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43.邪悪な魔力

「白の魔女……詳しくは知りませんわ。妹は会ったことがありますけれど、わたくしはありませんもの」


 波間の魔女は国外追放された双子の妹、森の魔女と今でも文通をしているらしい。その中に一度だけ白の魔女について書かれた手紙があったようだ。


「森の魔女は常に自分が住む森に魔力を張り巡らせていて、侵入者があればすぐに発見できますが、玄関のベルを鳴らされるまでその魔女が森に侵入したことに気づかなかったようですわ。手練れなのは確実ですが、目撃証言があるのはここ十数年の話。どのような魔女なのか、わたくしも気になりますわ」


 私が情報を得るだけでは対等な取引とは言えないので、私の知る白の魔女を話した。


「光を操る魔女でありながら、放浪の魔女ではない……? やはりそのような魔女は存じ上げませんわ。ごめんなさいね、疑問を解消できなくて。今度の魔女の集まり(サバト)で聞いてみますわ」


 森を抜けたので白の魔女の話をおしまいになった。帰りの馬車の中でふと波間の魔女が顔を上げる。


「結界の揺らぎ……侵入者かしら? わたくしの留守中を狙っての犯行?」

「波間の魔女?」

「申し訳ないけれど、火急の用ができたのでお先に失礼しますわ。カサンドラ、ソフィを領都まで送ってちょうだい」

「かしこまりました」

「待って、何が……」


 何があったのか私が尋ねる前に、波間の魔女は懐から何かを取り出して一瞬で姿を消してしまった。

 魔力感知をしても近くにはいない。走る馬車の扉を開けずにどこへ行ってしまったのだろうか。


「説明不足で申し訳ございません。領都で問題が発生しましたので、主は一足先に転移魔法でお帰りになりました」

「転移魔法」

「馬車は領都に向かっていますのでご安心ください」

「問題って?」

「それはわたくしも存じ上げません」


 カサンドラの言葉で波間の魔女が突然消えた方法はわかったけれど、理由まではわからない。不安を抱えたまま馬車は南街道を東に走り、昼過ぎには領都に到着した。


「主は館にいらっしゃるようです。ソフィ様も向かわれますか?」

「……」

「ソフィ様?」


 私は高台の館から目を離せずにいた。

 この魔力は何だろうか。悪意の塊、邪悪な気配、どんな黒よりも黒くて禍々しい魔力だ。それを、あの館から感じる。

 波間の魔女の魔力が弱まっていくのに気づいて、私は馬車から飛び降りて駆け出した。


「ソフィ様!?」


 ここから館まで直線距離は近いけれど、裏道を知らないから大通りを通ることになる。でも、大通りは人が多くて走れない。


「転移魔法」


 いち早く館に行くにはこれしかない。私は立ち止まって魔力感知に集中した。どんどん小さくなっていく波間の魔女の魔力、これを頼りに転移するのだ。

 記憶にないけれど、五歳の私は転移魔法を使ったらしい。なら今の私にも使えるはずだ。

 目を閉じて深呼吸すると、波間の魔女の魔力が浮かび上がる感じがした。


「転移」


 少しの浮遊感の後、地面に降り立つ。目を開けると、高台の館が目の前にあった。波間の魔女がいるのは三階だ。そして、邪悪な魔力の持ち主も。


「土の壁」


 庭園の土に魔力を流して、足元を盛り上がらせる。どんどん魔力を流していけば、私の体も持ち上がっていく。窓ガラスが割れている部屋があったので、そこから中に入った。


「波間の魔女!」


 中に入ると、黒い靄みたいな魔力が椅子に座る人物を包み込んでいた。流動する靄の隙間から灰色の髪が見える。波間の魔女だろうか。


「あら、もう来たのね」


 波間の魔女ではない、女の声がした。靄が椅子から離れ、人のような姿をとる。顔のような部分には何もないけれど、目が合ったような気がした。


「あなたは《《何》》?」

「人に向かって言うなら『誰』が正しいのではなくて?」

「あなたのどこが人なの?」

「……あら?」


 靄が首を傾げる。目はないけれど、私をじっくり観察されているような気がして、少し後退った。


「あたくしの幻影が見えないのね。珍しいわ」

「……幻影?」

「あたくしのこと、あなたにはどう見えているのかしら」


 黒い靄の頭のような形をしたものが私の顔に急接近した。逃げようとしたけれど、金縛りに遭ったかのように身体が動かない。


「黒い靄……魔力を視界に捉えたのかしら……そう、大変興味深いわ」


 口がないのに、口角をつり上げて笑ったように見えた。

 黒い靄が私にまとわりついてくる。逃げたくても足が動かない。


「あなたのこと、もっと知りたくなったわ」


 耳元で囁かれて、全身に鳥肌が立った。嫌な汗が流れ、今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしているのに、凍りついたように動けない。


「離れなさい!」


 不意に突風が吹いて黒い靄が霧散した。やっと身体の自由を取り戻し、私は肩で息をする。呼吸をするのも忘れていた。


「はぁ、はぁ……ソフィ、大丈夫かしら?」


 波間の魔女が杖を構えて私を見ている。さっきの突風は彼女が起こしたのだろうか。ひどく苦しそうだけれど、杖を支えに私の元へ向かおうとする。


「波間の魔女は椅子に座ってて」

「そういうわけには……参りませんわ。貴女は、巻き込まれただけですもの。あの魔女の狙いはわたくし……今すぐ逃げなさい」

「魔女? あの黒い靄が魔女なの? 人かどうかも怪しいのに」

「……待って、貴女には何が見えていますの?」


 靄と同じようなことを波間の魔女が言う。そんなにも疑問を持たれることを言っただろうか。


「人の形をした黒い靄。魔物が魔石を砕かれたときと似た姿をしている」

「それは……貴女には魔力しか見えないということかしら?」

「多分?」


 自分にもわからないので、曖昧に答えた。


「あれは災厄の魔女。かつて世界を闇で包んだ最恐最悪の魔女ですわ」

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