41.エルフの族長
部屋の中に入ると、ヴェラットが鞘に収まった剣を床に置き、片膝をついて跪いた。
波間の魔女相手にもしていたけれど、これが偉い人を前にしたときの作法だろうか。頭を下げたまま動かない彼に倣って、私達も跪く。
「面を上げよ」
重厚感のある声に、私達は顔を上げる。格式の高い椅子に座るエルフは金髪緑目で、二十代後半から三十代前半くらいの見た目をしていた。
長命種のエルフは、人間よりも緩やかに年をとっていく。二十歳前後の見た目をした期間が一番長いのは魔女と同じだけれど、成人の姿になるのに五十年から百年かかると言われているし、その若い姿のまま何百年も生きるらしい。
つまり、エルフの族長であるこの人は、千年以上生きている可能性が高い。
「私が族長のシルヴァヌスだ。若き魔女ソフィとは其方のことか?」
理知的な緑色の瞳が私を見据える。エルフの中で一番偉い人だから敬語を使った方がいいと思うけれど、カイと違って丁寧な言葉遣いは不得意だ。返事の代わりに無言で頷いておく。
「フリートベルクの魔女に会ったと聞いた。かつて交流のあった森の魔女が育てた子であるとも……」
「……」
「しかし、其方の魔力は赤い色を示している。これは火属性に極めて高い適性を持つことを意味する。それだけ火魔法への才能がありながら、何故他の道を選んだ?」
エルフの族長、シルヴァヌスが少し視線をずらす。その先にあるのは私の杖だ。過去に森の魔女が使って、何らかの経緯で私に譲られたもの。頭部には土属性を示す黄色い魔石が填まっている。
私の過去について、何度聞かれただろうか。私の回答は一つしかないというのに。
「知らない」
「ふむ?」
「私には五歳以前の記憶がないから。でも、波間の魔女が言ってた。森の魔女が魔法を使うのを見て、幼い私は興味を持った、と」
「それが事実であれば、火魔法の道には進まなかったのではなく進めなかったのだろう」
「え?」
進まなかったのではなく、進めなかった? どういう意味かわからず首を傾げる。
「森の魔女は多くの属性魔法を容易く扱ったが、闇と対極をなす光属性は勿論のこと、四大属性である火魔法も使えなかったのだ。他の者が火魔法を使うのを見ない限り、幼少期の其方が火に憧れを抱くことはあるまい」
森の魔女が火魔法を使えないことよりも、その他はほとんど使えることに驚いた。魔女でも扱える属性に限度があるのに。これが最強と呼ばれる所以だろうか。
「はい! 森の魔女はどんな魔女だったんですか?」
「エマ、今は静かに! ソフィと話してる最中だから」
不意に手を上げて質問するエマと、慌てて彼女の口を押さえるカイ。二人はエルフの族長を前にしてもいつも通りだ。
「よい。魔女に好意を抱くか。魔法使いの少女よ、名は何と申す」
「エマです!」
「森の魔女は植物をこよなく愛する心優しい少女だった」
母親同様、生まれたときから精霊の姿が見える目を持つ少女、エリザベート。ドラゴンの怒りを鎮めた英雄を父に持ち、双子の姉アレクサンドラより少し遅れて生まれた。
「精霊の力を借りて行使する魔法は精度と威力が高く、また属性を宿す精霊ならば適性のない魔法でも扱うことができる。しかし、エリザベートは誰かが傷つくのを見ると自分も痛みを感じると言い、魔法は大切なものを守るための力へと変化していった」
その気になれば一国を滅ぼす才能の持ち主だけれど、森の魔女は自分の欲望を満たすためではなく、何かを守るために強さを求めた。
「そして辿り着いたのは、父と同じ何人にも燃やせぬ蔦を生やす魔法。ドラゴンに炎を吹かれても、強風にあおられても、水を吸い上げられても、傷つくことのない最強の防御でありながら、相手を傷つけることなく拘束できるのだ」
森の魔女の魔法は、ドラゴンを植物魔法で拘束した竜殺しの英雄レオンハルトと同等かそれ以上の強度を持つようだ。国外追放される前の情報だから、さらに強度が増しているかもしれない。
「しかし、成長期と共に増え始めた魔力は身体の成長が終わっても増え続け、体内に押さえ込むのが難しくなっていった。増大していく魔力に不安を覚えたエリザベートは、魔力を暴走させて無人の廃屋に大木を生やし、建物を破壊してしまう」
誰かが息を呑んだ。私だったかもしれないし、エマの可能性もある。建物の破壊は領主に歯向かう行為と見なされるから、処刑されてもおかしくない。
「一度目は厳重注意だけで済んだが、北の人間風情は恐ろしい魔女だと騒ぎ立てた。悪い魔女しか知らぬ視界の狭き者共め」
「シルヴァヌス様、口調が乱れていらっしゃいます」
族長の側に控えるエルフの女が口を挟む。族長は眉間に寄っていたシワを戻し、厳かな表情で話を続けた。
「しかし、魔力の増加は留まるところを知らず、溢れる魔力を解放してしまったエリザベートは廃村一つに大量の蔦を生やし潰してしまった。魔女を国外追放や処刑するのに反対的な立場のレオンハルトも北で魔女狩りの気運が高まると、娘を守るために国外に逃亡させる道を選んだ。領都を逃れたエリザベートは、東から脱走する道を探してここエルフの秘境に辿り着いたのだ」
処刑ならまだ優しい方で、生きたまま火炙りにされる可能性もあったらしい。そう考えると国外追放という罰は命がある分、優しく感じる。
「ドラッヘ山脈を東に進み、国境の壁がないところからエリザベートは国外に逃亡を果たした。身を隠すために昔から魔女が出ると噂の魔の森に逃げ込み、その森で今も暮らしている。谷の魔女と三日三晩の戦いを繰り広げたり、第二の師と呼べる魔女を殺されたり、『森の魔女』という二つ名を孤島の賢者から授かったり……」
それでそれで? と前のめりになるエマ。
「これらの話は私が直に見たわけではないから、話すことはせぬ。どうしても気になるというならば、森の魔女に直接確かめるがよい」
「そんなぁ」
「ドラッヘ山脈を越えることは私が認めぬし、許可を出すのはフリートベルクの領主だ。国外に行きたいのであればグレンブルクを目指せばよい。人間の足でどれほどかかるか知らぬが」
エマが魔の森へ行く道のりを提示しないでほしい。実現可能と知ると、絶対に行くと言うことを聞かなくなるから。
「カイ、グレンブルクにはどうやって行くの? ここから近い?」
「その話はシルヴァヌス様の前じゃなくてもいいよね? 後で話を聞くから、今は大人しくしてくれないかい?」
「はぁい」
カイに窘められて、エマは座り直した。
「他に何か聞きたいことはあるか、若き魔女ソフィとその仲間達よ」
「探せばあると思うけれど、今すぐ聞きたいわけではない。エマとレオがじっとしていられないみたいだから帰ってもいい?」
「……ソフィも相手が誰だかわかっているのかなぁ」
正直な気持ちを伝えると、カイが苦笑した。他の話がしたくてうずうずしているエマも、長話に飽きて身体をゆすり出したレオも、限界が近いと思うのだけれど。荒波の誓いは空気に徹していた。ヴェラットは相変わらず何を考えているのかわからない顔だ。
「エルフにとっては瞬きするほどの時間だが、人間にとっては長く感じることを失念していた。私の話は以上だ、遠路遥々来てくれたことを感謝する」
「いえ、滅相もない。こちらこそ貴重な話を聞かせていただきありがとうございます」
最後にカイが跪いた体勢のまま頭を下げた。




