42.禁断の森へ
「ソフィ、今日は少し遠出になるけれどよろしいかしら? 案内したい場所がありますの」
エルフの秘境から領都に帰還した数日後、波間の魔女に仕えるカサンドラに招待されて高台の館に行くと、波間の魔女が玄関の前で待っていた。
二人で馬車に乗り込み西門を出たけれど、どこまで行くのだろうか。
「目的地はどこ?」
「南街道を歩いてフリートベルクまで来たのなら、一度通り過ぎたはずですわ。道から外れたところに足を踏み入れるのを禁じられている森といえばわかるかしら?」
――整備された道以外足を踏み入れることを禁じられている森だな。ソフィなら感じ取れたのではないか? 森の奥深くに居座る膨大な魔力を。
ヴェラットがそう説明していたのを思い出す。魔物でも人間でも魔女でもエルフでもない魔力の持ち主がいるところだ。圧倒的な魔力量の差を思い出し、私はごくりと唾を呑んだ。
「行っても大丈夫なの?」
「えぇ、フリートベルク辺境伯の許可はいただきました。それに、立ち入り禁止にしている最たる理由が大気中に含まれる魔力濃度の高さにありますから。既にわたくしより魔力の多いソフィなら奥深くに足を踏み入れても害はありませんわ」
「森の主の機嫌を損ねないか心配だけれど」
「あら?」
波間の魔女が不思議そうな顔をする。何か変なことを言っただろうか。
「森の主とは何でしょう?」
「山脈に近いところに棲んでいる未だかつて遭遇したことのない魔力の持ち主」
「ふふっ、ソフィはそう呼んでいますのね。森の主、確かに的を射た呼び名ですわ」
どうやら森の主ではなさそうだ。ならば何だろうと波間の魔女に視線を向けるも「正体は自分の目で確かめてちょうだい」とはぐらかされた。
「着きましたわ」
波間の魔女に続いて馬車を降りると、濃い魔力に覆われた森が目の前に広がっていた。
魔力感知がほとんど機能しないのに、一つだけ感知できる膨大な魔力。前にここを通ってから何日も経過しているけれど、動いていないようだ。
「貴方達はここで待機してちょうだい。森の奥はわたくしとソフィだけで行きますわ」
「かしこまりました、奥様。どうか無理をなさらず」
波間の魔女の護衛とは森の入り口で別れて、二人で森の中に入った。波間の魔女が道なき道を迷いの足取りで歩いている。魔物の気配は無数にあるけれど、やはり襲ってこない。
「ここに生息する魔物は魔力に呑まれていないから、襲ってくることはありませんわ。ですから、先に手を出さないよう気をつけてちょうだい」
木の上にいる魔物と目が合ったけれど、やはり何もしてこない。けれど私一人で勝てる魔物でないことはわかりきっているので、警戒を解くことはできなかった。
正体不明の魔力反応まで後少しというところで、不意に波間の魔女が立ち止まった。
「わたくしの魔力量ではここが限界です。この先は貴女一人で行ってちょうだい」
「私一人?」
「えぇ、ソフィなら問題ありませんわ」
膨大な魔力の持ち主と一人で向き合うのは不安だけれど、波間の魔女に背中を押されて歩みを再開する。
鬱蒼とした森を抜け、開けたところに鎮座している生き物の正体に気づいた私は、思わず足を止めてしまう。
ドラゴンだ。赤い鱗をしたドラゴンがいる。
ドラゴンが目を開けて頭を持ち上げる。私を見下ろす目に殺気はこもってないけれど、その気になれば容易に私を殺せる気配を感じて身体が縮こまった。
「魔女の仔か」
「……ソフィ、波間の魔女の案内で来た」
「双子の片割れか。彼女の父親には恩義がある。聞きたいことがあるのならば答えてやろう」
口から発しているのではなく、頭に直接届いている感じがする。聞きたいことと言われても、頭が真っ白になって何を言えばいいのかわからない。
「……あなたが竜殺しの英雄……レオンハルトと戦ったドラゴンなの?」
「いかにも。魔力に呑まれて目の前が真っ赤に染まっていたから森を焼いた記憶はないが、レオンハルトに助けられたのは確かである」
英雄伝説に登場するドラゴン。エマに知られたら羨ましいと思われるだろう。実際に会ったら怖くて逃げ出しそうだけれど。
「魔女の仔よ、気をつけよ」
「?」
「災厄の復活の兆しが見える。奴は再び世界を混沌に導こうとするであろう」
いきなり何を言い出すのだろう。災厄の魔女のことだろうか、それなら六百年も前に放浪の魔女が討伐したはずだ。
「闇の侵略を防げるのは光の化身である白のみ。全ての魔女よ、白の元へ集え。さすれば災厄を討ち滅ぼすことができるであろう」
「何を言ってるの?」
白とは白の魔女のことだろうか。けれど、あれは正式な二つ名ではないようなことを言っていた。そもそも、白の魔女が何者かもわかっていない。
「魔女の仔よ、立ち去るがよい。いくら魔力が多かろうと長きに渡り居座るのは危険だ」
疑問だけを大量に残して、ドラゴンは身体を丸めて目を閉じてしまった。しばらく経っても動く気配がないから、波間の魔女の元に戻る他ない。
「その顔は謎が深まるだけだったようですわね」
「波間の魔女」
波間の魔女と一緒に来た道を戻る。他の人と合流する前に聞きたいことがあった。
「白の魔女って誰?」




