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44.災厄の魔女

「え……災厄の魔女は放浪の魔女に討伐されたんじゃなかったの?」


 誰もが知るこの大陸の歴史。それが間違いだと言うのだろうか。


「わたくしもそう習いましたわ。でもあれほど高度に闇魔法を扱える者は、賢者を除くと災厄の魔女しかいませんもの。賢者は島から出ることができないから、災厄の魔女が何らかの方法で現世に現れたとしか考えられませんわ」

「でも蘇生魔法は存在しない」

「えぇ。恐らく、災厄の魔女は滅びることなく生き永らえていたのでしょう」


 災厄の魔女が討伐されたのは六百年以上前と聞いたことがある。それが嘘ならば、姿を見せなかった六百年間はどこで何をしていたのだろう。なぜ今、姿を現したのか。


「ふふっ、弱々しい風ね。これであたくしを仕留めたつもりかしら」


 魔力が集まり人の形をとる。やはり黒い靄のようにしか見えない。


「そのようなことができるとは思っていませんわ。わたくしの風は谷の魔女の劣化版ですもの」

「己の弱さは自覚しているようね。なら、潔く投降してあなたの後ろにいる魔女をあたくしに渡しなさい」

「わたくしの妹が育てた娘なら、家族同然ですわ。何をなさるかわからない貴女に差し上げるはずがないでしょう」

「そう……残念だわ」


 靄の纏う雰囲気が変わった気がする。「逃げて!」と波間の魔女が風を起こして私を建物の外へ追い出した。途端、館が闇に包まれる。


「土の壁」


 咄嗟に魔力を地面に放った後、ここが街中であることを思い出す。けれど、今更無効にすることはできない。石畳の道の一部を破壊して土壁が完成した。私はそこに着地をする。


「そこの者、館から飛び降りたのか?」


 石畳に降り立つと、館の周りを全身鎧の騎士団が囲っていて、急に現れた私を不審げに見ていた。


「違う。風に飛ばされた」

「魔物の襲撃に遭ったと聞いたのだが、建物の中の様子は? 生存者はいるのか?」

「……」


 騎士の質問に一つ一つ答えていては、波間の魔女の救出に間に合わなくなるだろう。けれど、私一人の力ではどうにもならないので、中で何があったのか簡潔に伝えておく。


「災厄の魔女に襲撃された」

「……何を言っている? その者は六百十四年前に放浪の魔女によって討伐されているぞ。魔女暦六百六年の出来事だ」


 正確な年代は初めて耳にした。今は何年だろう、そもそも魔女暦とは何なのか。考えても無駄なので、単身波間の魔女の救助に向かうことにした。

 騎士団の反応を見れば、私の言葉を信じていないのがよくわかる。そもそも、騎士団が加わったところで討てる敵なのだろうか。災厄の魔女を倒すには、やはり光属性の魔女が一番だ。けれど、放浪の魔女は谷の魔女の手によって殺された。他に適任者は――


「……白の魔女」

「は? 今度は実在しない魔女の名を口にするか。闇属性に高い適性を持ち、黒い髪色の魔女に『白』は不釣り合いだろう」


 騎士の声は雑音にしか聞こえなかった。

 谷の魔女との戦いのとき、白の魔女が使ったのは光魔法だった。彼女ならば、災厄の魔女を倒せるかもしれない。


「助けて、白の魔女!」


 私は空に向かって土の球を放ち、上空で破裂させる。あのときは狙い澄ましたかのように私の危機を助けてくれた。もしも今も見ているなら、すぐに来てくれるはず。


「……」


 けれど、少し待っても来る気配はない。波間の魔女の気配がどんどん弱まっていくのを感じ、私は土壁を伸ばして部屋に戻った。


「あら、遅かったわね」


 黒い靄がこちらを向く。足元で私を見つめるのは、両手両足を失った波間の魔女だった。シワが先ほどより増し、斬られた箇所から血が流れ続けている。回復魔法を使っても助からないことを瞬時に悟った。


「逃げて……ソフィ」


 しわがれた弱々しい声で波間の魔女が言うと、黒い靄が彼女に手をかざした。


「やめっ……」

「さようなら、アレクサンドラ」


 魔法でできた漆黒の槍が波間の魔女の心臓を貫く。波間の魔女は魔石を砕かれた魔物のように形を崩していき、跡形もなく消え去った。霧が晴れたところで人型の靄が足元に手を伸ばす。それが拾ったのは緑色の魔石だった。


「ふふっ、谷の魔女ほどではないけれど、上質な魔石ね」


 さっきまで波間の魔女の一部だったもの、それを手に取り喜ぶさまは理解し難く、沸々と怒りが湧くものだった。


「土の矢」


 私が放った矢は黒い靄をすり抜けて壁に当たる。実体がないのか、魔力の塊なのか、本体は別にいるのか。

 わからない私はあの手この手で魔法を当てようとしたけれど、どれも靄を貫通した。一度靄が霧散して姿を消す。


「手応えはあったかしら」

「……っ!?」


 耳元で女の声がして、後ろを振り返る。いつの間にか黒い靄が至近距離にいた。手の形をした部分が、私が持つ杖の魔石に迫る。


 触らないで、そう言って距離をとろうとした。けれど、思うように口と身体を動かせない。抵抗も虚しく、靄が魔石に触れる。すると、魔石から黄色い光が徐々に失われていき、半透明の魔石になった。


「な、何をしたの!?」


 やっと身体を動かせるようになって、私は後方に跳んで杖を構える。いつも通り魔力を流そうとしたけれど、なぜか杖が発火した。


「魔力を流さない方がいいわよ。その杖からは魔力を土属性に変換する機能が失われて、ありのままの魔力を吸い上げてしまうから」


 魔法使いが杖を使えなくなる。普通はそれで負けになるけれど、私は魔女だ。杖という補助具がなくても魔力を放てる。


「燃えて」


 放った魔力は火となり黒い靄に迫る。それに対し、相手がやったのは波間の魔女の魔石に魔力を流すことだった。


「っ!」


 波間の魔女の魔法とは比べ物にならないくらい強い風が吹いて、私は尻餅をついた。


「どうかしら、アレクサンドラの力は」


 靄が緑色の魔石を見ながらふふっと笑う。波間の魔女を殺した上に、彼女の魔石を躊躇いなく使う相手に強い嫌悪感を抱いた。

 私は使えなくなった杖から手を離した。「降参かしら?」と近づいてくる黒い靄に、ありったけの魔力をぶつける。


「許さない」


 私を起点に火が燃え上がった。

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