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46.転移魔法とソフィア

「いてて……」

「大丈夫、ソフィ?」


 天井まで崩壊したときは潰されると思ったけれど、森の魔女が蔦で囲ってくれたおかげで無傷で済んだ。建物が壊れたのも森の魔女のせいだけれど。


「どうして私の名前を知ってるの?」

「えっ?」


 ふと気になったことを聞くと、森の魔女が予想外のことを聞かれたような顔になった。


「あ、あぁ。それはサシャ……波間の魔女と文通していたからだよ。若い魔女が領都を訪れたってね」

「……」


 嘘を吐いている顔には見えない。けれど、何かを隠しているような気がした。


「そういう君こそ、本当に忘れてしまったのかな?」

「五歳未満の記憶のこと?」

「うん」

「覚えていない」

「……そっか」


 どうして森の魔女が寂しそうな顔をするのかわからず、首を傾げる。そういえば、波間の魔女が私と森の魔女の関わりについて話していたはずだ。けれど、それを思い出す前に瓦礫の山が動いた。


「やってくれるじゃない、エリザベート。さすが最強と謳われるだけあるわ」

「……わたしは自分が一番強いと思ったことはないよ。現に、わたしはあんたよりも弱い」

「あら、あっさりと負けを認めるのね?」


 瓦礫を退けて姿を現した黒い靄――災厄の魔女が傷ついた様子はない。そもそも、靄にしか見えないものに傷をつけられるのかわからないけれど。


「ソフィ」


 森の魔女が小声で呼び、私の耳に顔を近づける。


「ここで戦うと領民に危害が及ぶ。フリートベルク東部に転移するよ、目を閉じて掴まって」


 言われた通り、差し出された腕に掴まる。すると少しの浮遊感の後、周りの空気が急変した。鳥のさえずり、葉がざわめく音、そして濃密な魔力。明らかにさっきまでと場所が違う。


「目を開けていいよ」


 森の魔女の声に目を開けると、森が広がっていた。どこを見ても木々が密集していて、視覚だけではどこだかわからない。けれど、私はここがどこだか瞬時に気づいた。


「エルフの秘境に続く森……」

「正解。ここなら周囲に人里がないから、周りを巻き込まないで済むよ」

「その力で逃げることはできないの?」


 波間の魔女が言っていた転移魔法を使ったのだろう。黒い靄がすぐに現れる気配はないのだから、このまま転移で逃げ続ければいいような気がする。


「できなくはないけど、それをすると多分相手は領民を攻撃すると思う」

「え?」

「それがわたしを呼ぶのに一番手っ取り早い方法だから」


 笑みを消して、一点を見つめる森の魔女。方角がわからないけれど、何となく領都を見ているような気がした。


「君もエマ達を傷つけられたら無視できないよね?」

「ん」

「わたしにとってはフリートベルクに暮らす一人一人が大切で、何があっても、どれだけ離れていても守ると決めたんだ。一緒に約束した二人はもういないから、わたしが守らないと」


 そう言う森の魔女は瞳の色や見た目の若さが違うけれど、波間の魔女と同じ眼差しをしていた。


「波間の魔女と、もう一人は誰?」

「お父様……英雄レオンハルトだよ」


 竜殺しの英雄、いやドラゴンは討伐していないけれど、森の魔女の目には尊敬の色が浮かんでいた。

 森の魔女がキリッとした顔で一点を見つめる。遅れて私も邪悪な魔力を感知した。濃密な魔力に覆われているこの森で魔力を感知できるのは、それだけ相手の魔力が多いからだ。


「濃い魔力に紛れていて、見つけるのに少し時間がかかったわ。エリザベートは魔力を隠すのが上手なのね」

「……」

「でも、隣の()()()()が隠す方法を知らないなら意味がないわ」


 ソフィア? 私を呼んでいるのだと思うけれど、初めて聞いた呼び名だ。


「森の魔女は名前を教えたの?」

「いや、口にしていないはずだよ」

「じゃあソフィアは?」

「……君の本当の名前だよ。紙にそう書いてあった」


 ソフィアが私の本当の名前。じゃあ、ソフィは愛称だったのだろうか。


「魔女が本名を明かすと操られるという噂があるんだ。だからわたしは、君をソフィと呼ぶことにして、エマにもそう教えた」

「エマが……」

「君は幼くて覚えてないと思うけど、君とエマは小さい頃に一度、森の中で会ったことがあるんだよ」


 ――ソフィ……はどう?


 ――よろしくね、ソフィ!


 エマと初めて出会った頃を思い出す。色んな単語を挙げていた彼女が唐突にソフィと言ったのを今でも覚えている。

 名前の由来も聞いたことがあるけれど、本当に会っていたとは思わなかった。エマが知ったら「運命」と喜ぶ姿が目に浮かぶ。


「私はソフィア……」


 初めて耳にした自分の本当の名前。今までずっとソフィとして生きてきたから、実感が湧かない。


「この奥深い森に身を隠すつもりかしら?」

「いや、逃げも隠れもしないよ。あんたを放置したら世界が滅ぶってわたしの勘が言っているからね」

「ほ、ほろ……」

「よくわかったわね。あたくしはこの世界なんてどうでもいい。でも、一つの属性魔法に秀でた魔女を何人か集める必要があるのよ。大人しくあたくしの手に落ちなさい」


 私を置き去りにして、二人の会話が進む。世界を滅ぼせる災厄の魔女を相手に少しも怯まない森の魔女に期待を寄せるけれど、彼女は「参ったな……」と頭をかいた。


「なんとかこの場を切り抜けたいけど、勝てる光景が全く浮かばない。いや、魔法は想像を創造するもの、やる前から諦めていては可能性を潰してしまうね」


 既に負けの気配が漂っている。世界を支配した過去のある災厄の魔女が相手では、どの魔女も敵わないのだろうか。


「わたくしがついていますから、諦めてはいけませんよ、森の魔女」


 聞き覚えのある女の声。木の上から白い戦闘服を身に纏った女が飛び降りた。なぜか身体全体が淡く光っているように見える。


「遅くなって申し訳ございません、ソフィ」


 私達と災厄の魔女の間に降り立ったのは、かつて谷の魔女から私を救った白の魔女だった。

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