40.秘境
「ふぅ、やっと辿り着いた!」
「まさかこんな高いところにあったとはね」
エルフの秘境、それは木の上にあった。
大木の上に木造の家を建てて、木と木をつり橋で繋ぐ。葉が生い茂り、地上から見上げても枝葉でその上の様子が見えないようになっている。
森と共に生きるエルフらしい集落だ。
「族長がいらっしゃるのはあの木の上だ」
「わぁ! あんなにも大きな木、初めて見るよ」
「精霊の集まる世界樹だから当然だ」
「精霊? おとぎ話に出てくる?」
「実在するが、ほとんどの人間には見えぬであろう」
私には見えるのか目を凝らしてみたけれど、特に変わったものは見受けられない。
「そういえば、“まじょさん”も精霊が見えるって言ってたっけ」
「魔女さんとは?」
「あっ、何でもないよ。ただの独り言」
「そうか。かつてこの地を治めていた魔女も精霊が見えるお方だったのたが」
「それって波間の魔女のこと?」
他にこの地を治めていた魔女が思い浮かばなかったけれど、エルフは首を横に振った。
「いや、その母君の魔女だ」
「……ああ! 竜殺しの英雄……えっと、レオンさんと結婚したっていう?」
「レオンがレオンハルトのことであれば、そうだ」
「その人はどんな二つ名で呼ばれてたの?」
「森の魔女だ。もっとも、たくさんいる内の一人であったが」
「森の魔女は他にもいるの?」
エマの誰とでもすぐに打ち解けられる能力はどこで手に入れたのだろうか。
「あぁ、魔女は自然が多いところを好む性質があるのだ。しかし、真に森の魔女と名乗れるのは一人のみ」
「それはだぁれ?」
「魔の森に棲む魔女だ」
魔の森に棲む魔女――波間の魔女の妹だ。最強と謳われるだけあって、数多いる魔女の中から唯一森の魔女という二つ名を勝ち取ったのだろう。
「エルフの族長がお呼びです。冒険者の方々はあちらの世界樹にお越しください」
その言葉にカイの顔が青ざめる。
「……それは、あの木を登れという意味でしょうか」
「客人にご足労いただくことになりますが、族長は世界樹から離れられない身なのです。どうかご容赦を」
「族長がいらっしゃるのは木の一番上?」
「はい」
「……」
疲れるから嫌なのかと思ったけれど、高い所が苦手なだけだろうか。明らかに顔色が悪いカイを連れて、私達はつり橋を渡って世界樹の目の前に着いた。天然素材から作られた梯子がぶら下がっている。荒波の誓いが引っ張ってもビクともしない。四人同時に登っても平気そうだ。
荒波の誓いの姿が見えなくなると、レオが梯子に手を伸ばした。ヴェラットもそれに続く。エマも梯子に手をかけて、心配そうにカイを振り返る。
「カイは登るの平気?」
「……下を見なければ大丈夫だよ、多分」
「じゃあ、先行くね」
「ま、待ってよエマ!」
先を行くエマをカイはずっと目で追っているから、下を見る暇はなさそうだ。皆に置いてかれた私も梯子を登っていく。風が吹く度、上から悲鳴が降ってきたけれど、誰かが落ちてくることはなかった。久し振りに見た眩しい太陽から目を逸らすと、エルフの秘境の全貌が見えた。
エルフの族長が棲む世界樹は北も東もドラッヘ山脈がすぐ側だ。南から西にかけて広大な森が広がっていて、周囲の木の上には家が建っている。遠くの方にかすかに見えるのは海だろうか。
「ソフィ、早くこっちに来て! エルフの族長さんが待ってるよ!」
「わかった」
エマに呼ばれて視線を梯子に戻す。数段登れば一際大きい建物が姿を現した。ここが族長の家のようだ。
「シルヴァヌス様、魔女様とその仲間達を連れて参りました」
「入れ」
「失礼します」
エルフの私が中心人物であるかのような発言に、荒波の誓いが疑問と不満が交ざった小声で会話する。
「魔女? あのちっこい魔法使いのことか?」
「見た目に騙されるなよ。魔女なら百年生きてるかもしれん」
「だが、十四歳って言ってなかったか?」
「それは俺達を騙すための嘘だ」
魔女であることを隠していたのは事実だけれど、年齢詐称はしていないはずだ。年齢も忘れた私を五歳児と扱ったのはエマだから、もしかしたら実年齢と違うかもしれないけれど。魔女は人間と同じ早さで大人になるので、百歳はありえないだろう。
「あの、ソフィは……」
「あぁ、心配すんな。俺達は生まれも育ちもフリートベルクだ」
「生まれたときから街に魔女がいるのが当たり前だから、別に気にすることねぇよ」
「善い魔女と悪い魔女の区別はつくからな」
「ソフィはどっちつかずだが、悪い奴ではなさそうだ」
魔女であることを知っても、荒波の誓いは態度を変えることはなかった。波間の魔女のおかげだろう。
「さぁ、エルフの族長がお待ちだ。せっかくお呼ばれしてるんだから、ソフィを先頭に入らないか?」
「……私はただの中級冒険者」
「いや、魔女であることと波間の魔女の一筆があること。この二つのおかげで俺達は族長に会う機会を得られたんだ。お前以外に先頭を歩くのに適した奴はいねぇよ」
皆に押し出される形で私は扉の目の前に立った。すぐに扉が開かれ、中に案内される。中央に座っていたのは二十代後半から三十代前半くらいの見た目をしたエルフの男だった。




