39.黒熊
「冒険者諸君、どこへ行くつもりだ? そちらはシュヴァルツベーアが目撃された場所であるぞ」
「仲間のヴェラットがそいつと戦ってるんだ! 通らせてくれ!」
相手に唾を飛ばす勢いでラウルが叫ぶ。明らかに騎士が相手だけれど、大丈夫なのだろうか。
「君達が行ったところで助け舟にはならぬであろう。犠牲者を出さぬよう、大人しくここで待つかシュヴァルツベーアから距離をとることだな」
「……仲間を見捨てることはできない。騎士団の戦いを見物することは可能か?」
「やれやれ、強情だな。実に其方らしいが」
騎士が怒る気配はない。むしろ、呆れた顔をしている。ラウルとは仲がいいのだろうか。
「仕方あるまい、三班は冒険者の護衛をしろ!」
「はっ!」
「今は一班と二班がシュヴァルツベーアと戦っている。素直に身を引ける者であれば、無事であろうな」
「……狼の集い、ヴェラットはすぐ身を引く人間か?」
「どうでしょう。他人に任せず一人で立ち向かうかもしれません」
ときには逃げの選択をとるけれど、ヴェラットは基本的に一人で抱え込む人だと思う。何より、未だに身体強化を解いていないことが戦闘を継続している可能性を高めた。
「くそっ、こんなとこで命落としても意味ないじゃないか。お前達、速度を上げるぞ!」
「おぅ!」
ラウルの一声で行軍速度が上がり、木々の向こうで黒衣を纏ったヴェラットと人の身長の倍はありそうな黒い毛に覆われた何かが戦っているのが見えてきた。視界を遮っていた木々がなくなったところで、私達を護衛する騎士団が足を止める。行けるのはここまでのようだ。
木々がなくなっても周囲を騎士団に囲まれているため、戦闘の様子がよく見えない。背伸びをしたり脇から覗こうとしても無駄だった。
「ソフィ、こっち来て」
「エマ?」
エマの声がいつもより遠く感じる。声のした方を見ると、エマが木の枝に座って私に手招きしていた。
「ここからならよく見えるよ。それにしても、クマさんおっきいなぁ」
何とも緊張感のない言葉に脱力しつつ、私も木を登って近くの枝に座る。気がつくとレオも高い位置に陣取っていた。
カイは不安そうな顔で私達、正確にはエマを見つめている。枝が折れたり足を滑らしたりしたら受け止めるつもりだろうか。
「ラット見つけたぜ! アイツ、ケガしてねーか?」
「ほんとだ! クマさんにやられたのかな。でも、ここからだと回復できないよ」
レオとエマの言う通り、ヴェラットは深い傷こそ負ってないものの、服の一部が裂かれて血が付着していた。ずっと身体強化を続けているけれど、身体に負担はないのだろうか。
「邪魔だ、どけ!」
援護しようとした騎士を邪魔者扱いし、たった一人でシュヴァルツベーアの首を取ろうとする。けれど、毛皮に剣が通らず折れてしまった。無防備になったヴェラットにシュヴァルツベーアの腕が迫る。
「危ないっ!」
「ラット!」
「ラットさん!」
間一髪、騎士の一人に引っ張られて腕は空を切った。ヴェラットが無言で後方に退くと、盾を持つ騎士達がシュヴァルツベーアを囲む。腕を振り回されても後退ることなく受け止めた。その隙に後衛の魔法使いや弓士などが遠距離から攻撃する。
「グオオォォォ!」
シュヴァルツベーアの咆哮に盾の騎士が後方に下がる。代わりに前に出たのは片手剣や槍などを持った前衛職の騎士達だ。バラバラなところを狙うのではなく、後ろ左足の付け根を集中攻撃して斬り落とした。シュヴァルツベーアが体勢を崩したところを見逃さずに様々な攻撃が入り乱れる。そして、大剣を持った騎士が二人、左右から攻撃して首を落とした。
「シュヴァルツベーア討伐完了。一班は解体と血抜きを済ませ領都に持ち帰れ。二班は引き続き警戒にあたれ。三班は他の班と共に危険な魔物を排除し、秘境への道を開けよ」
「はっ!」
最初私達を引き止めようとした騎士が他の騎士に指示を出していく。ラウルと仲が良さそうに見えたけれど、身分が高い人かもしれない。
「冒険者諸君……む、数が足りないな。どこへ行ったのだ?」
「木の上で観戦してました。……エマ、レオ、ソフィ。戻っておいで」
「はーい!」
カイに呼ばれた私達は木から降りて騎士の前に集まった。そこに無表情のヴェラットが姿を現す。服は裂かれたままだけれど、傷は癒やしてもらったようだ。けれど、剣が根元から折れている。
「大丈夫、ラットさん!?」
「心配には及ばぬ。よくあることだ」
「ラットさんが怪我するとこ、あんま見たことがないけど。それに、無理しないでよね。一人でシュヴァルツベーアに挑むなんて、命がいくつあっても足りないよ」
心配するエマにヴェラットは昏い目を向けた。
「……あの程度、一人で倒せねば俺の望みは成就できない」
「ラットさんの望みってなぁに?」
「それは言えぬ」
ヴェラットの望みを私は知っている。魔女の呪いを解き、谷の魔女を殺すことだ。
けれどそれを口にしないのは、エマ達のことを信用してないのか、谷の魔女に聞かれるのを恐れてなのか、私にはわからない。
シュヴァルツベーア以外の強敵と遭遇することなく、魔物が出ても荒波の誓いが倒し、私達は森の奥地に辿り着いた。ドラッヘ山脈は目と鼻の先だけれど、肝心の秘境はどこにも見当たらない。
見逃したのかと魔力感知で探ってみるも、野宿した所より大気中の魔力が増えたので何も感知できなかった。
「ラウルさん、エルフの秘境はどこにあるの?」
「いや、俺も正確な場所は知らねぇ。ただ、山脈の手前にあることは確かだ」
「おーい、エルフさーん! どこにいますかー?」
「エマ、大声を出すと魔物が寄ってくるかもしれないよ」
「う、それは困る」
いくら閉鎖的な一族だとしても、波間の魔女に一筆を書いてもらって入れてくれないことはないだろう。
私は土の球を真上に飛ばして破裂させた。
魔女ソフィはここにいる。エルフなら違いがわかるはずだ。
「いたぞ、あそこだ!」
ラウルが指を差した方を見ると、枝の上にエルフの男が座っていた。いや、一人だけではない。気がつくと私達はエルフに囲まれていた。
「其方が魔女の娘か」
エルフの一人が私を見て問いかける。
私はその人と目を合わせて頷いた。
「ソフィ、二つ名はない」
「フリートベルクの魔女の招待状は?」
フリートベルクに棲む魔女は一人しかいない。私は懐から紙を取り出してエルフに見せた。紙を端から端までじっくりと読んだ彼は頷く。
「この筆跡、偽物でないと断ずる。其方らをエルフの里に招待しよう」




