38.秘境探し
領都を旅立つ日。エマは朝からそわそわした様子で、日が登る前に起こされた。
「おはよう、ソフィ!」
「おはよ。まだ薄暗いけれど」
「いつもと変わんない時間だよ、たぶん。東にも山があるから日が差すのが遅いんだって」
「エマにしてはまともな言葉。カイから聞いた?」
「え、どうしてわかったの?」
エマと会話しながら身支度を済ませ、一階にある食堂に向かう。魚の生臭い匂いがする宿屋に最初は戸惑ったけれど、一週間も過ごせば慣れるものだ。
「おはよう! 今日から冒険するだって?」
「うん、エルフの秘境に行くつもりなの」
「あそこのエルフは閉鎖的って聞くから気をつけな」
「へいさてき?」
「余所者を受け付けないってことだよ」
「大丈夫! 波間の魔女の一筆を貰ったから!」
「波間の魔女の一筆って……あんたら、冒険者って聞いたけど実は貴族だったのかい?」
「あはは、そんなことないよ」
街の人々から愛されている波間の魔女は滅多に会えない存在のようだ。宿屋の女主人が不思議そうな顔をしているけれど、私が魔女であることを明かすつもりはないので、エマは笑って誤魔化す。
これ以上追及されるとぼろが出かねないので、料理を食べることに専念して、宿屋を後にした。カイ達とは東門の前で合流する予定だ。
「この街とはしばらくおさらばか……」
「秘境に行ったら帰る。離れるのは数日程度」
「それはそうなんだけどね、もっと感傷に浸ろうよ。森の中に入ったら、しばらく海が見えなくなるんだよ?」
「はぁ」
何度か海を間近で見て触れたはずだけれど、まだ満足していないのだろうか。エマの海に対する執着心には少し驚かされる。
「あ、もうみんないる! ごめんね、待たせちゃった?」
東門の前に私達以外全員集まっているのを見て、エマが駆け出した。
「俺達も今来たところだ」
「食料や緊急時の救援の魔術具など、準備は済ませたか?」
「もちろん! それじゃあ、エルフの秘境を目指してしゅっぱ〜つ!」
エマの掛け声で私達は東門を通って領都の外に出た。
西の森、領都に着くまでの道のりは馬車が通れるよう整備された道があったけれど、領都を出て東にしばらく進むと道が途切れ、鬱蒼とした森が広がっている。
木々に遮られ太陽の位置がわからない。魔力感知をしようにも、森全体に魔力が満ちているため魔物を見つけにくい。私達は早々に迷子になりかけた。
「心配するな、俺達は生まれも育ちもフリートベルクだ。さすがに秘境までは行ったことがないが、森の中でも方角を見失わない術を知ってる」
「左の先に遭遇しない方がよい魔物がいるな。騎士団に位置を知らせて討伐してもらおう」
そんな中、頼もしい言葉をくれたのは荒波の誓いのリーダーラウルとヴェラットだ。
ラウルとヴェラットが先頭を歩き、槌使いと大剣使いが両脇を固め、盾使いが殿を務める。荒波の誓いの四人とヴェラットに囲われた私達はほとんど戦闘に参加することなく、二人の後を追って道なき道を進んだ。
「よし、今日はここまでだ」
辺りが薄暗くなり始めた頃、ラウルが立ち止まって野宿の準備を始めた。寝床は地上の生物を警戒して寝袋ではなくハンモック、燃え移ると大変だし煙で魔物が寄ってくる恐れがあるから火の使用は禁止、夜の見張りは荒波の誓いの四人が交代で行う。
最後の一点はヴェラットも見張りをすると言い出したけれど、主力はしっかり身体を休めて体力を温存することになった。
それなら荒波の誓いより私達狼の集いの方が適任かと思ったけれど、魔物が姿を現す前に気づいて皆を起こすことはできないので、結局荒波の誓いに任せることに。
夜の森は魔物が活発になっていくつもの強い魔力反応が動き回るから、私はそれが気になって野外ではなかなか寝つけない体質だ。
けれど、この森は魔力が満ちていて魔物をほとんど感知できないため、かえって落ち着く。私はさほど時間をかけずに眠りについた。
「おおーい、皆んな起きろ!」
金属同士がぶつかる音と誰かの大声で目が覚める。夜明けにはまだ早い、襲撃だろうか。私はハンモックから起き上がり、靴を履いて杖を手にした。
「騎士団から通達だ! シュヴァルツベーアの雌が出たらしい!」
「シュヴァルツ……ベーア?」
「人の倍の高さがある黒い熊に似た魔物だ。非常に凶暴で、特に母熊は子を守るために好戦的になる。出没したら上級冒険者すら騎士団に討伐されるまで街に待機しなければならないほど危険だ」
上級冒険者でも敵わない魔物がこの森のどこかにいる。人の集落が近くにあればすぐに駆け込みたいけれど、恐らく領都からもエルフの秘境からも距離があるだろう。
「対処は騎士団がするから、俺達は秘境を目指せとのことだ。一番大切なのは命、生き抜くためには逃げる勇気も必要さ」
「あの……」
「どうした? 遠慮しないで、何でも言ってくれ」
カイが周囲を見渡し、恐る恐る手を上げた。ラウルに促され、口を開く。
「ヴェラットさんが見当たりません」
「はあ?」
「ソフィ、魔力感知で探せるかい?」
「無理。ただでさえ魔力感知が難しいのに、あの人は魔力を隠して……」
不意に強い魔力を感じて、話すのを止める。魔力を感知した方を見て意識を集中させると、人間の、それも過去に会ったことのある魔力の持ち主だと判明した。グラッツェルで感知した魔力と波長が同じ、つまり――
「あっちにいる」
身体強化を発動したヴェラットだ。対峙する魔物の魔力も何となく感じ取れたけれど、記憶にないからどの魔物か判然としない。けれど、強敵と戦っているのは確かだろう。
「ヴェラットはお前達の仲間か?」
「うん! パーティーは組んでないけど、レヴィンから一緒に旅してきた大切な仲間だよ」
ラウルの問いにエマが迷うことなく答える。
「なら助けないとな。俺達の力で何とかできる相手じゃないかもしれんが、同胞が立ち向かってるのだ! 共に助けに向かおう!」
「おぅ!」
ラウルの言葉に荒波の誓いの三人が威勢よく答えた。
「『荒波の誓い』と『狼の集い』の合同パーティー、突撃だ!」
「オー!」




