この女の喉笛を掻っ切るぞ!」


 少年は、店主の妻エレナの胸元に刃を突きつけていた。


 包囲する治安兵たちは、抜剣したまま動けない。


 少年の名はガロ。十七歳の孤児だった。


 盗んだのは、わずか銀貨二枚と、焼きたての丸パン三個だ。


「どうせ捕まったら首を吊られるんだ!」


 ガロが絶叫した。


「パン一つ盗んでも死刑! 人を十人殺しても死刑!」


「なら、一人道連れにして死んでやる!」


 これが、厳罰化がもたらした現実だった。


 逃げ場を失った犯罪者の多くが、死兵のように抵抗する。


 軽犯罪で捕まるはずだった者まで、追い詰められれば強盗殺人へと走るようになっていた。


「弓を下ろせ。兵は二歩下がれ」


 私は治安兵に命じ、両手を見せたまま店先へ進み出た。


 包丁の間合いには入らず、ガロと目線の高さを合わせる。


「来るなと言っただろ! 死にたいのか!」


 ガロの包丁の切っ先が、私に向けられる。


 少年の手は、小刻みに震えていた。


「店主はまだ息がある。治療師も、命は助かると合図している」


 私は静かに告げた。


「お前は、まだ誰も殺していない。今ならまだ、引き返せる」


「嘘をつくな! 国王の法律じゃ、強盗は全員死刑だ!」


「司法補佐官として、お前の身柄は私が預かる」


 私は少年の目を見据えた。


「少なくとも、明日の御前会議が終わるまでは、処刑の手続には入らせない」


「その間に国王へ、法を改め、お前を罪の重さに応じて裁くよう進言する」


「そんな役人の口約束、信じられるか!」


 ガロが叫ぶ。


「私は着任して三か月、牢内の衛生改善と暴動防止で実績を出してきた」


 私はゆっくりと告げた。


「国王陛下からも、一定の裁量を認められている」


「お前に嘘をついて騙し討ちにする理由など、私にはない」


「生きて償う覚悟があるなら、刃を捨てろ」


 ガロの瞳に、激しい動揺が走った。


 張り詰めていた糸が切れたように、包丁が石畳に落ちた。


 カランと、高い金属音が響いた。



二 王宮の論争――死刑という高くつく愚策


 翌朝、王宮の大広間で緊急の御前会議が開かれた。


「ふざけるな! あの盗賊のガロを処刑しないとは何事だ!」


 怒声を上げたのは、財務卿のベルナルド伯爵だった。


「処刑を止めれば、罪人を何年も養う費用がかかる!」


「施設の改修や教官、看守や食料。その財源をどこから出すつもりだ!」


 玉座に座る国王オズヴァルドも、苦渋の表情で眉をひそめていた。


「キョウヤ司法補佐官よ。余も厳罰化を進めてきた」


「だが、なぜか街の死者は増える一方だ。お前の牢獄改革に何の勝算がある」


 居並ぶ貴族たちの冷たい視線が、私に集中する。


 私は一礼し、一枚の羊皮紙を机の上に広げた。


「財務卿。死刑が最も安上がりというのは、完全な誤りです」


「何だと!?」


「数字で示しましょう。過去三年間、死刑を乱発した結果何が起きたか」


 私は計算書を指で叩いた。


「死刑を恐れて抵抗した容疑者一人の捕縛につき、治安兵は平均三人が負傷しています」


「市街戦となった事件では、平均二軒の店舗が損壊しました」


「公費と民間損害を合わせれば、一件あたり金貨三百枚です」


 大広間が静まり返る。


「工房の改修費と教官の費用を合わせても、捕縛一件分の損害額には届きません」


「食料と看守の費用についても、生産品の売上で補う収支計画を用意しています」


「これが『安上がり』と言えるでしょうか」


「ぐっ……それは、取り締まりが甘いからだ!」


「いいえ。人間の心理に対する無知が原因です」


 私はまっすぐに一同を見渡した。


「犯罪者や、罪を犯そうとする者の心理に立つ必要があります」


「彼らが何を考え、どう動くかを計算するのです」


「犯罪者に気を遣えというのか!?」


 貴族たちから激しい怒声が上がった。


「平和な小国から来たと聞けば、お花畑もいいところだ!」


「犯罪者のためではありません」


 私は冷然と言い返した。


「私たち市民が、これ以上殺されないためです」


「パンを盗んでも死刑、人を殺しても死刑ならどうなるか」


 私は居並ぶ貴族を見据えた。


「逃走のために人を殺すのが、最も合理的になります」


「法が自ら、犯罪者を殺人鬼へと育て上げているのです」


 国王が息を呑んだ。


「では、どうすればよいのだ。罪人を無罪放免にして野に放てというのか!」


「滅相もございません」


 私は毅然と言い切った。


「人道主義でお話ししているのではありません。国益の計算です」


 私は新しい制度設計書を掲げた。


「第一に、罪の重さに応じて刑を分けます」


「窃盗には賠償と労役、傷害には拘禁、故意の殺人には最重刑を科す」


「人を殺せば刑が重くなるという歯止めを、法に戻します」


「その上で、非暴力の初犯者など、軽犯罪者には執行猶予と保護観察を導入します」


「しっこう……ゆうよ?」


「裁判で刑は言い渡します。ただし、その執行を一定期間だけ猶予します」


「身元引受人をつけ、認可された工房や農家で、有償の監督付き就労を課します」


「再び罪を犯せば執行猶予を取り消し、直ちに収監します」


「第二に、地下牢を【職業訓練施設】へと改装します」


「大工や石工、製パンや鍛冶の技術を教え、日用品を生産させます」


「そして第三に、受刑者の作業賃金から、被害者への【損害賠償金】を強制天引きします」


 ベルナルド卿が顔を真っ赤にして叫んだ。


「犯罪者に職を与え、パンを食わせるだと!? 被害者を愚弄する気か!」


「被害者を愚弄しているのは、死刑にしてすべてを終わらせる現行法です」


 私の声が響く。


「犯人を殺しても、奪われた財産は戻りません」


「仮に犯人を殺して被害が回復するなら、私も喜んで即刻死刑に賛成しましょう」


「ですが、現実はそうではないはずです」


「壊された店舗も、治療費も、誰も補償してくれない」


「だが、犯人を生かして働かせれば」


「判決で定めた額を完済するまで、被害者へ賠償金を支払わせることができます」


「罪人をタダ飯食らいの囚人にするのではありません」


「無駄に処刑して損害を放置するのでもない」


「彼らを『賠償金を払い、税金を納める生産者』へと作り直すのです」


 国王オズヴァルドが、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


「……半年だ」


 国王は重々しく宣告した。


「キョウヤよ。半年間、お前のやり方を試すことを許す」


「もし治安が改善せねば、司法補佐官を罷免し、相応の責任を取ってもらうぞ」


「謹んでお引き受けいたします」


 私は深く頭を下げた。



三 地下牢のパン工房と大工仕事


 国王の許可により、旧法で死刑を言い渡されていた三十人の執行は停止された。


 国王直属の臨時法廷が、一人ずつ罪状を調べ直した。


 その上で、罪の重さに応じて拘禁刑や労役刑を言い渡し、軽い者は執行猶予に付して保護観察とした。


 保護観察となった者は身元引受人のもとへ送り、施設内処遇となった者たちを更生訓練所へ移した。


 私は看守たちに命じ、地下牢を徹底的に清掃させた。


 天井近くには採光孔と換気筒を設け、作業台と石窯を搬入した。


 施設内処遇となった者たちを前に、私は告げた。


「お前たちに選ばせる。このまま何も身につけずに刑期を終えるか」


「それとも、朝五時に起きて文字を学び、手に職をつけて外へ出るか」


「おいおい、旦那」


 腕っぷしの強そうな大男が鼻で笑った。


「俺たちに大工道具や包丁を握らせていいのかい?」


「看守の喉笛を掻っ切って逃げ出すぜ」


「道具にはすべて番号を振った。使用前後には、看守二人が数を確認する」


「刃物を扱う区画も、全体を見渡せる配置にしてある」


 刑務官時代の鉄則だ。


 看守の安全を守るためであり、囚人に再び道を誤らせないための仕組みでもある。


 私は大男を見返した。


「規則を破れば、訓練の資格を失う。守れば、太陽の下へ戻る道が開く」


「どちらが得か、計算できないほど馬鹿ではないはずだ」


 沈黙が流れた。


 私は王都の職人組合から、引退した職人たちを教官として招いた。


 ガロの担当となったのは、白髪のパン職人だった。


 作業台には、小麦粉と発酵種、塩と水が並べられている。


「ガロ。お前は今日から、パン職人の修業だ」


「まず、粉の量り方と、自分の名前の書き方から覚える」


「俺……字なんて読めねえよ」


「読めないために騙され、働き口から弾かれたのだろう」


「だが、それは人を傷つけてよい理由にはならない」


 私は少年の目を見つめた。


「人を傷つけてよい理由など、どこにもない」


「だが、お前が罪に走った原因はある。その原因を取り除こう」


 私は小麦粉の袋を指した。


「二度と盗まずに済む技術を、ここで身につけろ」


 ガロの肩が、びくりと震えた。


 それからの日々は、過酷な訓練の連続だった。


 毎朝五時の点呼と掃除。


 午前中は識字と計算の授業。


 午後は、それぞれに割り振られたパン焼きや木工、靴作りの実習。


 最初の生地は膨らまず、次のパンは黒く焦げた。


 自分の名前も、何度も書き間違えた。


 それでもガロは、翌朝になると誰より先に作業台へ立っていた。


 もちろん、貧困は罪の免罪符にはならない。


 だが、ガロを含む多くの者は、技術を教わらずに育っていた。


 まっとうに生きる手段を、誰も教えてくれなかったのだ。


 二か月が過ぎたある朝。


 地下牢の石窯から、香ばしい匂いが立ち上った。


 こんがりと黄金色に焼けた、美しい丸パンだ。


 横には、歪んだ字で「ガロ」と書かれた木札が添えられていた。


「おい……これ、本当に俺が焼いたのか?」


 ガロは粉まみれの手でパンを持ち上げ、震える声で呟いた。


「ああ。お前が作った、世界で一番まっとうなパンだ」


 私が頷くと、少年の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 盗んだパンではない。


 誰かを傷つけて奪ったパンでもない。


 自分の手で粉をこね、火を見つめて焼き上げた、労働の結晶だった。



四 被害者への賠償と誇り


 三か月目の朝、牢獄の門前に一人の女性が立っていた。


 あの日、ガロに襲撃されたパン屋の店主の妻、エレナだった。


「典獄様。お話がございます」


 エレナの表情は硬かった。


「私たち夫婦の店を襲ったあの少年が、ここでパンを焼いていると聞きました」


「私には、どうしても納得がいきません」


 私はエレナを所長室へ招き入れ、机の上に革袋を置いた。


 じゃらりと、重い金属音が響く。


「これは、何ですか」


「これは、ガロの作業報酬から積み立てた最初の賠償金です」


 私は書類を示した。


「パンの売上から材料費と施設経費を引き、本人に作業報酬を支給しました」


「その半分、銀貨八枚が入っています。金貨一枚の八割にあたる額です」


「ご主人の治療費と、店舗の修繕費にお使いください」


 エレナが目を見張った。


「賠償金……?」


「はい。あいつを処刑しても、あなたには銅貨一枚も入りません」


「壊された石窯の修理代も、ご主人の薬代も、誰も払ってくれない」


 私はエレナの目を見つめた。


「ガロには、裁判で三年の拘禁刑が言い渡されました」


「最初の半年は施設内で訓練を受けます」


「その後は審査を行い、あなたとご主人の意向も確認した上で、保護観察付きの仮釈放へ移します」


「毎月の最低額を定め、遅くとも三年以内に金貨十枚を完済させます」


 私はエレナの返事を待った。


「ガロ本人が、直接謝罪したいと申しております」


「会うかどうかは、あなたが決めてください」


 長い沈黙の後、エレナは一度だけ頷いた。


 私は看守に合図を送った。


 やがて部屋の扉が開き、ガロが入ってきた。


 少年はエレナの姿を見るなり、石床に両手をついた。


「奥さん……本当に、申し訳ありませんでした!」


 ガロの声は、涙でかすれていた。


「俺、死ぬ気で働きます!」


 ガロは床に額を擦り付けた。


「朝から晩までパンを焼いて、店の損害を全額返します!」


「だから……どうか、最後まで償わせてください!」


 怒りと、困惑と、深い驚き。


 様々な感情が、エレナの瞳の中で揺れていた。


「……顔を上げなさい」


 エレナは静かに言った。


「そのパンを、一つ食べさせてちょうだい」


 ガロは慌てて立ち上がり、布に包んだ焼きたての丸パンを差し出した。


 エレナはパンを一口ちぎり、口に運んだ。


 サクッとした小気味よい音が、静かな部屋に響く。


「……皮が香ばしくて、中はもっちりしているわね」


 エレナは目を細め、静かに息を吐いた。


「夫がいつも焼くパンより、少し焼き色が濃いわ」


「勘違いしないで。許したわけではないわ」


 エレナは、もう一口だけパンをかじった。


「でも、このパンなら売り物になる」


「まず十個、うちの仮店舗に卸しなさい。夫にも食べてもらいます」


「代金は帳簿につける。賠償も、一枚ずつ返してもらいます」


 ガロは再び泣き崩れた。


 罪を許されたわけではない。犯した過ちが消えたわけでもない。


 だが、償うための道が、確かにそこにつながっていた。



五 再犯激減という決算


 半年後。


 王宮の大広間に、再び主要閣僚が集まっていた。


 国王オズヴァルドの手元には、王都の治安報告書が置かれている。


「……信じられん」


 国王が唸るように呟いた。


「この半年、保護観察の対象となった仮釈放者と執行猶予者は四十二人」


「そのうち、再犯に至った者はわずか一人に留まった」


「王都全体の強盗殺人事件は、前年同期比で八割減だ」


 ベルナルド財務卿が、目を剥いて書類を奪い取った。


「ば、馬鹿な! 再犯率が三パーセント未満だと……!?」


「間違いではありません」


 私は静かに進み出た。


「非暴力の初犯者には刑の執行を猶予し、保護観察の下で工房へ就職させました」


「拘禁刑となった者には、牢獄で技術を教えました」


「そのうち審査を通って仮釈放された者は、すでに大工や靴職人、パン職人として街を支えています」


 私はさらに一枚の報告書を差し出した。


「そして、こちらが財務報告です」


「作業賃金を計上し、その一部を被害者賠償へ充てた上で、改修費を除く経常収支は黒字に転じました」


「被害者への賠償総額は金貨二百枚に達しました」


「治安兵の殉職補償と、市街地の復旧費も激減しております」


「牢獄の経常収支が……黒字だと……?」


 ベルナルド卿の手から、羊皮紙が滑り落ちた。


「なぜ、強盗殺人が激減したかお分かりですか」


 私は居並ぶ貴族たちを見渡した。


「理由は二つあります」


「身元引受人と職を得た者が、盗まずに暮らせるようになったこと」


「そして、窃盗と殺人の刑を分けたためです」


「目撃者を殺せば刑が重くなる。殺さず投降する方が、明らかに得になった」


「法が初めて、殺さない方を合理的にしたのです」


 私は正面を見据え、言葉を継いだ。


「この国は王国です。国王陛下の命令があれば、大量の死刑を行うこともできる」


「ですが、刑罰を改めて更生の道を開くことは」

「被害者感情の反発もあり、死刑を増やす以上に困難な政治決断です」


「しかし、国王陛下が正しい道を決断できる今こそ、国益と市民の命を救う最大の好機なのです」


 私は一礼した。


「改めて申し上げます」


「人道主義でお話ししているのではありません。国益の計算です」


 大広間が、水を打ったような静寂に包まれた。


 もはや誰も、反論する言葉を持たなかった。


 ベルナルド卿は、しばらく帳簿を見つめていた。


 やがて、深く頭を垂れる。


「財務卿として申し上げる。これほど安い治安策はない」


「私の見立て違いだった。全国展開の予算は、私が組もう」


「素晴らしい」


 国王オズヴァルドが、力強く玉座の手すりを叩いた。


「キョウヤ典獄。余は己の不明を恥じる。お前の言う通り、人を殺すだけの法は愚策であった」


 国王は立ち上がり、全閣僚の前で宣言した。


「これより、『治安粛清令』を全面廃止する!」


「キョウヤが構築した『更生保護法』を、王国の恒久法として制定する!」


「王都での施行を継続し、準備の整った州から順に広げよ!」


 広間に、貴族たちのどよめきと、割れんばかりの拍手が広がっていった。



エピローグ 消えない約束


 王都の大通りに、再建されたパン屋の看板が掲げられていた。


『エレナの丸パン店』


 朝の光が差し込む店先には、焼きたてのパンを求める市民の行列ができていた。


 奥の石窯では、傷の癒えた店主が生地をこねている。


 ガロが丸めた生地を、店主が無言で取り上げた。


「力を入れすぎだ。これでは焼いたときに固くなる」


「……はい、親方」


 許されたわけではない。


 それでも店主は、ガロにパンの焼き方を教えていた。


 白い前掛けを締めたガロは、店先に出て元気に声を張り上げる。


「いらっしゃい! 焼きたての丸パンだよ!」


 隣ではエレナが、笑顔で会計をこなしていた。


 ガロは仮釈放され、保護観察期間中だ。


 毎月の賃金の半分は、残る賠償金の返済に充てられている。


 だが、少年の顔に悲壮感はない。


 誰かの役に立ち、誰かに「ありがとう」と言われる日々の誇りが、彼の背筋を伸ばしていた。


 私は通りの向かいのベンチに座り、紙袋から丸パンを一つ取り出した。


 ちぎって口に運ぶ。


 小麦の甘みと、香ばしい酵母の香りが、口いっぱいに広がった。


 ふと、視界の端に、ずれたとんがり帽子をかぶった青年の幻影が揺れた気がした。


『地味な制度のほうが、いつも一番長く根を張るのです』


 ツクヨの疲れた笑顔が、脳裏をよぎる。


「……どうやら、ちゃんと根を張ったようですよ」


 私は小さく呟き、パンの最後の一片を口に入れた。


 人間が汗を流してやり直すための仕組み。


 それはどんなチートよりも力強く、この世界を守り続けていくはずだ。


(完)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


本作で扱ったテーマは、現代の実務や学問において「刑事政策」と呼ばれる分野です。


犯罪を正当化できる理由など、この世に決してあり得ません。しかし、人が罪に走ってしまう「原因」は確実に存在します。


その原因を見つめ、取り除くことができれば、将来の新たな被害者を防ぐだけでなく、罪を犯した人間をも社会へ救い直すことができます。


これは決して綺麗事やお花畑の善意ではなく、泥臭く大変な道のりです。


しかし、感情論の厳罰に頼るのではなく、トータルコストの計算と制度の力によって、被害者への賠償と治安の回復を両立させる。そんな実務家としての祈りを込めて書かせていただきました。


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― 新着の感想 ―
現実だとこう上手くはいきませんからねぇ…… 被害者の救済が二の次三の次にされてるのが現状ですから…… いい加減被害者の立場に立った法整備をして欲しいところです( ◞ ⌓ ◟)=3
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