何度死に戻っても処刑されるので、王子を先に断罪することにしました
私は、七度死んだ。
一度目は、何も分からないまま処刑された。
二度目は、泣きながら無実を訴えて処刑された。
三度目は、毒瓶に触れていない証拠を集めて処刑された。
四度目は、聖女ミリアに近づかないようにして処刑された。
五度目は、王都から逃げ出して捕まり、処刑された。
六度目は、誰も信じず、誰にも頼らず、黙っていたのに処刑された。
そして七度目。
私は、ようやく真実を知った。
処刑前夜。
牢へ連れて行かれる途中、王宮の東廊下で、衛兵が急に足を止めた。
前方から、人の声が聞こえたからだ。
「王子。本当に明日、リディア様を処刑なさるのですか」
声の主は、第一王子エドガルド王子の側近だった。
そして、もう一人。
七度、私に死を告げた男の声がした。
「仕方ないだろう。あの女は王の味方だ」
私は息を止めた。
「リディアを王家に迎えれば、私の不正がばれる」
「ですが、聖女毒殺未遂は少々強引では」
「罪状など何でもいい」
エドガルド王子は、ためらうことなく言った。
私は、血の気が引いていくのを感じた。
私は、王子を信用していた。
お互いが愛していると信じていた。
聖女が王子を奪うため、私を断罪しているのだと、今までずっと思っていた。
まさか、王子が私を殺したがっていたなんて。
冷たい牢の中で、私はしばらく泣いていた。
どうして。
どうして、こんなことを。
けれど、その悲しみは、徐々に怒りへと変わっていった。
私を愛しているふりをして、七度も殺した男。
次は、必ず復讐してやる。
第一王子エドガルドの惨めな姿を見ながら、私は笑って見下すと誓った。
◇
翌朝。
処刑台の上で、私は首元に吹きつける風を感じていた。
七度目なのに、慣れることはなかった。
膝は震えた。
喉は乾いた。
刃が落ちる瞬間を知っているのに、知らない時より怖かった。
死は、何度経験しても怖い。
痛みを覚えているから。
首が離れる一瞬の冷たさを、魂が覚えているから。
エドガルド王子は、涙を流しながら、陛下に訴えている。
「リディアは、聖女を毒殺などしません」
「父上、何かの間違いです。もう一度、調査してください」
王子は、いつものようにそう訴えていた。
私は今まで、その涙を信じていた。
エドガルド王子は、こんなにも芝居が上手だったのね。
そう思い、冷静に見つめると、王子の目から涙は出ていなかった。
あら。
三文芝居を見せられていたのね。
私の復讐心は、燃え上がっていた。
今度は、本当の涙を見せてもらうわ。
「リディア・ヴェルナー。聖女ミリアを毒殺しようとした罪により、死罪とする」
そしてまた、死刑宣告が読み上げられた。
ギ、ギ、ギ、と不快な音がした。
冷たい刃が落ちた。
◇
そして私は、八度目の朝を迎えた。
目を開けると、自室の天蓋が見えた。
白い布。
薄青の朝。
机の上には、一年前の王宮夜会の招待状。
私は戻ってきた。
また、すべてが始まる朝に。
「お嬢様? お加減が悪いのですか?」
侍女のアンナが心配そうに覗き込んでいる。
私は返事をする前に、自分の首に触れた。
つながっている。
温かい。
けれど指先は震えていた。
七度落とされた首は、八度目の朝にも痛みを覚えている。
「アンナ」
「はい」
「今日から、王宮と神殿に関する書類を集めて」
「書類、でございますか?」
「ええ。寄付金、補助金、修繕費、騎士団への支出。手に入る写しで構わないわ」
アンナは不思議そうな顔をした。
「聖女様の件ではなく?」
「違うわ」
私は鏡の中の自分を見た。
十七歳の公爵令嬢。
第一王子の婚約者。
一年後、聖女毒殺未遂の罪で処刑される女。
けれど今回は違う。
「追うべきものは、毒ではないの」
私は静かに言った。
「金よ」
◇
エドガルド王子は、民に愛される王子だった。
美しい金髪。
澄んだ青い瞳。
神殿に寄付をし、孤児を助け、騎士団を支え、聖女ミリアを守る慈悲深き王族。
誰もがそう信じていた。
けれど、その慈悲は、民の金で買われたものだった。
神殿の名を使い。
孤児院の名を使い。
騎士団の名を使い。
聖女の名を使い。
王子は、王国の金を自分の派閥へ流していた。
私は公爵家の娘として、幼い頃から領地経営を学んできた。
税、収穫、支出、備蓄。
数字を見ることは、刺繍よりも得意だった。
◇
証拠は、間違わないように何度も確認して集めた。
ただし、証拠だけでは足りない。
必要なのは、王の前で語れる者。
私は七度の死に戻りで、多くの者たちの裏の事情も知っていた。
それらを入念に使えば、証人として立たせることができる。
エドガルド王子と共に断罪されることを選ぶか。
私の味方になるか。
選ばせればよいだけだ。
神殿の会計官。
孤児院名簿を管理する文官。
騎士団の補給官。
王子の側近に金を渡した商人。
そして、エドガルド王子の命令を聞いていた側近。
私が断罪される三日前。
なんとか、すべてを用意できた。
間に合った。
今回も駄目かと思ったが、間に合った。
私は笑みを浮かべることもなく、ただ復讐の炎だけを燃やし続けていた。
◇
私は王宮へ向かった。
夜会で断罪されるのを待つ必要はない。
裁く側に立たれる前に、引きずり下ろす。
王に直訴するために。
謁見の間の扉の前で、私は一度だけ足を止めた。
手が震えていた。
証拠はある。
証人もいる。
けれど、それでも怖かった。
もし、また失敗したら。
もし、また誰も信じてくれなかったら。
もし、またあの王子が私を罪人と呼んだら。
私は八度目の処刑台に立つのだろうか。
首に触れる。
そこには傷などない。
けれど私は覚えている。
ギ、ギ、ギという不快な音を。
自分の名が罪人として呼ばれる絶望を。
誰にも助けてもらえないまま死ぬ孤独を。
それを打ち壊すために、私は謁見の間の扉を力強く開いた。
◇
謁見の間は、静かだった。
玉座には国王陛下。
その隣には王妃陛下。
少し離れた場所に、エドガルド王子。
王子の後ろには、聖女ミリアが立っていた。
ミリアは人形のように立っていた。
本当に美しい。
王子の言うことだけを聞く人形。
「リディア・ヴェルナー」
陛下の声は重かった。
「直訴とは穏やかではないな」
私は深く礼をした。
「陛下。第一王子エドガルド王子による、国庫横領、および私への冤罪工作について申し上げます」
謁見の間が凍った。
エドガルド王子が眉を上げる。
「リディア。気でも触れたか」
その声に、七度分の処刑台が脳裏をよぎった。
けれど私は、王子を見なかった。
見るべき相手は、玉座に座る王ただ一人。
「一つ目でございます」
私は書類を差し出した。
「神殿修繕費として支出された金の一部が、実際には修繕に使われておりません」
神殿の会計官が前へ出る。
「相違ございません。帳簿上は修繕済みとなっておりますが、実際には工事は行われておりません」
陛下の眉が動いた。
エドガルド王子の顔から、わずかに血の気が引いた。
「二つ目でございます」
私は次の書類を掲げた。
「孤児院への補助金です。ですが、記載された孤児院は存在しておりません」
文官が進み出る。
「調査いたしましたが、その名の孤児院は王都にも地方にも確認できませんでした」
陛下の顔が、少し赤くなった。
怒りで。
エドガルド王子の顔は、さらに青くなった。
「三つ目でございます」
「やめろ、リディア」
王子が低く言った。
私は止まらない。
「騎士団への装備費です。実際に納入された数と、支払われた金額が合いません」
騎士団の補給官が膝をついた。
「申し訳ございません。水増しされた分は、エドガルド王子の側近を通じて別の者へ渡りました」
謁見の間に、重い沈黙が落ちた。
陛下の顔は赤くなっていく。
エドガルド王子の顔は青ざめていく。
その後ろで、ミリアだけが何も分からず立っていた。
「四つ目でございます」
「黙れ!」
王子が叫んだ。
だが、陛下の声がそれを遮る。
「黙るのはお前だ、エドガルド」
その一言で、王子は凍りついた。
私は次の書類を手に取った。
「聖女ミリア様の巡礼費です。実際には行われていない巡礼が、行われたことになっております」
全員の視線がミリアへ向いた。
ミリアはびくりと肩を震わせた。
「わ、わたくし……知りません……。エドガルド様が、祈ればいいと……書類のことは、何も……」
その声に、嘘はなかった。
彼女は本当に知らなかった。
自分の名前が何に使われていたのかも。
自分の涙が誰を殺すために使われるはずだったのかも。
陛下は、ゆっくりとエドガルド王子を見た。
「説明せよ」
王子は口を開いた。
だが、言葉は出なかった。
私は静かに続けた。
「王子は、この不正を私に知られることを恐れました。だから、聖女毒殺未遂という罪を作り、婚約者の私を処刑しようとなさいました」
「違う……」
「違いません」
私は次の証人。王子の側近の男をみた。
七度目の廊下で、王子と話していた男だった。
彼は青ざめた顔で膝をついた。
「……王子より命じられました」
謁見の間が、さらに静まる。
「……リディア様が不正に気づく前に、罪人として処分しろと」
「黙れ!」
エドガルド王子が叫んだ。
「お前まで私を裏切るのか!」
側近は顔を上げなかった。
その沈黙が、何より雄弁だった。
陛下の顔が、さらに赤くなった。
エドガルド王子の顔は、さらに青ざめ体が震えている。
けれど、まだ終わりではない。
私は、最後の書類を取り出した。
「そして、最後でございます」
エドガルド王子の肩が跳ねた。
「王子が流した金の行き先は、神殿でも、孤児院でも、騎士団でもありません」
陛下の目が鋭くなる。
「どういう意味だ」
「陛下に不満を持つ貴族たちです」
謁見の間の空気が変わった。
エドガルド王子が、はっきりと息を呑んだ。
「王子は、国庫の金で貴族を買収し、陛下を玉座から退かせる準備をしておられました」
「リディア!」
王子が叫んだ。
その声は、もはや怒りではなかった。
恐怖だった。
「それは違う! 私は、父上より正しく国を導くために――」
私は笑った。
自分で罪を認めるとは、よほど焦られたのね。
陛下の顔が真っ赤になった。
それまで抑えていた怒りが、玉座の上で燃え上がるようだった。
「エドガルド」
陛下の声は低かった。
「お前は、民の金を盗み」
王子は震えた。
「婚約者に罪を着せ」
ミリアが小さく泣いた。
「聖女を人形のように使い」
王妃陛下が唇を引き結んだ。
「そのうえ、余を玉座から引きずり下ろすつもりだったのか」
「父上、私は……!」
「黙れ!」
その一言で、王子は口を閉じた。
私は、エドガルド王子を見た。
七度、私に刑を下した王子。
私を愛しているふりをしながら、罪人にし、民の前で首を落とさせた男。
けれど今、彼は欺く側にはいない。
すべてをさらけ出してしまった。
陛下が告げた。
「エドガルドを捕らえよ」
近衛騎士たちが動いた。
王子が私の足元にすがってきた。
「僕は君を愛している。リディア、君も愛してくれていた」
「どうして、こんなひどいことを僕にするのだ」
王子の目からは、うそ泣きではなく、大粒の涙が流れていた。
美しい顔は、恐怖で歪んでいる。
「私は七度死にました。あなたの嘘で、七度、首を落とされました」
「何を言っている……」
「王子は芝居が下手です」
「そんなことはない。僕は君を愛している」
「私など、愛していないのでしょう」
「そんなことはない。僕は君を愛している」
「それであれば、私は王子を愛していません」
私は、王子を見下ろした。
「愛を偽る男を、憎んでいますわ」
「リディア……」
「証拠はすべて揃いました」
私は静かに続けた。
「第一王子とはいえ、何度も陛下に逆らい、やりたい放題」
「そして、まさか実の父を玉座から引きずり下ろそうとなさるとは」
「本当に、王子は嘘で塗り固められています」
王子の顔が歪んだ。
「貴様、私に対して無礼だぞ! この女こそ死罪だ!」
「もっと早く殺していれば……!」
「どこで間違った。こいつさえ殺していれば。俺は王になれたんだ!」
私は微笑んだ。
「王子、おめでとうございます」
王子が、息を呑む。
「最後は、正直者になれましたね」
陛下が玉座から立ち上がった。
だが次の瞬間、膝から崩れるように床へ落ちた。
陛下は膝をつき、震える指で王子を指さした。
「お……お……お前は、死罪だ」
謁見の間に、誰も息をしないほどの沈黙が落ちた。
私は、その場で陛下に深く頭を下げた。
「陛下。死罪はおやめください」
エドガルド王子が、私にすがりながら笑顔で見上げている。
私は、王子の顔を見て笑顔で答えた。
「一度の死では、私の七回の死が無駄になります」
「何を言っている……」
「地下牢で、死ぬまで罪を償ってください」
私はもう一度、陛下に頭を下げた。
「陛下。それが、私の切なる願いでございます」
陛下はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと私を見た。
「リディア嬢。そなたには感謝している」
陛下の声は、まだ震えていた。
「王家の体面を保てるよう、一人で参った」
「そして、余を、この国を守ってくれた」
「感謝の言葉もない」
陛下が、私に頭を下げた。
国王が頭を下げることは、威厳を損なうとして禁じられている。
私は、それだけで少し救われた。
「私のような者に、もったいないお言葉。ありがたき幸せでございます」
陛下が、エドガルド王子を睨みつける。
「エドガルドは王家の籍を抜き、庶民の身分とする」
「地下牢では生ぬるい。監獄で一生、日の目を見せるな」
「誰の面会も許さぬ。王命である。連れて行け」
エドガルドの手が、私の足にしがみついてくる。
「リディア、見捨てないでくれ」
「リディア、リディア!」
涙も枯れるほど泣いている。
美しい顔立ちは、恐怖に歪み、見る影もない。
私は、笑いながらその姿を見ていた。
七回見せられたうそ泣きと、今の涙を重ねるように。
エドガルドが、屈強な兵士によって私から引きはがされる。
最後の指が離れた時、終わったのだと感じた。
もう死ななくてよい。
もう、あの刃の音に怯えなくてよい。
私はようやく、自由に生きられる。
ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。
こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。
連載 <長編版>妹に婚約者を譲れと言われたので、慰謝料をもらって旅に出ることにしました
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