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何度死に戻っても処刑されるので、王子を先に断罪することにしました

作者: momotarou
掲載日:2026/05/13

 私は、七度死んだ。


 一度目は、何も分からないまま処刑された。


 二度目は、泣きながら無実を訴えて処刑された。


 三度目は、毒瓶に触れていない証拠を集めて処刑された。


 四度目は、聖女ミリアに近づかないようにして処刑された。


 五度目は、王都から逃げ出して捕まり、処刑された。


 六度目は、誰も信じず、誰にも頼らず、黙っていたのに処刑された。


 そして七度目。


 私は、ようやく真実を知った。


 処刑前夜。


 牢へ連れて行かれる途中、王宮の東廊下で、衛兵が急に足を止めた。


 前方から、人の声が聞こえたからだ。


「王子。本当に明日、リディア様を処刑なさるのですか」


 声の主は、第一王子エドガルド王子の側近だった。


 そして、もう一人。


 七度、私に死を告げた男の声がした。


「仕方ないだろう。あの女は王の味方だ」


 私は息を止めた。


「リディアを王家に迎えれば、私の不正がばれる」


「ですが、聖女毒殺未遂は少々強引では」


「罪状など何でもいい」


 エドガルド王子は、ためらうことなく言った。


 私は、血の気が引いていくのを感じた。


 私は、王子を信用していた。


 お互いが愛していると信じていた。


 聖女が王子を奪うため、私を断罪しているのだと、今までずっと思っていた。


 まさか、王子が私を殺したがっていたなんて。


 冷たい牢の中で、私はしばらく泣いていた。


 どうして。


 どうして、こんなことを。


 けれど、その悲しみは、徐々に怒りへと変わっていった。


 私を愛しているふりをして、七度も殺した男。


 次は、必ず復讐してやる。


 第一王子エドガルドの惨めな姿を見ながら、私は笑って見下すと誓った。



 翌朝。


 処刑台の上で、私は首元に吹きつける風を感じていた。


 七度目なのに、慣れることはなかった。


 膝は震えた。


 喉は乾いた。


 刃が落ちる瞬間を知っているのに、知らない時より怖かった。


 死は、何度経験しても怖い。


 痛みを覚えているから。


 首が離れる一瞬の冷たさを、魂が覚えているから。


 エドガルド王子は、涙を流しながら、陛下に訴えている。


「リディアは、聖女を毒殺などしません」


「父上、何かの間違いです。もう一度、調査してください」


 王子は、いつものようにそう訴えていた。


 私は今まで、その涙を信じていた。


 エドガルド王子は、こんなにも芝居が上手だったのね。


 そう思い、冷静に見つめると、王子の目から涙は出ていなかった。


 あら。


 三文芝居を見せられていたのね。


 私の復讐心は、燃え上がっていた。


 今度は、本当の涙を見せてもらうわ。


「リディア・ヴェルナー。聖女ミリアを毒殺しようとした罪により、死罪とする」


 そしてまた、死刑宣告が読み上げられた。


 ギ、ギ、ギ、と不快な音がした。


 冷たい刃が落ちた。



 そして私は、八度目の朝を迎えた。


 目を開けると、自室の天蓋が見えた。


 白い布。


 薄青の朝。


 机の上には、一年前の王宮夜会の招待状。


 私は戻ってきた。


 また、すべてが始まる朝に。


「お嬢様? お加減が悪いのですか?」


 侍女のアンナが心配そうに覗き込んでいる。


 私は返事をする前に、自分の首に触れた。


 つながっている。


 温かい。


 けれど指先は震えていた。


 七度落とされた首は、八度目の朝にも痛みを覚えている。


「アンナ」


「はい」


「今日から、王宮と神殿に関する書類を集めて」


「書類、でございますか?」


「ええ。寄付金、補助金、修繕費、騎士団への支出。手に入る写しで構わないわ」


 アンナは不思議そうな顔をした。


「聖女様の件ではなく?」


「違うわ」


 私は鏡の中の自分を見た。


 十七歳の公爵令嬢。


 第一王子の婚約者。


 一年後、聖女毒殺未遂の罪で処刑される女。


 けれど今回は違う。


「追うべきものは、毒ではないの」


 私は静かに言った。


「金よ」



 エドガルド王子は、民に愛される王子だった。


 美しい金髪。


 澄んだ青い瞳。


 神殿に寄付をし、孤児を助け、騎士団を支え、聖女ミリアを守る慈悲深き王族。


 誰もがそう信じていた。


 けれど、その慈悲は、民の金で買われたものだった。


 神殿の名を使い。


 孤児院の名を使い。


 騎士団の名を使い。


 聖女の名を使い。


 王子は、王国の金を自分の派閥へ流していた。


 私は公爵家の娘として、幼い頃から領地経営を学んできた。


 税、収穫、支出、備蓄。


 数字を見ることは、刺繍よりも得意だった。



 証拠は、間違わないように何度も確認して集めた。


 ただし、証拠だけでは足りない。


 必要なのは、王の前で語れる者。


 私は七度の死に戻りで、多くの者たちの裏の事情も知っていた。


 それらを入念に使えば、証人として立たせることができる。


 エドガルド王子と共に断罪されることを選ぶか。


 私の味方になるか。


 選ばせればよいだけだ。


 神殿の会計官。


 孤児院名簿を管理する文官。


 騎士団の補給官。


 王子の側近に金を渡した商人。


 そして、エドガルド王子の命令を聞いていた側近。


 私が断罪される三日前。


 なんとか、すべてを用意できた。


 間に合った。


 今回も駄目かと思ったが、間に合った。


 私は笑みを浮かべることもなく、ただ復讐の炎だけを燃やし続けていた。



 私は王宮へ向かった。


 夜会で断罪されるのを待つ必要はない。


 裁く側に立たれる前に、引きずり下ろす。


 王に直訴するために。


 謁見の間の扉の前で、私は一度だけ足を止めた。


 手が震えていた。


 証拠はある。


 証人もいる。


 けれど、それでも怖かった。


 もし、また失敗したら。


 もし、また誰も信じてくれなかったら。


 もし、またあの王子が私を罪人と呼んだら。


 私は八度目の処刑台に立つのだろうか。


 首に触れる。


 そこには傷などない。


 けれど私は覚えている。


 ギ、ギ、ギという不快な音を。


 自分の名が罪人として呼ばれる絶望を。


 誰にも助けてもらえないまま死ぬ孤独を。


 それを打ち壊すために、私は謁見の間の扉を力強く開いた。



 謁見の間は、静かだった。


 玉座には国王陛下。


 その隣には王妃陛下。


 少し離れた場所に、エドガルド王子。


 王子の後ろには、聖女ミリアが立っていた。


 ミリアは人形のように立っていた。


 本当に美しい。


 王子の言うことだけを聞く人形。


「リディア・ヴェルナー」


 陛下の声は重かった。


「直訴とは穏やかではないな」


 私は深く礼をした。


「陛下。第一王子エドガルド王子による、国庫横領、および私への冤罪工作について申し上げます」


 謁見の間が凍った。


 エドガルド王子が眉を上げる。


「リディア。気でも触れたか」


 その声に、七度分の処刑台が脳裏をよぎった。


 けれど私は、王子を見なかった。


 見るべき相手は、玉座に座る王ただ一人。


「一つ目でございます」


 私は書類を差し出した。


「神殿修繕費として支出された金の一部が、実際には修繕に使われておりません」


 神殿の会計官が前へ出る。


「相違ございません。帳簿上は修繕済みとなっておりますが、実際には工事は行われておりません」


 陛下の眉が動いた。


 エドガルド王子の顔から、わずかに血の気が引いた。


「二つ目でございます」


 私は次の書類を掲げた。


「孤児院への補助金です。ですが、記載された孤児院は存在しておりません」


 文官が進み出る。


「調査いたしましたが、その名の孤児院は王都にも地方にも確認できませんでした」


 陛下の顔が、少し赤くなった。


 怒りで。


 エドガルド王子の顔は、さらに青くなった。


「三つ目でございます」


「やめろ、リディア」


 王子が低く言った。


 私は止まらない。


「騎士団への装備費です。実際に納入された数と、支払われた金額が合いません」


 騎士団の補給官が膝をついた。


「申し訳ございません。水増しされた分は、エドガルド王子の側近を通じて別の者へ渡りました」


 謁見の間に、重い沈黙が落ちた。


 陛下の顔は赤くなっていく。


 エドガルド王子の顔は青ざめていく。


 その後ろで、ミリアだけが何も分からず立っていた。


「四つ目でございます」


「黙れ!」


 王子が叫んだ。


 だが、陛下の声がそれを遮る。


「黙るのはお前だ、エドガルド」


 その一言で、王子は凍りついた。


 私は次の書類を手に取った。


「聖女ミリア様の巡礼費です。実際には行われていない巡礼が、行われたことになっております」


 全員の視線がミリアへ向いた。


 ミリアはびくりと肩を震わせた。


「わ、わたくし……知りません……。エドガルド様が、祈ればいいと……書類のことは、何も……」


 その声に、嘘はなかった。


 彼女は本当に知らなかった。


 自分の名前が何に使われていたのかも。


 自分の涙が誰を殺すために使われるはずだったのかも。


 陛下は、ゆっくりとエドガルド王子を見た。


「説明せよ」


 王子は口を開いた。


 だが、言葉は出なかった。


 私は静かに続けた。


「王子は、この不正を私に知られることを恐れました。だから、聖女毒殺未遂という罪を作り、婚約者の私を処刑しようとなさいました」


「違う……」


「違いません」


 私は次の証人。王子の側近の男をみた。


 七度目の廊下で、王子と話していた男だった。


 彼は青ざめた顔で膝をついた。


「……王子より命じられました」


 謁見の間が、さらに静まる。


「……リディア様が不正に気づく前に、罪人として処分しろと」


「黙れ!」


 エドガルド王子が叫んだ。


「お前まで私を裏切るのか!」


 側近は顔を上げなかった。


 その沈黙が、何より雄弁だった。


 陛下の顔が、さらに赤くなった。


 エドガルド王子の顔は、さらに青ざめ体が震えている。


 けれど、まだ終わりではない。


 私は、最後の書類を取り出した。


「そして、最後でございます」


 エドガルド王子の肩が跳ねた。


「王子が流した金の行き先は、神殿でも、孤児院でも、騎士団でもありません」


 陛下の目が鋭くなる。


「どういう意味だ」


「陛下に不満を持つ貴族たちです」


 謁見の間の空気が変わった。


 エドガルド王子が、はっきりと息を呑んだ。


「王子は、国庫の金で貴族を買収し、陛下を玉座から退かせる準備をしておられました」


「リディア!」


 王子が叫んだ。


 その声は、もはや怒りではなかった。


 恐怖だった。


「それは違う! 私は、父上より正しく国を導くために――」


 私は笑った。


 自分で罪を認めるとは、よほど焦られたのね。


 陛下の顔が真っ赤になった。


 それまで抑えていた怒りが、玉座の上で燃え上がるようだった。


「エドガルド」


 陛下の声は低かった。


「お前は、民の金を盗み」


 王子は震えた。


「婚約者に罪を着せ」


 ミリアが小さく泣いた。


「聖女を人形のように使い」


 王妃陛下が唇を引き結んだ。


「そのうえ、余を玉座から引きずり下ろすつもりだったのか」


「父上、私は……!」


「黙れ!」


 その一言で、王子は口を閉じた。


 私は、エドガルド王子を見た。


 七度、私に刑を下した王子。


 私を愛しているふりをしながら、罪人にし、民の前で首を落とさせた男。


 けれど今、彼は欺く側にはいない。


 すべてをさらけ出してしまった。


 陛下が告げた。


「エドガルドを捕らえよ」


 近衛騎士たちが動いた。


 王子が私の足元にすがってきた。


「僕は君を愛している。リディア、君も愛してくれていた」


「どうして、こんなひどいことを僕にするのだ」


 王子の目からは、うそ泣きではなく、大粒の涙が流れていた。


 美しい顔は、恐怖で歪んでいる。


「私は七度死にました。あなたの嘘で、七度、首を落とされました」


「何を言っている……」


「王子は芝居が下手です」


「そんなことはない。僕は君を愛している」


「私など、愛していないのでしょう」


「そんなことはない。僕は君を愛している」


「それであれば、私は王子を愛していません」


 私は、王子を見下ろした。


「愛を偽る男を、憎んでいますわ」


「リディア……」


「証拠はすべて揃いました」


 私は静かに続けた。


「第一王子とはいえ、何度も陛下に逆らい、やりたい放題」


「そして、まさか実の父を玉座から引きずり下ろそうとなさるとは」


「本当に、王子は嘘で塗り固められています」


 王子の顔が歪んだ。


「貴様、私に対して無礼だぞ! この女こそ死罪だ!」


「もっと早く殺していれば……!」


「どこで間違った。こいつさえ殺していれば。俺は王になれたんだ!」


 私は微笑んだ。


「王子、おめでとうございます」


 王子が、息を呑む。


「最後は、正直者になれましたね」


 陛下が玉座から立ち上がった。


 だが次の瞬間、膝から崩れるように床へ落ちた。


 陛下は膝をつき、震える指で王子を指さした。


「お……お……お前は、死罪だ」


 謁見の間に、誰も息をしないほどの沈黙が落ちた。


 私は、その場で陛下に深く頭を下げた。


「陛下。死罪はおやめください」


 エドガルド王子が、私にすがりながら笑顔で見上げている。


 私は、王子の顔を見て笑顔で答えた。


「一度の死では、私の七回の死が無駄になります」


「何を言っている……」


「地下牢で、死ぬまで罪を償ってください」


 私はもう一度、陛下に頭を下げた。


「陛下。それが、私の切なる願いでございます」


 陛下はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと私を見た。


「リディア嬢。そなたには感謝している」


 陛下の声は、まだ震えていた。


「王家の体面を保てるよう、一人で参った」


「そして、余を、この国を守ってくれた」


「感謝の言葉もない」


 陛下が、私に頭を下げた。


 国王が頭を下げることは、威厳を損なうとして禁じられている。


 私は、それだけで少し救われた。


「私のような者に、もったいないお言葉。ありがたき幸せでございます」


 陛下が、エドガルド王子を睨みつける。


「エドガルドは王家の籍を抜き、庶民の身分とする」


「地下牢では生ぬるい。監獄で一生、日の目を見せるな」


「誰の面会も許さぬ。王命である。連れて行け」


 エドガルドの手が、私の足にしがみついてくる。


「リディア、見捨てないでくれ」


「リディア、リディア!」


 涙も枯れるほど泣いている。


 美しい顔立ちは、恐怖に歪み、見る影もない。


 私は、笑いながらその姿を見ていた。


 七回見せられたうそ泣きと、今の涙を重ねるように。


 エドガルドが、屈強な兵士によって私から引きはがされる。


 最後の指が離れた時、終わったのだと感じた。


 もう死ななくてよい。


 もう、あの刃の音に怯えなくてよい。


 私はようやく、自由に生きられる。

ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。

こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。

連載 <長編版>妹に婚約者を譲れと言われたので、慰謝料をもらって旅に出ることにしました

https://ncode.syosetu.com/n2477md/


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― 新着の感想 ―
美しい顔立ちなら肉体労働の方が役に立つのに、奉仕的に。
ループの原因は何だったのか。神がリディアを憐れんだか、この男を王にしちゃイカンと思われたのか。
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