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37.竜殺しの英雄 後編

「山を越えたレオンハルトは、眼下に広がる景色を見て驚愕しました。ドラゴンの火で森が焼け、燃え上がった炎はそこに住むエルフや獣人を飲み込もうとしていたのです。レオンハルトは風魔法を駆使して火を消していきました。そんな彼に影が落ちます。曇ったのだろうかと見上げた先には、ドラゴンが上空を旋回していました」


 ついに英雄とドラゴンが遭遇した。エマほどではないけれど、私も続きが気になって波間の魔女の語りに耳を傾ける。


「レオンハルトは強烈な風を起こし、蝙蝠の翅に似たドラゴンの翼に穴を開けました。反対側にも穴を開けると、ドラゴンは揚力を失い地面に落ちてきました。そこをレオンハルトは魔法で植物を成長させて、ドラゴンの巨体を拘束したのです」


 植物でドラゴンを拘束? そんなことが可能なのだろうか。私だけでなくエマも懐疑的な目になる。


「その顔は信じていないかしら」

「あ、えっと……」

「実際に見ないと信じることができないだろうとわかっていますもの。でも、どれだけ荒唐無稽でもわたくしの言葉に嘘偽りはありませんわ。わたくしではそれを証明する力がなくて申し訳ないてすけれど」


 何だろう。波間の魔女の言葉は、竜殺しの英雄以外にもドラゴンを植物で拘束できる人がいるように聞こえた。

 もしもそんなことをできる人がいるとするならば、それは竜殺しの英雄のもう一人の娘である森の魔女の可能性が高い。


「超常的な力でドラゴンを拘束したレオンハルトは、ドラゴンに手を当てて魔力の乱れを正常に戻していきました。レオンハルトの力により正気を取り戻したドラゴンは、空へ飛び立ち何処へ去っていったのです」


 大事な部分が端折られた気がするけれど、ドラゴンの暴走が収まって一件落着。とはどう考えてもならないだろう。


「ちょっと待って! レオンさんは“竜殺し”の英雄なんでしょ? 今の話だとドラゴンを倒していないじゃない!」


 私の代わりにエマが指摘してくれた。


「えぇ、レオンハルトを『竜殺しの英雄』と呼ぶのは、実際に戦いを見ていない山脈の北側の方々のみ。わたくし達南側の人は皆、ドラゴンを鎮めた英雄と讃えはすれど、ドラゴンを討伐したとは見なしていませんわ」

「そういえば、グラッツェルでも『鎮めた』としか言ってなかった。どうして北側では殺したことになってるの?」

「その方が都合が良かったから、かしら」


 波間の魔女の微笑みにどんな感情が隠れているのか、私にはわからない。


「レオンハルトがドラゴンを討伐した褒美として、今までエルフや獣人が管理していた土地を王国のものとして与えることができるし、ドラゴンの素材で莫大な富を得たことにすれば英雄を輩出したグラッツェルはそのおこぼれにあずかることができますわ。つまり税金の徴収ね、そのお金が復興のために使われることはありませんでしたけれど」


 貴族の都合には興味がないので軽く聞き流し、英雄のその後の話になると再び姿勢を正した。


「ドラゴンに荒らされた土地を、レオンハルトは植物魔法で蘇らせました。自然を愛するエルフに認められた彼は、国王の命でフリートベルクと名付けられたこの地を管理することになります。この土地の元の所有者と面会する機会を得たレオンハルトは驚きました。この地の支配者はなんと、魔女だったのです」

「魔女!?」


 魔女好きなエマが勢いよく飛びついた。


「周囲に魔女であることを秘匿し、二人は結婚しました。森の再生も土地の開拓も英雄と魔女が力を合わせればすぐに終わりました。そして、フリートベルクを見渡せるこの高台に領主の館を建てて、二人は仲良く暮らしました」


 おしまい、と波間の魔女が話を締めくくる。

 エマが「え?」と辺りを見た。


「ここ、領主様のお家だったの!?」

「今は別邸という扱いで、引退した領主一族しかいませんわ。現領主はお城に移り住みましたもの」

「街の外からも見えたあのお城かな? 大きくて立派な建物だよね」


 山脈の手前に建つ城を思い浮かべる。海から山脈に向かって緩やかな上り坂になっているから、街全体を見渡せる立地の良い場所なのだろう。

 ここも高台になっていて、街や自然の様子がよく見える。青と白で統一された街並み、街の外に広がる森、終わりの見えない海、そしてそびえ立つドラッヘ山脈。これほど自然豊かな地が他にあるだろうか。


「多種多様な生物が共存するこの大自然を護ることが、英雄を祖先に持つわたくし達の役目ですわ」


 覚悟を秘めた青い瞳で私達を見ながらそう言う波間の魔女はとても美しく、見た目が老婆であることを一瞬忘れさせた。

 カップからお茶を一口飲んだ波間の魔女が上品に笑う。


「ふふっ、お話が長くてお茶が冷めてしまいましたわ。新しいお茶を入れましょうか?」

「い、いえ! お構いなく!」

「お父様の話に興味があるなら、エルフの秘境に行ってみてはどうかしら。わたくしも知らない話が聞けるかもしれませんわ」

「エルフの秘境?」


 波間の魔女の提案にエマが首を傾げる。ここに来るまでに何度かエルフの里を訪れたけれど、また別のところだろうか。


「全てのエルフの頂点に立つ族長がいらっしゃる里ですわ。領都から東へ進むとドラッヘ山脈が正面に見えてきて、秘境は山脈の手前にありますの」

「でも、秘境って行けるものなの? 強い魔物がたくさん出てきそうだし……」


 エマは興味を惹かれているようだけれど、まだ冷静だ。


「わたくしの一筆と魔女であるソフィがいれば問題ありませんわ。魔物対策は騎士団を動かしましょう」

「いや、冒険者のために騎士団が動くとかおかしいから!」

「大丈夫ですわ、魔物討伐は騎士団の仕事ですもの。そこを冒険者が通るだけてすから」

「……それなら問題ないのかな?」


 魔物という最大の問題が解決されて、エマは行く気になったようだ。何か言う前に止めなければ、秘境行きが確定してしまう。


「エマ、カイ達に相談は?」

「あっ、そうだね! あたし達だけじゃ行けないし、ラットさんやラウルさん達の力を借りられたら百人力だよね。楽しい冒険になりそう!」


 こうなったエマを誰にも止められないことを、私は知っている。

 波間の魔女と別れて宿屋の一室に皆を集めると、エマは今日あったことを話し、エルフの秘境に行きたいと告げた。


「強いヤツが出るんか? ワクワクするぜ!」

「本当に安全が確保されるなら、行ってもいいかな」

「東の森は危険がいっぱいだが、騎士団が討伐してくれるならなんとかなるかもしれんな」

「……フリートベルク騎士団は王国一の強さを誇る。俺や荒波の誓いでも対処できない魔物が出没するが、あの騎士団ならば問題あるまい。問題なのは、俺が行く必要性を感じないことだが」


 レオとカイ、ラウル、ヴェラットがそれぞれの意見を言う。ヴェラット以外は一緒に行くつもりのようだ。


「ラットさんも一緒に行こうよ。エルフの秘境なんて、二度と行けないかもしれないよ?」

「……そうだな、俺一人では行けたとしても追い払われるだろう。共に行くか」

「やったぁ!」


 エマがヴェラットを説得し、九人で秘境探しの冒険に出かけることになった。

『竜殺しの英雄』

https://kakuyomu.jp/works/822139841543880069

英雄がドラゴンと対峙する場面を目撃した人目線で書いた短編です。興味のある方はこちらもご覧ください。(他サイトに移ります)

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